49.繰り返す回帰の原因2
イースランの腕の力が強まる。それとは反対に、フィオラは身体を預けるように力を抜いた。
「何度も、何度もこの十ヶ月を繰り返してきましたが、それがもしこの瞬間のためなら挫けなくてよかったです」
フィオラが振り返る。
イースランの青い瞳が、フィオラの表情を探るように揺らいだ。
「フィオラ、それは……俺のことを」
イースランが言葉を続けようとしたとき、甲高い声が聞こえた。
「イースラン様!」
ふたり揃って目をパチリとさせると、立ち上がり周りを見渡す。
すると、こちらに向かって駆けてくるピンクブロンドの髪が見えた。セレナだ。
間もなく卒業パーティが開かれる。
真っ青なドレスに身を包んでいるので、パーティに出席する予定ではあるようだが、なぜここにいるのか。
セレナはふたりのもとまで来ると、息を整えもせずフィオラの腕を引っ張った。
「だから! どうしてあなたがイースラン様と一緒にいるの?」
「どうして、と言われても……フェンリルの様子が気になったから一緒に見に来たのだけれど……」
助けを求めるようにフィオラがイースランに視線を向けるが、こちらも質問の意図が分からないのか戸惑っている。それでも「そうです」と答えれば、セレナは「あぁ、もう!」と悔しそうに地団駄を踏んだ。
「せっかく裏ルートまできたのに、どうして何もかもうまくいかないの? ここまでの努力が全部水の泡じゃない」
ぎりっと歯ぎしりをすると、セレナはフィオラの腕から手を離し、びしっと人差し指をフィオラの鼻先に突き出した。
「すべてあなたのせいだわ! そもそもイースランルートにフィオラは存在しないはずなのに、何かと出張ってきては私の邪魔をして、いい加減にして」
その剣幕に驚き後ずされば、イースランが庇うように二人の間に入った。
「セレナ、いきなり現れてどうしたんですか? 俺は、フィオラがあなたを害するところを一度も見ていませんし、彼女はそんな人間ではありません」
「だったらイースラン様、私にバッジを渡して求婚してください」
セレナが手のひらをイースランに向けた。普段の言動もだが、今日のセレナはフィオラたちの理解の及ばない場所にいる。
イースランは困惑を隠さないまま、首を横に振った。
「俺はセレナに求婚するつもりはない」
「ほら、やっぱりイースランルートはもう駄目ね。また一から始めなおさなきゃ」
投げやりな口調と一緒に、セレナはベンチに座ると足を組む。
ドレスが皺になるが、気にするそぶりはまったくなかった。
「ここに来るまでに、どれだけのイベントを成し遂げたと思っているのよ。まずは出会いである『しびれ花騒動』。そこで私を助けようとした攻略対象を反対に身を呈して守り、親しくなるきっかけを作るの。そのあとは攻略対象に近付いて、彼等が好みそうな会話を選ぶ。で、『後夜祭のダンスパーティのドレス選び』に『パンケーキ』。パンケーキイベントは私の楽しみだったのよ」
「……あ、あのセレナさん? 言っていることが分からないのだけれど?」
フィオラが問いかけても、セレナは目を向けようともしない。
はぁ、と盛大なため息を吐くと、頭を抱えさらに声を大きくする。
「本来なら、私がイースランと学園祭を楽しみ、花を渡すの。それに嫉妬した研究室の女が、後夜祭のダンスパーティで私を階段から突き落とそうとするのをイースランが助け、ふたりは心を通わせる。で、最後に起きるのが『フェンリルの脱走騒動』よ。攻略対象は私を守り、卒業式のあとに記念のバッジと一緒に求婚する――これがゲーム『花降るバーデリア学園』のあらすじなのに、今回はまったく違うじゃない!」
「ゲーム?」
フィオラが問えば、セレナはキッとフィオラを睨んだ。
「そうよ。私はそれを四回も繰り返したんだから!」
「――繰り返す?」
フィオラの声が震える。
まるでそれに呼応するかのように、ベンチの近くにあった街灯のあかりがついた。暗くなったら火が灯る魔道具だ。
街灯のオレンジ色の光が三人の影を濃くし、いつの間にか日が暮れたことを知った。
イースランを見上げれば、彼もまたセレナの言葉に驚き、信じられないとばかりに目を見開いている。
青い瞳が、何かに気づいたかのように揺れた。
「そうだ、思い出した。回帰前、俺はセレナが王太子殿下と一緒にいるところを見た」
「えっ、どうしてイースランが前回の『王太子ルート』のときの記憶を持っているの? あぁ、何もかもゲームの内容と違うじゃない。バグっているのかしら?」
セレナは苛立たし気にこめかみを掻くも、すぐに「もう、どうでもいいけど」と投げやりに言った。
「前回は『王太子ルート』だったの。その前は宰相の息子である『公爵令息ルート』よ。イベントは全員同じだけれど、相手によって態度や服装を変えたりと、攻略に至るまでけっこう大変なんだから。その二つを含め合計『四つのルート』を続けてクリアして最後に現れるのが『隣国の王族ルート』、通称『イースランルート』なの」
セレナは指を四本立てて見せる。それから、イースランを指差した。
「イースランが攻略対象となるこのルートは、王太子含め四人の攻略対象を続けてクリアしたうえに、あることをしなくてはいけないの。かなりレアなんだから!」
セレナの話している内容は半分も理解できないが、どうやら彼女もまた回帰を繰り返しているのは分かった。
フィオラがイースランの袖を引っ張ると、イースランは眉根に皺を寄せたまま口を開いた。
「回帰前の後夜祭のダンスパーティに、王太子殿下が婚約者以外の女子生徒をエスコートしたんです。それに怒った婚約者が女子生徒を階段から突き落とした、という事件がありました。王太子殿下はその場で婚約者に婚約破棄を叩きつけ、大きな話題となったので覚えています」
「そんなことがあったのですね。私は隣国に行っていたので知りませんでした」
「俺も噂を聞いただけです。ただ、薬学研究室が開いた新薬説明会に、王太子殿下とその女子生徒が来たのをちらっと目にしました。初めてセレナを見たときどこかで会った気がしたのは、そのせいだったんですね」
「あぁ。あの退屈な説明会ね。たしかに王太子殿下と行ったわ。でも、どうしてイースランに前回の記憶が残っているのかしら」
もう全部台無しだと、セレナは夜空を仰ぐ。
いつの間にか月が出て星が瞬いている。
「あの、私、セレナさんが言っている内容が半分も……いえ、ほとんど分からないんだけれど」
「でしょうね。知りたい? どうせあと少しですべてリセットされるから、教えてあげてもいいわよ。イースランルートが駄目になったから、時間がくるまで暇だし」
そう言うと、セレナはまるで物語のような話を始めた。
攻略対象四人をクリア→裏ルートとしてイースランが攻略対象となります。
フィオラは研究室にいたり隣国に行ったりしていたので知りませんが、過去四回の回帰でセレナは毎回違う攻略対象者を落としていました。次話前半でもう少し詳しく&簡潔にまとめています。少々お待ちを。
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