11.謎の少女
ちょっと短めです
*セレナの思惑1
「どうして助けにこないのよ!」
街の診療所で、一人の令嬢が腹立たし気に叫んだ。
しびれ花に触れた高位貴族たちはとっくに診療を終え、馬車で帰宅している。
男爵令嬢である彼女は傷が浅かったこともあり、数分の診察を終えると薬を渡され、帰宅するよう言われた。
何時間も待ったあげくにこれかと余計に怒りがこみ上げる。
それに、平民から男爵家の養女となったばかりの彼女を迎えにきてくれる馬車はない。
男爵とメイドの間に生まれた少女は、母が亡くなると養女として男爵家に迎え入れられた。しかし、どうにも家族となじめず、今は貴族学園の寮で暮らしている。
(別にあの人たちと親しくならなくても、問題ないし)
とぼとぼとレンガ道を歩く少女の脳裏に浮かぶのは、ひとりの男性。
黒い髪に青い瞳、すらっとした長身痩躯の体形に、皇子様のような顔立ちは品がありながら色香が漂う。
バーデリア国とステンラー帝国の両方の王族の血を引く彼は、まさしく彼女の理想であり目指す相手だった。
「出会いのイベントである植物市に行ったのに、どうして他の女と一緒にいるのよ!」
しびれ花の綿毛から彼女を守ろうとしたことがきっかけで、ふたりの恋が進んでいくはずだった。
それにもかかわらず、今回の攻略対象である彼は他の女性を抱え、彼女の前を通りすぎたのだ。
いつも冷静沈着で大人びたキャラだが、不意に見せる素顔がたまらなく良い。
意外と嫉妬深く、感情が大きく揺れると敬語が抜けるところがまた、彼女のツボにはまった。
だから出会えるのを楽しみにしていたのに、目もくれず立ち去っていくなんてどういうことだと、彼女は足元の小石を蹴とばした。
「そういえばあの女、フィオラと同じ髪色をしていたような」
妹を虐げたとして、婚約者であるダリオンから婚約破棄をされるフィオラは、物語の冒頭に出てくるモブキャラだ。
モブだけれど、フィオラが婚約破棄されダリオンとミレッラが婚約することによって、「婚約破棄」からの「真実の愛」が流行りだす。物語の下地が作られるという意味では、重要なキャラと言えた。
「でも、亜麻色の髪なんてどこにでもいるし、関係ないわよね」
単なる偶然だろうと彼女は考えた。
それより、これからどうするかが問題だ。
植物市で攻略対象に出会えなかったことは今までなかった。
兎にも角にも、出会わなければ何も始まらない。その後に待つ数々のイベントも、そこから生まれる恋も無くなってしまうのだ。
「たしか、どこかの研究室で働いていたわよね」
学園の敷地には、幾つかの研究室が併設する。
間もなくそこで、仕事を手伝ってくれる研修生を募集するはずだ。
出会いのイベントを終えたあとは、研修生と研究員として偶然再会するのを思い出した彼女は、ぱっと顔を明るくする。
「今日出会えなかったのは仕方ないとして、次へ進めばいいのよ。えーと、掲示板に研修生の募集が貼られるのは、明後日よね」
そう考えると、足取りも軽くなってくる。
寒風が吹きすさぶ中、見上げた空には一番星が輝いていた。歩いているうちに日が暮れ、街灯には灯がともる。
あとひとつ角を曲がれば学園の寮だというときに、一台の馬車とすれ違った。
「危ないわね!」
それほどスピードが出ていなかったが、彼女はチッと舌打ちをし、乱れたピンクブロンドの髪を手で直す。
だから彼女は、馬車席に乗る黒髪の男性が、思案するように夜空を眺めていたことに気がつかなかった。
新しい登場人物です。
あっ、っと察した方も多いと思いますが、単純に「そういう話」だという終わり方はしませんので、最後までお付き合いいただければと思います。
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