4.フィオラの出自
少し文章を変えました。
1話を飛び降りる描写だけにして、回帰はフィオラの出自にまとめました(2025.5.27)
ジネヴィラ伯爵とフィオラの母親の結婚は戦略的なもので、ふたりの間に愛情はなかった。それどころか、ジネヴィラ伯爵には結婚前から思いを交わす男爵令嬢カエラがいて、親が決めた結婚相手であるフィオラの母親は彼にとって恋路を邪魔する悪でしかない。
当然ながら夫婦仲は冷えきったもので、フィオラの母親が亡くなるとすぐにジネヴィラ伯爵はカエラと結婚した。
それと共に、ジネヴィラ伯爵は母親と同じ亜麻色の髪と菫色の瞳を持つフィオラを別邸に住まわせ、ジネヴィラ伯爵夫人となったカエラと本邸で暮らしだす。
そして生まれたのがミレッラだった。
フィオラの面倒をすべて乳母に任せたが、その乳母もフィオラに無関心で、最低限の世話しかしなかった。
そんなフィオラの唯一の楽しみが、別邸にある沢山の本だ。
曾祖父が博学だったこともあり、物語から各分野の専門書まで揃った本はフィオラにとって宝物で、朝から晩まで読みふけった。
だから幼少期のほとんどを、フィオラは祖父の書斎で過ごしたのだ。
人との関わりが極端に少ない環境は、フィオラから感情を奪い取る。
そのせいで感情に乏しく、喜怒哀楽を表情に出さない娘に育った。
ダリオンとの婚約が決まったのは十歳のとき。
実母の親友がフィオラを心配し、自分の息子であるダリオンとの婚約話をジルヴィラ伯爵家に持ちかけてきたのだ。
燃えるような赤い髪と、新緑を思わせるエメラルドグリーンの瞳が印象的な子供だった。
少し線の細い中性的な容姿は物語に登場する皇子様のようで、幼いフィオラはすぐにダリオンに恋をする。
手紙のやりとりや月に一度のお茶会、誕生日のプレゼントなど、婚約者同士がするであろうことはすべてしたし、ふたりの仲も決して悪いものではなかった。
でも、十五歳で学園に入学すると同時に大きな溝ができた。
学年首位の才女フィオラに劣等感を感じたダリオンは、フィオラとのお茶会よりミレッラと過ごす時間を優先するようになる。二つ違いのミレッラが貴族学園に入学すると、ダリオンとミレッラの仲はよりいっそう深まり、学園中の噂となった。
同じ頃に、ふたりの結婚を望んでいたダリオンの母が亡くなったのも、ミレッラとの関係を深める拍車となったようだ。
そうして十八歳で迎えた卒業式。
ダリオンにエスコートもされず、両親も出席しなかった卒業式は、首席だったにもかかわらず惨めさだけが残った。
具体的に結婚話が進まない中、フィオラは学園内にある植物研究室で働き始める。
一度目の人生。
二十の誕生日で起きた婚約破棄後もフィオラは植物研究室で働き続けた。
妹を虐げているという噂と表情の乏しさから「氷の才女」と呼ばれるフィオラは、周りから冷酷な人だと思われていた。
そして十か月後、魔獣生態研究室で飼われていたフェンリルの脱走騒動に巻き込まれ、顔と腕に大きな傷を負ってしまう。
フィオラが負傷した三日後、二歳年下のミレッラの卒業式が開かれた。
卒業式後は学園内の建物でパーティが開かれる。
ダリオンがエスコートし両親も参列すると聞いたフィオラは、学園の敷地にある鐘塔から卒業パーティが開かれている建物をぼんやりと眺めていた。
と、突然激しい胸の痛みに襲われて鐘塔から落ちたのだ。
目覚めると、そこはまたフィオラはまた二十歳の誕生日パーティ会場で、意味が分からないまま二度目の婚約破棄を宣言される。
二度目の人生、婚約破棄を突きつけられたフィオラは、今度は妹を虐めたこともないし豪遊もしていないと反論した。
でも信じてもらえない。
それならせめて魔獣に襲われないようにしようと考え、フェンリルの脱走を防ぐため魔獣生態研究室に転籍し、フェンリルの世話を買って出たが、運命は変わることがなかった。
一度目と同じようにフェンリルによって顔と腕に傷を負い、再び激しい胸の痛みを感じて回帰したのだ。
迎えた三度目の人生。
いい加減にしてよ! と悪態づくフィオラの心からダリオンへの恋心は完全に消え去った。
あれだけ人に懐いていたもふもふ、ふわふわのフェンリルが人を襲った理由は、興奮剤などを嗅がされたせいかもと考える。
そこで三回目の人生では薬学研究室の扉を叩き、毒についての知識と解毒剤の開発に勤しんだ。
しかし結果は同じで、煌めく夜空を見ながら、再び回帰してしまった。
やけっぱちの四度目。
フィオラは、だったらフェンリルのいない場所に行けばいいんじゃない? と開き直った。
そうして隣国へ渡り、とある商隊で働き始める。
そこでフィオラは大きな経験を得た。
小規模な商隊は家族のようで、感情を表に出せないフィオラをあたたかく受け入れ、傷ついた心を癒してくれた。彼らに囲まれ、フィオラは初めて笑い、泣き、人生を謳歌したのだ。
こんな日々が続くと思っていた矢先、バーデリア国の貴族学園で卒業記念として配られるバッジを商隊が扱っていると知った。
フィオラが知ったのは卒業式の二週間前で、うっかり風邪をひいて寝込んでいる間に国境を越え生まれ故郷であるバーデリア国に帰国してしまう。
幸い学園に着いたのは卒業式前日で、フェンリル脱走には遭遇しなかった。
にもかかわらず、フィオラは四回目の回帰を成し遂げてしまう。
もうお手上げである。いい加減にして欲しい。
そして今回、始まったばかりの五回目の人生で、フィオラは婚約破棄早々にテラスから飛び降りたのだった。
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