50.繰り返す回帰の原因3
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セレナが生まれたのは、この世界じゃない。まったく違う次元に存在する、とある国で生まれ、そして事故で死んだ。
気がついたときは、乙女ゲーム『花降るバーデリア学園』の中で、ヒロイン・セレナに転生していた。
『花降るバーデリア学園』の特徴は、四人の攻略対象をクリアしたあとに出る裏ルートにある。隣国ステンラー帝国とバーデリア国、両方の王族の血を引き、文武両道で容姿にも秀でているイースランの婚約者になることが、最終目的だ。
四人の攻略対象が同じ貴族学園にいるのに対し、イースランは併設する研究室にいるので、難易度も高い。そもそも四人の攻略対象を一度でクリアしないと、そのルートは出ないのだ。
ゲームの始まりは、悪女とされるフィオラの婚約破棄から始まる。
フィオラの誕生日パーティに、実はセレナも出席していた。フィオラが断罪されミレッラが婚約者になると、世の中では「真実の愛」がもてはやされだす。
攻略対象には全員婚約者がいるから、まずは彼等に婚約破棄をさせなくてはいけない。
そこで重要となるのが、「真実の愛」こそ尊重されるべきだという風潮で、これがセレナの後押しとなるのだ。
出会いはいつも『しびれ花騒動』から起こる。
そして数々のイベントをこなし、学園祭でセレナは攻略対象に花を渡し、後夜祭のダンスパーティのエスコートを申し込まれるのだ。
最後は卒業パーティ直前に、卒業記念のバッジを渡され求婚される。
これを攻略対象の人数分繰り返し、成功したあとに出てくるのが、研究室の求人募集だ。
攻略対象と出会えるのが放課後だけ、しかもイースランは女性への警戒心が高く、かなり難易度が高い。
攻略できなければまた初めからとなり、四人の攻略対象をクリアしなくてはいけない。
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「簡単に言えば、こういうことなんだけれど、理解できた? ま、理解できなくても気にしなくていいわ。どうせまた、すべて始めからやり直すのだから」
「……私たちが、ゲームの登場人物?」
「そうよ。フィオラはそれなりに重要キャラよ。物語もフィオラへの婚約破棄から始まるし、最後のイベントであるフェンリル脱走にも繋がる。あなたがいなくなったことで実家のジネヴィラ商会の経営が傾き、ダリオンとミレッラがフェンリルを盗むことを企むの。で、脱走したフェンリルから、攻略対象が私を命がけで守る。ゲームの一番の盛り上がりでもあるわ」
どこか得意げにセレナが語る。自分のために命をかける攻略対象を思い出したのか、目がうっとりと細められた。
もし、セレナの言っていることが本当なら、ゲームのために大勢の人が傷ついたことになる。
フィオラがフェンリルを制止しなかった一度目の人生では、生死の境を彷徨っている人もいた。それを思い出し、腹の底から怒りがこみ上げてくる。
「あなたは、私たちの命を、人生をなんだと思っているの」
低い声が出た。婚約破棄を言い渡されたときも、これほどの怒りは感じなかった。
「何って、単なるキャラ? ゲームの登場人物よ」
――バシッ
鈍い音が暗闇に響く。何が起きたのか分からないという顔でセレナが打たれた頬に手を当てる。
フィオラは手のひらに感じる痛みを消すように、ぎゅっと拳を握った。
「ふざけないで! 生きているわよ!! 皆、必死に、悩みながら喜びながら生きているのよ! それを命の通っていない人形のように扱わないで」
自分の都合のいいように他人を利用する。搾取する。フィオラは長年そうやって虐げられてきた。
そこからやっと抜け出せたと思ったのに、すべてがゲームの中だなんて認めたくない。
だとしたら、今まで自分は何のために耐えてきたのだ。頑張ってきたのだ。
「そう思いたければ勝手にどうぞ。でも、あと少しで時間は戻るわ。じゃあね」
セレナはふたりを一瞥すると立ち去っていった。
ピンクブロンドの髪が闇夜に消えるのを見届けたフィオラは、崩れ落ちるようにベンチに座り込む。
涙があとからあとから溢れ出す。悔しいのか、悲しいのか感情がごちゃごちゃに混ざって分からない。ただただ、涙が溢れた。
イースランはフィオラの隣に座ると、子供をあやすように背中をポンポンと叩く。その手に「ひっく」と幼子みたいな声が出た。
「イースラン様、私たちっていったい何なのでしょう?」
「さあ。でも、フィオラはここにいるし、俺も生きています。そもそも、その疑問は『人間とはなんだ』という哲学的なものに繋がらないですか? たとえここがセレナの言う通りゲームの中であったとしても、今、俺たちが考えていること感じていることは真実です」
「だとしても、セレナはまた初めに戻ると言っていました。初めってどこなのですか?」
セレナは四人の攻略対象をクリアしたと言っていた。
もしセレナの言う「初め」が一度目の人生を指しているのであれば、フィオラは今までの記憶をもったまま回帰できるのだろうか。
「今、この胸にある気持ちが、あと少しで消えてしまうのは嫌です!」
ぎゅっと胸に手を当てる。やっと気づいたのだ、自身で認めたのだ。それをなかったことになんてしたくない。
震えるフィオラの手に、イースランが触れる。
それから、俯くフィオラを覗き込んだ。
「……それは、俺への告白だと受け取っていいのでしょうか?」
「そうです。恥ずかしいので、確認しないでください」
「そんなわけにはいかないでしょう。双方の意思確認は大事です。そしてこの流れでキスの許可も得たいのですが?」
「なっ!?」
とんでもない申し出に涙が引っ込んだ。
後ろに逃げようとするも、素早く手が腰に回る。
「い、今はそれどころではないと思います」
「そうですか? こんなときだからこそ、という考えもありますよ」
イースランはにこりと笑う。
だけれど、すぐに真顔に戻って「でも、どさくさに紛れてと思われたくないので諦めます」とあっさりとフィオラの腰から手を離した。
「話を精査しましょう。何か手があるはずです」
街灯に照らされた真剣な横顔に、フィオラが菫色の瞳を瞬かせる。
感情的になって混乱する自分と違い、イースランはすでに対策を考えようとしている。
フィオラは自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
今、動転しても何も変わらない。そんな時間があるのなら、すべきことを考えなくては。
「手があるのですか?」
「それを探すのです。セレナの口ぶりから、俺たちが記憶を持ったまま回帰できない可能性もありますからね。せっかくフィオラを口説き落としたのに、それは困ります」
「そこ、ですか」
「一番重要なところです」
冗談めかした口調に、フィオラの肩から力が抜ける。
こんなときでもいつもと変わらないイースランに、心強さを感じた。
イースランは思案顔のまま腕を組むと、言葉を続ける。
「それにしても、今回、しびれ花騒動に王太子殿下が巻き込まれなかったのが不思議だったのですが、あれは前回が『王太子ルート』だったからなんですね」
「そう、なのですか」
もともと、王太子が植物市の騒動に巻き込まれていたと知らなかったフィオラが首を傾げる。そんなフィオラに、イースランは今回王太子が植物市に行かなかったのは、カルロと会っていたからだと説明した。
その話を聞いたフィオラが、納得したと頷く。
「前回の人生では私が商隊にいたから、カルロさんはバーデリア国を訪れなかったのかもしれません」
「だとすると、前回のみ王太子殿下が植物市に行かれたのも納得できますね」
「そう考えると、私が隣国に行ったのも、あらかじめゲームで決まっていたのでしょうか?」
「分かりません。もしかしたら、フィオラが隣国に行かなかったとしても、王太子殿下は何らかの理由で植物市に行った可能性があります」
セレナの言葉をすべて信じた上で、フィオラは五度の人生を思い返す。
フィオラの婚約破棄も、ミレッラとダリオンが引き起こしたフェンリル脱走も、すべてがセレナの言う「イベント」に通じるものだ。
一度は浮上しかけたフィオラの気持ちが、再び沈む。
結局、自分たちはゲームの中から抜け出せないのではないかと、不安と焦燥が込み上げてきた。
(あと何回、私は同じことを繰り返すの?)
そしてその繰り返しが終わるのは、セレナとイースランが結ばれたときだ。どっちの未来も、フィオラにとって苦しいものでしかない。
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