51.繰り返す回帰の原因4
そこまで考えて、フィオラはふと思い至る。
――何回?
フィオラは今まで四回の回帰をし、これで五度目の人生だ。
これだけ繰り返すと、自分でもいつのことを話しているのか分からなくなり、一度目の人生、二度目の人生と頭の中で呼んでいる。
だがそれに対してイースランはいつも「前回」「前々回」と言っていた。
胸がざわっと騒ぐ。ひょっとして、
「イースラン様は、もしかして二回しか回帰していないのではないですか? これが三度目の人生……違いますか?」
「そうですが。フィオラは違うのですか?」
当然だと答える青い瞳に、戸惑いが混じる。
フィオラはその視線に答えるように、強く頷いた。
「違います。私は四回、回帰しています。これが五度目の人生です」
その返答に、イースランの瞳が見開いた。
ふたりして、お互いをじっと見つめる。
ずっとイースランも同じように回帰していたと思っていた。だけれど、イースランがフィオラにとって一度目二度目となる人生について語ったのを聞いたことがない。
イースランが、フィオラの言葉を反芻するように「五度目?」と呟く。
「そういえば、セレナは攻略対象が四人いたと言っていました。彼等を『クリア』したら俺になる……つまり、俺は五番目の攻略対象ということです」
「はい。攻略対象、が何か分かりませんが、四人の攻略対象者と婚約を結ぶのがセレナさんの目標で、そのために時は巻き戻っているのです。イースラン様が回帰を始めたのは途中からですよね。だとすると、回帰するときとしなかったときの違いが分かれば、解決策にも繋がるのではないでしょうか?」
なるほど、とイースランは顎に指を当て、思案する。
遠くを見る視線は、数回の回帰を思い出しているのだろう。
「俺が初めて回帰したのは、フィオラが薬学研究室に来たときです。それまでのことを教えてもらえませんか?」
「はい。一度目はダリオン様から婚約破棄され植物研究室にいました。二度目はフェンリルの脱走を止めるために魔獣生態研究室、三度目が薬学研究室です」
「フィオラは、魔獣を興奮させる毒やその解毒薬について研究していました。だから、フェンリルの脱走を研究室で知ったとき、フィオラが何か知っているかもしれないと思い飼育小屋へと向かったのです」
そこでフィオラを助けたこと、鐘塔の地下でフェンリルの血液検査をしたことをイースランは話す。
「前回の人生――フィオラにとっては四度目の人生でも、俺は捕まえたフェンリルの検査をしました」
「何か違ったところはありましたか?」
「暴れるフェンリルの数が一体に減りました。それ以外は、王太子殿下の婚約破棄騒動が話題に上がったぐらいですね」
フェンリルの数が減ったのは、フィオラがカテナの粉を与えなかったからだろう。
ふたりの視線は自然と鐘塔へと向いた。
「回帰のとき、私は常にあの鐘塔にいました。そして、鐘の鳴る音を聞いたのです」
「俺も、前回、前々回はフェンリルと一緒に鐘塔の地下にいました。時間を確認しながら血液検査をしていたので、回帰した時刻はどちらも八時だったと記憶しています。では、あそこに原因があるというのですか?」
「三度目と今の人生で会ったフェンリルは、二度目の人生で初めて会ったときよりも私に懐いていました。まるで、私のことを知っている、もしくは覚えているように感じました。フェンリルも、回帰前の記憶を持っていると考えられます」
だとすると、あの鐘塔にいるものだけが回帰するのだろうか?
ではいなかったものはどうなるのだ?
「セレナさんのいうゲームがどういうものか分かりませんが、例えばチェスの場合、勝敗が決まれば駒はすべて元の場所に戻ります。そして一からまた始まる」
「そうですね。だが、それがどうしましたか?」
「つまり、こうは考えられませんか? 回帰しているのは王都の住人、いえ、この世界の人間すべてなのです。そしてある条件を満たしたものだけが、記憶を持って回帰している」
「その条件とは、もしかして」
「はい、鐘塔にいることです」
確信をもって、フィオラは断言する。
そう考えれば、すべての辻褄が合うのだ。
「たしか、卒業パーティが始まるのは七時半でしたね」
イースランが問いかける。ここの卒業生ではないので、うろ覚えなのだろう。
「はい。初めに学園長の祝辞と、国王陛下から届いた祝電の披露があり、それからダンスが始まります」
「セレナの話では、卒業パーティの直前に求婚され、それをもって攻略対象をクリアしたことになるらしい。それなのに、回帰が起こるのはその三十分後です。卒業パーティが開かれる建物から、鐘塔までは歩いて十分ほど……ドレス姿で動きにくかったとしても、十五分後には鐘塔に着くでしょう」
そこから階段を上がって天井裏部屋へ行くのに、さらに五分といったところだろうか。
だとすると、回帰直前、セレナが鐘塔にいるのは充分に可能で、彼女が回帰の記憶をもっていたのもそのためだと考えられる。
「私は、卒業パーティの開始時間ぐらいから、ずっと鐘塔の外回廊にいました。イースラン様とフェンリルは地下牢で血液検査をしていたのですよね」
「ええ。もし、セレナが卒業パーティを抜け出し鐘塔内に入ったとしても、俺たちが気づくのは難しいでしょう」
イースランがポケットから懐中時計を出して、時間を確かめる。
時間は七時四十分だ。
「ここから鐘塔まで、俺の足でも走って十五分かかります。フィオラは……」
「無理です。私は間に合いません」
「なら、俺だけでも行ってきます。そして未来……というか過去でもう一度、フィオラと出会います」
イースランがぎゅっとフィオラを抱きしめた。
その言葉は、泣きたくなるほど嬉しい。
きっと、イースランはもう一度フィオラに恋をし、口説くだろう。
だけれど、フィオラの気持ちは?
今、胸に感じる恋慕の情は、この瞬間にだけ存在するものだ。
沢山の時間をイースランと過ごし、軽口を叩きあい、心を通わせ辿り着いたこの想いは唯一無二のもので、たとえ再びイースランを好きになっても、同じではない。
「いやです。私は今の気持ちを大事にしたい。イースラン様を慕うこの想いを消したくありません。好きなんです」
全身から声を震わせる。
イースランは腕を緩ませ、自身の胸に押し付けていたフィオラの顔をそっと離した。
「やっと、言ってくれた」
青い瞳が近づき、額が触れあう。
頬に長い指が触れられ、それが唇の輪郭をなぞった。
そのままイースランが顔の角度を変え……
「おーい。フェンリルの食事が終わったぞ!」
と、そのとき、クロセットの声が背後からした。
ふたりは慌ててパッと離れるも、再び視線を交わせる。
「フェンリル!」
「その手があったか!」
お互い手のひらを相手に向け、パチンと合わせる。
フェンリルなら、鐘塔まで一瞬だ。充分間に合うし、鐘塔にいるであろうセレナを問い詰める時間もある。
「おっとすまない、取り込み中だったか」
クロセットが踵を返し、続きをどうぞとばかりに背中越しに手を振って立ち去ろうとする。その肩をふたりはがしりと掴んで、声を揃えた。
「「お願いがあります」」
これはゲームだからリセット=登場人物全員が冒頭に戻る、というのがしっくりくると思うんです。
で、鐘塔にいたものだけが記憶が残る。では、なぜ「鐘塔」なのか・・・は次回以降であきらかにします
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