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46.フェンリル脱走3

 

 フィオラたちに見張られているなんて知らないふたつの影が、まっすぐ鉄格子へと近づいていく。

 と、途中で何かに気がついたかのように足を止めた。


 影のシルエットからして男女らしいが、フード付きの外套を着ていて顔は見えない。

 男が足元を指差す。どうやらレジハメンの鉢に気がついたらしい。数度言葉を交わしてから、慎重に鉢を避け進んでいった。


「どうやら、学園祭で植物研究室の展示を見たようですね」

「あまり人気がなかったのにですか?」

「それでも十数人は来ていましたよ。心当たりはありませんか?」


 問われ、フィオラは首を振って答えた。

 怪しい人物――何をもって怪しいと判断するか分からないが――に覚えはない。


 フィオラが教室を離れていたのは、イースランと食事をするときの数時間で、あとはずっと教室にいた。

 その間に来た誰かかもしれないし、知り合いからレジハメンの話を聞いたとも考えられる。


「彼等を止めますか?」


 頭によぎるのは、ダリアが作ったまどろみ草だ。

 動物が狂暴化すると聞いてから、ずっと引っ掛かっていた。もし彼等がそれを持っていたとしたら、危険だ。


「いや、今の状況だけで犯人とは決められません。決定的な証拠が出るまで、もう少し様子を見ましょう」


 フィオラとイースランは、姿勢を低くして鉄格子に近付く。

 すると、男が何か袋のようなものを持っているのが分かった。片手で抱える袋の大きさは三十センチ弱だろうか。


 男は鉄格子まで来ると、風向きを確かめるそぶりをしてから袋を地面に下ろす。

 女が袋をしばっていた紐をほどき、男が慎重そうに中身を取り出した。

 気のせいか、男が緊張してるのに対し、女は気楽な様子で周りを見回している。


「何をしているのでしょうか?」

「もしかすると……。いや、だがあれの展示はすぐに取りやめさせたし」


 思案顔でイースランが立ち上がろうとしたときだ、林の奥から唸り声がして二匹のフェンリルが駆けてきた。

 その勢いのまま鉄格子に飛びつくと、妖しいふたつの影は「うわぁ」「きゃぁ」と腰を抜かす。

 尋常ならぬフェンリルの様子に、イースランが走り出した。フィオラも一拍遅れ後に続く。


「お前たち! そこを離れろ!!」


 その声をかき消すかのようにフェンリルは鉄格子に身体を打ち付け、爪を立て、牙を剥く。


「な、なんでこんなことになるんだ!」


 フードを被った男が叫ぶ。


「ダリオン様! 騎士なんですからなんとかしてください!!」


 聞き覚えのある声と名前に、走っていたフィオラの足が止まった。

 今日は風が強い。そこにフェンリルが鉄格子にぶつかるさいに起きる風が加わり、不審者ふたりのフードが取れた。


月明かりに照らされたその顔に、フィオラは息を飲む。


「……ダリオン様、それにミレッラ。ここで何をしているの?」


 腰を抜かし互いにしがみつくふたりは、現れたイースランとフィオラに驚くと同時に助けを求めるかのように手を伸ばした。


「おい、助けろ! こいつを何とかしろ! 急に暴れだしたんだ」

「お姉様、イースラン様は風魔法を使えるのですよね。フェンリルを取り押さえてください」


 必死に訴えるふたりの前に、まどろみ草の鉢が転がる。


「ふたりとも、その鉢植えが何か知っているの?」

「あぁ。この花の匂いを嗅いだら眠くなるんだろう? それなのに、どうしてフェンリルが暴れるんだ」

「まどろみ草の香りで眠くなるのは人間だけです。動物は狂暴化するので、魔獣であるフェンリルが暴れているんです」


 ミレッラが「そんなぁ」と泣き出した。

 だけれど、ダリオンは慰めることなく「そんなこと知らない」と首を振るばかりだ。

 フィオラは鉄格子に手を伸ばし、二匹の名前を呼ぶ。


「ラブ、カイ。私よ、分かるでしょう。そんなことをしてはダメ。あなたたちの身体が傷ついてしまうわ。やめなさい!」


 叫びながらフェンリルに触れようとするフィオラを、イースランが背後から抱き止める。


「駄目です。フィオラの声が届いていない。さっきから風の渦を作って二匹の足を縛ろうとしているんだが、それも蹴散らされているんです」


 イースランがその気になれば、つむじ風でフェンリルを巻き上げ地面に叩き落とすこともできるだろう。

 しかし、それではフェンリルの命が危ない。どうすべきかと戸惑いながら出す風魔法は威力も弱く、フェンリルの手足に絡みついてはすぐに霧散されてしまう。


「眠らせるつもりだったのに、どうしてこうなるのよ!」


 ミレッラがまどろみ草の鉢を投げる。しかし、ミレッラの腕の力では遠くまで飛ばせず、すぐ近くで鉢が割れる音がした。


「やはりまどろみ草が原因か。だから展示を止めさせたのに!!」


 イースランはまどろみ草に向け風を起こし、花弁を粉砕した。

 次いで突風で、辺りに漂うまどろみ草の香りを吹き飛ばす。しかし、一度興奮したフェンリルの勢いは、すぐには収まらない。

 二匹揃って体当たりされた続けた鉄格子は、その威力に耐え切れずとうとう破壊されてしまった。


「うわっっ、やめろっ、こっちに来るな!」


 壊れた鉄格子をまたぐようにして外へ出たフェンリルに、ダリオンが逃げ出した。

 腰を抜かし立てないミレッラが助けを求めるも、振り返ろうとすらしない。


 涙で顔がぐしゃぐしゃになっているミレッラに、一匹が飛びかかる。

 フィオラは咄嗟に両手を広げ、妹を背に庇うように間に立った。


「……お姉様! やっぱり私を……」

「勘違いしないで。あなたを守るためじゃないわ。今回は絶対に、フェンリルに誰も傷つけさせないって決めているの」


 四回目の人生で、自分だけが助かった後ろめたさがフィオラを奮い立たせる。

 それに、今までのどの人生においても、今回が一番フェンリルとの信頼関係を築けている。きっと大丈夫。

 そんな思いでフィオラは一歩を踏み出した。


「ラブ、大丈夫よ。怖くない。私が傍にいてあげる」


 それはかつて、幼いフィオラが言ってもらいたかった言葉でもある。

 グッ、グゥルグルゥ

 それでもフェンリルは喉を唸らせ牙を剥く。

 真っ黒な瞳が、フィオラを見ているようでどこか遠くに焦点を合わしている。


(駄目だ、錯乱状況が続いている)


 だが、飛び掛かってこないのだから、ましだと思えた。

 まどろみ草の香りが吹き飛んだからか、それともフィオラの声が届いたのか、逆立っていた毛が少しずつ収まっていく。


 その一瞬の隙をついて、イースランが風で輪を作りフェンリルの足を縛りあげた。

 両前足と両後足を縛られたフェンリルは、バランスを崩してその場に倒れ込む。そこにフィオラが駆け寄る。


「フィオラ、離れろ!!」

「大丈夫です。ラブ、お願いだから暴れないで。風の輪が足に食い込んでしまう」


 よしよしと頭を撫でれば、唸っていたフェンリルはゆっくりと動きを止め、やがて甘えるような声を出した。

 どうやらフィオラの存在が分かったらしい。


「よかった。もう大丈夫ね」


 頭を撫でながらほっと息を吐いたところで、今度は少し向こうから悲鳴が聞こえた。ダリオンの声だ。


 ラブに気を取られている間に、カイがダリオンを追いかけ襲っている。

 イースランが走り出す。それを追いかけるためフィオラも立ち上がろうとしたが、ミレッラに袖を掴まれた。


「お姉様、どこに行くの? 私をひとりにしないで。またこいつが暴れだすかもしれないじゃない」

「ダリオン様を助けないと。心配じゃないの?」

「私を見捨てて逃げた男なんて、どうでもいいわ。だからお姉様はここにいなさいよ!!」


 オレンジ色の瞳を見開き命じるミレッラに、フィオラの顔から表情が消える。

 フィオラはミレッラの手を握ると、自分の服から引き離した。

 助けてもらえると思い込んでいたミレッラは、信じられないとばかりに口をパクパクさせる。


「お姉、様?」

「あなたたちの真実の愛ってその程度のものだったのね。そんなつまらないもののために、私は何度も傷つけられたというの?」

「ま、待って。お姉様、ダリオン様なら返すわ! だから私を置いていかないで」

「私が助けて欲しいとき、あなたが手を差し出してくれたことがあった? 大丈夫、フェンリルはもう暴れないわ。それに、ダリオン様なんていらない。彼は私にとって大事な存在ではないの」


 自分を傷つけてきたものが、こんなにちっぽけだったなんて。

 フィオラはミレッラに背を向けると、駆け出した。

 少し向こうで風魔法を放つイースランの姿が見える。


(私は、私が大事だと思うものを守りたい)


 走る足に力を込め、フィオラはイースランの名を呼んだ。


こういうヤツらに限って、土壇場になると仲違いするんですよね。

ちなみにフィオラの人生一回目から四回目までのフェンリル脱走もミレッラたちの仕業です。

五回目ほどの急落ではないですが、ジネヴィラ商会はフィオラがいなくなり売上が悪くなります→以降、怪しい話を持ち掛けられ…(同様の展開)



お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

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― 新着の感想 ―
 たまにフェンリルが『フェルリン』になってるのは何故なんですか?(困惑)  浅はかな連中が浅はかな思いつきで浅はかな手段を取ったせいで、フィオラは死にその他の人々にも少なくない犠牲が出て…今回は犯人…
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