31.学園祭3
テーブルに次々に広げられるドレス生地は、どれも高価で珍しいものばかり。
ジネヴィラ商会では布も取り扱っているので、それなりに見る目は持っているつもりだ。
フィオラはそのうちの一枚を手に取る。バーデリア国から遠く離れた東の国で作られたという絹は、軽く滑らかだ。
別の生地も手にすれば、それは船で一ヶ月以上渡航した場所にある島国でだけ育つ綿花を使用したもので、職人の手で丁寧に織り上げられていた。
名前だけは聞いたことがあったが、ジネヴィラ商会では取り扱うことすらできないドレス生地が目の前にずらりと並ぶ光景は壮観だ。ただそうなると、気になるのは値段というわけで。
フィオラは隣に座るイースランを窺うと、真剣な顔で数枚のドレス生地を手にし、思案していた。
カルロも値段については口にしないので、なんとなくフィオラからは聞きにくい状況である。
(……それにしても、カルロさんがセルバード侯爵令息だったなんて)
豪快に笑い、野宿も平気でする磊落とした性格から、てっきり平民だと思っていた。
イースランの質問に答えるカルロを観察すると、その気さくな雰囲気は相変わらずだが、フィオラが知っている所作よりずっと洗練されている。
「何か気になるものがありましたか?」
フィオラの視線に気がついたカルロが、手にしていたドレス生地を差し出してきた。
鮮やかな赤いドレス生地は、カルロの目にとても似ている。
「いえ、そうではないです。あっ、生地はどれも素敵で迷ってしまうほどなのですが……カルロ様は、いつもセルバード商会を手伝っていらっしゃるのですか?」
ごく自然な流れになるよう聞いてみれば、カルロは商人らしく柔和に微笑む。
「一年のうち半分ほどはセルバード商会の仕事をして、残りは趣味で立ち上げた小さな商隊を取り仕切っています。一般受けしない宝石や薬草、骨董品とか、世の中にはちょっと変わった物を好む人も多いですからね」
商隊はカルロが気に入った商品を買い付け、マニアックな趣向の収集家に売っている。
部下に、またこんなものを買ってきて、といつも怒られているという話は、既視感のあるものだった。
(私がいたのは、その商隊だ)
感情表現が抜け落ちたフィオラを受け入れてくれた仲間の顔が、まざまざと浮かんできた。
懐かしい、と胸の中が熱くなる。
野営でテントを張って、カルロが捕まえた猪を焼いて食べたことがあった。
それに、異国で手に入れたというハーブをかけたら、臭みと妙な甘みが追加され、皆でカルロを非難したものだ。
郷愁にフィオラの目尻に涙が浮かぶ。それを二人に気づかれないよう、そっと拭った。
「カルロ様がバーデリア国にいらっしゃるのは、何か御用があってのことなのですか?」
フィオラの四回目の人生では、カルロはこの時期は商隊の仲間と一緒にステンラー帝国にいたと記憶している。
「ええ。春から初夏にかけては、セルバード商会の仕事でバーデリア国に滞在することが多いのです。二日前にステンラー帝国から来たばかりですが、この場に居合わせられるなんて運がいい」
カルロが含みのある視線をイースランに向ける。
だけれどフィオラはそれに気づく様子なく、黙考する。
(もしかして、わけありの私を放っておけなくて、四回目の人生のときは一緒にいてくれたのかもしれない)
十歳年上のカルロは頼れる兄のような存在で、単身ステンラー帝国に渡ったフィオラに何かと親切にしてくれた。
今思えば、フィオラがわけありの貴族令嬢だと気づいていたのかもしれない。
カルロやイースランほどではないが、淑女教育を受けたフィオラは貴族らしい口調や仕草が身についている。そんなフィオラを気遣って、カルロがバーデリア国行きを中止した可能性は充分に考えられた。
「フィオラ、さっきからぼぉっとしているが、大丈夫か?」
イースランから話しかけられ、フィオラははっと顔を上げる。いつの間にか俯き思案していたようだ。
「は、はい。あまりにも豪華なドレス生地に圧倒されてしまいました」
「それは光栄です。ただ、ずっと視線を感じていたから、もしかして俺の顔が気に入ったのではと期待していただけに、その返答は少し残念ですね」
カルロが顎をつるりと撫でる。
そうだ、こういう冗談を言う人だったとフィオラは思い出す。
だからだろう。ついつい当時の軽口が出てしまった。
「そうですね。割と好きな顔です」
懐かしさと、あの商隊が好きだったという思いも含め冗談で言えば、カルロは目を丸くしたあとに豪快に笑いだした。
「ははは、これはいい。ま、俺とイースランは顔の系統が似ているから、そうなるよな」
大きく口を開け笑う顔も、敬語が抜け落ち砕けた話し方もフィオラが知っているものだ。ぶわっと記憶が蘇り、カルロの後ろに四回目の人生で一緒だった仲間の姿が見える。
また目がうるみ、心なしか頬が紅潮してきた。
「……フィオラは年上が好きなのか?」
当時を偲んでいると、イースランが目を眇め聞いてくる。こちらも普段と口調が違う。
「そんなことはありませんが……?」
そもそも、もう恋愛はこりごりだ。氷の才女と言われる自分を好きになってくれる人はいないだろうし、それでいいと思う。
フィオラの答えに納得できないのか、イースランはどこか不満気に眉を寄せた。
でもすぐに、イースランの手が腰に回り引き寄せられる。
「えっ!?」
「それじゃ、ドレス生地を選ぼう。これなんていいんじゃないでしょうか」
イースランは手近にあった青いドレス生地を手にした。光の加減によって、紫色にも見える美しい布だ。
「ここに銀糸や金糸で刺繍をするなんてどうでしょうか?」
「そんなことができるのですか?」
「オーダーメイドですから可能です」
へぇ、とフィオラが生地を手にする。カルロがちょっと身を乗り出し顎に手を当てた。
「それなら、宝石を散りばめても綺麗なんじゃないか」
カルロが部屋の隅で待機していた店員に声をかけると、彼女は部屋を出てすぐに小さな箱を持って戻ってくる。
中には、色とりどりの宝石が入っていた。
「指輪やネックレスにするには小さすぎる宝石だが、ドレスに縫い付けるにはちょうどいい。知り合いの宝石商から買ったから、品質は保証する」
カルロは、フィオラの瞳の色と同じ菫色のアメジストを布の上に数個置く。次に、青や黄色、赤色の宝石も並べていく。
「綺麗ですね」
「銀糸で刺繍をしたうえで、宝石を散りばめるのもお薦めだ」
「素敵です! でも私なんかが着るには豪華すぎるのではないでしょうか」
フィオラがしょぼんと肩を落とす。これだけ豪奢なドレス、ミレッラなら着こなせるだろうがフィオラだと衣装負けしてしまう。
自分には、もっと地味で目立たないものが相応しいと、フィオラはテーブルにあるドレス生地から落ち着いた色のものを選ぼうとしたのだが。
「誰がそんなことを言ったんだ?」
イースランが低い声と一緒に、フィオラの手を制した。
「えっ?」
「あの、碌でもない元婚約者か?」
「え、えーと。そうですが、彼だけではなく両親や妹にもそう言われましたから」
きっとそうなんだろうと思っていた。だけれど、イースランはきっぱりと首を振る。
「あんな奴らの意見は聞かなくていいです。次のダンスパーティでは、フィオラが好きなものを選んで着て欲しい」
あまりにも自分に向けられるイースランの視線が真剣で、フィオラは戸惑ってしまう。
それでいて、心音はバクバクと煩いほど耳の奥で鳴っていた。身体が、かぁ、と熱くなっていく。
多分、カルロ、四回目の人生のフィオラを気に入ってたと思うんですよ。
ただ、フィオラはそれに気づいていないし、カルロには記憶がないので本文では触れませんが。裏設定です。
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