混沌を食う
残業上がりの夕食は、社内恋愛中の彼女の希望で焼肉だ。
なんで焼肉屋?と思ったが、タバコが吸えるかららしい。
「おれ、学生時代はビビンバ食えなかったんだよね」
「へー、そうなんだ」
「ご飯と混ぜる系、全部ダメ。牛丼とか親子丼も無理。
ご飯に味噌汁かけるやつの気が知れなかった」
「えっ。わたし大好きだけど」
「知ってる。
最初にあれ見て、トムソーヤの冒険を思い出した」
「名作アニメのやつ?」
「原作の方な。
トムの親友に、ホームレスのハックルベリーてのがいてさ。
残飯の味について語るくだりがあるんだよ。
いろんな残飯がゴミ箱で混ざり合って、それが美味い、みたいな。
それ読んでから苦手になってさ」
「ふーん」
「ま、今は普通に食えるけど」
うちの会社はブラックだ。上司は昭和の亡霊だし、くだらない仕事にも事欠かない。残業続きでデートの余裕もない。
だが、同じ職場で逞しく生きるこいつに出会って、おれは変わった。
世の中、綺麗事ばかりじゃない。それが自然で当たり前。
秩序の裏の混沌にも価値があることを学んでから、ぐちゃぐちゃ飯が食えるようになったのだ。
「ハックは偉大だよな」
「あんたがオヤジになったってだけでしょ」
電子タバコをくわえた彼女は、いつになく辛辣だ。
「それで何。別れ話?」
「えっ?」
「だって変じゃない。
わたしの行きたい店なんて、普段聞かないし。
やたらカバン気にしてるし」
女のカンてやつは、なんでこうも鋭いのか。
「ご飯に味噌汁かける女なんて、やっぱ勘弁て言いたいわけ?
何? 浮気してんの? 会社の女?
言っとくけど私、絶対に別れないからね。
ストーカーになって付きまとうから」
「ちょっとあんた、聞いてる?
なんでそんなに笑ってんのよ!」
そうじゃないって。
プロポーズの枕だったんだって。
指輪も用意して来たんだって。
トムの憧れたハックが、おまえだったんだって。
あーもう。
ほんと、ぐちゃぐちゃだよな。