10.植物市3
「イースラン様、植物に詳しいのですね」
「今はそんな話をしてるんじゃない!」
大声で眉を吊り上げる顔に、場違いに嬉しくなってくる。
こんな風に心配をしてくれるなんて、考えてもいなかった。
その反応は新鮮で、嘘くさい笑顔なんかよりこっちのほうがよほどいいと思える。
だからだろう、頬が緩んでいたようだ。イースランが不機嫌そうに「何を笑っている?」と口を尖らせる。
「慌てているイースラン様が珍しくて。ご心配をおかけしましたが、平気です」
イースランはうっ、と言葉を詰まらせると、気まずそうに顔を逸らし小さく咳ばらいをした。
隠しているようだが、耳がほんのりと赤い。
その姿に再び笑いがこみあげてきて、フィオラは掛け布団に顔を埋め肩を揺らした。
「部下が上司を庇って倒れたとなれば、焦りもします」
口調がいつものものに戻った。それがまた、笑いを誘う。
「ふふっ。イースラン様はしびれ花に触れませんでしたか?」
「おかげさまで。ちょっと失礼します」
イースランはそう言うとベッドに膝を突き、フィオラに覆いかぶさってきた。
突然迫ってきた身体に驚いて笑いがひっこむ。悲鳴すら出ない。
フィオラの顔の右側に置かれた手に体重が乗り、枕が沈んだ。イースランは左手をフィオラの頬に当てると、ぐっと顔を近づけてくる。
「あ、あの……!」
この状況はなんだと動転しつつか細い声を出すも、イースランからは何の返答もない。
暫くして、「はぁ」と大きなため息が耳元でして、イースランの身体が離れていった。
「少し首筋が赤くなっていますが、大きな傷になってはいません。あとで軟膏を調薬して持ってきましょう」
どうやら、しびれ花が触れた首に跡が残っていないか確かめたらしい。
「それなら先に一言あってもいいのではありませんか」
「おや、俺に触れられてドキドキしましたか?」
にやりと笑う顔を見て、フィオラは悟った。
これはさっき笑ったフィオラへの意趣返しだ。イースランのことだから、傷跡なんてフィオラが寝ている間に確かめたに違いない。
早鐘のように鳴る心臓を押さえながら、フィオラは息を整える。赤くなる顔が恨めしい。
(だって今までにこんな経験したことないんだもの!)
何度も回帰しているのに、いつまで経っても男女の触れあいに縁がない。
ふぅ、と息を吐いてからフィオラはイースランを見上げた。
「イースラン様がここまで運んでくださったのですか?」
「はい。俺の邸は王都の東側ですから、寮のほうが近かったのです。寮長に説明すれば特別に入室を許してくれましたし、医師も呼び診てもらっています」
じゃ、やっぱり首の傷跡は確認済みだったなと確信する。
「植物市はどうなりましたか?」
「しびれ花は風魔法で地面へと誘導したので、怪我人はそれほど多くなかったようです。しびれ花を持ち込んだ商人も捕まりました。ただ、綿毛が飛んだ範囲が思いのほか広かったらしく、回収するために市は早々に閉められました」
離宮跡は民家が少ないので、被害は最小限に抑えられたとタブロイド紙に書かれていたのを思い出し、フィオラは安堵する。
街中でなかったのが、不幸中の幸いだ。
それにしても短期間に二度も助けてもらうなんて、申し訳ない。
再度謝ると、イースランは首を振りベッドの端に腰を下ろす。
「俺のほうこそ、助けてもらったお礼をまだ言っていませんでした。ありがとうございます」
「咄嗟に身体が動いていました。もっとやりようがあったかもしれません。却ってご迷惑をかけてしまいました」
医師まで呼んでくれるなんてと感謝したところで、あれ、とフィオラはベッドサイドのチェストを見る。
そこには、医師から処方されたであろう薬が置いてあった。
「医師が来られたのでしたら、軟膏もありますよね」
わざわざイースランに作ってもらわなくても、それを首に塗ればいい。
軟膏と一緒にある粉薬は、しびれ花に触れて気分が悪くなる場合があるからだろう。
「俺が作ったもののほうが、良く効きます」
「すごい自信ですね」
「是非試してください。しびれ花に触れると吐き気が出る場合があるので、念のため薬包も貰いましたが飲みますか?」
本当によく知っていると、フィオラは思う。
植物市での慣れた足運びといい、案内が必要だったのか疑わしい。
(というか、よく考えればハンス様は毎回のように植物市に行くのだから、案内は彼に丸投げすればよかった)
コミュニケーション能力にやや心配はあるが、知識量は研究室一番だ。
「少し胸やけがするので、薬を飲みます」
ゆっくりと起き上がろうとすると、イースランが背に手を当て支える。さらに枕をクッションのように背に挟んでくれた。
こんなに丁寧な介抱を受けたのは、商隊で熱を出したのを含め二度目だ。
節くれ立った指が水差しを持ちあげ、グラスに水を注ぐ。
差し出された水と薬包を口に含むと、ごくんと飲み込んだ。そのままグラスの水を飲み干すと、イースランに促され再び横になる。
「本当は泊まって看病したいところですが、寮長からそれは駄目だと言われました。何かあれば寮長を呼べば対応してくれるはずです」
女子寮なので本来なら男性は入れない。
状況が緊迫していたので特別に許してもらったらしいが、当然ながら泊まるのは許可されなかったようだ。
フィオラとしても、一晩一緒なのは大変困る。
ゆっくり休めないし、どんな噂が飛び交うかと想像しただけで恐ろしい。
今回の人生でやっと悪評から解放されたのに、今度は嫉妬されるなんて御免こうむりたい。平和大事。平穏が一番。
フィオラの容態が落ち着いたのを確認するとイースランは立ち上がり、手慣れた様子でストーブの火を調整する。
薬のせいか部屋が暖まっているからか、頭がぼんやりとして眠気が襲ってきた。
「薬が効き出したようですね。買った植物は研究室に届けてもらうよう手配しました。明日は無理せず、休んでもいいですからね」
「……はい」
微睡みながら答えると、額に大きな手が置かれた。
その重みと温かさに、なぜかほっとする。
「お休み、フィオラ」
遠のく低音を耳にしながら、フィオラは眠りについたのだった。
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