41.後夜祭のダンスパーティ5
フィオラがいたときは、商会はきちんと利益を出していた。
それがたった半年で枯渇するとは、いくら取引先が離れたとしても早すぎる。
「し、借金の話はいいから、フィオラは今すぐ研究室を辞め、俺の下で働くんだ! それで離れていった取引先に頭を下げ、再び取引を再開するように頼むんだ。お前は俺の義理の姉でもあるのだから、それぐらいして当然だろう?」
こんな男のどこが好きだったのだろうかと、フィオラの心がすっと冷たくなる。
何度もの回帰で恋愛感情なんてとっくに失くしていたが、あまりの身勝手さに閉口してしまう。
いっときのこととはいえ、ダリオンを慕っていた自分に呆れるばかりだ。
(楽しい思い出も、嬉しいこともあったのに)
それら全部が薄れ、後悔が込み上げてくる。
大切にしようと胸に留めていた思い出までもが、汚された気分だ。
「お断りいたします。私の言葉を信じず、濡れ衣を着せて婚約破棄を突きつけてきた元婚約者を助ける義理はありません」
「お前は! 昔からそういうところが可愛げないというんだ!! 俺を手伝えば少しは優しくしてやろうと思っていたのに」
「あなたに優しくして欲しくありません。どうして、ダリオン様の優しさに私が喜ぶと思えるのですか。あなたは私よりミレッラを選んだのですよ?」
ジネヴィラ商会がどうなろうとも、もはや関係ないと思えた。
そもそも、ジネヴィラ伯爵家に未練はない。前回の人生のように隣国へ渡ってもよかったのだが、それをしなかったのはフェンリルの暴走を防ぎたかったからだ。
「どうしても私をジネヴィラ伯爵家に関わらせるのであれば、私は貴族籍を捨て平民になります。研究員としてひとりで生きていくだけの術は持っていますので、ご心配なく」
言いたいことは全部口にした。
思えば回帰した人生の中で、これだけ自分の意志をはっきりと伝えられたのは初めてだ。
四度目の人生は、フィオラを大きく変えた。
でも、今回の人生がフィオラに与えた影響も大きい。
周りの人から悪女だと思っていたことを謝罪され、良好な人間関係を再構築できた。
フィオラ自身が殻に閉じこもり心を閉ざしていたせいで、うまく立ち回れなかったのだとも学んだ。
(心を開けば、ダリアさんやハンス様のように受け入れてくれる人が身近にいた。それに、こんな私を好きだと言ってくれる人にも出会えた)
まっすぐ向けられたイースランの熱いまなざしを思い出し、フィオラの心が奮い立つ。
「お前が必要だと言ってやっているのが、分からないのか」
「私は、あなたたちを必要としていません。それでは、さようなら」
立ち去ろうと階段に足を向けるフィオラの腕を、ダリオンが掴もうとする。
それをフィオラは身体を捩じって避けたのだが……次の瞬間、身体が宙に浮いた。
えっ、と思う視線の先で、ミレッラが両手を突き出していた。
「お姉様のくせに、ダリオン様に必要とされるなんて許せない!」
怒りに歪むオレンジ色の目が、どんどん遠ざかっていく。
――落ちる
テラスから飛び降りたときは恐怖なんて感じなかったのに、今は浮遊する感覚に肝が冷える。身体が強張る。両手が宙を掻いた。
死にたくない。叫びたいのに恐怖で喉が詰まり声が出ない。
ぎゅっと目を閉じ身体を縮ませた次の瞬間、フィオラの全身がふわりと受け止められた。優しく何かに包まれる。そのままフワフワと移動して、降ろされた場所はイースランの腕の中だった。
「……イースラン様?」
「遅くなってすまない。今度はうまく風魔法を使えてよかった」
息を切らせるイースランの額には、汗が浮かんでいる。
イースランはフィオラをそっと大理石の床に立たせ、怪我がないか確かめるように全身に視線を巡らせた。
「ダンスが終わってすぐにフィオラを探したが会場にいなくて。それで廊下に出たが、踊り場は死角になっていて気がつくのが遅れてしまった」
廊下に出たあとは庭を探していたと言う。
イースランは汗で額にはりついた髪を掻きあげると、まだ階段上にいる二人に向かって声を荒らげた。
「これ以上、フィオラに近付くのは止めてもらおう」
「誰だ? 関係ない奴は引っ込んでいろ」
「もしかして、イースラン・カンダル様ですか? バーデリア王族のご親族ですよね」
ミレッラが、ダリオンを押しのけるようにして階段を駆け下りる。そうして、間近でイースランを見ると、瞳を輝かせた。
「やっぱり。同級生のセレナが話をしていたので知っています。ステンラー帝国の王族の血縁でもあるのですよね?」
緊迫した空気に不似合いな能天気な声音に、イースランが不快を顕にする。
ダリオンがミレッラに続くように階段を降りてきた。
「とういうことは、セルバード商会の縁者ですか。ちょうどよかった、商会長のご子息がこの国にいると聞きました。ぜひ会いたいので取り次いでもらえないでしょうか」
「どうして俺がそんなことをする必要があるんだ?」
イースランに睨まれ、ダリオンが動きを止める。鋭い剣幕にしどろもどろになりながらも、まだ言葉を続けた。
「ひ、必要と言いますか。だって、フィオラの知り合いですよね。俺は彼女の義理の弟になるし、ジネヴィラ商会はフィオラの実家です。紹介ぐらいしてくれてもいいでしょう」
必死に食い下がるダリオンの額には、脂汗が滲んでいる。
この機会を逃してなるものかと一心不乱に言葉を続けるダリオンを制するように、イースランが手のひらを突き出した。
「大事なフィオラを危ない目に遭わせる男に、手を貸すつもりはない。フィオラもそれでいいか?」
「はい。ジネヴィラ商会と私は、もはや無関係ですから」
きっぱりと答えるフィオラの前で、ダリオンは顔を蒼白にさせる。
「大事? そういえば先程フィオラをエスコートしていた男の髪は、黒色だった気が……」
会場のどこからか、フィオラとイースランを見ていたらしい。
イースランは素早くフィオラの肩を引き寄せると、悠然とダリオンを見返した。
「今、彼女に求婚しているところだ。フィオラの尊厳を傷つけた君たちとこれ以上話をしたくはない。今日はこれで帰るが、今度フィオラを酷い目に遭わせたら、容赦はしない。懲戒免職が生ぬるかったと思う嵌めになるだろう」
温度を感じさせない口調に、ダリオンだけでなくミレッラも硬直する。
そんなふたりを横目に、イースランがフィオラに恭しく手を差し出す。
フィオラはその手を借りると、凛とした姿勢で立ち去る。
実際は、ミレッラとダリオンには腹を立てているし、突然現れたイースランに驚いてもいる。そうして、求婚とはいかに? と混乱もしていたが、ミレッラたちに動揺している姿なんて見られたくない。
だから様々な感情をぐっと押し込め、意地でも堂々と立ち去ってやると足に力をいれる。
そんなフィオラの心の内を知っているかのように、イースランは紳士らしくフィオラをエスコートした。
あと一週間ぐらいで完結です。
新作も完成したので来週ぐらいに投稿を始めようと思います。今、苦手なタイトル決めとあらすじ作成に四苦八苦しています。何回やっても、苦手だ。
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