32.学園祭4
昨晩、予約投稿のつもりが投稿をしてしまいました。
すぐに削除→予約投稿に変えましたが、反映に時間がかかるかもしれないそうです。
紛らわしくて申し訳ありませんが、本日の一話目です。
「私が好きなものを選んでいいんですか?」
「当然です。ちなみにこれなんてどうですか?」
イースランが素早く、さっきの青いドレス生地を勧めてきた。
彼の瞳の色によく似たその生地に、カルロが顔を伏せ肩を揺らし笑う。
「クックッ。いや、いくらなんでもそれはあからさますぎるだろう」
「カルロは黙っていてください」
「いやいや、従弟の一大事だ。俺も真剣に考えよう。フィオラ嬢、こちらの赤いドレス生地なんてどうだろう。あなたの白い肌にきっと映える」
笑いを堪えながら、カルロは先程手にしていた赤いドレス生地をフィオラの前に置いた。
元上司からの勧めに、フィオラは素直に生地を手にする。なにせ、並々ならぬ恩義のある人だ。当然、返事は決まってくる。
「ではこれで……」
「いや、ちょっと待ってくれ!」
「はははっ、こりゃいいや」
作ってくださいというフィオラの言葉は、イースランの制止とカルロの笑いによってかき消されてしまった。
どうしたのかと、フィオラは菫色の双眸をパチクリとさせる。
そうしている間にもふたりのよく分からない攻防が続き、最終的に青いドレス生地に決まった。
そこに銀糸で刺繍を施し、アメジストを中心とした宝石を胸元に散りばめることにする。
ドレスはふわりとしたプリンセスラインで、数日後にデザイン案が寮に届けられるらしい。
*
フィオラが採寸のため隣の部屋に入るのを見届けると、イースランは背もたれに身体をあずけ足を組んだ。
同様に、カルロも体勢を楽にする。
「可愛らしい女性だ。やっとお前が身を固める気になって、ほっとしているよ」
「俺より七歳も上にもかかわらず独身を貫いているカルロに言われたくありません。それに彼女は部下です」
「あんなに自分の瞳と同じ色を勧めておいて? というか、やけに牽制されていた気がするんだが」
笑いながら探りを入れてくるカルロから、イースランはすっと目を逸らした。
今回はフィオラとカルロが会うことはないと思っていたのに、まさかこんな場所で対面するとは予想外だ。
それに、初めてカルロに会ったはずのフィオラがやけに心を開いていたのも気にいらない。頬を染め、ぼぉっと見惚れていたのはどういうことだ。
回帰前に見たフィオラとカルロの仲睦まじい姿が脳裏に浮かび、ふたりは恋人同士だったのではと疑ってしまう。
しかし、たとえそうであったとしても、もはや確かめようがない。それがまた、イースランを苛立たせた。
その苛立ちを誤魔化すように冷めた紅茶を飲み干し、カルロに話を振る。
「ところで、バーデリア国に来るのは半年ぶりでしょうか?」
「いや、実は数ヶ月前に王太子殿下に呼ばれ、数日だけ滞在していた。ちょうど、植物市で騒動があった頃だ」
「禁じ草であるしびれ花が風で飛んだ事件のことですか? ではあのとき、カルロも王太子殿下と一緒に植物市にいたんですね」
「いいや。俺は城で、王太子殿下から婚約者に贈るプレゼントの相談を受けていた。うん? 受けていたのか? 惚気を聞かされていただけのような気も……?」
カルロが思い出そうとするかのようにこめかみを指で叩くが、問題はそこではない。
「ちょ、ちょっと待ってください。では王太子殿下も城にいたのですか?」
「俺の話を聞いていたか? もちろんそうだ」
カルロの言葉に、イースランは唖然とする。
回帰した場合、イースランの行動によって以前と違う言動をする人はいる。
しかし反対に言えば、イースランの影響が及ばないところでは、人はいつも同じことをしていた。
だから王太子殿下も植物市にいたと思っていたのだが。
「いったいどうなっているんだ?」
「どうした、顔色がよくないぞ」
「いえ、大丈夫です」
聞きたいことはあるが、聞いても望む答えは返ってこない。そういうこともあるのだと、イースランは早々に判断した。
「ところで、カルロが暫くバーデリア国に滞在するなら、頼まれていた取引相手となる商会を探す件はもういいですよね」
「ああ、それについてはこっちで探す。そういえば最近、タチの悪い商人がバーデリア国に入国したという噂を聞いたから、気をつけたほうがいいぞ」
カルロが少し身を乗り出す。
二人しかいないが、あまり大声で言いたくない話らしい。
「それはどんな類いの商人なのですか?」
「有名な絵画が手に入ったとか、珍しい薬草の取引先を探しているとか理由は様々だが、まずは商談を持ちかける。そして相手がその気になったら、かなり大きな金額の取引を申し出るんだ。金がないといえば、金貸しまで紹介するらしい」
「金貸し屋もグルのパターンですね。割と使い古された手ですが、まだ引っ掛かる奴がいるんですか?」
「世の中には、うまい話に吸い寄せられる奴が絶対いるからな。で、その商談は商品が盗まれたとか、船の事故にあったとかで破談になる。当然、商談を持ちかけられた奴は怒るよな。金だって借りているんだから。で、ここからが新手の手口なんだが」
カルロが言うには、商品は時間がかかるが必ず用意するので待って欲しいと言い訳をするらしい。しかし、金は借りている。返済が遅れれば利子も大きくなる。借りた金額が大きければ、それはなおさらだ。
そこで、新たな取引を持ちかけてくるそうだ。
バーデリア国と近隣諸国は協定を結んでいて、禁じ草や違法な薬物、絶滅危惧種の毛皮の売買を禁止している。だがそれは、ときには闇で出回り高額で売買されていた。
「そいつらのタチが悪いのは、騙した商人を使って取引を禁止されている商品を売買させるところにある。もし見つかっても、トカゲのしっぽのように切り捨て、自分たちは逃げるんだ」
「では、植物市にあったしびれ花も、闇で取引されたものだったんですね」
「断定はできないが、その可能性は高いだろう」
とすれば、かなりの数の違法商品が王都に出回っている可能性がある。
カルロの話では、王太子もそれを知っていて、騎士団も動いているらしい。
「お待たせしました」
ちょうど話が途切れたタイミングで、フィオラが採寸を終え戻ってきた。
「それほど待っていません」
「採寸ってとても細かくするのですね。緊張してしまいました」
フィオラは頬に手をあて、ほっと息を吐く。慣れないことに相当緊張していたようだ。
そんな仕草でさえ、イースランの目には可愛く映ってしまう。
(いい加減、自分の気持ちを認めないといけないな)
回帰のたびに、違う行動をするフィオラが気になった。
すべてを諦めたかのように無表情だったフィオラが、感情豊かになったことに興味を持った。
そして今は、そんなフィオラをもっと知りたいと思う。
ころころと変わる表情を、一番傍で見ていたい。
なんなら、他の男には見せたくない。
「フィオラ、お腹がすきませんか?」
「はい。あっ、ドレスのお礼にご馳走させてください」
「お礼はいいです。でも、パンケーキを食べに行きたいです」
「パンケーキ? 甘いものがお好きなんですか?」
意外そうにフィオラが問う。
イースラン自身も不思議だ。決して甘党ではないはずなのに、最近、パンケーキの看板がやけに目に留まる。昨晩なんて夢に出てきたぐらいだ。
もはや何かの暗示、もしくは見えざる力が働いているかのように錯覚してしまう。
「そういうわけではないのですが、最近無性に食べたくなるんです」
「はぁ……そうなんですね。そういえば、同じ寮生の女性が、美味しいパンケーキのお店を教えてくれました。ここから近いですし、そこでどうでしょうか?」
「もちろん」
フィオラと一緒だったらどこでもいい、という言葉は飲み込んだ。
向かいのソファでカルロが声を押し殺して笑っているのは、無視すると決めた。
こうしてふたりはカルロに見送られ店を出ると、パンケーキを食べに街へ繰り出したのであった。
イースランにとってカルロは憧れの兄のような存在です。少しの嫉妬を抱えつつも尊敬している人なので、フィオラへの態度が余計に気になるんですよね。
使い古された詐欺に引っかかったのは…。
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