52.繰り返す回帰の原因5
ゲーム設定、後書きにまとめてあります。
揃った声に、クロセットが目を丸くした。だけれど、それに構うことなく、イースランとフィオラは言葉を続ける。
「クロセット様、フェンリルを貸してください」
「いますぐ鐘塔に行かなくてはいけないんです」
「だ、だが。こいつらは数日前に暴れたところで……」
クロセットはとんでもないと首を振ったが、ふたりの真剣な眼差しに口を紡ぎ、真意を確かめるように目を細めた。
「……何かわけがあるようだな。いい、連れていけ。二匹は儂よりフィオラに懐いている」
「クロセット様、ありがとうございます」
「俺からも礼を言います。すまないが急いでいるので鍵を貸してくれませんか?」
クロセットは、いつも首から掛けている鍵を取り出す。
鉄格子の一部は分厚い鉄の扉となっていて、そこには堅牢な鍵が付いていた。
子犬の頃は、飼育小屋の扉から出入りできたが、大きくなった今はフェンリルが通れるのはこの扉しかない。
扉が開くのを初めて見た二匹は戸惑っていたが、フィオラが呼べばすぐに走り寄ってきた。
「お願い、あそこに行きたいの」
月明かりに照らされる尖り屋根を指差しながら、フィオラがラブの背中を二度叩く。
ラブはフィオラが乗りやすいように身を屈めた。
「いつの間にそんなことを教えたんだ?」
クロセットが驚く横で、フィオラはイースランの手を借りながらラブに跨る。
「乗ってみたくて、この前教えました」
「そ、そうか」
クロセットがぎこちなく納得する。
イースランが跳躍してカイに乗ると、それを見届けたフィオラが「走って」と叫んだ。
フェンリルはその声を合図に地面を蹴る。あっと言う間に飼育小屋が遠のき、鐘塔が迫ってくる。
脱走した日のフェンリルの動きはこんなに早くなかった。過去の脱走に比べても鈍かったように思う。
(もしかして、イースラン様が風でまどろみ草の匂いを飛ばしたから、僅かに正気が残っていたのかもしれない)
二匹にも記憶が残っているのなら、まどろみ草によって暴走したことや、そのあと地下牢に閉じ込められたのも覚えているはず。匂いに嫌悪を感じていたとしたら、なおのことまどろみ草の香りを避けたかもしれない。
フィオラがそんなことを考えているうちに、二匹は軽々と鐘塔を囲む塀を飛び越えた。そうして入り口までくると、ラブはフィオラが降りやすいように身を屈める。
その背中の上を滑るようにしてフィオラは降りた。
「大丈夫か?」
「はい。イースラン様、行きましょう」
イースランが差し出す手を握り返し、ふたりは鐘塔の中に入っていった。
中は、月明かりでかろうじて階段が分かるぐらいの明るさだ。足場の危うい階段を、フィオラはイースランの手を借りながら掛け上がっていく。
息が切れ、脇腹が痛い。何度か足がもつれそうになったが、そのたびにイースランが支えてくれた。
鐘塔の中にいれば、記憶を持ったまま回帰できるかもしれない。
だけれど、それでは同じことを繰り返すだけだ。
セレナはイースランと婚約するまで、ゲームを続ける。それをどうしたら止めさせることができるだろう。
(セレナさんにとって、私たちは人ではなくゲームの駒でしかない。だとしたら、私がどんなに説得しても納得しないでしょう)
階段は螺旋を描き天井裏へと続いていく。そこからカンテラの灯が見えた。
イースランの足が速まり、フィオラはその手に縋るようにして天井裏へと滑り込む。
「セレナ、やはりここにいたのか」
「えっ、どうしてイースランとフィオラが来るの?」
びっくりしたように、セレナが水色の目を瞬かせる。
セレナはレンガを重ねて作った壁に背をあずけるようにして、天井裏の隅に座っていた。
特に何かをしようとする様子はなく、ただ、時がくるのを待っているように見える。
「お願い。もう時を戻すのはやめて」
「いやよ。だって、このまま話が終わってしまったら、私はどうなるの? 何人も攻略対象をクリアしたというのに、今は婚約者すらいないのよ」
「だからまた、時を戻すというのか?」
イースランの問いに、セレナはちょっと首を傾げた。
ゆっくりと立ち上がり、何かを思い出すかのように人差し指を顎に当てる。
「『隣国の王族ルート』に限って言えば、失敗したら時は勝手に戻るのよ。それ以外のルートだと、私の行動によってその攻略対象でハッピーエンドを迎えるか、時間を巻き戻して別ルートも攻略するか選べるのね」
時が戻るのは『隣国の王族ルート』に辿り着くためだ。
だから今回の場合、時が戻るのはセレナの意志と関係ないらしい。
「選ぶって、具体的に何かするのですか?」
「それは言えないわ。理由は分からないけれど、あなたたち回帰前の記憶を持っているみたいだもの。リセットしたあと邪魔されたら困るわ」
セレナは、肩を竦めるだけでフィオラの問いに答えない。
だけれど、退屈しのぎとばかりに、指を一本立てた。
「でも、ひとつだけ教えてあげる。四人の攻略対象をクリアしたあと時を戻すためにすべきことと、『隣国の王族ルート』を達成するためにすべきことは同じなの」
「つまり、それをしなければ、今回は勝手に時が戻るということですか?」
「ええ、そうよ」
ああぁ、とセレナは両腕を上にして伸びをする。
「『隣国の王族ルート』を達成できていたら、私はイースランと一緒にステンラー帝国に行って、幸せになれるのに。王太子妃も悪くないけど、責任が重すぎて嫌なのよね。それにイースランは一番私の好みだし」
セレナの話し方は、あくまで他人事だ。やはり彼女にとってこの世界はゲームの中なのだろう。
フィオラの中に再び怒りが湧いてくる。
「時が戻ったら、セレナさんはどうするのですか?」
「だから、さっきも言ったでしょう? また攻略対象を四人もクリアしなきゃいけないの。面倒くさいったらありゃしない」
「また、私は婚約破棄されるの? フェンリルは再び暴れるの? それで怪我人が何人も出るのですか?」
「そんなこと知らないわよ。私には関係ないんだもの。それより、あなたたちはどうして前回の記憶があるの?」
まるで世間話でもするような気軽さで、セレナが聞く。
こうなると説得以前の問題だ。どれだけ言葉を尽くそうとも、セレナにフィオラの気持ちや考えは伝わらない。
「可哀そうな人だな」
イースランの言葉に、セレナが不快そうに眉根を寄せた。
「私が? どうして」
「君にとってここは、いつまで経っても、どこに行ってもゲームの中なのだろう」
「だって、その通りだもの」
「つまり、君だけはずっと異質なままというわけだ。俺たちの気持ちを理解することも、感動を分かち合うことも、一緒に喜ぶこともない。俺は、何度回帰しようと、たとえ記憶をなくそうとも、君だけは絶対に選ばない。好きになることはない」
セレナに冷たい視線を向けながら、イースランはフィオラの手を握った。伝わるぬくもりが、フィオラの心を奮い立たせる。
この世界がゲームだろうが、作り物だろうが、今ここにいる自分たちは紛れもなく本物だ。傷つき悲しみ、落ち込み、途方に暮れることもある。
でもそれ以上に、嬉しいことや楽しいこと、胸を切なく焦がす想いがあるのだ。だったら、ここで生きたいと思う。
そして、隣にはイースランがいて欲しいと、強く願った。
・セレナ 19時30頃攻略対象から求婚される→その攻略対象でエンディングを迎える場合、そのままパーティに参加しダンスを踊る。
・『隣国の王族ルート』行くためには、求婚後20時までに鐘塔へ行き「ある事」をする。
・『隣国の王族ルート』では、「ある事」をすればゲームクリア! イースランとハッピーエンドとなる
以上がゲームの設定です。「ある事」はゲームの達成=求婚・相思相愛の状況でなければできないことです。
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