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5.五度目の人生1


「これが最良の選択よね」


 フィオラは植物研究室と書かれた扉の前で腰に手を当てそう意気込む。

 イースランの屋敷で目覚めてから、さらに三日が経っていた。


 三日の間に、フィオラの周りは随分と変わった。

 療養という名のもと、これからどうしようかと考えていたフィオラを、多くの寮生が訪ねてきたのだ。

 研究員のための女子寮には三十人ほどが一緒に暮らしているのだが、そのほとんどが来たのではないかと思うほどの千客万来ぶりに、フィオラはただただ呆気にとられた。


 今までフィオラのことを誤解していたと謝る人、差し入れを持って来てくれる人、必要な物はないかと聞いてくれる人と様々だが、かけられる言葉はどれも優しいものだった。

 婚約者と実の妹の不貞に加え、ジネヴィラ伯爵夫妻の悪行も憲兵が調べ明らかになった。

 今やすっかり時の人となり、注目されることに居心地の悪さを感じつつも、向けられる優しさは素直に嬉しかった。


 それと同時に、今までの自分を反省もした。

 表情が乏しいのは仕方ないとしても、自ら殻に閉じこもり人を避けていたのではないかと思うふしもあった。


 五度目の人生では、商隊にいたときのように積極的に人と関わってみようと思ったフィオラは、隣国へ渡るという選択肢を捨てることにした。

 商隊での暮らしは楽しかったが、今はそれより優先したいことがある。


(フェンリルの脱走を、絶対に食い止めよう)


 今までの回帰で常に起こったフェンリルの脱走で、傷ついた寮生も多い。

 四度目の人生で、フィオラはフェンリルに襲われなかったが、多くの学生や研究員が傷ついたのを知っている。

 彼らの姿を見て、フィオラは後悔したのだ。

 フェンリルが脱走すると知っていながら、何も手を打たず自分だけが無傷なことが後ろめたく、申し訳なかった。


 だから、五度目の人生では、回帰の原因を探りつつ、フェンリルの脱走を食い止めるつもりだ。

 そのためにちょっと試したいことがあって、植物研究室に在籍し続けることを決めた。


 植物研究室はマイナーで、在籍している研究員はフィオラを入れて三人。

 一人は毒に魅了され、毒を持つあらゆる植物を育てるのを生きがいとするダリア。

 銀色の髪に水色の瞳、華奢な身体に騙される男子学生、研究員が後を絶たないが、いつもダリアに袖にされている。


 もう一人は茶色い髪に鳶色の瞳をもつハンスで、こちらは人畜無害のほっそりとした男爵令息だ。

 悪い人ではない。ただ人とのコミュニケーション能力に乏しく、植物に向かって日々語りかけ並々ならぬ愛情を注ぐ。それでいて、時折りとんでもない新種を発見したりする天才肌だ。


 そんなふたりの癖あり研究員と、氷の才女として悪評があるフィオラを纏めていた上司というのが、御年七十歳の室長。

 かつてはお城の高官だった彼は室長としての意識もやる気もゼロ。

 膝に猫を乗せながらうとうととまどろむのんびりとしたお飾りの上司は、研究員の自主性にすべてを任せていた。要は、丸投げだ。


「おはようございます」


 久しぶりに研究室に入れば、ふたりの先輩はすでに出勤していた。

 学園の敷地の南側にある一戸建ての研究室内は、三部屋に分かれている。

 一つが室長の個室、もうひとつが物置で、残りの一つを三人の研究員で使っていた。

 正面の机にいたダリアが、フィオラを見た途端に立ち上がり駆け寄ってきた。


「フィオラ、大丈夫?」


 いつもクールで毒性の植物しか興味のないダリアが、ぎゅっとフィオラを抱きしめる。

 思わぬ事態にフィオラが硬直していると、ダリアは涙ながらに語り始めた。


「誕生日パーティで何があったか聞きましてよ。あなた、いつも感情を表に出さないし何も言わなかったけれど、辛かったのね」


 フィオラより五歳年上のダリアは「気づいてあげれなくてごめんね」と泣きながら謝ってくる。

 呆気にとられ返す言葉が見つからないフィオラを、ダリアはさらに強く抱きしめた。


「才女でいつも冷静なフィオラは、わたくしなんか相手にしないだろうと距離を取っていたの。でも、今回のことでそれが間違いだって気づきましたわ。これからは何でも相談してね」

 

 背の低いダリアが、フィオラの肩に顔を埋めるように涙を流す。

 フィオラは戸惑いつつその背中に腕を回すと、宥めるように撫でる。

 これでは慰められているのか慰めているのか分からない。

 でも、伝わってくる温かさに心が満たされていく。


(こんなに優しい人だったのね)


 一度目の人生では、業務連絡程度の会話しかしなかった。フィオラを虐めたりはしないが、いつも黙々と毒の植物を研究するダリアに近寄りがたさを感じていたのも事実だ。

 それが、涙ながらにフィオラを心配する人だったなんて。

 回帰を繰り返すフィオラの実年齢はダリアと同じぐらいだ。それなのに、まるで妹のように感じてしまう。


 ただ、婚約破棄がショックで飛び降りたと思われていることには、良心が痛む。

 自棄になっていたのは否定できないが、ダリオンの行いに傷ついたわけではない。


(一度目の人生では婚約破棄をされ悲しかったけれど、今はダリオン様にまったく未練がないのよね)


 かといって本当のことは言えない。

 ただ、五度目の人生では、もっとダリアと仲良くなりたいと思った。

 そう決心するフィオラの肩を、ハンスが優しく叩く。


「りょ、両親からも酷い扱いを受けていたんだろう。辛かったな」

(ハンス様に話しかけられた!)


 植物以外とは会話をしないハンスに声をかけられたのはこれが初めてだ。

 かつて同僚だったとき業務連絡はすべてメモだったことを考えると、一気に距離が縮まったといえるだろう。


 驚くフィオラにハンスは追い打ちをかけるかのように、「俺にできることがあれば言ってくれ」とまで口にする。

 フィオラは目を瞬かせながら。コクコクと首を上下させた。


「お、俺は、人と話すのが苦手だけれど、それじゃ、いけないと思った。フィオラがテラスから飛び降りたって聞いて、もっと何かできたんじゃないかって……こ、後悔したんだ」


 なんということでしょう、とフィオラが口をあんぐりとさせる。


 こんなに長文を話すハンスを見る日が来るなんて。テラスから飛び降りるのも悪くないと図らずも思ってしまう。

 妙な感動を胸にフィオラが「ありがとうございます」と微笑めば、その愛らしさにダリアがくらりとよろめき、ハンスが目を見開いた。


「フィオラが笑いましたわ。可愛すぎます」

「……笑えたんだ」


 ハンスにだけは言われたくない。

 フィオラが笑えるようになったのは、四度目の人生がきっかけだ。

 ふたりがフィオラの笑顔を見るのは初めてだから驚くのも無理はないと思いつつ、いや、驚きすぎでしょう? と心の内でつっこむ。


「これからは、笑ったり、泣いたり、怒ったり、ちゃんと自分の気持ちを表そうと思います」

「それはいいことですわ。でも、そんなに可愛い笑顔を見せられたら、フィオラに恋する男性も増えるのではないかしら。しつこい男を撃退するブツが沢山あるから、あとでさしあげますわ」


 ……ブツとはいったい?


 フィオラは、ダリアの机の上に並ぶ毒草の種や苗をそっと見る。何も聞かないでおこうと心に誓った。


「お気持ちは嬉しいですが、大丈夫です。ほら、ハンス様もいつも通りですし」

「ハンス様は例外ですわ。植物にしか興味がないんですもの」

「そ、そんなことは……」


 ないとは言えない。

 ハンスは話を振られるも、人との会話はもう限界だったようで自分の席へと引き上げていった。

 ダリアもフィオラから離れ、目元を拭う。


「では、わたくしたちも仕事に取り掛かりましょう」

「はい。今日は何をすればいいですか?」

「昨日、薬学研究室から改良して欲しい薬草のリストが届きましたの」


 植物研究室の主な仕事は、薬学研究室からくる薬草の改良依頼だ。

 それ以外に、個々に興味のある植物を改良したり新種を作っている。


「わたくしも手伝いますわ」

「えっ、でもいつもは私が大半をしていました」


 全部引き受けるつもりだったフィオラが意外な顔をすれば、ダリアは頬に手を当て申し訳なさそうにした。


「それですが、今までフィオラの優しさに甘え、自分の興味のある実験ばかりしていたと反省していますの。これからはきっかり三等分いたしましょう。ハンス様、よろしいですわね」


 植物の向こうで頷くハンスの茶色い髪が見える。どうやら、同意してくれたようだ。

 今回も全部引き受けるつもりだったが、試したいことがあるフィオラとしてはこの申し出はありがたい。

 ここは素直に甘えることにした。


「では、お願いします」

「もちろんですわ。では、わたくしはこれとこれの改良をいたしましょう」


 麻酔効果と鎮静効果のある植物を、ダリアがちゃっかりと指差す。どの植物も改良次第では人を昏睡させるものになるだろう。

 さくさくと担当する植物を分けたダリアから、フィオラは担当する植物に関する書類を受け取ると自分の机に向かう。


 時間軸としては五日前まで働いていた場所だが、感覚的にいえばほぼ三年ぶりだ。

 机の引き出しの中に入っているペンや紙に懐かしさを感じつつ、フィオラは書類に目を通し始めた


本格的に五度目の人生スタートです!


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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