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レタス

作者: バナナ
掲載日:2023/03/29

 京子は夕飯の準備をしようと冷蔵庫を開けた。買い物に行ったのが二日前だったので冷蔵庫の中にはあまり食材が入っていない。ふと野菜室に目をやるといつ買ったかも忘れてしまったレタスがしなびていた。野菜室の片隅で誰からも忘れ去られ朽ちていたそれを見た時京子は「あぁ、まるで私みたい。」と思った。


 金田京子は今年で四十四歳だ。大学を卒業した後、夢だった出版業界へ就職した。とはいっても就職したのは小さな編集プロダクションで、思い描いていたものとは程遠い世界だった。そんな時今の夫、誠一と出会った。友人の紹介で出会った三歳年上の誠一は真面目で優しく話も合った。二人は自然と男女の仲になり京子はすぐに妊娠した。働き始めたばかりだったが、結婚して生まれてくる子どもと誠一のために生きていくのも悪くないと思った。二人はすぐに結婚し、しばらくして子どもが生まれた。名前は花子。当時にしても古風な名前だが、年老いても不自然でないだろうと誠一と京子が二人で決めた名前だった。     


 二人の実家は共に遠く離れた場所だったため周りに頼るものもなく京子は家にいるしかなかった。夫の収入は都会で三人暮らしをするには十分ではなかったが預ける先のない子どもを抱えて働くことは京子には出来なかった。それから二十数年、子どもも独り立ちした。これからは誠一との老後のことを考えなければならない。長生きなんてする予定もないけれど、もしも生きていたらと考えるとやはり準備はしておかなければならないだろう。京子は自分も働くしかないだろうと考えた。試しにスマホで求人サイトを見る。あまりにも多くの求人が溢れていて面食らった。しかし目を通してみるとそのどれもが誰もやりたくないであろうものだったし、たまにある高収入の仕事はどれも経験者でなければならないものだった。


京子は就職後すぐに結婚し今までずっと専業主婦だった。履歴書を書こうにも職歴が全くないのだ。こんな経歴で雇ってくれるところなんてあるはずない。京子はため息とともに今までの人生を振り返った。妊娠、結婚、子育て。今までいろんなことがあったはずだ。でもそんなもの社会では何の意味もなさない。そんな人生を選んだのは自分だ。働くタイミングはいくらでもあった。子どもが小学校に上がるとき、中学校に上がるとき、高校に上がった時・・・。でも私は家にいることを選んだのだから仕方ない・・・。最近はそんなことばかり考えている。社会から取り残された自分。でもそんな人生を選んだのも自分。今更外で働くなんて無理なのだろうか。京子はまた求人サイトを眺めていた。検索ワードはお決まりの“未経験・年齢不問”だ。同じような仕事ばかりがヒットする。何度眺めたって同じだ。その時ふと新着の求人が目に入った。『未経験可、年齢不問。急募』仕事の内容は本の編集とあった。これだ!京子はそう思った。時給はそんなによくはなかったが仕事の内容に惹かれた。京子は早速サイトから求人へ応募した。最近は仕事の応募もネットでできるのかと感心した。しばらくすると会社から歴書を送ってほしいと連絡があった。京子はなれないパソコン操作でなんとか履歴書を作りメールに添付して送信した。やはり職歴は真っ白に近かったが仕方ない。それでも少しだけ前に進んだ気がした。

 

数日後応募した会社から連絡が来た。どうやら面接してくれるらしい。京子はドキドキしていた。面接って何を着ていけばいいんだろう。バイトなんだしあまりきちんとしていない方がかえっていいのだろうか。そんなことを考えながら面接の日までそわそわしながら過ごした。

 結局ラフなジャケットと普段も使えそうなバッグを買った。新品だと悟られないだろうか。あまり張り切っていると思われるのも恥ずかしかった。会社のビルの前まで来ると幾分緊張してきた。採用なんてされなくて当然。気楽に話せばいい。そんな風に思ってもやはり緊張はした。ビルに入ってエレベーターのボタンを押すと同じビルに入っている会社の面接に来たと思われる青年が隣に立った。同じように時間を見計らってエレベーターに乗ろうとしているようだった。少し緊張しているように見えたその青年は京子とは違ってちゃんとしたリクルートスーツを着ていた。あぁ、この青年にはこれから色んな未来が待っているんだろうなと思うと羨ましくなった。 

 青年は先にエレベーターを降りた。京子は心の中で青年に頑張ってとエールを送った。私は私の人生を生きなければならない。そう思い直すと京子はエレベーターを降りた。

 

「それで金田さんの応募動機をお聞かせください。」

そう言われて京子は履歴書に書いた志望動機を思い出しながら話し始めた。

「子どもも就職いたしましたので時間に余裕ができ私も働きたいと思いまして・・・。」

「なるほど。それで前職は編集プロダクションにお勤めとのことですがどのような仕事内容でしたか?」

「働き始めてすぐに結婚して退職してしまいましたのであまり大したことはしてないのですが・・・。」

 京子は自分の社会経験の無さに引け目を感じながら話した。なにも恥ずかしいことなどしていない。ただ子どもを育てていたけだ。もともと家に一人でいるよりは友達と遊ぶ方が好きな性格だった。いつの間にか友達とも疎遠になり話をするのは家族だけという環境になっていた。


「本日はありがとうございました。結果は一週間以内にご連絡いたしますので。」

 やけに短い面接だった。三十分程度とメールには書いてあったような気がしたがまだ十分しか立っていない。あぁ、私に用はないんだな。と京子は直感した。

 帰りながら京子は空を見上げながら考えていた。四十四歳で何のとりえもないおばさんを必要としている会社などないんだろうな。何もできないなら若い子の方がいいに決まってる。などとぼんやり考えながら歩いた。少し沈んだ気持ちにはなったがまぁそんなものだという気持ちも大きかった。期待しないこと。京子がここ二十年で身に着けたスキルだった。期待しなければ絶望することもない。

今夜のご飯は何にしよう。あのレタスは捨てなくちゃね。そんなことを考えながら京子は家路を急いだ。


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