53.繰り返す回帰の原因6
「あぁあ。なんか、イースランなんてどうでもよくなっちゃった。私、説教くさい男、嫌いなの」
すとん、と表情を消しセレナは前髪を掻きあげた。整えた髪が乱れたが、気にするそぶりはない。
「なんであなたたちが記憶を残しているのか知らないけど、リセットされたら『王太子ルート』を選ぶわ。だから、そっちはそっちで勝手にすれば。つい、いつもの癖でここに来ちゃったけれど、よく考えたらいる必要ないものね。さようなら」
百年の恋も冷めたと言わんばかりの無関心さで、セレナは踵を返すと階段を降りて行く。カツカツという音が遠のいていった。
イースランが身体にたまった怒りを吐き出すように、大きく嘆息する。
「なんだったんだ、あいつは」
「ああいう人なのでしょう。それより、セレナさん、鐘塔を出るつもりのようですが……」
「もしかすると、鐘塔にいることが記憶を持ったまま回帰する条件だと知らないのかもしれない」
「そうだとすると、今まで彼女は何のためにここに来たのでしょう」
先程セレナは「いつもの癖でここに来た」と言っていた。ということは、今までも回帰の瞬間、この鐘塔にいたことになる。
記憶保持のためでないとしたなら、その目的とは……。
フィオラは、狭い天井裏部屋をぐるりと見回す。
床はどこにでもある木製だ。
壁はレンガが積み重ねられ飾り棚どころか本棚もない。
唯一あるのは机だが、フィオラでも簡単に持ち運びできる大きさで、その上には何も置かれていない。
その机の反対側の壁には、レンガを数個飛び出して作った棚のようなでっぱりがある。そこに埃だらけの聖杯がひとつだけ飾られていた。
「ひょっとして、セレナさんはここに『時を戻すための何かをするため』に来たのかもしれません」
さっきセレナは、四人の攻略対象をクリアしたあと時を戻すためにすべきことがあると言っていた。
そして『隣国の王族ルート』ではそれをすれば成功となり、時は続くらしい。
「俺もそれが気になっていました。セレナがここにいた理由が記憶保持でないとしたら、時を戻すためとしか考えられません」
ふたりの視線が聖杯に止まる。
かなり高い位置にあるそれは、思えば不自然だ。
フィオラやセレナが背伸びしても届かない高さにあるが、机を移動させその上に乗れば手にできる。
「机を動かしましょう」
「いや、その必要はありません」
イースランは聖杯の下までいくと軽く跳躍し、あっさりとそれを取る。それから懐中時計で時間を確かめた。
「あと五分で、回帰の時間です。ここは暗いから、外回廊へ行きましょう」
外回廊へ出て月明かりの下で見た聖杯は、なんの変哲もないものだった。
ハンカチで埃や蜘蛛の巣を取ると、表面に彫り物がされていたが、それも花や草などよくあるものだ。
ただ、内側を覗くと、底の中心が凹んでいた。何かをそこに嵌めるようになっているとも考えられるが、天井裏には聖杯以外は何もない。
「……イースラン様」
フィオラの手が不安そうにイースランに触れる。
もしかして、ここに来るまでに手に入れるべきものがあったのだろうか。
それをこの聖杯の中に入れるのだとしたら――そう考えるも、今からそれを探す時間なんてない。
イースランはそのへこみをじっと見る。
形は楕円形で、爪より一回り大きいぐらいだ。
目を凝らせば、模様が入っているのが分かる。
「この模様、貴族学園の紋章ではありませんか?」
イースランが、卒業パーティが開かれている建物に目を向ける。建物のすぐ傍で、学園の紋章が描かれた旗が夜風にひらめいていた。
それを鏡映しにしたものと、聖杯の底に彫られた模様はよく似ている。
「あっ、この形。もしかして卒業記念で配られるバッジかもしれません」
学園祭で女子生徒が花を贈り、卒業パーティで男子生徒は記念バッジを渡しながら求婚する。今夜も、そんな光景があちこちで見られたはずだ。
攻略対象からバッジを渡され求婚されることで、クリアとなるとセレナは言っていた。
だとすると、セレナは四人の攻略対象からバッジをもらったことになる。それが時を戻す要因となるのは、充分に考えられた。
「すべての辻褄が合う」
「はい。でも、そうなると……」
フィオラの眉が切なそうに寄る。
菫色の瞳からは涙が溢れそうになっていた。
「もう間に合いません」
記憶は残ると信じたいが、今までの回帰がセレナの攻略対象成功によるものなのに対し、今回は失敗によるリセットだ。
「セレナさんが鐘塔を出て行ったのは、どのみち記憶保持できないと知っていたからとも考えられます」
足元が崩れるような不安に、フィオラの顔が蒼白になる。嫌だ、回帰したくない。耐えきれなくなったかのように、涙が頬を伝った。
そのときだ、イースランがフィオラの前に跪いた。
「フィオラ、愛している。俺と結婚して欲しい。一緒に未来を生きよう」
そう言って差し出した手の中には、卒業記念のバッジがある。
月の光で輝く赤い宝石は、見覚えのあるものだった。
「ど、どうして、イースラン様がそれを?」
「カルロが騎士団に面会に来たと言ったでしょう。そのときに、学園祭でフィオラから花をもらったことを話したのです」
「そんなことを話したのですか?」
フィオラの問いに、イースランはバツが悪そうに視線を逸らす。
「フィオラがカルロに興味を持っていたように見えたから、牽制のつもりで言いました」
「なっ……」
何を言うのかと、フィオラが絶句する。
未だかつて、カルロに恋愛感情なんて持ったことはない。以前にもそう言ったはずなのに。
イースランが、バッジを持っていないほうの手で首を掻きながら立ち上がる。ちょっと口が尖っているのが、拗ねているようにも見えた。
「とにかくそう話したら、だったら卒業式で求婚するのがマナーだと、バッジを渡されたんです。俺は卒業生ではないと言ったんですが……」
「バッジが手に入ったのですね」
今夜、イースランの手元にバッジがあるのは、偶然なのか、ゲームの必然なのかは分からない。
フィオラはバッジを受け取り、感慨深く息を吐いた。
「フィオラが聖杯に入れてくれませんか?」
「はい」
バッジと聖杯の底にある模様を確認し、慎重にそれを聖杯に入れる。
そのとき、
――ゴーン、ゴーン
鐘が高らかと鳴った。
澄んだ夜の空気を震わせ、その音色はどこまでも響き渡っていった。
セレナ、自分の思い通りにならないものはいらない、という性格です。自分は別格。この世界はすべて私の思うがまま~的な感じです。
明日、三話投稿。完結です!
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