17.ミレッラの誤算 前半
ミレッラは生まれたときから特別だった。
別邸で暮らす姉とは違い、欲しい物はなんでも与えられた。両親からの愛情をたっぷりと受け育ち、我儘は何でも許される。
マナー教育の教師に注意されたときも、「教師が虐める」と言えば両親はすぐに教師を首にした。
たとえそれが嘘や誇張であっても、自分が言えば真実になると学んだミレッラは、ますます我儘に磨きをかけていく。
容姿が可愛いのを早くに自覚していたミレッラは、自分がうるっと涙ぐめば周りが言うことを聞くと知っていた。ジネヴィラ伯爵家において、常にミレッラは一番なのだ。
だから、フィオラの婚約が決まったときは、どうしてと腹を立てた。それが見目麗しいダリオンなのだから、苛立ちはさらに増していく。
しかも、虐げられていたのに、長女だからというだけでダリオンを婿養子に迎えジネヴィラ伯爵家を継ぐというのだ。当然、気に喰わない。
両親に直談判してみるも、長女を差し置き次女のミレッラに爵位を譲る不道徳な行いを、元騎士だったディミトリ伯爵は許さないだろうと言われてしまう。
ただそのあとに、何か理由があれば別だがと、苦渋に満ちた声で付け加えたのをミレッラはずっと覚えていた。
(私が言ったことは皆信じてくれるのだから、理由なんて作るのは簡単だわ)
理由がなければ作ればいい。
そう考えたミレッラは、お茶会で知り合った人や、学園に入ってからは学友に「フィオラから虐められている」と訴えた。
可憐なミレッラが悲痛に眉を寄せ涙ぐむ姿に友人は同情し、頼まなくてもフィオラの悪評を吹聴してくれた。
それがあまりにも順調で面白くて、ついでに「ジネヴィラ商会のお金を勝手に使っているかもしれない」と付け加えれば、豪遊している、男と遊んでいると尾鰭をつけて噂が広まっていった。
だから、自分とダリオンの婚約を皆が祝福してくれると思ったのだ。
姉の誕生日パーティで婚約を発表するつもりだったミレッラは、仲のよい友人をはじめ、上位貴族も招待していた。
そうして、ダリオンの瞳と同じ色のドレスを身に着け、準備万端とばかりにそのときを心待ちにしていたのだ。
それなのに、フィオラが人生を放棄したような悲壮な表情でテラスから飛び降りたことで、すべてが狂ってしまった。
ミレッラに向けられた視線は、祝福とはかけ離れた非難めいたものとなってしまったのだ。
騒然となる広間で、友人の言葉が耳に入ってくる。
「私、以前から思っていたのですが、いくら虐められているからといって姉の婚約者と不貞をするのは常識的にいかがなものなのでしょう」
「同感だわ。あの二人、フィオラ様の前でもこれ見よがしにいちゃついていましたわよね。そんな光景を見せられれば、ミレッラを虐めたくなるのも当たり前なのではないかしら」
「そうよね。自分の婚約者に粉をかけられたら、誰でも怒るわ。あげくに飛び降りるなんて……そこまで追い詰められていたんですね。フィオラ様、お可哀相」
ぐずっと洟を啜る音に、ミレッラはドレスを握りしめる。
二つ年上のダリオンが在学中、二人は周りの目を気にすることなく、むしろ見せつけるかのように一緒に過ごしていた。
中庭、廊下、時には空き教室で二人だったのを友人たちは見ていた。
そのときは「真実の愛」を貫いてと激励してきた友人が、急に手のひらを返しミレッラを非難してくる。
氷の才女と言われる姉に虐められていると言えば、同情してくれたのに。
今やミレッラは不貞をし姉を追い詰めた卑劣な人間となった。
幸い、飛び降りたフィオラは風魔法によって無傷だった。
しかし、騎士たちからフィオラについてあれこれ聞かれ、騒動が落ち着くまでは家にいなさいと両親に命じられてしまう。その両親も、なんだかばたばたと忙しくミレッラに構ってくれない。使用人もよそよそしい。
一週間が経った頃、いい加減暇を持て余してきたミレッラは、もう少し家にいなさいと言う両親の反対を押し切って登校した。
「おはよう」
教室の扉を開けいつものように声を弾ませたミレッラであったが、学友はギョッとしたように入り口に視線を向けたあとすぐに顔を背けた。
(きっと、お姉様が飛び降りたことに動転して、私の悪口を言ったのを後ろめたく思っているのね)
フィオラが無傷だと知った今、ミレッラの中で飛び降りたことは「すでに終わったこと」であり、「怪我がなかったのだから私は何も悪くない」と処理されていた。
だから、いつものように友人たちの元へと向かったのだが。
「誕生日パーティ、せっかく来てくれたのにお姉様のせいで中断してごめんなさい。あのあと、本当は私とダリオン様の……」
「それ、本気で言っているの?」
「まるでフィオラ様が悪いような口調ですが、自分が何をしたか分かっている?」
特に仲がよかった二人の令嬢に話しかけたところ、返って来たのは厳しい言葉。
しかも、ダリオンとの婚約を発表する予定だったと言いたかったのに、友人からの非難で最後まで口にできなかった。
浴びせられる非難の視線に、ミレッラは状況が掴めない。
「な、なにって。真実の愛を公表しただけよ。皆だって私とダリオン様を応援してくれたじゃない」
「……それは、そうだけれど。あそこまでフィオラ様が傷ついているなんて思わなかったから」
語尾を弱める学友に、ミレッラは勢いを取り戻す。
自分は何も悪くない。責められる理由なんて何ひとつないのだ。
「あら、知らなかったのね。風魔法で助けられお姉様は無傷よ。すでに研究室へ出勤しているそうだから、さすが氷の才女だわ」
「それは外傷のことでしょう。たしかに私たちもフィオラ様を悪く言っていたからあなたを非難できないけれど、でもあの光景を見て反省しているの」
「反省なんて必要ないわ。だって悪いのはお姉様なのですもの。それよりも休んでいた間のノートを貸してくれないかしら?」
ミレッラは二人に手を差し出す。しかし、友人ふたりは目配せをすると、首を振った。
「……ごめんなさい。ノートを忘れてきたの」
「えっ?」
「私は友人に貸しているわ」
「ええっ?」
そう言って、二人はそそくさと離れていく。
仕方なく他の学友にも声をかけようとしたのだけれど、視線が合った途端に全員席を立ちどこかへ行ってしまった。
次回はミレッラ後半です。
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