30.学園祭2
二日後、イースランと一緒に馬車に揺られやってきたのは、最近王都にできたばかりの洋装店だった。
寮で一緒に暮らす研究員たちが、その店の名を口にしていたのを聞いたことがある。
なんでも、ステンラー帝国の王族の血を引く貴族が持つ商会が出資者で、世界中から集められた珍しい布が取り扱われているらしい。
オーダーメイドで作るドレスも、バーデリア国やステンラー帝国で流行のものから異国のデザインを随所に取り入れたものまで幅広く、さらにはそれに合った宝石や靴まで揃うという。
外観も、同じ大通りに並ぶ洋装店と少し異なっていた。
建物の作り自体は大きく変わらないが、ステンラー帝国内で多く使われている緑色の漆喰が使用されているのが特徴的だ。
「イースラン様の母国では、この壁の色が一般的なのですよね?」
「そうです。通常の漆喰にララカマという植物の粉を混ぜ込むと、このような淡い緑色になります。ララカマは絵の具としても使われるので、ご存知ですよね」
「はい」
エメラルドグリーンに白を混ぜたような柔らかな色合いは、新緑を思わせる。
出資者が、イースランと同じくステンラー帝国の王族の血縁者ということは、親戚がしている洋装店ということだ。
オーダーメイドのドレスを仕立てるのに時間がないことを思えば、融通が利くであろうこの店をイースランが選んだのも納得ができる。
店内に入るとすぐに女性が現れ、イースランの名前を口にする。先触れを出していたらしく、ふたりは奥にある個室へと案内された。
個室は二部屋に分かれていて、手前の部屋にはソファセットがある。奥の部屋で女性が採寸している間、同伴者はそこで待てるようになっているらしい。
すでに数着のドレスが用意されていて、おおまかなデザインを決めてから細部がオーダーメイドになると説明をしてくれた。
勧められるままソファに座ったフィオラだが、豪華絢爛なドレスに四方を囲まれどうにも落ち着かない。
そんなフィオラに対し、向かい側に座ったイースランは悠然と足を組んでいた。悔しいほど絵になる。
店員は、サンプルのドレス生地を持ってくるので少し待ってくださいと言って、部屋を出ていった。
フィオラは別の店員が持って来た紅茶をそろそろと手にすると、部屋をぐるりと眺める。
やはり、分不相応だ。豪華すぎる。
「あの、わざわざオーダーメイドでなくても、既製品でもよかったのですよ?」
「ですが、俺がエスコートするのだから、やはりステンラー帝国とゆかりのあるドレスのほうが相応しいでしょう」
「イースラン様がエスコート?」
あまりにもさらりと言うので聞き流すところだった。
ちょっと待ってと身を乗り出せば、イースランは当然だとばかりに首肯する。
「言いませんでしたか?」
「はい。初耳です」
絶対確信犯だ。フィオラが目を細める。しかし、イースランはそんなフィオラが面白くて仕方ないようだ。
「驚いたり、怒ったりと、フィオラを見ていると飽きませんね。ついでに、フェンリルと遊んでいるときのように笑って欲しいのですが」
「こういう感じでしょうか」
にっこりと、思いっきり作り笑いで応じると、イースランは口にした紅茶を吹き出しそうになった。 げほげほと数回咳き込んだあと、眦に浮かんだ涙を指で拭う。
「ははは、いいですね。フィオラとこんなやりとりをしてみたかったんです」
「奇妙な趣味をお持ちですね。それより紅茶を零されましたよ」
吹きだすことはなかったが、手にしていたカップが揺れた拍子に数滴が膝に落ちた。
フィオラは呆れ口調で指摘すると立ち上がり、イースランの隣に座る。それからハンカチでトントンと軽く叩くように拭いてあげる。
トラウザーが濃い茶色なので、目立つ染みにはならなさそうだ。
イースランはちょっと気まずそうに視線を逸らすと、コホンと空咳をした。
「ところでエスコートの件ですが、問題ないですよね? もし、すでに一緒に行く男性がいるのなら、彼とは俺が話をつけましょう」
「そこは、その人と一緒に行ってください、ではないのでしょうか?」
「まさか。他の男とダンスパーティに行く女性にドレスを贈るのはおかしいでしょう」
たしかに。
イースランの言うことは、ひとつひとつはきちんと筋が通っている。
だけれど全体を考えると、勝手に押し切られ煙に巻かれている気がしてならない。
「ちなみにダリアは婚約者と、ハンスは妹とダンスパーティに出席すると言っていました」
「ハンス様も出られるのですか。あの人、華やかな場所は苦手だから出席されないと思っていました」
「二日前も言ったはずです。予算確保のためにフィオラたち三人には頑張ってもらわないといけません。で、エスコートは俺で構いませんよね?」
ハンスまで出席すると言われたら、もうイースランの言う通りにするしかない。
「誰にもダンスパーティに誘われていないので、問題ありません。でも、イースラン様は大丈夫ですか? 私をエスコートして婚約者の方が気を悪くしませんか?」
「婚約者はいません」
「それはバーデリア国にという意味ですよね?」
「いいえ、母国にもいません。というか、そこからですか。今まで、俺は本当にフィオラの眼中に入っていなかったのですね」
イースランが、がくりと肩を落とす。
深いため息が聞こえたが、心当たりのないフィオラは首を傾げるばかりだ。
「まぁ、それはともかく、改めてよろしくお願いします」
座ったままではあるが、イースランは胸に手を当て礼をする。
ここは身分差を考えて、立ってカーテシーで応えるべきだろう。そう考え、フィオラが腰を浮かそうとしたときだ。扉がノックされ先程の店員が入ってきた。手にはサンプルのドレス生地がある。
それは想定内なのだが、店員の背後に大きな体躯が見えた。その人物は片手を挙げながら入室すると、気さくな口調でイースランの名を呼ぶ。
「イースラン、久しぶりだな」
「カルロ! どうしてここにいるんですか?」
現れた人物に、フィオラは目を丸くする。叫ばなかったことを誉めてもらいたいぐらいだ。
わなわなと唇を動かし、呆然とその人物を見上げた。
(どうしてここに、商隊長がいるの? それにイースラン様と知り合い?)
カルロが着ている服は、フィオラが知っているものよりずっと質のいいものだった。黒髪も普段はぼさぼさなのに、今日は後ろに撫でつけるようにして整えられている。
いつもは髪の隙間から少しだけ覗く切れ長の目が、はっきりと見て取れた。
その目が、なんだかイースランに似ている気がする。
カルロはフィオラに歩を進めると、丁寧に紳士の礼をした。
「初めまして、カルロ・セルバードと申します。イースランの従兄で、父が経営しているセルバード商会を手伝っています」
「セルバード!?」
思わず大きな声が出てしまい、フィオラは慌てて自分の口を押さえる。
実家のジネヴィラ商会を手伝っていたフィオラは、もちろんセルバード商会についてもよく知っている。
国王の末の妹が嫁いだ侯爵家が経営している商会で、大きな商船を幾つも持ち、遠くの国とも貿易をおこなっている。この店以外にも、バーデリア国にはセルバード商会が出資した店が幾つかあった。
「し、失礼いたしました。自己紹介をさせていただきます。フィオラ・ジネヴィラと申します」
立ち上がりカーテシーをすれば、カルロは意味ありげな視線をイースランへと向けた。
「従業員からお前が令嬢を連れてくると聞いて、どんな女性かと見に来たんだ。綺麗な女性じゃないか。堅物のお前が惚れるのももっともだ」
これは勘違いされている。イースランが否定する前に、フィオラは勢いよく頭を振った。
「ち、違います! 私はイースラン様の部下で、ダンスパーティには仕事で出席するのです」
「おや、そうでしたか。ですが、イースランが女性にドレスを贈るのは、俺が知っている限り初めてです。お薦めの布を用意したので、ご覧いただけますか?」
口調から立ち居振る舞いまで、フィオラが知っているカルロとは違う。別人かと思うほどだが、顔や体躯は記憶と寸分変わらない。
是とも否とも言う前に、カルロはフィオラたちの向かい側にあるソファに腰を下ろすと、店員が持っていたサンプル生地を受け取り、優雅な手つきで広げたのであった。
カルロ、何度か出てきます!
お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!
☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。




