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第1話「祖父の遺した時計」

「祖父の遺した時計」


遺品整理と異世界への扉


なんだよこれ。じいちゃんの遺品、多すぎだろ。


祖父の死から一週間。俺、柊慧斗ひいらぎ・けいとは一人で遺品整理をしていた。両親は「お前が一番暇だろ」って丸投げしてきやがった。まあ、フリーターの俺に反論する権利はないけどさ。


物置は昭和の匂いがした。古い家具と古本、そして大量のガラクタ。じいちゃんは物を捨てられない人だったから、こうなるのは予想できてたけど、実際に目の当たりにすると頭が痛い。


段ボール箱を開けては中身を確認し、明らかにゴミなものは袋に放り込む。この作業を三時間続けて、ようやく物置の半分が片付いた。


「はあ……疲れた」


額の汗を拭いながら、奥の木箱に手を伸ばす。重厚な作りで、明らかに他の物とは違う雰囲気を醸し出していた。


蓋を開けると、見たこともない腕時計が現れた。


青銅色の本体に、なんか変な文字が刻まれてる。アンティーク調なんだけど、デジタル表示部分がある妙な代物だった。その表示部には「READY」って緑色の文字が光ってる。


「こんなの、じいちゃん持ってたっけ?」


じいちゃんは質素な人で、派手なアクセサリーなんてつけてるイメージがない。でも確かに大切そうに箱にしまってあったってことは、何か思い入れがあったんだろう。


手に取ってみると、ずっしりとした重みがある。本物の金属で作られているのは間違いない。リューズ部分が少し出っ張ってて、回せそうな構造になってる。


「動くのかな、これ」


試しにリューズを回してみる。一回、カチッ。二回、カチッ。三回──。


瞬間、空気が震えた。


「うわっ!」


目の前に、青白い光の輪っかが浮かんでる。直径二メートルぐらいの、明らかに自然じゃないやつが。SFXで見たことあるようなポータルが、物置の真ん中に堂々と出現してやがる。


「マジかよ……SF映画かよ」


心臓が激しく鳴ってる。これ、夢じゃないよな? でも汗の感触も、物置の埃っぽい匂いも、全部リアルだ。


恐る恐る光の輪に近づくと、向こう側が見える。石畳の道と茶色い建物、そして中世ヨーロッパみたいな服装の人たちが歩いてる。


「……嘘だろ」


でも怖いもの見たさってやつなのか、足が勝手に前に出てた。理性では「危険だから近づくな」って警告してるのに、好奇心の方が勝ってしまう。


一歩踏み出すと、景色が一変した。


気がつくと、石畳の上に立っていた。物置の匂いは消えて、代わりに家畜の匂いと香辛料の香りが鼻をついた。





帰還不能と現実の重さ


なんだよこれ。時計、変な表示出してんじゃん。


「READY」が消えて、「4days 23hours 58min」って数字が表示されてる。一分ごとに減ってる? ってことは……え、あと五日間ここにいるってこと?


マジかよ。食いもんも金もないのに……死ぬぞ、これ。


周りを見回すと、疲れきった顔の人たちが行き交ってる。服装も中世ヨーロッパみたいな感じで、確実に日本じゃない。まさかタイムスリップか?


でもなぜか、会話の内容が理解できる。


「この腐った芋、二銅貨は高すぎるだろ」

「仕方ないさ、今年は不作なんだ」


なんで外国語が理解できるんだ? 試しに時計を外してみると、急に言葉が意味不明になった。つけ直すと、また理解できる。


「翻訳機能付きかよ……じいちゃん、一体何者だったんだ」


でも今はそれどころじゃない。この世界にコンビニはないし、ATMもない。現地の通貨も持ってない。どうやって生き延びろっていうんだよ。


スマホを取り出して確認すると、当然のように「圏外」表示。GPSも効かない。完全に孤立無援の状態だった。


「くそ……なんでこんなことになってんだよ。俺、ただ遺品整理してただけなのに……」


途方に暮れながら街を歩く。石造りの建物が立ち並ぶ街並みは、確かに美しいけど、観光で来たわけじゃない。ここで五日間生き延びなきゃいけないんだ。


財布の中身を確認すると、千円札が三枚と小銭が少し。でもこの世界で日本円が通用するわけがない。


「詰んだ……」





絶望的なサバイバル開始


最初の夜は、教会らしき建物の軒下で過ごした。石造りの建物だから、地面は冷たいし硬い。毛布もないから、薄手のジャケット一枚で寒さをしのぐしかない。


「寒い……マジで寒い」


日本にいた時は、寒くなったら暖房つけるか、コンビニでホットコーヒー買うかすればよかった。でもここにはそんなものはない。当たり前だと思ってたものが、どれだけ恵まれてたかを思い知らされる。


お腹も空いた。最後に食べたのは昨日の朝のトーストだ。もう24時間以上何も食べてない。胃が空っぽになって、きゅるきゅると音を立ててる。


時計を見ると「95:32:18」。まだ四日も残ってる。このペースで体力が削られたら、確実に死ぬ。


翌朝、井戸を見つけて水を飲んだ。でも衛生状態が気になる。スマホのライトで照らして見ると、結構濁ってる。


「やばいな、これ……でも飲まないと死ぬし」


お腹を壊すリスクと、脱水症状のリスクを天秤にかけて、結局飲むことにした。プライドも何もあったもんじゃない。生き延びることが最優先だ。


食べ物は、市場で落ちてる野菜の切れ端を拾い集めた。商人のおっさんに怒鳴られながらも、生き延びるためには仕方ない。


「おい、そこの怪しい服を着た男! 勝手に拾うな!」

「すみません、すみません……」


頭を下げて謝りながら、その場を後にする。プライドなんてものは、空腹の前では無力だった。


でも二日目の夜、ついに限界を感じた。空腹と寒さで体力が削られて、頭もぼんやりしてくる。スマホのバッテリーも30%を切った。このままじゃライトも使えなくなる。


「このままじゃ本当に死ぬ」


三日目の朝、体が思うように動かなかった。井戸まで歩くのがこんなに辛いなんて、今まで経験したことがない。足がふらつくし、視界もぼやける。


市場を歩いても、もう野菜の切れ端すら拾う気力がない。通りすがりの人たちが俺を見る目も、最初は好奇心だったのが、今では警戒と嫌悪に変わってる。


「汚い格好の奴が来たぞ」

「近づくなよ、病気を移されたら困る」


そんな声が聞こえても、反論する気力もない。確かに俺は汚い。三日間同じ服を着て、まともに洗ってもいない。髪も伸び放題で、無精髭も生えてる。


「俺、本当に死ぬのかな……」


そんなことを考えながら、ふらふらと路地裏に向かった。





路地裏での絶望と救い


三日目の夜、ついに限界がきた。


空腹と寒さで意識が朦朧として、路地裏で倒れ込んだ。体が震えて、立ち上がる気力もない。石畳の冷たさが体温を容赦なく奪っていく。


「やば……い」


このまま死ぬのかと思った時、誰かが声をかけてきた。


「大丈夫ですか?」


薬草の匂いがする革の鞄を持った、優しそうな中年男性が心配そうに覗き込んでいる。薄くなりかけた茶髪に茶色の瞳、作業着のような簡素な服に薬草の染みがついてる。


「……すみません、食べ物も、お金も……」


掠れた声でそれだけ言うのが精一杯だった。男性は俺の状態を見て、すぐに理解してくれたようだ。


「そんな格好で、一体どこから……まあいい、とりあえず家においで」


男性は俺の腕を支えて、立ち上がらせてくれた。久しぶりに人の優しさに触れて、涙が出そうになった。


「私の名前はロウガン。薬師をしています」


ロウガン。この世界での最初の知り合いの名前を、俺は忘れることがないだろう。





薬師ロウガン一家との出会い


ロウガンの家は、町の下層区にある小さな木造の建物だった。一階が薬草を扱う作業場兼診療所になってて、二階が住居スペースらしい。


「ただいま戻りました」


「お疲れさまでした」


玄関から女性の声が聞こえた。小柄で華奢、でも働き者の手をした女性が現れる。長い栗色の髪を後ろで結んでいて、質素だが清潔な服装をしてる。


「この方は……?」


「路地裏で倒れていました。とりあえず手当てをしましょう」


セリア、とロウガンが紹介してくれた女性は、俺の状態を見てすぐに行動に移った。


「温かい飲み物を用意しますね」


その声に、涙がこぼれそうになった。何日ぶりだろう、誰かに気遣ってもらえるのは。


「お兄さん、どこから来たの? その服、変わってるね!」


階段から、十歳ぐらいの女の子が顔を出した。母親似の栗色の髪に、好奇心旺盛な大きな瞳。活発そうな印象だけど、服は継ぎ当てがある質素なものを着てる。


「リナ、失礼よ。体調の悪い人に質問攻めしちゃダメ」


「ごめんなさい」


リナと呼ばれた女の子は素直に謝ったけど、まだ俺に興味深そうな視線を向けてる。人懐っこくて純真な笑顔に、心が救われる気がした。


セリアが淹れてくれた薬草茶は、苦いけど体が温まった。久しぶりの温かい飲み物に、思わず目頭が熱くなる。


「私で良ければ、お手伝いしますよ。一人で抱え込まずに」


ロウガンの言葉に、どれだけ救われたかわからない。この三日間、誰とも会話らしい会話をしてなかった。たった一人で、知らない世界で生き延びようとして、心が折れそうになってた。


「……ありがとうございます」


声が震えてしまった。情けないけど、もう強がってる余裕はない。


その夜、ロウガン一家は俺に食事と寝床を提供してくれた。芋と野菜だけの質素なスープだけど、これまで食べたどんな料理より美味く感じた。


「無理をしてはいけませんよ。体が一番大切です」


セリアがそう言って微笑んでくれた時、本当にここまで生き延びてよかったと思った。





異世界での日常


次の日から、俺は薬師一家の雑用を手伝うことになった。薬草を乾燥させたり、患者の世話をしたり、リナの勉強相手になったり。


時計を外すと言葉が通じなくなるから、最初はぎこちなかったけど、ジェスチャーや表情で意思疎通できることもわかった。ロウガンは患者の相手をしながら、俺にも仕事を教えてくれる。


「聖王暦478年ですが……そんなことも知らないのですか?」


聖王暦? 全然聞いたことない暦だ。俺の世界の西暦とは全く違うシステムみたいだ。


「記憶が曖昧で……この国の名前も教えてもらえますか?」


「ヴェルナード王国です。ここバルトハイムは王都から馬車で三日ほどの街道沿いの町ですよ」


王国か。やっぱり中世ヨーロッパみたいな政治システムなんだな。バルトハイムって町の名前だったのか。


「王様はどんな方なんですか?」


「ウィリアム・フォン・ヴェルナード三世陛下ですね。賢明な君主だと聞いていますが、私のような下層民が直接お目にかかるような機会はありません」


ロウガンは尊敬を込めてそう答えた。この世界の身分制度の厳しさが窺える。俺みたいな得体の知れない奴を助けてくれたのに、自分を「下層民」なんて言うなよ。


「そうなんですね……ありがとうございます、教えてくれて」


「いえいえ。記憶が戻るまで、ゆっくりしていてください」


「この薬草は少し苦いですが、熱を下げる効果があります。ゆっくり飲んでください」


患者に薬を渡すロウガンの姿を見ていると、この人の人柄がよくわかる。相手が治療費を払えなくても、決して治療を断らない。


「家族のことなら、私も同じです。大切な人のためなら、何でもしたくなるものですね」


息子の看病をする母親に、ロウガンがそう声をかけてるのを聞いた時、この人についていこうと心から思った。


リナとの時間も楽しかった。文字の読み書きを教えたり、薬草の名前を一緒に覚えたり。学校には通えてないけど、両親から丁寧に教育を受けてるのがわかる。


「お兄さん、お父さんとお母さんのお手伝い、わたしもできるよ!」


そう言って張り切るリナを見てると、こっちまで元気になった。この子の屈託のない笑顔は、本当に心を癒してくれる。


「お兄さん、元気になってよかった。心配してたの」


リナがそう言って微笑んでくれた時、この子たちの温かさが身に染みた。


貧しい暮らしなのに、見知らぬ俺を受け入れてくれて、食事まで分けてくれる。なんでこんなに優しくしてくれるんだろうって聞いたら、ロウガンは当然のように答えた。


「困っている人を助けるのは当たり前のことです。今度は別の誰かが困った時に、あなたが手を差し伸べればいい」


その言葉を聞いて、俺は恥ずかしくなった。今まで俺は、誰かのために何かしたことがあっただろうか? フリーターとして適当に生きて、誰の役にも立ってなかった気がする。


でもこの家族は違う。貧しいながらも、互いを支え合い、困ってる人を助けることを当然と思ってる。こんな生き方があるんだって、初めて知った。


四日目の夜、セリアが俺に小さな包みを渡してくれた。


「……心配は要りません。ここにいる間は、家族と思ってください」


包みの中には、手作りのパンが入っていた。小麦粉が貴重なこの世界で、こんなものを俺にくれるなんて。


「……ありがとう、助かった」


俺なりに精一杯の敬意を込めて言ったつもりだけど、まだまだ気持ちを伝えきれてない気がする。この人たちにどれだけ救われたか、言葉では表現できない。





帰還への準備


五日目の朝、時計の表示が「00:10:00」になった。あと10分で帰還の時間だ。


この四日間で、俺は完全に別人になった気がする。最初は生き延びることだけに必死だったけど、この家族と過ごすうちに、人の温かさと優しさを知った。


リナが小さなお守りを手渡してくれた。


「これ、わたしが作ったの! お守りだよ。きっと役に立つから」


手のひらサイズの布袋に、薬草と小さな石が入ってる。彼女なりの精一杯の贈り物だった。


「また遊びに来てくれる? 待ってるからね!」


「……ああ、必ず」


その約束は、絶対に守りたいと思った。


時計が「00:01:00」を表示した瞬間、空間に歪みが生じた。青白い光の輪が現れる。


三人は驚いて後ずさりした。


「な、何ですか、それは!?」


ロウガンが俺を庇うように前に出る。セリアはリナを抱き寄せて、警戒の表情を浮かべてる。


「大丈夫です、危険なものじゃありません。俺が元の世界に帰るための……」


説明しようとしたけど、時間がない。時計が「00:00:30」を表示してる。


「……行かなきゃ」


振り返ると、三人とも驚きと寂しさが混じった表情で俺を見つめていた。ロウガンは状況を理解できずに困惑してるし、セリアは不安そうにリナを抱きしめてる。リナは泣きそうな顔で俺を見上げてる。


「ありがとう! 本当に……ありがとう!」


最後にそれだけ叫んで、光の中に飛び込んだ。


背後から、リナの泣き声が聞こえた気がした。





日本への帰還と新たな決意


気がつくと、じいちゃんの物置にいた。時計は「COOLING」と赤い文字で表示してる。


「帰って来た……」


部屋の匂い、畳の感触、全部が懐かしく感じられた。でも同時に、さっきまでいた世界のことが夢だったような気もしてくる。


でも手の中には、リナがくれたお守りがある。これが現実だった証拠だ。


家に戻ると、母親が心配そうな顔で迎えてくれた。


「慧斗、どこに行ってたの? 五日も連絡がつかなくて……」


「あ、えーっと……」



「スマホの電源切れちゃって、充電器忘れて……」


適当に嘘をついて、部屋に戻った。スマホを見ると、バイト先から「無断欠勤でクビ」って通知が来てたけど、もうどうでもよかった。


温かい風呂、清潔な布団、コンビニのおにぎり。当たり前だと思ってたものが、どれも奇跡のように感じられた。でも、あの家族のことが頭から離れない。


貧しい暮らしの中で、見知らぬ俺を助けてくれたロウガン。優しく世話をしてくれたセリア。屈託のない笑顔を見せてくれたリナ。


時計を見ると、「COOLING」の文字の下に小さく「4days 23hours 45min」って表示されてる。5日後には、また「READY」になるってことか。


「……恩返し、しなきゃな」


リナからもらったお守りを握りしめて、俺は決意を固めた。


あの優しい家族に、今度は俺が何かしてやりたい。食べ物でも、薬でも、何でも持って行ってやる。この世界の技術で、あの世界の人たちを助けられることがあるはずだ。


そのためには、まず情報収集だ。この五日間で、できる限りの準備をしよう。


インターネットで中世の生活について調べて、どんなものが役に立つか考えてみた。抗生物質は無理でも、消毒用のアルコールとか、栄養価の高い食品とか、向こうでは手に入らないものがたくさんある。


「待ってろよ、みんな。今度は俺が助ける番だ」


時計の「COOLING」表示を見つめながら、俺は新しい人生の扉を開いた気がした。


今まで何の目標もなく生きてきたけど、今は違う。あの家族に恩返しをする、それが俺の新しい生きる理由だった。



第1話 完

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