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15.ダリオンの誤算1 前編

短めです。


 婚約破棄騒動から一週間が経とうとしていた。


 ダリオン・ディミトリーは仕事場である騎士団へと向かう馬車の中で重いため息を吐くと、こんなはずではなかったと前の座席を蹴とばす。


 フィオラの誕生日パーティで婚約を破棄し、ミレッラとの婚約を宣言するという話は事前にジネヴィラ伯爵の許可を得ていた。


 ジネヴィラ伯爵はフィオラの亡き母を嫌っていた。いや、憎んでいたと言ってもいいだろう。

 自分と最愛の女性であるカエラを、一時とはいえ引き裂いたのは紛れもなくフィオラの母だったのだ。それが、父親であるジネヴィラ元伯爵からフィオラの母の実家への打診から始まった婚約であったとしても、憎悪の対象は変わらない。

 そしてその憎悪は、今や娘であるフィオラへも向けられていた。


 だから、フィオラが自身の誕生日パーティで婚約破棄され傷つくと分かっていても、ジネヴィラ伯爵はダリオンからの提案を受け入れたのだ。


 母親そっくりの容姿をしたフィオラが断罪されるのを、ジネヴィラ伯爵はどこか楽しみにしているようでもあった。

 ダリオンもフィオラとの婚約には不満を抱えていた。

 自分より成績が良く真面目で面白みもないフィオラより、可愛く愛嬌があるミレッラと過ごすほうがずっと楽しい。


 何をしても「すごい」「さすがです」と褒めてくれるミレッラといれば、フィオラとの学力の差に傷ついた自尊心も満たされた。

 そこに加え、ジネヴィラ伯爵もミレッラを可愛がっているとあれば、ダリオンの婚約者として相応しいのはミレッラのほうに決まっている。


 フィオラの誕生日パーティで婚約破棄を決めたのは、ミレッラを虐めているフィオラを断罪したかったからだ。それに、いつも冷静な顔が悲しみに歪むのを見たいという嗜虐心もあった。


 フィオラがミレッラを虐げ、ジネヴィラ商会の金で男遊びしていると言えば、周囲はフィオラを非難し、ミレッラとの婚約を真実の愛だと受け入れるだろう、そうダリオンは算段していたのだ。


 だが、結果は思いもよらないものとなる。


 氷の才女と言われ感情を出さないフィオラが、婚約破棄を叩きつけられた途端、なにもかも諦めたかのような表情を見せたのだ。

 悲壮とも諦観しているともとれるその顔は、人生に打ちひしがれているかのようで、招待客が息を飲んだ。


 まだ僅か二十歳の令嬢がするには、あまりにも疲れ切った顔だった。

 そうして、おぼつかない足取りでテラスへ向かうと、フィオラは不安定な手摺の上に立った。


「私はダリオン様を愛していました。それなのに、妹との不貞を美談にすり替えられ、濡れ衣を着せられ、誰も私を信じてくれない」


 その言葉に、ダリオンは氷水を浴びたように固まってしまう。

 いや、ダリオンだけではない。招待客も青ざめ予想外の展開に動けないでいる。


 いままで胸の中で押し殺していた感情を抱えきれなくなったかのような口調は、招待客の胸をえぐった。

 フィオラはそんな周りの様子に気づかず、ゆっくりと身体をうしろへと傾けていく。


「疲れました」と言ったフィオラの声に続くように悲鳴が起こり、広間が騒然となった。


「こんなはずじゃなかったんだ」


 ダリオンはもう何度目にもなるその言葉を口にする。


 幸いフィオラは助かったが、ダリオンたちに向けられる視線は恐ろしく冷たいものだった。

 婚約破棄のあとに予定していたミレッラとの婚約宣言なんてする雰囲気では当然なく、期待していた賛辞や祝福もない。


 まるで針の筵のような日々が、ダリオンたちを待っていた。


 今やダリオンは「不貞をはたらき婚約者を自殺においやった非道な男」と噂されている。

 どうしてこうなったんだと、ダリオンは頭を抱えた。

 虐げられていたミレッラを救ったヒーローになる予定だったのに、今や悪者だ。


 婚約破棄について、ダリオンは父親に相談していなかった。もともと亡き母親が希望した婚約だし、結果的にジネヴィラ伯爵家に婿入りするのだから構わないだろうと考えていたのだ。

 しかし、フィオラが飛び降りたと知った父親は、ダリオンを殴り激怒した。父もダリオン同様若い頃は騎士団に勤めており、年齢を経ても力は衰えていない。


 さすがにもう青あざは残っていないが、触れれば頬がまだ痛むように感じる。

 やがて馬車が停まり、ダリオンは重い足取りで騎士団の建物へと向かった。


 中に入るなり浴びせられるのは、非難めいた冷たい視線。騎士は崇高な職業で、公正で紳士的な振る舞いを常に求められる。


 誕生日パーティでのダリオンの行いはそのどちらにも反するもので、当然風あたりも強い。

 勤務時間まで思い思いに過ごす騎士の中に、学生時代からの友人を見つけ「おはよう」と声をかけようとする。


 しかし、友人は近づいてくるダリオンに気づくとさっと席を立った。

 一週間、ずっとこんな状態が続いている。


 ぽつんと孤立する姿が窓に映った。それは学園でいつもひとりだったフィオラを連想させ、ダリオンはますます怒りを募らせる。

 どうして俺がこんな目に遭わなくてはいけないのか。

 だけれど、ここで感情を露わにするのが愚行なのは分かっていた。

 ふぅ、と自分を落ち着かせるように深呼吸をすると、空いている椅子に腰かける。


ざまぁの前兆です。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
 ああ、実母の親友だったという夫人も亡くなってるのか。
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