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2人2脚  作者: 凡人
3/9

ラグ

それから三日が経った。


分裂からちょうど一週間。

俺たちは日常を取り戻そうとしたが、実際には、目に見えないひずみがじわじわと生活を蝕んでいた。

感覚の共有は当たり前になりつつある。けれど、すべてが“順調”だったわけではない。


その日の午後、大学キャンパス。


講義が終わったあと、俺――タカは、図書館脇のベンチへ向かった。

そこには、いつも通りの顔があった。


「藤崎さん」


俺が声をかけると、藤崎陽翔は専門書を閉じてこちらを見た。


「よお。……顔、疲れてるな。寝不足?」


「まあ、そうですね。ちょっと変な夢が続いてて」


軽く笑うと、陽翔はベンチの背にもたれながら言った。


「夢っていうかさ、最近――視界が妙に重なったりしてない?」


その言葉に、思わず身体が硬直した。


「……え?」


「たとえばさ。違う場所にいるはずの“もうひとりの自分”の目線が、同時に流れ込んでくるような感じ。

お前、話してるとき、視線がずっとズレてるって言われてるよ」


俺は返事をし損ねた。

陽翔はそれを気にした様子もなく、静かに言葉を続けた。


「でも俺はね、お前が何かを“重ねて”見てるようにしか思えなかった。

目の前の人間と、どこかにいる別の誰かを同時に見てる……そんな目だった」


言葉が、胸の奥に刺さる。

そうだ。俺には、もう一つの視界がある。カシの目線が、常に流れ込んでいる。


俺はスマホを取り出し、カシに通話をかけた。


「……今、少し話せるか?」



そのころ、代々木駅近くの古い喫茶店の前。


カシは、道端のベンチに腰を下ろしていた。

その直前、彼は突然、ふらつくような軽い頭痛に襲われていた。


「……またか」


ほんの数秒間、目の前の視界が、ぐにゃりと歪んだ。

タカの見ているキャンパスの景色と、自分の周囲が、ずれた立体映像のように重なってしまう。


さっきまでは聴こえていたタカの声が、まるでラジオのチューニングが合っていないように遠ざかっていく。


(距離が……関係してるのか?)


タカとは今、電車で三駅ほど離れている。

その距離になってから、こうした“軽いノイズ”が何度か起きている。


そのとき、スマホが震えた。


《今、少し話せるか?》


カシは頷き、通話をつなぐ。


「さっき……立ちくらみがあった。多分、視界の共有がうまくいかなかったせいだ」


「こっちも。講義中に、文字が一瞬だけダブって見えた。お前の視界が、急に“合成”されたみたいに流れ込んできた」


「やっぱり……距離、かもな」


「それって……俺たちの共有には、“制限”があるってこと?」


「今のところ、そうとしか思えない。明日、陽翔さんに話してみよう」



翌日、キャンパスの中庭。


タカとカシ、そして陽翔の三人は、周囲の目を避けて静かな場所に腰を下ろしていた。


カシが昨日起きた“頭痛と視界の混濁”について話すと、陽翔はじっと耳を傾けていた。

タカがそれに続いて、自分の体験も詳しく語った。


「視界だけじゃない。音もだ。お前の周囲の音が急に消えたかと思えば、今度はこっちの音が遅れて届く感じ。

共有が、“同時”じゃなくなるんだ」


陽翔は深く息を吐いてから、静かに言った。


「感覚の共有って、まるでWi-Fiだな。距離が離れすぎると、ラグが生まれる」


「……ラグだけならいい。でも、昨日のカシみたいに、身体が拒絶しはじめる」


タカがそう言うと、カシも頷いた。


「視界が重なった瞬間、何が自分で、何が相手なのか、一瞬だけ見失った。あのままだと、混乱で倒れてたかもしれない」


陽翔は腕を組み、空を仰ぐようにして言った。


「つまり、“制限距離”があるってことだな。距離を超えると、感覚が暴走する。

それは……命に関わることかもしれない」


静かに、空気が冷えた。

誰も冗談にはしなかった。


俺たちの共有は、万能ではない。

むしろ、誤れば破滅に繋がるものだった。


そしてこの日、改めて俺は知ったのだった。

俺と俺の存在は、世界にとって不自然で、不安定で、危ういものであると。

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