39.後夜祭のダンスパーティ3
「セレナさん、大丈夫ですか?」
あまりにも訳が分からないことばかり言うので、さすがにフィオラも心配になってきた。
しかしセレナは、チッと舌打ちをするとフィオラに詰め寄る。
「どうして私を虐めないの?」
「はい?」
「辛く当たるとか、悪口を言うとか、もっとやりようがあるでしょう。それを畑仕事を命じるなんて中途半端な虐め方をするから、イースラン様に何も伝わっていないじゃない!」
まるで虐めて欲しいかのような言い分に、フィオラが首を傾げる。
「えーと? 言っている意味が分からないのですが?」
「あなたが私を虐めて、それをイースラン様が庇うのがストーリーなの! それなのに、ちまちまと仕事の指示ばかりしてきて、やることが地味なのよ!」
「植物研究室の仕事は基本的に地味ですから?」
傾いたフィオラの首がさらに傾く。そんな姿が火に油を注いだらしく、セレナはさらに声を荒らげた。
「おかげでドレスを買ってもらうことも、パンケーキイベントもなかったじゃない。あっ、まさかあなた、イースラン様とパンケーキを食べていないわよね?」
「……セレナさんもパンケーキが好きなんですね。では今度差し入れを買って……」
「違うわよ!」
何が違うのだろう。もはやフィオラの首は九十度近く傾いていた。
ひとり興奮するセレナが、「攻略対象なのに」「やっと裏ルートまで来たのに」とまた意味の分からないことを口にする。
植物研究室でも時折言う台詞だが、いったいなんのことだろうとフィオラの当惑は深まるばかりだ。
(セレナさんって、まるで私たちとは違う次元で生きているかのようなことを言うのよね)
不思議ちゃんを狙っているとダリアは疑っているが、そうとは思えない。
とりあえず落ち着いたほうがいいだろうと飲み物を勧めると、「いらないわ」とすげなく断られてしまった。
「とにかく、今までのことは許してあげるわ。でも、階段イベントだけはしっかりとしてよね!」
「階段?」
ダンスパーティが開かれる会場は一階にある。
建物は二階建てで、上の階は高位貴族の控室となっていた。当然、フィオラがそこを使うことはない。
イースランなら部屋の用意も可能だろうが、そんな話は聞いていない。だから、二階へ行くことなんてないはずなのだが。
「ふたりとも、話はもう終わったでしょうか?」
背後からイースランの声がかかる。
途端にセレナが可愛い笑みを浮かべ、胸の前で指を組んだ。声も高くなった。
「はい。ですからイースラン様、ダンスに誘ってください!」
「うん?」
イースランの顔から紳士の笑みが落ち、口角がピクリと引きつる。
セレナの無邪気な顔には、自分が断られることはないという確信がみなぎっていた。
自己肯定感の低いフィオラとしては、ある意味羨ましいぐらいだ。
「俺は、フィオラと話をしたいから、他の人を誘ってはどうですか?」
女性から誘われることはあっても「誘ってください」と頼まれたのはさすがに初めてのようで、イースランが分かりやすくイラっとしている。
それでも再び紳士的な笑みを浮かべているのは、セレナがまだ学生で五歳も年下だからだろう。
もともと、会場内でフィオラとイースランは注目を集めていた。
そこへ大きな声でセレナが駆け寄ってくれば、ますます視線を集めるのは必須である。
少し遠巻きに様子を眺めていた令嬢たちが、セレナの言動に扇子の下でこそこそと言葉を交わし合う。それが数組、見受けられた。
(これは、あまりよろしくないわね)
社交界で交わされる悪い噂が命取りとなることを、フィオラは身をもって知っている。
会場にはお城の文官もいるし、イースランが予算確保のために会っていた要人もいるだろう。
となれば、イースランには申し訳ないが、ここはひとまずこの場を収めることを最優先したい。
フィオラはそっとイースランの袖を引っ張る。
「イースラン様、皆が注目しています。醜聞になる前に、一曲踊られることをお勧めいたします」
「……フィオラはそれでいいのですか?」
「このダンスパーティは、業務の延長でもあるのですよね。内輪もめをしていると勘違いされ予算を出し渋られては困ります」
イースランを人身御供に出すようで申し訳ないが、今は我慢して欲しい。
イースランは周りに視線を配ると大きく息を吐き、それからぐっとフィオラに身を近づけた。そして耳元で囁く。
「では、あとでご褒美をくださいね」
「えっ?」
一瞬、耳に唇が触れた、気がする。驚き耳に手を当てた。故意ではないだろう。偶然に違いない。そう思ったのだが。
「約束ですよ」
青い瞳がいたずらっ子のように細められる。
(わざとだ!)
真っ赤な顔で肩を震わせるフィオラに、イースランは「そこで待っていてください」と言うと、セレナをエスコートして会場の中央へと向かった。
ふたりの姿が大勢の人の中に埋もれたとほぼ同時に、ダンスの曲が流れだす。
フィオラは壁にもたれ、なんとなく二人を探し目で追う。
相変わらずイースランのエスコートは完璧で、セレナが動くたびにピンク色のドレスがふわりと舞う。
セレナは意味の分からない言動が多いが、見た目はとても愛くるしい。
細身でいながらスタイルがいいから、胸元のあいたドレスも魅惑的に着こなせていた。小動物のような庇護欲誘う可愛らしさは、ミレッラとよく似ている。
(男の人はやっぱり、セレナやミレッラのような、思わず守ってあげたくなる女性に好感を抱くのかしら)
そう思うと、胸がチクリと痛んだ。
セレナの腰に回っているイースランの手が、心をどんよりとさせる。その顔に笑みはないが、青い瞳はきちんとセレナを見ていた。
それがマナーだからだと分かっていても、身体の奥から黒いものが広がっていく。
これはなんだろうと、フィオラは胸に手を当てる。
ダリオンとミレッラがダンスをしているのを見ても、こんな感情を抱いたことはない。ただ悲しかっただけだ。
はぁ、と腹の奥から息を吐くと、フィオラはすっとその場を離れた。
イースランにダンスをするよう勧めたのは自分なのに、なぜか、これ以上ふたりが踊るのを見ていたくない。
会場を出ても曲が聞こえる場所にいればダンスが終わったのに気づけるから、そのタイミングで戻れば問題ないだろう。
そう考え廊下へ出ると、手近な場所にあるソファに腰をかけた。
手に持っていた飲みかけのシャンパンを一気に飲み干すと、タイミングよく通りかかった給仕係に空のグラスを預け、今度はワインを受け取る。
お酒は強くないが、なんだか飲みたい気分だ。
「まるでヤケ酒しているみたいね」
ちょっと自分に呆れながら、それも続けて飲み干した。
グラスをソファの隣にある小さなテーブルに置いたところで、斜め向こうに階段があるのに気がつく。
そういえば、セレナが階段について何か話をしていたような。
俯き、なんだっただろうかと思い出そうとしていると、手元に影が差した。顔を上げると、鮮やかなエメラルドグリーンのドレスが目に飛び込んでくる。
「ミレッラ……」
「お姉様、ちょっと話があるの。いいわよね?」
半年ぶりに見るミレッラが、ダリオンと一緒にフィオラを見下ろしていた。
自覚のない乙女心に戸惑うフィオラ。姉妹、久々の再会です。絶対よくないことが起きるやつ・・・。
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