40.後夜祭のダンスパーティ4
「話って?」
「場所を移動しよう」
フィオラの問いに答えたのはダリオンだった。
周りを見回しフィオラの腕を掴むと、人気のない階段へと連れていく。そしてそのまま階段を上がると、踊り場で立ち止まった。
ミレッラがすかさず詰め寄ってくる。
「お姉様のせいで、ジネヴィラ伯爵家がどれだけ迷惑を被っているか分かっている? 役人が来て私やお父様、お母様が事情を聴かれたせいで、まるで私たちがお姉様を虐めていたかのような噂が出回っているのよ! そのせいで私は友達から白い目で見られるし、婚約披露宴すら開けなかったんだから!」
今にも掴みかからんと迫ってくるミレッラに、フィオラは数歩後ずさる。
フィオラが悪女だという噂が嘘だと分かり、周りの反応が変わった。
でも、ミレッラたちが悪く言われているとは初耳だ。
「私、そんな噂を聞いたことないわ」
「知らないわよ! 友達がいないからじゃない? とにかく、真実の愛を貫いた私とダリオン様が悪いように言われているの! それもこれも、全部、全部お姉様が悪いのよ!」
「でも、それは仕方ないんじゃないのかしら?」
素朴な疑問がフィオラの口から転がり出る。
だって、婚約中に愛し合っていたのなら、それが真実の愛であろうと不貞に違いない。
「なんですって!!」
フィオラの言葉に逆上したミレッラが引っ叩こうと手を振り上げたが、意外にもそれを制したのはダリオンだった。
「ダリオン様、どうして止めるの? あなただって噂のせいで騎士を懲戒免職になったのでしょう?」
「えっ、懲戒免職?」
こちらも初耳だ。今までの回帰では、ダリオンは数ヶ月後に騎士団を自主退職し、ジネヴィラ商会を継いでいた。
それとほぼ同時期に、婚約披露宴も盛大に開かれたと記憶している。
「それはいいから」
まるで誰にも聞かれたくないように、ダリオンがミレッラの肩を押さえる。それから周りを見回した。
踊り場は会場の入口から死角になっているから、三人に気づく者はいない。
階段を上った先にある二階のフロアも静かだ。まだダンスパーティが始まって間もないから休憩している人がいないのだろう。
ダリオンに制されたミレッラは「えっ? いいの?」と目を丸くしている。
それにかまうことなく、ダリオンは言葉を続けた。
「ジネヴィラ商会の引継ぎをどうしてきちんとしなかったんだ。そのせいでこっちは不備だらけだ」
「引継ぎの手紙なら、送ったはずですが」
フィオラとしては、ダリオンと不貞を働いたミレッラも、それを黙認してフィオラの誕生日パーティで妹の婚約を発表しようとしていた両親も許せない。
だから、フィオラに商会を手伝うという考えはなかった。
それでも従業員たちが困らないようにと、引継ぎの書類を作成し送ったのだが。
「ああ、手紙は届いた。従業員に読ませ、フィオラがしていた通りにやれと命じた。それなのに、うまく仕事が回らないんだ。しかも、頼んだ従業員がどんどん辞めていくし……もしかしてお前が彼らを唆したのか?」
「どうして私がそんなことをするのですか? 私は、ダリオン様が誰に仕事を頼んだのかも知らないのですよ」
「そ、それはそうだが」
ダリオンの話に、フィオラは眉間を押さえる。
フィオラの仕事の中には、ジネヴィラ商会の商会長である父の代理のものも含まれる。それは、従業員がする仕事の範疇を越えているのだ。
「では、ダリオン様は従業員に隣国の商会との交渉や、バーデリア国の商人とのやりとり、高位貴族との親睦もすべて任せていたのですか?」
「まさか! 大きな商談はすべて俺が取り仕切っていた。しかし、彼等も俺の話はまともに聞かず、取引の停止を伝えてきた。それで、既存の取引先については従業員に任せ、新規の商売を始めることにしたんだ」
それにもかかわらず取引先は離れ、その失態を叱られた従業員たちが続々と辞めているらしい。
それはそうだ。取引先にしてみれば、交渉相手が商会長の身内から従業員に代わったのだから、軽んじられたと捉えられても文句は言えない。
さらに、交渉では即断即決を求められる場合も多いが、従業員にその権利はない。
いちど上司に相談させてくれと話を持ち帰り、ダリオンにお伺いを立ててまた交渉を続ける――そんなことをしていたら、別の商会に商売を取られて当然だ。
「ダリオン様は、こうなると分かっていて私と婚約解消をして、ミレッラと新しく婚約を結んだのではないのですか? 私は何もしていません。何も言っていません。あの誕生日パーティの日から、ジネヴィラ伯爵家に関わるのは止めたのです」
そう、フィオラは何もしていない。
ただテラスから飛び降りただけだ。
それがきっかけで変わったこともあるだろうが、ミレッラとダリオンの言い分はすべて自業自得としか思えない。
婚約中、フィオラはダリオンに反論することはなかった。だから、フィオラが言い返してくるとは思わなかったのだろう、ダリオンが忌々し気に口を歪ませる。
「とにかく! フィオラは明日からジネヴィラ商会を手伝え。このままでは、借金で首が回らなく……」
「借金? えっ、ジネヴィラ商会に借金があるのですか?」
ミレッラがオレンジ色の瞳を丸くし、驚いた声を上げた。
ダリオンはしまったと口を押さえる。どうやら、誰にも話していないことらしい。
「み、ミレッラが心配する必要はない。新規事業を始めるのに少々金が必要だっただけだ」
「そうなのですね。でも、それなら言ってくれれば、お父様に頼んでジネヴィラ伯爵家のお金を貸しましたのに」
疑うことなくすんなりと納得するミレッラに、フィオラは胸の中で嘆息した。
(昔は商会の経営資金と伯爵家の財産は別に管理していたけれど、お義母様のお金遣いが荒いせいで、伯爵家の財産だけでは足りなくなったのよね。それで伯爵家の財産と商会のお金を一括で管理するようになったのだけれど……)
ということは、商会だけでなく伯爵家の財産も底を尽いたことになる。
この半年でいったい何が起きたというのだ。
久々に登場のふたりです。そして階段上です・・・。
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