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聖女になんてなりたくなかったのに  作者: 猪口レタス
一章 本物に至る病
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09 家族

 空に仄かに色がつく頃、私は目覚めて体を拭いた。迷惑にならないよう早いうちに洗濯物を使用人に預け、部屋に戻って身だしなみを整えて、挨拶なんかをしながら廊下を進む。途中で父と鉢合わせたので、私は軽く会釈をした。

「ご心配をおかけしました。今日からは仕事に復帰しますので、ご安心ください」

「そうか。そうしろ」

 父は私の肩に手を置き、屋敷の入り口の方まで歩いて行った。今日も仕事があるのだろう。

 昨日の礼も兼ねて兄にも挨拶をしておこうと部屋を訪ねたが、誰もいない。使用人に聞けば、食事中らしかった。なんでも最近はリハビリのために、ダイニングまで歩くようにしているらしい。あの症状では足を動かせるはずがないのだが……母の死を受けて、兄も無理をしているようだ。

 ダイニングには兄がいて、ユリアナの助けを借りながら食事を摂っていた。兄は私に気がつくと、軽く手を上げて和かに笑う。

「おはよう。元気になったみたいで良かったよ」

「いつまでも部屋に引きこもっているわけにはいきませんから。それよりも兄さん、昨日はアルマ様の依頼を任せきりにしてしまって申し訳ございませんでした。伯爵は何か私に何か仰っていませんでしたか?」

「リアのことを心配していたよ。お母様のことを気にしすぎているんじゃないかってね」

 意外……でもないか。アルマは感情を表に出すような人間じゃないし、それほど理不尽でもない。母が死んでから、まだ一週間しか経っていないのだから、彼も配慮してくれたのだろう。

「それよりもだ。リアには、この一週間で起きた出来事を説明しておきたい。病み上がりで悪いけど、急ぎの要件がいくつかあるからね」

 と、兄は仕切り直す。私も兄に聞きたいことがいくつかあったので、願ってもないことだ。

「まず、エヴァイン家の領主には僕が任命された。父さんにエヴァインの血は流れていないから、術式保管の面で僕が適任とされたらしい。だから家の援助が欲しい時は僕に言ってくれ」

「兄さんが家を継ぐなら、エヴァイン家も安泰ですね」

「そうでもないよ。病のせいで後継を作るのに苦労しそうでね」

「すみません……私が未熟なばかりに」

「いいよ。これは僕のしくじりなんだから」

 下半身が動かないとなれば、後継を作るのにはかなり苦労するだろう。人を治す術を持っているのに、肝心なところで役に立たないというのは、苦い話だった。

「ただ、状況は最悪だ。しばらくは父さんが六賢の代理をすることになっているけど、後継者として枢機卿の名前が上がっている。しかも聖女にも立候補されてしまったから、対応が遅れればエヴァイン家は政治的影響力を完全に失うだろうね」

 また、枢機卿の名前を聞くことになると思わず、反応が遅れる。母が亡くなって一週間だというのに、あからさまな欲を出していることが信じられなかった。

「まあ、枢機卿の悪趣味を証明できれば、もっと簡単に解決できるんだけどね。リアがもう少し頑張ってくれるなら、彼女を失脚させる、ということもできるかもしれないなあ」

 不敵に笑う兄を見て、一つ察することがあった。

「だから兄さんは、ソリアさんを買ったんですか?枢機卿糾弾の旗持を、私にやらせるために」

 兄は一瞬、首を傾げた。ソリアという名前に聞き覚えがなかったからだろう。しかし、兄もすぐに彼女のことに思い至り、微笑む。

「僕はね、リアに元気になってもらいたかっただけだよ。そのために、リアが前に進むための目的を用意したんだ」

 兄は右手の人差し指と中指を机の上で歩かせながら、言葉を続ける。

「もし路上で財布を落とした人がいたら、拾って渡してあげるだろう?リアはそういう子だから、彼女から取引を持ちかけられた時、ちょうどいいと思ったんだ」

 予想とは違う角度の理屈に、私は違和感を覚えた。言いたいことは理解できるのだが、それを私にそのまま伝えられると、こう、気味が悪い。

「リアはちゃんと、彼女を助けてあげるつもりなんだよね。優しい子だから」

「ええ、まあ……」

 一方的な片思いではあるが、私はソリアのことをかなり気にしている。検診術式の副作用で彼女が奴隷になった経緯をある程度知ってしまっているし、毎回酷い状態でやってくるので、気が気でなくなってしまうのだ。

「あの子はとても、辛い経験をしてきたみたいだからね。リアが嫌でないなら管理を任せたいのだけれど、どうだい」

「いえ、引き受けます。彼女の手助けをしたいというのはその通りですし……兄さんは、それが家のためになると判断したんですよね。それなら、断る理由はありません」

「ありがとう、助かるよ」

「はい」

 私が頭を下げると、兄は居心地が悪そうに肩をすくめる。そして、立ち去ろうとした私に対して一言。

「座りなよ。ちゃんとリアの分の食事も用意してある」

 私にそう促し、使用人に椅子を引かせた。確かにここ数日何も口にしていないので、そろそろ何か食べるべきではある。しかし、私だけが呑気に食事を摂るのも、ソリアに申し訳ない。

「その量のご飯は、今は食べられません。部屋に持ち帰ってもいいですか?」

「わかったわかった。ソリア君は食べる方かもしれないし、遠慮せず二人分の食事を持って行くといい」

 私の考えを見透かすかのように、兄は優しく言葉を返した。

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