35.学園祭7
イースランの言葉通り、中庭には露店が連なっていた。
食堂でもランチパックや軽食をテイクアウトできるらしく、ベンチは満席だ。
「すごい人ですね」
「フィオラはこの学園の卒業生ですよね。学生時代はどうしていたのですか?」
「私は……」
どう言おうかと逡巡したのち、いまさら取り繕っても仕方ないと開き直り「ひとりでしたから」と正直に伝えた。
「一応登校はしていましたが、居場所がなくて。ですから、鐘塔や人のいない植物研究室に行っていました」
「あぁ、それで植物に興味を持ったのですね」
イースランは納得するが、フィオラは曖昧な笑みを浮かべる。
そのような理由で研究員になると決めたわけではなかった。
卒業と同時に結婚する同級生もいたが、当然、ダリオンから具体的な話は何もない。
結婚できないのならいっそうのこと文官になって身を立てたかったが、ジネヴィラ商会の仕事を手伝う必要があり、城勤めは時間的に難しかった。
「本当は文官になって自立したかったのですが、諦めました。でもダリオン様と結婚できるとは限りませんから、いざとなったら自立できるよう研究員になったのです」
「どうして婚約解消をしなかったのですか?」
「この国では、婚約の証書は教会に提出します。解消となれば双方の同意だけでは不十分で、当主の許可も必要なのです。私の父は婚約解消に賛成するでしょうが、ディミトリ伯爵を納得させるにはそれなりの理由が必要です」
「だから妹を虐めているとか、ジネヴィラ商会のお金を使い込んでいると濡れ衣を着せられたんですね」
「はい。婚約解消ではなく婚約破棄にしたかったのは、そのほうが私が悪女だと印象づけられるからでしょう」
話をしているうちに、近くの露店に並ぶ人の列が短くなってきた。中庭にいる人も減っているように思える。時計を見れば、一時を過ぎていた。
「ちょうど人が少なくなってきましたね。イースラン様、食べたいものはありますか?」
「そうですね。お腹が空いているのでサンドイッチとベーグル、それから向こうにあるフィッシュフライも食べたいです」
「……随分と食べるのですね」
「フィオラはどうしますか?」
空腹ではあるが、当然ながらイースランほどは食べられない。とりあえずサンドイッチとベーグルを買うと、二人は座る場所を探して中庭を進んでいく。
しかし、人が減ったとはいえ、空いているベンチはなかなか見つからない。
暫く歩くと騎士科の生徒が使う練習場が遠くに見えた。
円形の練習場の周囲には見物客のための席が用意されていて、まばらに人が座っている。
練習場ではトーナメントが行われているはずだが、今は休憩中のようで、空席も目立った。
ふたりは空いている席に並んで腰をかけると、紙袋を膝に置き、揃ってサンドイッチを取り出す。
飲み物は、お互いの隣にある空席に置くことにする。
休憩中ではあるが、数人の生徒が準備運動のように剣を振っていた。よく見れば、最前列には体躯のいい男性数人が陣取っているので、彼等に腕前をアピールしているのかもしれない。
もちろんフィオラたちの興味は、目の前にある食べ物一点に集中する。
「やっと食事ができます」
イースランが大きな口でサンドイッチを頬張ると、あっと言う間にひとつ平らげた。どうやら本当にお腹が空いていたようだ。
「午前中、イースラン様の姿を見かけませんでしたが、どこにいらしたのですか?」
サンドイッチを片手に聞けば、イースランは二口目を頬張ろうと開けた口をそのままに、目だけフィオラに向けた。
そうしてゆっくりと口を閉じると、目を眇める。
「もしかして、サボっていたと思っていますか?」
笑顔を作ってはいるが、目は笑っていない。
「そ、そうではありません。何をしていらしたのかなぁ、と単純に疑問に思っただけです」
「城から来た文官たちと話をしていました。午後から研究結果を見に来てくれるそうです。これでもちゃんと仕事をしているんですよ」
「ありがとうございます」
イースランの身分を考えると、高官から話しかけられることもあっただろう。そうなると、話を切り上げるのも難しいはずだ。
素直にフィオラが謝れば、イースランは「分かってくれればいいです」と再びサンドイッチにかぶりつく。つられるようにしてフィオラもひと口食べた。
シャキッとしたレタスと新鮮なトマト、そこにマスタードで和えた鶏肉が加わり美味しい。これだけでもお腹がいっぱいになるほどのボリュームだ。
それをイースランはあっさりと食べ終わると、次はベーグルに取りかかった。実に食欲旺盛だ。
フィオラはイースランの全身に視線を走らせる。背も高く、細いが鍛えられた体躯をしていた。
「イースラン様は剣も嗜まれるのですか?」
「実家が武闘派なので、基本的なことは叩き込まれました。多分、トーナメントに出ればそれなりの結果を残せるはずです」
イースランが視線を練習場に向ける。
どうやらトーナメントが再開されたらしい。見物席にも人が増えたが、後ろの席に座ったから、フィオラたちの周りはまだ空席が多い。
この様子なら、食事を続けても邪魔にはならないだろう。
「文武両道ですか。素晴らしいです。しかも見目麗しく、身分も高い。いままで随分と女性から声をかけられたのではないですか?」
「それはもう嫌というほど」
「否定はしないんですね」
「興味があるのですか?」
どうしてそんなことを聞くのだろうとフィオラは目をパチパチさせ、ゆっくり首を振る。
「いいえ」
「……そう言うと思っていました」
正直に答えたのに、イースランは不満顔で残っていたベーグルを口に押し込んだ。ゴクンと飲み込むと、口の端を親指で拭い足を組む。
ちょっと威圧的な雰囲気から、どうやら怒っているらしいとフィオラは推測した。
「そうですよね。フィオラは俺に無関心ですから、モテてもそうでなくてもどっちでもいいですよね」
(……これは怒っていると言うより、拗ねている?)
ますますわけが分からない。
今の会話のどこが不満だったのだろう。
解せないでいると、イースランが紙袋を隣の席に置き、身体ごとフィオラと向き合った。
青い瞳がまっすぐにフィオラを捉える。
「俺は、結構分かりやすく、アプローチしていたつもりなんですが?」
「えっ?」
また冗談かと思ったが、イースランの顔はいつにもまして真剣だ。
前の席から歓声が上がる。どうやら勝敗がついたらしい。
だけれど、イースランは練習場を見もせず、ただひたすらフィオラだけを視界に留める。
真面目なその顔に、フィオラの手からサンドイッチが滑り落ちた。
物語も後半に入っています。鉄壁フィオラには直球勝負しかない。
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