一枚の写真
もうすぐ春だというのに、雪が降っている。千葉県の雪は、降雪地域とは違い雪に含まれている水分が多い。翌日快晴ともなるとその雪が一気に溶けてしまい天気雨みたいになってしまう。狐の嫁入りとも言う。僕、隆文は、そんな天気雨みたいな景色を淡々と撮っていた。雪が解けていくその時間が、ぼくは好きだった。
四月、専門学校を卒業して五年の月日がたった。皆にとって五年という月日は長いのだろうか。僕にとっては何もせず自分がどんな写真を撮りたいのかわからずじまいの五年だった。そういう意味では他の人より少し長かったのかもしれない。雑誌のしがないカメラマンとして働いている。たまに仕事はもらえるが食ってけるほど、という訳でもなく、アルバイトもしてる毎日。そして今日は都会の高級住宅街に来ていた。お昼過ぎということもあり、公園や少し険しい坂道からは緑のにおいがしなくもなかった。歩きながら、とりあえず、写真を撮っていると周りの家と比べ、明らかに豪華な一軒家があった、写真を撮りポートフォリオに乗せていいか確認ぐらいする勢いで撮ろうとした。(ポートフォリオはカメラマンの名刺みたいなものだ。普段自分はこんなものをとってますよーみたいな、)カメラのシャッター越しに二回の白いカーテンから華奢でありそうな女の子、いや女性が出てきた。白いワンピースを着ていた女性は、窓を開け外の空気を吸いながら斜め上を見ているようだった。その瞬間少しばかりの風が吹いた。ほぼ無意識に僕はシャッターを押した。自分でもびっくりしたがこの写真は見る前に最高の一枚になると確信していた。案の定それは当たりだった。主題、副題、光の入り方、空気感。すべてが完璧だった。そう思っていた矢先、女性はこちらのほうに気付き、不審者を三鷹のようなそぶりで慌てて窓を閉めた。僕は、急いで誤解を解かねばと思い、その家の呼び鈴を押した。呼び鈴のマイクから聞こえてきたのは、女性の高い声ではなく、男性のそれも歳を重ねたような重みの声が聞こえた。「こちらの家に何か用でしょうか。」
僕は慌て気味で、
「あ、すみません、私カメラマンの隆文という者です。」
中から出てきたのは声の通り、いやそれよりかは若く、だが威厳のある執事らしき人が出てきた。名刺を渡し、ポートフォリオに使う写真を撮っていたこと、この家が一際目立っていたので、この家を撮っていたこと、たまたま女性が写ってしまったこと、ここまでの経歴を話した。しばらくの沈黙ののち、
「どんな写真なのか見せてもらってもよろしいでしょうか。」
僕はカメラを渡し、写真の見方を教えた。しばらくスクロールして最後のあの写真が来た。かすかにだが表情が変わった。きたっ、ていう感覚だった。
「こちらのカメラしばらくお借りして、お嬢様に見せてもよろしいでしょうか。」
「お願いしたいです!もし不愉快に思うようでしたら消しますので…」
しばらくしていると、また執事らしき人が来て、
「お嬢様がお呼びです。もしよろしければお会いになりますか?」
恐る恐る了承して、家に入った。中はいろんな風景画の写真が額縁に収められていた。
二階に上がり執事が、(もう執事にすることにした)扉をたたき
「お嬢様、お客様をお連れしました。お入れいたしますか。」
扉の奥からは
「どうぞ、お入りください」
扉を開けた先には、白を基調とした家具があり、真っ先に目に留まったのは白いベッドに座っている白いワンピースを着た華奢な女性がいた。
「お写真拝見いたしました。他の人からはこう見えているのですね(笑)私こんなにもきれいに映ると思っていませんでした。」
その人は、どこか儚しげにも少し目を輝かせながら言っていた。