24.ダリオンの誤算2
ジネヴィラ商会の一室でダリオンは頭を抱えていた。
フィオラが今までに担っていた仕事を一気に引き受けたはいいが、その量があまりに莫大すぎる。
当初は契約書と財務関係と聞いていたので、所詮書類仕事だろうと高を括っていたが、実際には取引先との交渉も行っていた。
しかも相手は、丁寧で真面目なフィオラの仕事ぶりに好感を持っていた。
そうなると、そんなフィオラを裏切り妹と不貞をしていたダリオンに良い感情を持つはずもなく、交渉はぎこちないものとなってしまう。
それでもまだ取引を続けてくれるのはよいほうで、ダリオンに交渉相手が代わった途端に取引を止めると言ってきたところもある。
取引相手は主に平民や隣国の商会だが、それでも騎士を懲戒免職となったダリオンに対する風当たりは強い。
当然売り上げは右肩下がりだ。
商会長であるジネヴィラ伯爵に取引先との間に入ってくれるよう頼んだが、今までフィオラがしていたことがどうしてできないのかと耳を貸してくれない。
ではジネヴィラ伯爵が何をしているのかといえば、妻を甘やかし我がままを聞いているだけで、仕事をしているようには見えなかった。
しかも、四面楚歌のような状況にもかかわらず、ミレッラはいつまで経っても危機感がない。先程もダリオンを訪ねてきては、初夏に行われる学園祭のパーティで着るドレスを誂えたいと言ってきた。
なんでも、学友たちにダリオンと仲睦まじい姿を見せびらかしたいそうだ。
学園祭には婚約者も同行できるので一緒に来て欲しいと頼まれたが、正直そんな気にはなれない。しかし婿養子となる身としては断れないのも分かっていた。
ダリオンが、卒業三ヶ月前にある学園祭に行きたくないのは、城で働く騎士や文官も多く来場するからだ。
彼らの目的は優秀な卒業生のスカウトで、騎士科ではそれに合わせてトーナメントが開かれる。
他にも研究結果を教室に張り出し、文官や研究室から声がかかるのを待つ学生もいた。
当然、ダリオンの知り合いも多く来る。
騎士団を懲戒免職になったダリオンに向けられる視線がどのようなものか想像に易く、考えただけでも憂鬱になってしまう。
また、学園祭は婚約者のいない女子生徒にとって、出会いの場でもあった。
学園祭で女子生徒は髪に生花を飾る。そして意中の人や、これと思った騎士や文官にその花を手渡すのだ。
女性からアピールできる場は少なく、この日こそはと意気込んでいる女子生徒も毎年多い。
受け取った男性とは、うまくいけば手紙のやり取りやデートを重ねる。
相手の男性が最高学年の学生の場合は、卒業式に花の返事として記念品のバッジを女子生徒に贈り、それと同時に交際もしくは求婚する風習があった。
つまり女子生徒にとっては一大イベントで、ミレッラが婚約者のダリオンにエスコートを頼むのも当然ではあるのだ。故に、断ることができない。
学園祭は前半、後半の二部でできている。
前半がトーナメントや研究結果の発表なのに対し、後半は「後夜祭」と呼ばれダンスパーティが開かれる。
ちなみにダリオンが最高学年のとき、後夜祭にはミレッラと出席した。
フィオラとミレッラどちらからも花を受け取ったが、フィオラからもらった花は早々に捨ててしまったし、卒業記念のバッジを渡したのはミレッラだ。当時はそれについて周りは何も言わなかったのに、フィオラが飛び降りた今になって続々と非難の声が上がっていた。
そんな状況で二人で学園祭に行くなんて、針のむしろに決まっている。
「どこまで頭の中が花畑なんだ」
いまいましそうに、ダリオンは持っていたペンを執務机に放り投げた。何かと理由をつけて、出席は後夜祭だけにしようと考える。
ミレッラはふたりが仲睦まじい様子をアピールすれば、周りも認めてくれると思っている。楽観的すぎるだろう。
もう何もかも捨てて逃げてしまいたいが、実家を追い出された今、ダリオンの居場所はジネヴィラ伯爵家しかない。
ここにきて、ダリオンは初めて優秀で博識なフィオラを手放したことを後悔した。フィオラがいたら商会の仕事は全部任せ、自分は優雅に遊んで暮らせていたのに。
騎士だって自主退職して、周りから蔑まれることもなかっただろう。
いつまで経っても能天気に笑っているミレッラには苛立ちが募るばかりで、婚約前に感じていた愛情はもうなかった。
しかし、今さらミレッラと結婚しないという選択肢はない。
フィオラと婚約破棄をしてまで貫いた愛を、あっさり勘違いだと認めたら、貴族社会から抹殺されるに決まっている。
完全に詰んだ、とダリオンは執務机に突っ伏したのだった。
夜の帳が降りる頃、最後の書類にサインをしたダリオンは、重い身体を椅子から引きはがすようにして立ち上がる。
そうして待っていた馬車に乗ったところで、ジネヴィラ伯爵邸ではない行き先を御者に伝えた。
帰ったらまたドレスの相談をされると思うと、まっすぐ帰宅する気にはなれなかったのだ。
ダリオンが告げた場所は怪しい飲み屋や賭博場、娼館が立ち並ぶ一角で、馬車を降りたあとは御者に先に帰るように伝えた。
ここに来るのは初めてではない。
行きつけとなった店に入れば、店員が奥の席へと案内してくれる。
闇賭博と怪しい薬が飛び交うその部屋で、ダリオンはいつものように金をコインに替え、賭博を始めた。
憂さ晴らしにと始めた賭博は、もはやダリオンの唯一の娯楽となった。だから、もっと遊ぶ金が欲しいと思う。
しかし、手を付けた商会の金は損失がかさみ、いつジネヴィラ伯爵にバレてもおかしくない状態だ。
このままではいけない。
何か手を打たなくてはと思うも、八方ふさがりで手段が思いつかなかった。
そんなダリオンに、一人の男が近づいた。
「ジネヴィラ商会の方ですよね? 少しお時間をいただけませんか?」
賭博場に似つかわしくない高価な服装と品のある話し方に、ダリオンは賭けていた手を止める。
商会の名前を出すぐらいだから、商談だろう。柔和な笑顔は人も良さそうで、話を聞くぐらいはいいかと思えた。
「ええ、では向こうで話をしよう」
そう言ってダリオンは席を立つ。
店員に声をかければ、すぐに個室を用意してくれた。
この店は、公にできない商談に使われることもある。部屋にはソファだけでなく、珍しい葉巻や酒も並んでいた。
声をかけて来た男は慣れた手つきで棚からグラスを取り、ダリオンに好きな酒の種類を聞いてきた。知っている銘柄を答えれば「私もこれが好きです」と言って、その酒をダリオンと自分のグラスに注ぐ。
グラスを目線の高さに合わせ乾杯すると、男は一気にそれを飲み干した。そうしてダリオンにも同じように飲むよう促してきたのだ。
かなり酒精の強い酒で、ダリオンは普段水割りで飲んでいた。
それをストレートで何杯も飲めば、顔は真っ赤になり意識はぼんやりとしてくる。
そんなダリオンに、男はある商品を勧めて来た。
異国で採れた薬草で、これから値が上がるのは間違いない。今が買い時だと熱弁を振るう男の言葉は、酔っぱらったダリオンの頭に染み込むように入っていく。
「それは是非、ジネヴィラ商会でも取り扱いたい。だが、最近なにかと物入りで、小口の取引となるがいいだろうか」
「小口だなんてもったいない。よければ金利のいい金貸しを紹介しましょう。私の知り合いだから、融通を利かせてもらえます」
「本当か?」
「ええ。彼も今、この店にいます。呼んできましょう」
男はそう言って部屋を出ると、すぐにロマンスグレーの髪を後ろに撫でつけた男と一緒に戻ってきた。
ふたりとの話はどんどんと進んでいく。
しかも、ふたりともダリオンを蔑んだ目で見ない。それどころか「若いのに立派だ」「頭が切れる」と褒めてくるではないか。
すっかり気を良くしたダリオンは、商会を担保に多額の金を借りる書類にサインをした。
そして、かなりの量の薬草の取引も決めた。
「賢い買い物をされましたよ」
ロマンスグレーの髪の男が言った。初めに取引を持ちかけてきた男が、同意するかのように頷く。
「これで、ジネヴィラ商会は安泰だ。もう誰にも文句は言わせない! 今日は気分がいい。ふたりとも、まだ宵の口だ。俺のおごりだからもっと飲もうではないか」
ダリオンがグラスを掲げると、二人は乾杯と揃って声を上げた。
こうしてその夜、ダリオンは明け方まで飲み明かしたのだった。
きな臭くなってきましたねぇ。
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