18.ミレッラの誤算2
ノートも借りられず授業に臨んだミレッラは、教師に当てられても何も答えられない。
さらにはやっと休み時間になっても、誰も話しかけてこなかった。
遠巻きにひそひそと噂され避けられる自分の姿が窓に映り、それがフィオラと重なる。
(どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ。悪いのはすべてお姉様なのに)
実母カエラと父親の仲を裂いた、忌まわしい女の子供であるフィオラ。
生れたときからそう聞かされ育ったミレッラにとって、フィオラは母の敵だった。
幸せになってはいけない。虐げられ惨めな人生を送るのがフィオラの運命なのだ。
真実の愛を交わした両親と、自分とダリオンの姿が重なる。
当然、悪役はフィオラだ。
だから、フィオラを断罪するのに迷いはなかった。
虐められたと嘘を吐くことに罪悪感はない。
だって、自分は母と同じように愛する人と結ばれるのだから。そのためには何をしても許されると思っていた。
それなのに。
帰りの馬車の中、ミレッラは苛立ち爪を噛む。
どうして皆、自分とダリオンを祝福してくれないのか。
フィオラがテラスから飛び降りたからどうだというのだ。
(生きているんだから、問題ないじゃない)
それに、騎士に事情を聴かれ、まるで犯罪者であるかのような扱いを受けたことも屈辱だった。
父も母も虐待の疑いで事情を聴かれている。
あれは虐待なんかではない。当然の扱いをしていただけだ。
それに加え、ここ最近、父親がいらいらしている。
どうやら商会の仕事がうまくいっていないらしく、邸の空気は最悪だ。
フィオラの誕生日パーティにはジネヴィラ商会の取引先も多く来ていた。
もちろん広間での一部始終を見ており、契約を打ち切りたいとの申し出が幾つもあった。
実際に、幾つかの取引先からは契約打ち切りの書類が届いている。
しかし、そんなことを知らないミレッラは、今日こそ父親にダリオンとの婚約を進めてもらおうと意気込む。
フィオラが飛び降りたせいで、ダリオンとの婚約話は宙に浮いたままになっていた。
フィオラとダリオンの婚約破棄は、婚約解消と名を変え手続きを終えたと聞いている。
それなら今度は自分の番だ。
婚約披露宴は盛大なものにしよう。そうすれば、無視をしてくる友人も、ミレッラとダリオンこそ真実の愛だと認めるだろう。いや、認めさせるぐらい華やかなパーティにしてやるんだ。
そう決心したミレッラは、邸に帰るなり父親の執務室を訪ねた。
運よくそこにはダリオンもいる。
「ダリオン様、来ていらしたのね。ちょうどよかったわ、お父様に私たちの婚約披露宴について相談しようと思っていたの」
ダリオンに駆け寄ったミレッラは、その腕にしがみつき上目使いで見上げた。
しかし、ダリオンの様子がいつもと違う。
いつもなら甘く細められるエメラルドグリーンの瞳が、冷たくミレッラを見返してきた。
「ミレッラ、フィオラに虐められていたというのは噓だったのか?」
「えっ!?」
どうしてそんなことを聞かれるのか分からない。答えに窮するミレッラに、ダリオンはさらに言葉を重ねた。
「今日、騎士団長から呼び出され、フィオラは別邸で暮らしていると教えられた。さらに、フィオラがミレッラを虐めていたという事実はないそうだ。真実を見極められない俺は騎士の資格がないとまで言われた。そのせいで、騎士団を辞めてきたところだ」
「そ、そんな。お姉様に虐められていたのは本当よ。別邸で暮らしていたけれど、庭や学園で会うこともあるし……」
問い詰められ、ミレッラは視線を彷徨わせる。
これ以上責められるのは嫌だとばかりに、ミレッラは強引に話題を変えた。
「それより、私たちの婚約について話をしましょう。婚約披露宴は盛大におこないたいの。友人も沢山呼んで、お父様のお取引先にも声をかけましょう。ダリオン様は私の夫となってジネヴィラ商会も継ぐのですから、顔合わせにもなるわ」
弾むミレッラの声に、ダリオンは眉間の皺を深くした。
父親が苛立ち気な声で会話に入ってくる。
「婚約披露宴はなしだ」
「えっ?」
「そんな状況ではない。婚約の書類は用意したので手続きはするが、結婚式まで大人しくしていろ! 儂は出かけてくる」
書類を執務机に置くと、父親は足音を荒立て部屋を出ていく。
書類にはディミトリ伯爵家の紋印とダリオンのサインがすでにされており、ジネヴィラ伯爵家の紋印もあった。
あとはミレッラのサインをすれば完成だ。
それなのに胸に湧くのは喜びではなく戸惑いで、ミレッラは不安そうにダリオンを見上げる。
「ねぇ、どうして婚約披露宴をしてはいけないの? 今はお姉様が飛び降りたことで皆が動揺しているけれど、無傷だったのだから問題ないわ。パーティを開けばきっと私たちを祝福してくれる」
「無理だ。俺はさっき騎士団を辞めて来たと言っただろう」
「それがどうしたっていうの。もともと婿入りのために辞めるつもりだったじゃない」
「お前のせいだ! お前が姉に虐められていたなんて嘘を吐いたから、騎士団を懲戒免職となったんだ。父親からはディミトリ伯爵家の恥さらしだと罵られ、さっき実家を追い出された」
まるですべてがミレッラのせいだと言わんばかりのダリオンに、ミレッラも眉を吊り上げた。
「そんなの知らないわ。私は噓を言っていないもの。それに、お姉様がジネヴィラ商会のお金を使っているのは、ダリオン様も調べたのでしょう?」
ミレッラはあくまで「お姉様が商会のお金を使っているかもしれない」と相談しただけで、断言はしていない。だから、ダリオンがフィオラを追及したときに、商会の資金着服に触れたのは、調べた結果だと思っていた。
ダリオンは何かを隠すかのように顔を背けると、チッと舌打ちをする。
「とにかく、婚約披露宴なんてできる状況ではないんだ。それから俺は今日からここに住む。侍女に言って部屋を用意させてくれ」
「一緒に暮らせるのですか!?」
喜色を露わに胸の前で手を組むミレッラは、この状況を理解していないように見える。
騎士団の懲戒免職は、貴族社会から爪弾きにされるほどの醜態だ。
ディミトリ伯爵は、息子がミレッラに嘘を吐かれ唆されたとジネヴィラ伯爵に詰め寄り、醜聞となっているダリオンを押し付けるかのように婚約の書類を整えた。
要は、ダリオンは実家から切り捨てられ、行くところがないからミレッラと住むことになったにすぎない。
両家とも、これだけ騒ぎとなったふたりは婚約させるしかないと思っていた。しかし、タイミングとして最悪だろう。
そんなことを知らず、ミレッラはただ、ダリオンと暮らせることに喜んだのだった。
ミレッラの誤算はこれで終わりです。次話からはフィオラとイースランの仲が縮まる…はず!
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