冤罪の盲目聖女は災害を起こしちゃいます
皆様、読んでくださり、誠にありがとうございます。
今更ながらですが、一部修正いたしました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
「リルネラ、冷たいお水を準備しておいて下さい」
お嬢様は、窓辺に座ったまま仰いました。
私のお嬢様、シルレッド・F・エネルバ令嬢は、クリスタルのような白銀の髪を持つ、それはそれは見目麗しいお方でございます。容姿端麗、才色兼備、眉目秀麗、文武両道は違うか……。とにかく素晴らしいお嬢様なのです。その上、お優しく、教会にも殆どいない希少な聖魔力を持たれているのですが、ただ一点、目が見えないのです。
最初からと言う訳ではございません。春の終わりに起こった事故(?)によるものなのです。
私が返事をしますと、「グラスは二つね」と続けられました。
その後、ノックが聞こえて御館様が入って来られました。
「シルレッド」
「お父様、いかがされました? 大層急いだ足音が聞こえましたけど……」
この事か!私は、冷えた水を御館様と、後ろに控える執事のセバスにお渡しする。
御館様は、水を一気に飲み干すと、セバスから封書を受け取りながら、ちょっと情けなさげな顔でお嬢様に告げます。
「御領主の御令息との婚約が解消された」
お嬢様は、口角を微かに上げて、「そうですか」と応え、言葉を続けた。
「私は、事故を起こし、御領主に怪我をさせた罪人ですから」
「しかし、事故と言っても元々は……。怪我と言っても自分で転んで手首を捻った程度。あいつらは――」
「お父様、御領主様方を『あいつら』呼ばわりをしてはいけませんよ」
「しかし、あいつらは教会に所属していない聖魔法使いを、領に都合良く囲っていたいだけなのだ。無理矢理婚約させ、その上で罪人扱いに……」
「お父様……」
「飼い殺しだ……。あの時、婚約を撥ね除けておけたら、お前は聖女として……王都で……正教会本部で……」
お嬢様は、九歳で聖魔力を発現されてから王都の正教会本部で、聖女に成るべく修行をされておられました。聖魔力の制御は勿論、神学、歴史、語学等の一般教養から高等学問、淑女教育と血の滲むような努力で修められ、成人となる十六才で、ようやく聖女となり教会の所属となる直前、出身領のクソ領主のバカ息子との婚約を定められたのです。お嬢様、お可哀想でございます。
「お父様、済んだことで――」
「シルレッド! 包帯を」
見ると、お嬢様の目を覆うように巻かれた包帯が赤黒く滲んできております。
私は、新しい包帯とガーゼを持ってお嬢様に駆け寄りました。包帯の交換です。
御館様は、心配そうな眼差しで見ておられます。
医局の見立てによると、お嬢様の目は急に強すぎる光を浴びた為に神経が焼き切れたらしい。視力を失った今も、その目から赤黒い血が時折流れてくるのです。
私は血がこびりついた瞼を清め、包帯を替えていきます。
お嬢様の眼は、白目も瞳もなく、ただ紅い球のように見えました。あの強く鮮やかなコバルトブルーの瞳を失われた事を悔しく思うのです。
◇◇◇
お嬢様には、仕事がございます。
三日に一度、領主邸の横に建てられた教会の地下に置かれた聖石に聖魔力を補給するというものです。
教会地下の大空間に鎮座する巨大な聖石は、微かな光を帯び、ゴシック調に飾られた壁面と共に厳かな雰囲気を感じられたものですが、今となっては憎々しい限りです。
目が不自由になられたお嬢様に向かい、教会は勿論、町の者達まで「神罰が下った」「呪われ聖女」等と言ってくるのですから。いつぞやは石まで投げられましたし。
それでも、お嬢様は律儀にお勤めを果たされます。見えぬ目でソロソロと地下に向かわれ、聖石に聖魔力を注がれます。
そもそも、この領は肥沃な土地を待ち、王国内でも有数の食糧庫と言われているのです。しかし、それは地層学上、魔力溜まりが在るためであり、その濃厚な魔力を求めて魔獣が集まってくるという問題点を持っていました。
三百年前、王都に居られた驚異的な聖魔力を持つ銀髪銀眼の大聖女様が、この地に巨大な聖石を置かれ、魔獣の入ってこられない不可視の壁、聖域を展開されました。
その後、領内への魔獣の侵入はなくなりましたが、今でも定期的に聖魔力を供給する必要があるのです。
今までは、正教会本部に聖魔力を持つ聖女の派遣を依頼して魔力供給をしていたのに、お嬢様が聖魔力を持つと、バカ息子との婚約でお嬢様を領内に縛り付けておいて、今度は罪人とした後でも罰として働かせております。
どうせ、教会への派遣料を惜しんだだけでしょうし、そこに巻き込まれたお嬢様が不憫でなりません。
「これはこれは『呪われ聖女』様ではありませんか」
揶揄う声と共に豪奢な衣服に身を包んだ男が現れました。バカ息子です。
「カイン様、私は聖女ではございませんよ。まだ聖女の認定を受けておりません」
「そんな事言っているんじゃない。今までチヤホヤされてたお前も罪人だ。墜ちるところまで墜ちたなぁ」
「……」
「牢に入れられてないだけマシか? 親父の恩情を噛み締めて働けよ」
「……」
「そうだ、俺様もお前に恩情を与えてやろうか? もう婚約者でも何でもないが、妾くらいにはしてやろう。あの人を小馬鹿にしたような目も無くなった事だしな」
クソですか? このバカはクソなのですか? お嬢様を妾ですと? 婚約中も指一本触れる事すらできなかった劣等感溢れるバカが何を言いくさる。その上、目の見えなくなったお嬢様に気遣う事もなく、『人を小馬鹿にしたような目も無くなった』だと? どうせ、『神罰が下った』だの『呪われ聖女』だのの噂も、どうせお前ら領主一族が広めたんだろ。
そんな事を思っている私の肩に、お嬢様は手を置き、軽い会釈だけでその場を後にする。
後ろでは、バカが何かほざいていたけど、無視無視。
最悪、手を出されても、人より若干頑丈で力の強い私がお嬢様を守る。守ってみせる。
「お前、大災害が起こるとか言ってるらしいな。この嘘吐きが」
最後に聞こえた罵倒に、振り返る事もなく、お嬢様は呟かれました。
「起きてしまいます」
◇◇◇
次の日、領で文官をされていらっしゃいますサルヴァ様がいらっしゃいました。御館様のご長男であり、お嬢様のお兄様でございます。
「おお、シルレッド、大丈夫か。大海を湛えるようなお前の瞳が失われたと聞いて、生きた心地がしなかったぞ」
サルヴァ様は、時折芝居じみた言葉遣いをされますが、御館様同様に家族を大事にされるお方です。普段は、文官寮で過ごされてますので、こちらに来られるのは稀な事。
私は、お嬢様が言われていた通りに準備していた紅茶をお出しします。
「さすがリルネラ、気が利く」
サルヴァ様のお褒めの言葉に会釈で返し、お嬢様の手を取り、紅茶をお渡しします。
「ところでシルレッドよ、大丈夫なのか?」
「大丈夫?」
「いや、目が見えなくて生活に困っていないか?」
「リルネラが良くしてくれますから」
恐縮でございます。私が出来ることであったなら何でもいたします。『私の全てはお嬢様の為にある』常々思っていることでございます。幼い時、お嬢様にお目にかかり、侍女(下女ではありません、侍女です絶対に)を務めることになってから、愛らしくお優しいお嬢様のお側に居られることが幸せでした。これから先も、何があっても私はお嬢様と共にあります。
「それよりもシルレッドよ、領に災害がくると言っているらしいが、どういうことだ。いや、疑っているという事ではない。お前はいつも正しい。だがな、そんな災害の予兆もないし、大体が聖石も問題なく聖域を展開しているだろう。領内では、お前が法螺を吹いてるだの、呪われて狂ったとか言われている。ちょっと詳しく教えてくれないか? いつも民の為に尽くしてきたお前が、悪し様に言われるのが、悔しくてたまらないんだ」
お嬢様がお顔を上げられたので、その手から紅茶のカップを取ると、ソーサーの上に置く。サルヴァ様の方にお顔を向けられたお嬢様は、軽く口角を上げるだけで、私に言われました。
「リルネラ、ティーカップをもう二つ。冷めてまいりましたので、新しい紅茶を淹れた方が良いでしょう」
「シルレッド、紅茶はもういい。それよりも……」
サルヴァ様が紅茶を拒否しようとしたところで、ノック音がして、御館様が入ってきた。セバスも付き従っている。
「おおサルヴァもいたか。仕事はどうだ? 寮なんぞで寝泊まりせんでも、ここから通えばよかろうが。と、シルレッド、お前が言うように領外に食料の備蓄を始めたんだが、凄いなお前がくれた御守りは。領外だというのに魔獣が全然来ない」
御館様は、笑顔で話し始められました。
御守りといっても、横で見ていた私は吃驚でございます。その辺で拾った手頃な石にお嬢様が聖魔力を注いだだけの物。それが聖石のような効果をもたらすなんて……。やっぱりお嬢様は凄いです。
「それでも、災害とやらはくるのか? 領内でも、お前が法螺を吹いているとか、呪われて狂ったとか言われているぞ」
あ~、御館様も同じ話ですか……。
私も聞いております。
始終お嬢様にくっついているような私ですが、ある程度の自由時間はあります。まぁ、お嬢様が自由時間のない私を憐れんで、時間を下さるんですけど……不要でございます。刹那でもお嬢様から離れるなんて、嫌―なのですが、そんな時は、領内の美味しいお菓子なんぞを食べ歩きながら、ベスト美味しいスイーツをお嬢様に買って帰るのです。
そこでも言われました。
災害が起きないように聖石があるってのに何を言うんだと、エネルバ家のお嬢は狂ってんのかと、やっぱり、領内の貴族を使わずにちゃんとした聖女に来てもらうべきだって……。
くそ腹が立ちます。
お嬢様は、少々困ったように
「そうですか……領の人々は信じてくれないのですね」
と、仰いました。
更に詰め寄るお二人に対して、今度は微笑むように口角を上げられて呟かれます。
「被害は出したくありませんのに……」
包帯で覆われたまま、何処か遠くの一点を見つめているような様子でございました。
◇◇◇
ある日、正教会本部より調査員という方が来られました。
私の心は、そのお方を一目見ただけで浮かれまくりました。クリスフォード様ではありませんか。ヤンセン枢機卿の御子息、正教会本部でお嬢様と親しくされていたイケメン。容姿端麗、才色兼備、眉目秀麗、文武両道……今回はOK。とにかく、お優しく素晴らしいお方。当時は、絶対にお嬢様と結ばれると信じておりました。
そのクリスフォード様は、目に包帯を巻かれたお嬢様を一目見ると、にわかに悔しげなお顔をされて、挨拶をされます。
「正教会本部より参りました。この度の聖石に関係する事故について聴き取りをさせていただきます」
その声を聞いたお嬢様は、微かに頬を染められた後、顔の三分の一を覆い隠した包帯に触れられて、微妙に顔を伏せられて仰いました。
「あの……お名前をお聞きしても宜しいですか。知っている方のお声によく似ていらっしゃるものですから……」
「ク、クリラッタと申します」
ん、クリラッタ? クリスフォード様ではないのですか? 偽名? あっ、お嬢様も包帯を巻かれたお顔を伏せられてるし、クリスフォード様も痛々しそうに包帯を見つめて唇を噛み締めていらっしゃいます。
包帯を見られたくない女心と、その気持ちを理解した上で別人のふりをする男心。お二人のお気持ちを思うと、私の心もジーンと温かく、そしてゾワゾワと歯痒くなってきました。ああ、尊い。
それにしても、クリスフォード様、ネーミングセンスなさ過ぎます。『クリラッタ』って、女性名称ではありませんか。男性名称なら『クリラット』でしょうに。
「事故のあらましを時系列で、普段のお勤めからお教えいただけますか?」
あくまで事務的な声で聞かれました。
お嬢様は、俯いたままお答えになります。
「はい、普段、日々の聖魔力供給は、三日に一度、私一人で行っており、それは負担になることはありませんでした」
「えっ、通常二名の聖女が派遣され、交代交代に供給していたはずですが。……それでも、ギリギリのはずですが……」
「それは分かりませんが、私の魔力量が多いのではないですか? 確か、本部でお世話になっている時も、そう言われていましたし。ただ、一年程行っておりまして、慣れてきたこともあるのではないかと」
「確かに、本部におられた時も、魔力の純度と量は有名でしたもんね。―と、あ、あ、そう聞いておりました」
焦っておられる。焦っておられるクリスフォード様、可愛い。初対面という設定なのですな。あっ、今はクリラッタ様ですか……。
「クスッ。ただ、それを知られた御領主が、通常よりも多い量の供給を命じられました。供給量を増やすことによって、聖域を広げられると考えられたようです」
「そんな事は……」
「ええ、そんな事はあり得ません。その事を申し上げたのですが……お聞き入れ下さいませんでした」
「で、過供給をしたわけですね」
「その通りです。御領主に逆らうことは出来ませんから。そして、魔力枯渇寸前まで供給いたしました」
「で、聖石が異常発光したと……」
「はい。一瞬でしたが、凄まじいばかりの光でございました。そこで眼に激しい痛みを感じました。医者の見立てでは、強い光により視神経が焼き切れたのだとか」
「で、失明されたのですね。更にその時、突然の光にビックリされた御領主が転んで、手首を痛められたと……」
「多分そうだと思います。後ろにいらっしゃったので、見ておりませんから」
「先に御領主の聴き取りをしてきたのですが、ただ貴女が供給に失敗し、それによって怪我をしたと言っておられましたが……」
ハァ? 私は猛烈に首を横に振りました。だって、普段の供給には、誰も来られませんもの。普段は、お嬢様と私の二人きりで行ってますから。あの日、クソ領主一行が来たからビックリしました。何事かと思いましたよ。で、目一杯聖魔力を注げだなんて、何を言うんだとクソもバカも阿呆かと思いましたよ。
「そう言われましたか……」
「で、供給に不安があるなら本部より聖女を派遣しようかと言ったんですが……」
「断られたでしょう」
「はい、その通りです。まあ、本部にも貴女程の聖魔力を持った聖女はいないのですが……あっ」
またお嬢様の包帯が赤く滲んでまいりました。最近では、以前ほどの頻度でなく、色も鮮血のような色に変わってきております。私としては、赤黒いドロッとした血が出ていた時よりも見た目が良くなってきたように感じていたのですが、それでも当事者のお嬢様としては、人から見られるのは恥ずかしいのでしょう。
そっと顔を背けられました。
「失礼ですが、目の具合を看させていただいても宜しいですか?」
そう言うと、お嬢様の手を取られて、正面から向き合う形になりました。
お嬢様の頷きを確認して、包帯を解かれました。
最近のお嬢様の目は、以前のように瞼を貼り付けるような血の塊もなく、簡単に開くことができるようになっております。鮮血は、涙のように涙腺から流れてきているようです。ただ、眼球には瞳がなく、血管の一筋も見えない青白い球体となっているのです。それは、あたかも神の罰によって光を奪われた不死者のよう……いや、お嬢様に罰なんて……。
無言で包帯を替えられたクリラッタ様は、一間をおいて口を開きなおします。
「ところで、貴女は、その後、災害が起こると言っていると聞いていますが、何故です?」
「あの光と一緒に、様々な光景が見えました。その中にその光景が見えたのです」
「それが災害の光景であったと……。で、どうされたいですか? 災害が起こるなら聖女として、本部に連れ帰り、適切な処置をする事も可能です。御領主は、貴女を罪人として領に繋ぐと言っておりましたが……。貴女次第です」
「聖女ですか? でも、認定を受けておりませんが」
「既に貴女は、聖女として認められております。ただ教会の所属ではないだけで」
「そうなのですか、だとしたらカイン様に嘘をついたことになってしまいますね」
そんな事、気にする必要はありませんお嬢様。クソ領主のバカ息子なんざ無視ですって。
「まぁ、教会所属以外での聖女というのは稀ですから。……で、どうされたいですか。教会としては、貴女を守る準備は出来ております」
「そうですね。とりあえず、聖石を壊そうと思います」
「えっ、そんな事をすれば、魔獣が領内に入ってくる事になります。最早災害ですよ」
「ええ、災害です」
お嬢様は、口角を上げ、きっぱりと言われました。
◇◇◇◇◇
私がシルレッド・F・エネルバ令嬢と出会ったのは、王都の正教会本部だった。
父親が枢機卿ということもあり、幼い頃から教会に出入りしていた私は、ある意味、教会内という狭い空間の中で王子だった。私が歩けば、民達に奉仕をしていた修道女も、修行に勤しむ修道士も、聖書の教えを説く神父ですら、立ち止まり、視線を向け、美辞麗句を述べた。
そんな中、一人の少女を知った。
古の大聖女と同じ、白銀の髪を持つ少女。
王都から遠い、田舎の領より来たという、聖女見習いの娘がいるというのだ。
興味を持ちながらも、いつか会えるだろう程度の事であった。
ある日、その少女と出合う事ができた。
その時、自分が言った一言を今だに後悔する。
『なんだ、大聖女と同じと言っても、髪だけじゃないか。目は違うんだな』伝説の大聖女は、銀髪銀眼の美女。目の前の少女は、確かに銀髪ではあるが、瞳は蒼かった。
少女は言い返すこともなく、笑顔で会釈して去っていったが、その所作は美しかった。私は、一瞬で恋に落ちた。
調べると、少女は勉学にも勤しみ、進んで奉仕活動にも参加しているらしく。妬む者こそいたが、悪し気に少女を悪く言う者はいなかった。
私が、勉学、剣術に頑張り始めたのも、この頃からだ。
少女に近付きたく、彼女に相応しくいたいために。
そうしなかったら、私は劣等感に押しつぶされていただろう。ただ、少しでも対等にいたいが為だけの努力。
だんだんと、距離を縮めた私とシルレッドは、共に語らうようになった。語るうちに、ゆっくりと見えてきたシルレッドは、明るく、優しく、それでいて傷付きやすい普通の少女。ただ、努力家で笑うと可愛い。私は、どんどん彼女にのめり込んでいった。
いつの日か、私は彼女と将来結婚するものだと思うようになっていた。それは、周囲の声であり、私の願望。
でも、彼女は姿を消した。
聖女認定試験の前、いきなり領より呼び出しがあったのだ。
彼女が領主の息子と婚約を結んだ事を知った。
悔しながらも、彼女の幸せを祈った。
そして、彼女が失明した事を知った。
◇◇◇◇◇
それから幾日。クリラッタ(?)様も本部にお帰りになられ、平穏な日々が続きましたが、町の人々のバッシングは酷くなってもいきました。
それでもお嬢様は、町の皆の為に聖石に聖魔力を供給いたします。
私は、お嬢様が言われた『聖石を壊そう』という言葉が聞き間違いであったのかと考えていました。
「リルネラ、今日聖石を壊しますからハンマーを持っていきましょう」
聞き間違いではございませんでした。
お嬢様は、やっぱり聖石を壊すおつもりです。
領を壊してしまわれるおつもりです。
でも、私には、逆らう気はございません。だってそうでございましょう。絶対に罪のないお嬢様に対しての町の連中の態度、『呪われ聖女』って何ですか? お嬢様が悪いんですか? 目を失ったお嬢様は寧ろ被害者ですよね? それに、領主一族の態度。まるで、奴隷を見る目ではありませんか。
さぁ、壊しましょう。壊して領内を魔獣で満たしてやりましょうぞ!
噂のお陰でしょうか、聖石に聖魔力を供給に来たお嬢様に挨拶をする者などなく、目すら合わされません。
布に包んだ背丈の半分程のハンマーに気付かれる事もなく、教会の地下に至ることができました。
巨大な聖石。
私よりも大きな石。
お嬢様の自由と目を奪った石。
ハンマーを大きく振りかぶって、一発。
―― ガイーン! ――
大きな音がしましたが、聖石に変化はございません。傷一つ付いておりません。
音に気付いた衛兵が、異常事態と地下室になだれ込んできます。
お嬢様では足止めができません。
急いでもう一撃というところで、衛兵の手が伸びてくる。
「お前ら何をしている!」
衛兵がお嬢様を弾き飛ばし、私のハンマーを掴みました。
ハンマーは封じられてしまいました。
え~い、ままよ!
ハンマーから手を離し、駆け寄ってくる別の衛兵を躱しながら聖石に一歩。
人より若干頑丈で力の強い乙女の意地を見せる。
握り拳に力を込めて、一撃。
―― パキーン! ――
思いの外、軽い音が室内に響きました。
聖石が砕け散った。
ハンマーより強い、私の拳って何?
でもこれで、領は終わりだ。
ざまあみろ。
◇◇◇
高台から見下ろす領内には、様々な魔獣が闊歩している。
一匹一匹とだんだんと寄ってくる魔獣達。雄叫びをあげ人の地を蹂躙していく。人々は城から、町から、農地から逃げ、絶望の眼差しでその風景を見つめているだけである。
そして、その皆は、私達の周りにいる。
縄で縛られた、お嬢様と私。
聖石を壊してから二日経っていた。
「皆、無事に逃げられたのですね」
お嬢様は微笑むように口角を上げ、言われました。
私が「ええ、死んだ者がいるとは聞いておりません」と答えます。
棍棒で撲たれ、鞭で打たれたお嬢様と私は、汚れ、千切れ、血の滲んだ衣服のまま、後ろ手に縛られております。
目の前には、領主一族。
その周りを衛兵、民達が輪になって囲んでいます。
「我が領をよくも」
クソ領主が、憎々しい目で見つめています。
石を投げつけられまれました。
取り囲む民達からです。
一つの石が呼び水となり、二つ、五つ、十、二十と、夥しい石が投げつけられてきます。
クソ領主の横では、同じように縛られた御館様とサルヴァ様が、投石を止めるように声を上げられております。
民達の罵声でよく聞こえませんが……。
私も何とかお嬢様を庇おうと、身体を動かそうとしますが、動く事はできませんでした。
視界を覆うほどの石の雨。足も手も折れてしまっているようで、力が入りません。
お嬢様は、上体を上げ、背筋を伸ばし、微笑みのまま石を受けておられます。こめかみから血が流れ、包帯が緩み、首に掛かっています。
命が果てようとも、お嬢様と一緒ならば。そう思った時です、民達の輪が割れ、白銀の鎧を纏った一団が現れました。
くうっ! お嬢様が正教会からも罪人として捕まってしまう。聖石を壊し、領を崩壊させたんですから仕方ないのですが……。
にしても、正教会の一団、速すぎませんか? 聖石を壊してからまだ二日間ですよ。この規模の一団を準備して派遣するとなると、距離的にも五~六日間はかかるでしょ。と、考えている間に、一団は目の前に。
しかし、お嬢様を捕まえると思われた、正教会の旗をはためかせた一団は、お嬢様の周りを囲み、跪きました。
投石は止み、空間から音が消えました。
そして、
「間に合いましたか」
焦りを感じながらも優しい声が聞こえました。クリスフォード様です。あっ、クリラッタ様の方が宜しいのでしょうか。
「ええ ―」
―― ヴヴヴガガガ
ドガガガガガガン
ガガガガンガガガガ ――
その時、途轍もなく巨大で低い音が地面から聞こえてきました。
大地が揺れ、ブチブチッという木の根が千切れる音と共に、ガラガラという建物達が崩れる音が聞こえてきます。
魔獣達の悲鳴のような音を最後に揺れが収まる。
時間にしても僅かではなかったでしょうか。
「な、何?」
立っていることもできず、蹲った者達が頭を上げて、周囲を確認し始めます。
「地震?」
誰かの声が聞こえました。
周囲から夥しい戸惑いが聞こえてきます。
「りょ……領……が……」
無くなっている……。そんな言葉が聞こえました。
周囲の声からして、盆地に位置していた領は崩れ、ヒビ割れた大地に飲み込まれているようです。
音のない時間が流れていきました。
領より発せられた粉塵に覆われ、分厚い雲のようになった上空の大気から、一筋の光が射し込む。
次第に明るさを増していくその光は光柱となり、お嬢様を包み込んでいきました。
宛も天孫降臨。天女が舞い降りたかのような神々しさが周囲を包んでいきます。
光柱の中のお嬢様から流れる血が消え、傷が無くなっていきます。私の身体からも傷が消え、折れた手足がむず痒く蠢く感覚の中、治っていくのが分かりました。
クリスフォード様(クリラッタ様)がスッと後ろ手の縄を外してくださいました。
そして、お嬢様は、光の欠片に彩られながら目を閉じたまま、膝立ちになり、祈りのポーズをとられます。
「皆、無事か。怪我を負った者、近隣で死んだ者はいないか? 此度の地震は――」
そこから始まりましたクリスフォード様の語りは、胸がすく思いでした。
く
お嬢様が既に正教会では、聖女認定されていた事。
聖石の事故は、領主により強要された過供給による事。
それにより、視力と引き換えに聖女は予見した事。
領に起こった地震は、予見で分かっていた事。
領の者達が聖女の言葉に耳を貸さなかった事。
更に聖女を卑しめる蔑称が領内に流布された事。
クウ~! ついでにバカ息子がお嬢様に妾になれって言っていた事も言ってくれ~。って、そこは言わないか……。
誰も避難をしない為、聖石を破壊し、領内に魔獣を呼び、住民の避難をさせた事。
この事は、国王もご存知という事。
今、国軍が住民の為に避難物資を持ち、向かっているという事。
当座の食料については、聖女の実家であるエネルバ家が準備している事。
この避難地に新たな領を造るために、聖女が新しい聖石を造り出すという事。
??? お嬢様が新しい聖石を造るのですか???
ここに? 確かに旧領と近いので魔獣が出てきますが……。聖石? まるで伝説の大聖女ではありませんか?
??? お嬢様が新しい聖石を造るのですか???
えっ?
◇◇◇
静かな空気が流れていた。
光が収まると、お嬢様は立ち上がり、両の手を前に差し出されました。掌を下に。
すると、水中から湧き上がる泡のように、巨大な岩が迫り上がってきました。
まるで重さを感じさせない岩は、お嬢様の前まで浮かび上がる。
お嬢様の手が岩に触れる。
手が触れたところからゆっくりと淡い光が岩全体に向けて拡がっていく。
やがて、岩全体に光が拡がると、まるで硝子のように透明なクリスタルの塊となっていた。
クリスタルとなった岩から大地に光の輪が拡がる。
水面に拡がる波紋のようなそれは、大地を清め、大気を浄化し、空間に祝福を与えているようで……。
「キレイ……」
ふと、口から言葉が漏れてしまいました。
お嬢様は私の方に振り向かれ、相好を崩されます。
今まで見た中でも一番の笑顔。
一見、微笑みのようにも見えますが、清々しいばかりの、いや、神々しさすら感じられるお顔でございます。
そして、その微笑みの中に白銀の瞳。
青白い球体にしか見えなかった目に、白銀の瞳が現れていたのです。
それは、まさに銀髪銀眼の大聖女そのものでございます。
◇◇◇
暫くすると、崩壊した旧領には山々から水が流れ込み、巨大な湖となっていきました。
民達は、遅れてきた国軍からの支援物資を得て、バラックながらも何とか生活の立て直しを始めております。何の財産も無く、ただ魔獣に追われるまま逃げ出したので、これからが大変でしょう。一から町を築いていくのですから。
でも、お嬢様を『呪われ聖女』と呼び、迫害したので因果です。少しでも、お嬢様を信じて、お嬢様の言葉を聞いていれば、少しは家財を運び出す余裕も持てたでしょうに。まぁ、命があっただけラッキーってなもんでしょう。
そういえば、クソ領主が巫山戯たことを言っておりました。
「大聖女が現れた。これで我が領も安泰だ」
何でしょう、この上から目線。
でも、国軍を指揮して参られたお偉いさんが、「お前の領地は、ここだろう」と、湖を指さされていたのを見て、腹が捩れるほど笑いました。お嬢様も、小刻みに肩を揺らされていたので、きっと笑ってらっしゃったのでしょう。
私としては、今までのお嬢様に対する仕打ちを考えると、罪人として罰でも与えて欲しい所でしたが、仕方がないのかもしれません。
でも、全ての財産を失い、領も失ったので、『ざまぁ』でございます。
バカ息子も、お嬢様に「婚約者に戻してやる」とか言っていたようですが、国軍と正教会の皆様に阻まれて、近付く事すらできないようでした。
無視ですね。
結局、新しい領は国の直轄地となりました。
領主一族は、領民と見做されず、所払いとなったようです。
で、お嬢様はというと、忙しそうにされていましたが、いつでも横にはクリスフォード様。
今後は、大聖女として正教会本部に行くことなったそうでございますが、そこで、二人は結ばれる予定(私の中では、確定です)。
私はというと、何処から洩れたのか、聖石を素手で叩き壊した事が知れ渡ってしまい、今日も騎士団からの熱いラブコールを受けております。
でも、私はいつでも、いつまでもお嬢様の侍女でいる所存でございます。
だって、『私の全てはお嬢様の為にある』のでございますから。
人より若干頑丈で力の強い乙女は、今日もお嬢様と共に。
最後までお読みいただき
ありがとうございます。




