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33.学園祭5

 

 三ヶ月後の学園祭当日、学生棟の空き教室でフィオラたちは研究結果の植物を並べていた。


 人気のある薬学研究室や魔獣生態研究室は、それぞれの研究室で発表をしたり説明会を開く。

 薬学研究室での新薬説明会はすでに予約で満席だし、普段見る機会の少ない魔獣との触れ合いは整理券を配るほどだ。


 だけれど、マイナーな植物研究室をわざわざ訪れる人は少なく、毎年閑散としていた。

 そこで今年は、イースランが学園長に掛け合って空き教室をひとつ借りたのだ。


 学生棟の中なら、ついでや暇つぶしで誰か来てくれるかもしれないという情けない理由からだし、展示も鉢植えしか用意できない。

 それでも例年よりは人が訪れるはずと期待する。


 朝から重たい鉢植えを幾つも運んでいるのだ。そうであってくれないと報われない。


「ダリアさん、レジハメンの鉢をここに置いてもいいですか?」

「どこでもいいですわよ」


 無頓着な声が返ってくる。

 ダリアは真剣な顔でまどろみ草の鉢を教室のど真ん中に置き、上下左右から眺めて角度を調整していた。


「ハンス様、わたくしはまどろみ草以外の展示は論文ですので、あとはお好きになさってくださいまし」


 鉢を乗せた台車を慎重に押しながら教室に入ってきたハンスに、ダリアが声をかける。


「あ、ああ。それじゃ、メルフィーは日当たりの良い場所に」


 そう言って、ハンスは背の高い観葉植物を窓辺に運ぶ。メルフィーはもちろんハンスが植物につけた名前だ。


「……それはメルフィーさんも喜ばれますわ。ところでそちらはどのような改良をされたのですか?」


 最近は、ダリアもハンスの扱いに慣れてきたらしい。これも、以前の人生では見られなかった変化のひとつだ。


「二十四時間、ごとに、花を咲かせるんだ。そのたびにいい香りが部屋中に広がる」

「あら、素敵ではございませんか! 自動ルームフレグランスといったところですわね」

「苗の時期に調整すれば、好きな時間に、花、咲かせることができる」

「それでは朝、素敵な香りで目覚めることも可能ですのね」

「う、うん」


 珍しくダリアに褒められて、ハンスは得意げに鼻をこする。

 今もまだコミュニケーション能力は低いが、植物研究室のメンバーとの会話はスムーズになってきている。


 不器用ながらもフィオラを気遣ってくれる素振りが垣間見えるので、最年長という自覚はあるようだ。その割にはダリアの尻に敷かれている気もするが。


「そういえば、セレナさんがいませんね。今日は自分のクラスにずっといるのでしょうか? ダリアさん、何か聞いていらっしゃいますか?」

「昨日会ったとき、ドレスの準備ができていないから買いに行かなきゃとブリブリ怒っていらしたわ」

「当日に買うのですか!?」


 既製品なら可能だが、セレナらしくない。

 彼女の性格なら、数ヶ月前から吟味を重ね用意しているだろうに。


「そのようですわ。どうして誘ってくれないの! とかパンケーキイベントが!! って言っていらしたけれど……」


 ダリアが顎に人差し指を当て、不思議そうにする。

 誘ってくれないと言うからには、誰かと買いに行く予定だったのかもしれない。ただ、そうだとしても。


「パンケーキイベントってなんでしょうか?」

「さぁ? あのかた、時々意味の分からないことを仰いますから。そういえばフィオラはイースラン様とパンケーキを食べたそうですわね。毎日一緒に帰っているという噂も聞きますし、お付き合いが順調そうでよかったですわ」

「えっ?」

「えっ?」


 フィオラとハンスが同時に声を上げた。


「フィオラ、とイースラン様って、つ、付き合っていたのか?」

「あら、ハンス様、ご存知なくて? イースラン様がフィオラに向ける視線は、こちらがたじろいでしまうほど熱っぽいではございませんか」


 思い出したかのようにダリアが手で顔を扇ぐ。それに慌てたのはフィオラだ。


「ち、ちょっと待ってください! 何ですか、その噂。私、知りません。というか、付き合っていませんよ」


 驚いたせいでレジハメンの鉢が倒れそうになる。それを抱え元の位置に直すとフィオラは、ダリアに駆け寄った。


「その噂、どなたから聞いたのですか?」

「どなたでしたかしら。学生時代の友人たちとしたお茶会で話題になりましたのよ。フィオラは、誰かにイースラン様との関係について聞かれたことはございません?」


 そういえば、とフィオラは宙を睨む。

 数ヶ月前に同じ寮の研究員から、イースランとの関係を聞かれた覚えがある。


 正直に上司と部下だと答えたのだが「今はまだ言えない微妙な関係なのね」と妙な納得をされ、それ以降なんだか見守るような視線を感じる。


 ダリオンとの婚約解消から立ち直り、新たな恋――しかも王族の血を引くイースランとの――を育むフィオラを周りは暖かく見守っていた。

 本来ならイースランとの恋愛なんて嫉妬の対象となるのだが、そこは「恋人と妹に裏切られテラスから飛び降りた」フィオラなので、皆が恋の成就を願っていたのだ。

 だけれど、当の本人はそんなこと塵も気がついていない。


「聞かれましたが、上司と部下だと答えました」

「では、イースラン様から熱い視線を感じたことは?」

「まったく、ないです」

「あらあら。それは困りましたわね。わたくし、イースラン様に同情いたしますわ」


 ダリアが小さく嘆息する。

 フィオラとしては、何かと揶揄ってくるイースランが同情されるのは納得がいかない。

 そんな感情が顔に出ていたのか、ダリアがやれやれと腰に手を当てた。


「とにかく、今日は生花を髪に挿してくださいましね。フィオラから誘わなくても、あちらからアプローチがあるはずですわ」

「はぁ」


 意味が分からず怪訝そうに眉根を寄せるフィオラに、ダリアは「そんなことだと思いましたわ」と言って、教室の端に置いてある自分の鞄を取りに行った。


 そうして、今朝自宅の庭で摘んできたという梔子の花を一輪、フィオラに見せる。

 白く可憐な花からは甘く濃い香りがした。


「生花の種類は決まっていないのですが、こちらでよろしいでしょうか?」

「私にくださるんですか?」

「ええ、ちょっと背を屈めてくださいまし」


 フィオラが軽く膝を曲げると、ダリアはフィオラの亜麻色の髪を耳にかけそこに梔子の花を添えた。


「これで完璧ですわ」

「ありがとうございます。でも、夕方になっても花を飾ったままだと、却って目立ちませんでしょうか?」

「……それは絶対にないから、大丈夫です。むしろ、フィオラが誰かに渡す前に手に入れようと、イースラン様が焦って早々に行動に移すはずですわ」

「はぁ……?」


 どうしてそこでイースランが出てくるのだろう。

 たしかにイースランとは一緒に後夜祭のダンスパーティに出席するが、それは仕事でだ。

 花を渡して告白して、という流れとは無縁のはず。

 そこまで考えて、ふとセレナのことを思い出した。


「セレナさんも、後夜祭のダンスパーティには来るのですよね」

「ドレスを用意するのですから、そうなんでしょう。なんでも大事なイベントがあるそうですわよ」


 また「イベント」が出てきた。

 セレナがよく口にしているが、それがなんだか具体的に教えてもらったことはない。


「そもそも学園祭自体が大きなイベントだと思うのですが」

「そうですわね。あのかたの仰ることはよく分かりませんわ。それより、そろそろ開始時間です。ハンス様、準備はできましたでしょうか?」


 ダリアが、窓辺にいるハンスに視線を向けた。

 ハンスはまだ、メルフィーの鉢をああでもない、こうでもないと動かしている。

 その姿に、ダリアのこめかみに青筋が浮かぶ。


「もう! メルフィー以外にも沢山おありなのでしょう? 早くしてくださいまし!」


 いつものようにダリアに怒られたハンスが、「ひゃっ!」と肩を竦め飛び上がった。

ダリアはハンスを叱りながらも、これはここに置きますわね、と台車から鉢をどんどん運んでいく。なんだかんだ言っても、面倒見がいいのだ。


 フィオラもそれを手伝い、なんとか開始時間までに鉢を並び終えた


パンケーキ、物語の強制力というやつですね。

相変わらず、セレナに塩対応なメンバーです。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
 セレナがああいう態度だから塩対応なのは自業自得。  イースラン、一応微笑ましげに見守られていても、フィオラの分厚い防壁(諦観シェルター)は手強過ぎてセクハラ気味なのがなぁ。
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