7.五度目の人生3
ちょっと短め
「どうでしょうか?」
イースランは企画書を手にすると、改めて文章に目を走らせる。
「なかなか面白いですね。ところで、これはどういう場合に使用するのですか?」
好々爺とした室長から問われたことがない質問に、フィオラは言葉を失う。
だけれど、イースランの問いは当たり前のものだ。
答えを用意していなく焦るフィオラに、イースランは言葉を続ける。
「俺たちは国からお給金をいただいているのですから、研究するからには実用性が伴わなければいけません」
至極まっとうな言葉に、フィオラは追い詰められる。
だらだらと汗を搔きながら、膝の上でぎゅっと拳を握った。
理由ならある。
しかし、フェンリルの脱走を防ぎ犠牲者をなくすためです! なんて言えるはずがない。
何か言い訳を考えなくては。それも理にかなった合理的なものを。
必死で頭を働かせたフィオラは「それはですね」となんとか言葉を紡ぎだした。
「ぼ、防犯のためです」
「防犯、ですか」
「はい。王都で女性の一人暮らしは危険です。庭や窓辺にこれらの植物を置くだけで、防犯になります。見た目も可愛いですし、インテリアにもよいかと」
「かわいい、ですか?」
イースランが首を傾げる。
企画書には簡単な挿絵も添付しているが、決して観賞用には見えない。
フィオラはイースランの手から素早く企画書を取ると、とんとんと整えるふりをして挿絵を隠した。
「私は可愛いと思いました」
「そうですか」
意外にもあっさり頷いてくれ、フィオラはほっと息を吐く。
ところが、イースランが手を伸ばし、フィオラの手元からあっさりと書類を奪い返した。
「レジハメンはともかく、ハエトリソウのサイズが大きすぎませんか? これではまるで魔物を捕まえる罠のように思えます」
あえて大きさには触れなかったのにぃ! とフィオラは心の内で舌打ちをする。
フェンリルを捕まえるためにハエトリソウの大きさを三十倍にするつもりだが、それについては黙っていた。
そこを突っ込まれるなんて。
「そ、それはですね……」
「あぁ、これは女性の防犯用に作ったのでしたね。もしかして、不審者が暴れないようにこのサイズにしたのですか」
「そ、そうなんです!」
勝手に誤解してくれたイースランに食い気味で答えれば、イースランはにこりと微笑んだ。なぜだろう。その笑顔が仄暗く見える。まるでフィオラの考えなんてお見通しと言われているようで、冷や汗が背中を流れた。
「分かりました。許可をいたします」
「ありがとうございます」
「ところで、必要な植物の種や苗は研究室にあるのですか?」
「いえ、多分ないと思うので、明日植物市に行って仕入れてこようと思います」
フィオラはポケットから記入済みの外出届を出すと、それをイースランに提出する。
イースランは席を立つと執務机から室長印を取り出し、押印した。
「フィオラは寮に住んでいましたよね。では、明日九時に迎えにいきます」
「えっ?」
「植物研究室の室長になりましたからね。ちょうど植物市を視察しようと思っていたところです。案内もかねて一緒に行ってくれますよね」
イースランはフィオラに外出届を手渡しながら「楽しみにしています」と念を押ししてきた。
逃げ出したい気持ちでいっぱいのフィオラが外出届を受け取ろうとするが、なぜかイースランが端をぎゅっと握ったまま離さない。
(これ、頷くまで外出を許可してくれないつもりだ)
口角がぴくぴくと引きつる。
「分かりました。では、九時に寮の門前にいます」
「デートですね」
「違いますよ?」
力任せに書類を奪い取ると、フィオラはその勢いのまま席を立った。
絶対にこんなキャラでなかった。
腹立たしさを隠さずに睨めば、イースランは喰えぬ顔でクツクツと笑う。
「失礼します」
わざと足音を荒らげながら部屋を出ていくフィオラの背後で、扉が閉まるまで笑い声は途絶えなかった。
*
扉の閉まる音がすると同時にイースランはすっと表情を落とし、ソファに身体を預ける。
この数日、植物研究室の室長になるべくあらゆる関係者に根回ししたせいで、碌に眠っていない。
目頭に指を当てながら、フィオラが残していった企画書を再び見る。
何度見ても、不思議な企画書だった。どうしてこんなものを作ろうというのか。
「まるでフェンリルが脱走するのを知っているかのようだな」
ぼそりと呟いた言葉が、静かな室内にやけに響いた。
次はふたりのお出かけです。
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