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55.エピローグ1

 

 卒業式が終わり二ヶ月が経った。


 ミレッラは卒業式に出席できず、フェンリルを盗もうとした罪で投獄されている。

 ダリオンは窃盗の罪に加え、不法賭博場に出入りしていたことや、違法商品の売買に関わっていたことも明白となり、炭鉱送りとなった。


 そのためこの二ヶ月間、フィオラはジネヴィラ商会の後始末に奔走していた。研究室には休暇届を出し、眠る時間もないほどの忙しい日々を送っている。


 違法商品の売買に関わった従業員を解雇し、新たに従業員の募集をかけた。

 そのあとは離れた取引先との信頼関係を再構築し、ダリオンが作った借金の返済計画を立てる。

 それ以外にも溜まった書類仕事を整理しながら、ジネヴィラ伯爵家についても考えなくてはいけない。


 ジネヴィラ商会の商会長はフィオラの父親だ。

 違法商品の売買についてはダリオンの独断で行っていたとはいえ、監督責任がある。

 それに、取引先からの信頼を取り戻すためにも父親の更迭は必須だった。


 フィオラはイースランの知り合いから田舎の一軒家を譲り受け、そこを終の棲家として父親に与えた。

 義母は田舎に行くのは嫌だと言って、父親とあっさり離婚した。

 離婚が成立したあとフィオラは義母に対し、ジネヴィラ商会の資金を横領したと訴えを起こしたが、これについては義母の実家である子爵家が肩代わりすることで話がついた。


 実家に帰った義母がその後どうなったかは知らない。

 実家は義母の兄がすでに継いでいるから、居場所もなく肩身も狭いだろう。

 老人の後妻になったとか、どこかの娼館で見たなんて噂を耳にしたが、真意は分からないし、フィオラも敢えて知ろうとは思わなかった。


 ミレッラの投獄は五年ぐらいらしい。ミレッラとジネヴィラ伯爵家との縁は切っている。

 義母が子爵家として貴族籍を持ったままならば、貴族として生きていく道もあるだろうが、そうでなければ平民となる。

 ただ、貴族籍が残ったとしても、社交界に顔を出すのは叶わないだろう。

 子爵家が立て替えた義母の散財の額はかなりのものだから、それこそタチの悪い男の後妻になる可能性が高い。





「フィオラ、ちょっと休憩しませんか?」


 イースランが紅茶を持って、フィオラがいる執務室へ入ってきた。

 今日は研究室が休みなので、朝から雑務を手伝ってくれている。


「ありがとうございます。ちょうど一区切りついたところです」


 フィオラが手元の書類にサインをし、ペンを置く。

 執務室の壁際にあるソファに腰かければ、イースランも隣に座った。


「今日はストロベリーティです」

「ありがとうございます。うわっ、カップケーキもある」

「頭を使うと甘いものが欲しくなりますからね」


 紅茶カップと一緒に置かれているのは、今流行りのお店で売られているカップケーキだ。

 トッピングとして生クリームが載っていて、そこにカラフルなチョコチップがまぶされたものと、チェリーが飾られたもの二種類が二つの皿に並んでいた。


「どうしましょう。どっちも美味しそうです」


 フィオラがフォークを握り締め、困ったように眉を下げる。

 その姿を、イースランは愛おしそうに目を細め眺めた。


「どっちも食べていいですよ」

「イースラン様、私を甘やかしすぎです。それとも太らせるおつもりですか」

「うーん、甘やかしているつもりはないんですが……」


 そう言って、イースランはフィオラを引き寄せ抱きしめる。突然のことにフィオラの手からフォークが滑り落ちた。


「な、なな、なにをするんですか」

「太らせるつもりはないが、もう少しふっくらしても抱き心地がいいかもしれな……うわっ」


 思いっきり胸を押されたイースランが、バランスを崩してひっくり返りそうになる。

 真っ赤な顔のフィオラが、人差し指をイースランにびしっと突き立てた。


「イースラン様、時々砕けた口調になるのはわざとですよね! いっそうのこと、どっちかに統一してください」

「ははは、セレナが、話し方が変わった瞬間のギャップがいいと言っていたのを思い出したんです。あっ、でもセレナには常に丁寧口調で接しているから、心配は無用ですよ。もちろん妬いてくれるなら嬉しいが」


 嬉しいが、のところでイースランの指がフィオラの頬をさっと撫でる。

 そういうところ! とフィオラが眉根を寄せた。


 時が戻らなかったことについて、セレナは散々悪態をついてきた。

 最近はフィオラが研究室を休んでいるので顔を合わせていないが、あのまま引き下がるとは思えない。


「彼女はこれから、どうするのでしょうか」

「セレナを養女とした義父は、彼女を高位貴族と縁を繋ぐための駒にするつもりだったらしい。辺境の土地を治める伯爵家との縁談がまとまったと噂で聞いた」

「では、高位貴族の妻になる望みは叶えられたのですね」

「そうだな。相手が祖父ほどの年齢の曰くつきの男だが、伯爵夫人には違いない。今まで周りの人間を駒のように扱ってきたが、今度は自分が駒になったというわけだ」


 あぁ、とフィオラは遠い目をする。


 自分勝手な理由で時を戻し続けたセレナを許す気はない。

 どれだけ言葉を尽くしても分かり合えないだろうし、その努力をするつもりもない。

 フィオラの時間は確実に進んでいる。未来へと向かっているのだ。


 この世界の全員がそうであるなか、セレナの心は別の次元にいる。

 その事実は孤独へと姿を変え、彼女を苦しめるに違いない。


「今更、俺に対して未練たらたらの手紙を送ってきたのには、呆れました」

「あれ、イースラン様、こっぴどく振られていませんでしたか?」

「ええ、そのはずなんですが。困りましたね」


 イースランがちっとも困っていない顔で、うっすらと笑う。その笑みに、フィオラの背筋がゾクッとした。


「……ちなみにですが、その手紙、お相手の伯爵様に送ったりしていませんよね」

「件の伯爵は、妙な趣向と執着心が強いことで有名だそうです。嫉妬と猜疑心からうっかり軟禁なんてことになったら大変ですが、俺としてはアレを野放しにされても迷惑ですから」


 悪い顔で飄々と語るイースランに、そういえばこういう人だったとフィオラの頬が引きつる。


 イースランは、そんなことより、と言って一枚の書類を取り出した。

 書類は、これからのジネヴィラ商会を左右させる重要なものだ。

 受け取りながら、フィオラが念押しするように口を開く。


「カルロさんは本当にいいと仰っているのですか?」

「離れた取引先が、フィオラの交渉でほとんど戻ってきたと説明したら、カルロのほうから是非にと言ってきました。ですから、問題ありません」


 その書類というのは、ジネヴィラ商会をセルバード商会に売るというものだ。

 取引先が戻ってきたとはいえ、一度失った信用が元に戻るには時間がかかる。

 法で禁止された商品を扱っていたという事実は消えないし、取引額が以前より少なくなるのは避けられない。

 それでも、再度取引をしてくれるだけマシというものだ。


 しかし、借金はまだ残っている。

 義母が使い込んだお金は子爵家が立て替えてくれたが、ダリオンが作った借金は返済しなくてはいけない。

 違法商品の売買をしていた組織が、高利貸しもしていたことが騎士団の調べで分かった。

 売っていた商品の中には贋作も含まれ、知らずに買った人も多くいる。

 返済したお金は、そういった被害者に返金されるらしい。


 そのため、フィオラはジネヴィラ商会と邸を売ることを決断した。

 そこで買い手として名乗りを上げたのが、カルロ・セルバードだ。


「セルバード商会の資金は膨大だから、ジネヴィラ商会を買い受けるぐらい容易でしょう。それにセルバード商会にとっても、バーデリア国での商売の足掛かりとなるわけですから、遠慮はいりません」


 フィオラは、カルロの性格と商人としての腕をよく知っている。

 彼になら、残っている従業員を任せても安心だと思えた。

 イースランの言葉にも後押しされ、フィオラは執務机に向かうとペンとインク瓶を持って戻ってくる。

 そして、流れるような綺麗な文字で、その書類にサインをした。


「これをイースラン様にお渡しすればいいのですね?」

「ええ。カルロは今ステンラー帝国に戻っていますからね。俺からカルロに届けます。それとこっちは……あまり渡したくないのですが」


 そう言って、イースランはもう一枚の書類を取り出した。



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