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機構鎧乗りは知らずに乙女を守護する

作者: ザイトウ


 潮風に乗って海鳥が高く飛んでいく。

 まるで天を刺し貫くように集合住宅塔が立ち並ぶし市民街から離れた場所。

 奈落のような深い穴の傍にある工業地区の片隅で、金属製の人型機械を扱う少年は両手を生体燃料の油分で汚しながら工具を動かす。

 機構鎧(きこうよろい)

 アーマーフィギュアとも呼ばれるそれは、機械式の倍力機構などを備えた甲冑を指す。内部にバネと鉱物繊維式筋肉を有し、全身の駆動力は一人で破城槌を振るうほどだ。現在の主流であるファード型トリスタンモデルだとその速力たるや馬の倍近い速度を誇り、ニューモデルが登場するたびにその性能は飛躍的な進化を遂げている。

 さて、そんな機構鎧であるが、乗り手の数はそう多くない。

 第一に、その構造の複雑さから技師が必要だ。

 第二に、金がかかる。

 そうなると、知識を備えて乗り手としての腕も有す、いわゆる機構鎧乗りとなれる者は希少だ。

 そうなる為の努力か、そうなってしまった執着が存在する。

 そういった事情が、この場で機械製の人型をいじる少年にもあるのだ。

 残念なことに。

 彼が扱っているモデルは主流のファード型ではない。極東移民の技術者集団『トヨトミ』が作った海外モデルで、ウンリュウモデルと呼ばれる一世代前の機種だ。動作安定性は目を見張るものがあるが、その独特なデザインから人気は低い。

 漆黒。

 まるで炭を塗りつけたような艶のない黒は、さながら葬儀屋を連想させ不吉だと言われる。

 これは装甲に用いられる金属の処置によるもので、トヨトミ製のものは八割がこの黒だ。

 残り二割は目が覚めるような紅色な為、一部ではそれらを揶揄してイロモノメーカーとも言われてる。

 さて、そんなトヨトミのモデルであるが、身体に張り付くように重ねられた積層装甲、武者鎧を思わす面頬を意匠したデザインと、一目みればそれと解る。うっすらと赤く輝く両目といい、さながら幽鬼のような外見だ。

 左腕に固定された金属杖バリスティックは軽量な短杖を三本束ねた三連型。

 メイン武装は片刃の大刀。サブ武装はチェーンフック。

 なんとも歪な機体だ。

 それを扱っている少年もまた歪、というほどではないが奇異だろう。

 極東移民の血を示す撫でつけた黒髪に、不健康な目の下のクマ、薄く筋肉の浮いた身体。


「あー、肘かよクソ。関節系の調整って面倒くさいのに」


独り言をつぶやく声は年齢に比して低い。齢17歳の不健康優良児、シェーダ・ハードゥン。

 彼の来歴はそう複雑なものではない。

 曰く、|ハードゥン家は元々、渦潮を渡るようなあらくれ漁師達を束ねる頭領だったそうだが、権力争いに破れ極東移民達と共に大陸へ渡ってきた辺境の民だったという。そのまま群島の点在する南海にまで辿り着いたのが曽祖父の代。

 ちょうどその頃、だいたい70年以上は前になるそうだが大陸では大規模な戦争が起きていたらしく、そのどさくさにまぎれてここまで渡ってきたという。

 今となっては大陸がどうなっているかわからず、ゴンタとしても既にこの島が故郷だ。

 遺跡都市ガランブルー。

 古代遺跡を元に都市として発展した場所だ。機構鎧を始めとした幾つもの独自技術をもつが、大抵が遺跡由来である為、材料調達や維持管理の観点から島外に出せるようなものは少ない。

 閉ざされた独自技術の島、というわけだ。

 古い呼び方ではガランの青い島とも呼ばれるここは、地上に市街地、地下遺跡、深層にダンジョン化した遺跡という三層構造になっている。地下はレイライン、いわゆる大地を巡る星の大魔力経路に繋がっているともされ、豊富な魔力の影響で遺跡の記憶を復元することで多彩な機械式のモンスターをリスポーンしている。

 その豊富なダンジョン由来の資源目的で、この島は南海でも有数のホットスポットだ。

 新興宗教、犯罪組織、果てはミュータントと呼ばれる謎の亜人種までいる。

 大陸と海で隔てられた異郷は今日も、争いの火種がそこかしこで燻っていた。

 そんな土地柄である為、大抵の市民は集合住宅塔で暮らしている。

 遺跡を土台に高く塔の形に組み立てられた箱型の建物の集合体。一見すると灰色の無機質な塔に見えるが、内部を配管と魔力ケーブルが這い回る特殊な建物だ。各部屋に水道管と呼ばれる給水設備や、廃棄物を処理する培養炉と呼ばれるものが備わっている。このおかげで清潔さが保たれ、ここ数十年では感染症などの発生もほとんどない。まぁ、遺跡由来の事故によって広範囲が汚染されたことがある為、安全というのはそこまで安くないのだが。

 組み立て終わった機構鎧ウンリュウ・カスタム機の背部ハッチを閉める。

 基礎骨格、魔力機関、金属繊維筋肉、駆動バネ、外部装甲、出力用金属杖、武装、感知機構。

 これだけの要素が複雑に組み合っているのだ。簡単なものではない。

 それを単独で扱ってみせたシェーダだが、その表情は優れない。


「一度、正規の職人に見てもらった方がいいだろうなぁ。素人整備でガタがきたらどうしようもなくなる」


しかし、シェーダにはそう出来ない理由があった。

 深い溜め息のあと、生温い水道水を飲む。


「先立つものがなぁ」


そう、シェーダは今、金がまるでなかったのだ。

 遡ること数日前、そこには少々面倒な事情が絡む。


 ■  ■  ■


 機構鎧乗りは大抵がクランやカンパニーに所属する。鎧を維持するコストはそこらの冒険者が鎧や剣を買い揃えようとした時の倍ではきかないし、整備性や維持、ランニングコストといった金の問題が延々と付きまとう為である。

 古代遺跡からたまに発掘される希少金属などを使えば、摩耗が抑えられたり、はたまた自動修復するような鎧にも出来るというが、そんな希少なものは滅多に出回らない。探し出すのも並大抵のことではない。

 結果、量産可能な金属や共通規格の部品で機体を構成していくわけだが、それがまぁ高い。

 だが、遺跡に存在するダンジョン領域は並大抵の冒険者では中層に至ることすら難しく、高位の冒険者でも構造や防衛設備に阻まれ奥へ進むことは困難だ。それこそ機構鎧でなければ到達出来ない場所が無数にあり、だからこそこんな奇怪なものが生まれたのだ。

 そして、その機構鎧が一般化し、地上でも武力のインフレが起きてしまった。その所為で下級の冒険者や経験の浅い傭兵はさっさとガランブルーから出ていってしまう。まぁ、命が惜しいなら誰だってそうするだろう。

 それだけの危険がそこらに転がっているのがこの島なのだ。

 算盤と金の戦いと歯車と金属の戦い。どっちにしろそれはそれは大変なことになる。

 そういった事務方と現場のせめぎ合いというのは何処のカンパニーでもよくあるものだ。

 シェーダが所属するのは『海渡うみわたり社』。

 いわゆる島外から渡ってきた移民の集う会社の一つで、その中でもかなり広い仕事先をもつ。

 亜人種の中でも武闘派が集まるギャングスタの二次業務。

 ミュータント側コミュニティの警備事業。

 商業組合の輸送業務の護衛、船舶内でのバウンサー。

 他には、自社業務としてダンジョン探検による拾得物収集を目的としたダンジョン業などがある。

 そんな日常は、突如として崩れ去ろうとしていた。


「ダンジョン崩落!? 2チーム全部巻き込まれた!?」


突然の事故に対して事務部長、カシュー・ハンキーは叫んでいた。

 地元漁師の三男坊、今年で35歳になるベテランである。事務方を統括する立場を担っていた。浅黒い肌に冷や汗をかく中年男性は、慌てて今日のダンジョン探索チームの名簿を確認していく。


「被害は!?」

「未帰還者なし。全員が戻ってますが、3名が重傷、残りも機構鎧や装備が大破しています。死者はないので、蘇生料がかからないくらいですね。不幸中の幸いというなら」


急ぎの報告書をまとめていた事務班のエリザ・ブラウニングが応える。

 現場からの報告をまとめたり、連絡をとりあうのが役割のオフィス・マネージャーである彼女は、くくった金髪の下で難しい顔のまま報告を続ける。


「大規模沈下は数十年ぶりですが、この会社のメンツのみならず他所も巻き込まれています。自然発生にしては地上への影響が乏しいですから、おそらく何らかのトラップにひっかかった人間がいたようです」

「うちじゃないな。潜っていたのはまだ中層だったし、他も巻き込まれたのなら複数階層に影響を与えるようなトラップだろう。もっと下の階層を潜ってたやつらがやらかしたか」

「でしょうね。ただ、どこかははっきりとしませんし、損失額を考えると下手をすれば」

「………下手をうつと倒産する額だな、こりゃ」

「商業ギルドに現状報告と相談に出ます」

「頼む。こっちも社長にすぐに話を上げる」


慌ただしく動き出す事務班。現場の統括を任された部長補佐が慌てて他の業務の進捗を確認するのを横目に、シェーダは自身のまとめた報告書を対面の相手に渡す。


「シェーダさん、これ、どうなるんでしょうか?」

「現状だと、なんとも」


定期業務処理担当のマシュリー・エイボンの言葉にシェーダはため息を吐く。

 年が近いということで比較的よく話す間柄であるが、中肉中背のシェーダからしてもマシュリーは頭二つ分背が低い為、座っている彼女をシェーダが見下ろす形になる。ドワーフの近縁種であるドヴォルグであるが、男性はみっちりとした筋肉の詰まった短躯が特徴。女性の場合は小柄ながら胸部や臀部を含め肉感的な容姿とも表現される。

 エリザ女史の懸念する倒産ともなれば、自分の今後もどうなるか分からない。

 一応、機構鎧乗りという技術こそあるものの、逆に言えばそれくらいしか出来ない。

 このガランブルーでは猛烈なシェア争いがあり、一社なくなったくらいなら他の会社が取り合って瞬く間に業務が奪われ立場も仕事も切り取られてしまう。その状態で縁もゆかりもない場所で再就職するとなれば、労働環境はもっと悪くなるだろう。

 個人経営できるほどの知名度も経験もシェーダにはない。

 余力があるうちになんとか都合つけないと、にっちもさっちもいかなくなってしまう。

 入社2年目にして身の振り方を考えるという苦境に、シェーダは立たされていた。


 ■  ■  ■


 退社後、シェーダは馴染むの酒場で知り合いと顔を会わせていた。

 ギャングスタの若手であるところのナハト・カロリンゲンは数少ない幼馴染だ。見上げるほどの長身に向こう傷がうっすら浮いた顔と、どう見てもカタギには見えない容貌に伊達なスーツを着こなしている。


「ダンジョン崩落だろ? もう噂になってるぜ」

「早いな」

「複数のカンパニー所属が巻き込まれたからな。どこも余波がくるんじゃないかって神経質になっている」


この島における無法者ギャングスタは、犯罪者集団というより互助会、自治組織、自警団といった方が近い者達の方が多い。無論、こんな名前で呼ばれる通り、非合法的なやりくちを選び、実行する乱暴者や犯罪者も少なくない奴らだ。

 島内の治安は地域や時間帯により変動が大きく、警察組織がどれだけ頑張ろうと目が届かない場所が生まれる。それは地上の複雑さと地下空間の広大さという環境事情があるため仕方ない。

 そういった経緯から犯罪や事故の抑止力として、荒事の得意な集団、他の島でいう非正規自警団ヴィジランテとして地元と関わってきたのがギャングスタだ。洒落たスーツに身を包む彼等は、一部の青少年に過度の憧れをもたれる一方、警察組織からは自分達の職分を侵すアウトローとして警戒されている。

 ナハトの属す『アルタイル』は、移民の多い西側市民街から隣接する商業街までを縄張りにしており、自警団の役割が最も強い。他にも、地域の行事や一部店舗の臨時雇い、他地域のギャングスタとの協定や交渉などを担う為、古くから地元との関係が強い一派だ。


「うちのカンパニーの人間もまきこまれた。警備部の人間である俺もあっちに出向になるかも」

「それはまた。やばいのか?」

「下手したら会社が潰れかねない」

「まずいな。あの規模の会社が無くなるとするとまた治安が悪くなるぞ。他所の勢力の流入はよろしくない」

「だろうね。何かいい手はないもんか」

「金銭的な援助は立場的にダメだし、割のいい仕事ったってなぁ」


溜息を重ねる二人。

 ぬるいエールを流し込むナハトに対し、考え込んでいたシェーダが顔を上げる。


「期待薄だけど、今回のものがどこのミスか探るってのは?」

「難しいだろうな。そいつらに損害賠償させるつもりか?」

「それが出来れば問題が一発で解決すると思わないか?」

「まぁ、出来ればそうだろうが、どうだかなぁ」


その時、店の外で爆音が響いた。

 下から突き上げるような衝撃に慌てて料理を避難させた二人は間に合ったが、別のテーブルでは悲鳴が上がっていた。どうやら高い酒の瓶が割れたらしい。


「何処だ?」

「たぶんだが、あれは」


爆炎の上がる方向をナハトが睨む。

 嫌な予感にシェーダが顔をしかめる。


「商業ギルドだろうな」

「最悪じゃないか」


テロか何らかの武力行使かは定かではない。

 ただ、残った料理を平らげた二人は、慌てて現場へ向かった。


 ■  ■  ■


 機構鎧乗りにも才能が必要である。それは魔術師が魔力を十全に扱う為の魔術素養などの希少性があるものとは違うが、その才能がない限り機構乗りは絶対に大成できないという最重要な要素が。

 それこそ頑丈さである。

 機構鎧乗りは倍力機構によって常人を上回る力、そして魔力機関によって代替される魔術式を行使する力、それらを支えるのは全て、乗り手の耐久力だ。生半可な人間が乗れば、機体の挙動に振り回されて簡単に事故を起こすし、機体を通じて発生する衝撃だけで自壊する。鎧が棺桶に早変わりだ。

 その為、機構鎧乗りは鎧を着なくても頑丈で腕力がある。まぁ、鎧がなければ無能と思っている人間も少なくないが、実際に殴り合いにでもなれば嫌でも思い知るだろう。

 自身より頭一つ分背が低いシェーダに倒される巨漢のように。

 踏み込んで振り下ろそうとした拳を掻い潜り、相手の胸板に頭突きを叩きつけたシェーダは、心臓が止まりかけた相手の顎を拳で跳ね上げる。

 そんな泥臭い動きとはまったく違い、切れのある回し蹴りで既に三人近く叩きのめしたナハトは、そのまま男達の意識を刈り取っていく。


「で、こいつらは?」

「俺等のシマで見ない顔だ。おそらく商業ギルド襲撃犯の仲間だろ」


現場に駆け付けた二人は、炎の上がる商業ギルドの建物からどこかへ走り去ろうとしていた男達を発見。

 声をかけた途端に刃物を取り出してきた四人組に対し、周辺の出店から野菜だの果物だのをぶつけられて怯んだ相手の隙をついてぶちのめしたのが今しがたである。

  そのまま四人組の男達を近くにある八百屋のおばちゃんから借りた紐で縛り上げるナハト。

 目を覚ましかけた一人をシェーダがぶん殴って意識を奪っていると、商業ギルドの警護担当と思しき数人が駆け付けて来た。


「お前は、たしかアルタイルのナハトか?」

「あいよ。商業ギルドの番犬さん」

「そいつらはこっちに引き渡してもらうがいいな?」

「勿論。こんなもん野放しにされても困る」

「すまん。協力に感謝する」

「了解です。ただ、状況が解ったらボスにも連絡たのんます」

「………約束しよう」


短いやりとりでお互いの立場と主張を確認したナハトと警護担当は、襲撃犯と思しき人間の引き渡しと共にそれぞれ別れる。八百屋のおばちゃんにお礼を言っている間にも、商業ギルドの出火も鎮火されたようだ。


「一旦引き上げよう。報告しておかないと」

「この時間に誰か残ってるのか?」

「若頭のどっちかくらいなら居ると思う」

「なら急ごう」

「おう」


ナハトとシェーダが揃って駆け出す頃、曇り空からは雨が落ち始めていた。

 火事が雲を呼んだのか。それとも。

 訪れる夜と共に、雨は静かに降り注いでいく。


 ■  ■  ■


 悪童コンビからの相談と報告にアルタイル組の若頭、アルラギーニ・イディアットは苦い顔で煙草のフィルタを噛み締めた。

 若頭のうち唯一の女性であるアルラギーニとシェーダ達の年齢は然程変わらない。アルラギーニが二人の二つ上で、今年19歳になったばかりだ。赤金色の髪を後頭部にまとめた彼女は、長身のナハトと頭半分しか変わらないくらい背が高い。その為、この中だと中肉中背のシェーダが一番背が低くアルラギーニの胸の位置くらいまでしかない。

 若手のナハトと、その相方であるシェーダのコンビのことを、アルラギーニはオムツをしている時から知っている。彼女もまた幼馴染だからだ。

 元々、ガランブルーの西側に位置する市民街は、管理されていないダンジョン出入口もあり危険性が高い。そこで子供達は世代や地域ごとでグループになって年長者が面倒を見ることになっており、二つ年上のアルラギーニとその下の世代が同じグループとして扱われていた。

 移民が多いのも、ここらがその危険性から地価が安いからだ。隣接する商業街まで含めてアルタイル組が縄張りにしているのも、そのあたりの事情が関係する。

 そんな環境から悪さをする時は大抵アルラギーニと、シェーダ達も含めたその子分連中といった形で周辺に見守られながら育った。女だてらに子供達を率いていたアルラギーニは、その頃からリーダーとして人を率いる人間としての才能があったのだろう。

 15で成人して以降、親の後を追うようにアルラギーニはギャングスタになり、孤児のナハトも続いて組に入る。

 当時のグループだった子供達もそれぞれの道を選ぶ中、ギャングスタになった二人に対しても然したる隔意もなく付き合っているのはシェーダだけになってしまった。

 ダンジョンに出入りする機構鎧乗りの祖父に育てられたシェーダも普通の企業に入り、違う道を歩くようになったはずだった。だが、それでも二人のことを友人だと、彼は迷いなく口にするだろう。

 そのことに救われた気分になったことは、ナハトも、アルラギーニも絶対に口に出したりしないだろうが。


「………またあんた達は厄介ごとに首突っ込んで」


厄介ごとに二人が首を突っ込んで、その後始末に駆り出されるのがアルラギーニ。

 幼少期と同じく、今回もそんなパターンでアルラギーニが苦労することにになるようであった。


「まぁ、商業ギルド側は無事と」

「たしか、うちの爺ちゃんと組合長いたはずだから、逃げ遅れた襲撃犯はミンチじゃないかね」

「相変わらずねあんたんとこの爺様」

「ともかく、姉御はどう思います?」


脱線しそうなシェーダとアルラギーニの話を遮り、ナハトが修正する。


「タイミングがね」

「良すぎると?」

「崩落事故の晩に商業ギルド襲撃? 狙ってやったとしか思えない」

「すると、崩落事故も?」 

「さすがにそこまでは言わないわよ。けど、きっかけを待っていた、というのは確かじゃない?」

「なるほど」


商業ギルドを襲撃しようとしていた勢力があり、崩落事故をきっかけに実行。

 ギルドの役割は独占禁止法や談合の監視に加え、各社の調停や交渉の仲介が主だ。本来なら、真っ先に狙われるような場所ではない。

 商業的な監視や交渉などが一時的に滞ることで誰が利益を得るのか。


「まぁ、そこらは襲撃者からの情報待ちね。ただ、襲撃者の真意がわからないから警戒だけはしておくべきでしょう」

「了解です。姉御これからどうします?」

「どっかの酒場にいるボスの首根っこ捕まえてくる」

「なら、お供しますんで」

「いいわよ。シェーダと一緒にさっさと帰って。どうせ明日以降のどっかで忙しくなるだろうから」

「………了解です」

「あ、それじゃあアルラちゃん、また」

「シェーダ! あんたもあんたでもうちょっと年上を敬いなさいっ」


ふらふらと手を振って帰るシェーダの後を追って、ナハトも早々に部屋を出ていく。

 面倒事の気配に、吸いかけの煙草を揉み消したアルラギーニは、自身の手帳を取り出しボスの予定を確認する。


「ったく、あのオヤジもどこほっつき歩いてるのかしら」


二人が帰ったあとの部屋はやけに広く感じた。

 雨は未だ続いており、島の上には暗雲が居座る。

 月もない暗い夜に、誰もが家路を急いでいる様子が窓から見えた。


 ■  ■  ■


 翌朝。商業ギルド襲撃事件によって街は騒然としていた。

 通りの出店でサンドイッチとタブロイド新聞を買ったシェーダは、早めに出勤して自分のデスクで朝飯としゃれこんでいた。新聞の記事はというと、雑然とした情報のわりには意外な目線で切りこんでいた。


「崩壊事故隠蔽、もしくは保険会社の横やり、ね」


崩壊事故隠蔽は解りやすい。今回の騒動の発端となった崩壊事故のきっかけになったのがもし深層探索者なら、階層をまたいで被害が出るなど、よっぽどのミスでない限りなかなかない。海渡社の事務方などは、被害状況や発生の経緯から原因となった人間はいると、既に断定して動いているくらいだから、他所もその可能性が高いと思っているだろう。

 そして、そんな真似をしたパーティがあれば、所属会社カンパニー所属集団クランの責任として賠償金請求は間違いない。

 企業業績が一気に急降下、もしくは破産のうえ借金返済の為に奴隷じみた境遇に墜ちかねない事態ともなれば、商業ギルドに鉄砲玉ぶちこんで攪乱し、そのうちに事実隠蔽するくらいやってしまおうと考えるやからは何処にだっている。

 次に、保険会社の横やり、介入説も事情としては似たようなものだ。

 この島だとダンジョン探索保険、地震保険なんてものがある。

 ダンジョン探索保険は掛け金の割に支払いが安い為、本当に保険以上の意味合いはない。

 だが、地震保険、地盤沈下保険はどこももしもに備えて加入している。その金額は相応のものだ。

 ダンジョン探索中の事故、という扱いでなく、階層をまたいだ地震被害、という扱いになれば、破損した機構鎧から各自の怪我の保障まで全て保険会社が担う必要が出てくる。そんなものが幾つもの会社からも止められたら保険会社側もたまったものではないだろう。

 こっちは、現状を誰よりも早く把握する為に商業ギルドを襲撃し、情報を奪ってくるつもりだったのだろう。

 実際、シェーダの所属する海渡うみわたり社も、真っ先に商業ギルドに走ったのだ。

 ダンジョン被害時の遭難者捜索や、カンパニー間のトラブル抑止も商業ギルドの仕事であり、最初に報告しとおくことで連携や情報の食い違いを防ぐことが出来る。二次災害抑止にもなるし、各カンパニーとしても情報共有しておくことで後ろ暗いことはないと証明する手段になる。

 そのうえで現状は襲撃者から聴取と裏どりが続いているだろうから、何らかの動きは近日中にあるだろう。


「あぁ、シェーダ君おはよう。君が一番か」

「おはようございます」


まだ勤務開始前の時間帯というのに、膨らんだ書類鞄を抱えたカシューが出勤してくる。

 綺麗な机に瞬く間に積み上がる資料や書類を間に、シェーダはサンドイッチの包み紙を片付ける。


「とりあえず警備業務は通常通りでよろしく」

「いいので?」

「うん、ちょっと今後についてはね」


カシューが資料へ視線を落としたタイミングでシェーダが席を立つ。

 どう見ても何かの尻尾を探っている。商業ギルドから何か連絡があったのか、それとも。

 とにかく、自分の出番がないよう祈るシェーダは、そのまま自分の機体がある格納庫へ向かった。


 ■  ■  ■


 海渡者警備部所属、機構鎧使用者というのがシェーダの肩書だ。機構鎧は使うだけで金がかかるが、その利点も数多い。感知機構によって周辺状況を逐一監視できるし、装備している金属杖バリスティックを使うことで魔術式を即座に発動できる。

 機構鎧用の金属杖は、目的によって形状や仕様が異なる。

 長杖、または大型杖の場合は大規模魔術式や長距離からの魔術行使。

 短杖、または小型杖の場合は、速度重視、近距離での魔術行使。

 他にも本数や形状で更に用途や使い方が異なる為、機構鎧同士の戦闘になった際は、まず金属杖を確認する。誰だって不意打ちでとんでもない攻撃を喰らいたくはない。

 シェーダの装着するウンリュウ・カスタム、登録名を『飛竜』は、短杖を三本束ねた三連型をトンファーのような形状として腕に据え付けてある。本数を増やすのは同時発動可能な数を増やすことに加え、杖自体の強度を上げる目的がある。

 そう、金属杖はそれ単体でも武器なのだ。物理強化をかけてこんなものでぶん殴られれば、大抵の相手は魂を手放すことになる。

 そんな相手が街角に立ち、ひらひらと手を振っていると思ってみよう。

 大抵の人間はよっぽどがない限り行動を自重するだろう。

 そういった威圧目的含め、ミュータント種族の多い島の最西端ウェストエンド、移民街から更に海に近い居住区の出入り口をシェーダは守っている。いわゆる門番役だ。出入りの管理自体は最西端居住区の自治会がやっているので、本当に見張り役以上の仕事ではない。

 潮風が装甲に吹きつけるが、黒くくすんだ表面加工がそんなもので劣化することはない。

 元々が島国発祥の技術が使われている機体だ。海に落ちても溺れないし、空気だって漏れない。

 まさにここの警備にはうってつけの機体と言えよう。

 学校に向かう子供達を見送ると、待機スペースである頑丈な石造りのベンチに腰を下ろす。


「やぁ、今日も生真面目だね」

「そうでもないがな」


ベンチの隣に腰を下ろす相手に挨拶する。

 リカリ・ボーイング。ミュータントの中でも浜衆と呼ばれる漁師の娘だ。

 彼女はオアンネスの末裔と名乗る魚人族とミュータントの間に生まれたハーフであり、首元には鰓がある。白く長い煌めく髪も、親から受け継いだ特徴だ。

 ミュータントの中には海洋生物の生態的特徴を備えた一団もおり、彼等は海沿いの土地から離れられない。その為、海沿いの土地、崖の斜面にダンジョンの出入り口があり、たまに魔物が這い出てこようが簡単には移動できないからこそシェーダ達の飯の種なるのだ。

 彼等は陸上での戦いを得意としないものもおり、外部からの警戒以上に魔物を危険視している。


「市街地近くのダンジョンで崩落被害あったって?」

「あぁ、他の社員さんが数人巻き込まれた。こっちで被害は?」

「ないない。そもそも、出入口こそ空いているけど、こっち側は通路が大半で、地下構造物の大半はそっちにあるんだし」

「だったな。魔物は?」

「ここらへんの魔物? たまに海沿いで海生亜竜シーサーペント見るくらい。ま、あっちはうちらで倒せるしねぇ」


海中において魚人族は強い。水の中でろくに動けない人間とは違うのだ。

 しかし、シーサーペントがうろうろしているということは、また海流が変わったか。

 ダンジョンとガランブルーは切っても切り離せないとはいえ、こうも厄介ごとが続くのは珍しい。


「海中も問題ない?」

「いまのところはね」


島はダンジョンの影響で水が流れ込んだり外に排出されたりとすることで、海流が安定し辛く、外から人が入ってこられるタイミングは限られる。そのおかげで、大型の水棲魔獣も入ってこない。


「会社無くなるの?」

「なくならないといいなぁ、とは思ってる」


けらけらと高い声で笑うリカリに、溜息と共に鎧越しの声を返すシェーダ。

 昨日の雨の気配も残っていない快晴とはいえ、空気を遮断し適温に保つ機構鎧の中では気温がどんなものかもわからない。


「なんかあったら猟師になっちゃいなよ。仕事なんてそのうち覚えるだろうしさ」

「考えておく。わりと真面目にな」

「あっそう。ま、がんばってねー」


これから仕事なのだろう。露出の多い恰好のリカリが去っていくのを見送ると、足音もなくシェーダが立ち上った。

 動きに余計な稼働音が混ざらないのは、彼が十全に機構鎧を扱っている証拠だ。

 そのまま昼過ぎの交代時間まで役目を果たしたシェーダだが、特段のトラブルも起きなかった。


 ■  ■  ■


 戻ったシェーダの耳に届いたのは驚愕の報告だった。


「給料が、払えない?」

「いいえ、ちょっと遅れるのよ。今、財務上で幾つか手続きをやってて、それが終わらないと」


日報のあと、報告書を普段通りにまとめたシェーダに対し、言い難そうにエリザ女史が言葉を続ける。


「悪いけど、機構鎧の整備も回収した鎧の復旧が出来るかを調べている都合上ちょっと待って。稼働に問題があるようであれば、言ってもらえればしばらく他のメンバーに動いてもらうから」

「………了解です」

「ごめんね。あ、カシューさぁん! お手描ききてますので!」

「後で見るからデスクにお願い! ちょっと外に出るから!」」


忙しそうに部署を出入りする事務担当の面々。

 自分のデスクに戻ったシェーダは、 自分で整備しておくかと軽車両を使って自分の機体を外へ持ち出すことにした。

 そうして工業地区の片隅で工具を使っていたのが今だ。

 金がない、これからどうなるか、本当にギャングスタにでも転職するか。

 ぐるぐると脳内を巡る考えに答えは出なかった。

 

 ■  ■  ■


 一人、集合住宅塔の並びを遠くに見ながら唸る。

 鎧自体は個人所有とはいえ、カンパニーに所属しない状況で機構鎧を扱えるほど資産に余裕はない。

 所属する企業からの保障があってやっとなのだ。

 さりとて、鎧がなければ精々が腕っぷしが多少ある程度の小僧だ。

 とてもではないが、ナハトやアルラギーニのようなギャングスタになれるとも思えない。

 精々が鉄砲玉だ。残念ながら。

 着こんだ機構鎧で車両の荷台に乗り込み、脱いで固定して運転席に戻る。

 機構鎧を始めて着せてもらった時、自分はまるで超人になったように思えた。

 しかし、脱いだ途端に全身の痛みに転げ回った。

 倍力機構も、魔力機関も、所詮は外付けなのだ。

 機構鎧乗りの半分が脱いだ時のギャップで悩むと言うが、あれは本当なのだろうか。

 運転している時に不意に浮かぶ馬鹿馬鹿しい噂話を自分で否定しながらシェーダは車両の操縦桿を動かす。

 格納庫に車両と機体を戻し、整備申請書と機体状況について日報に追記。

 あとは資材や燃料のチェックなど細々とした仕事をしてその日を終えた。

 帰り道。

 通りすがったのは出店の並ぶ歓楽街前広場。

 何か騒ぎが起きている様子があったので、遠回りしようとするも、聞こえた声に思わず足を止める。


「だから! 私はそういう商売じゃないって言ってるでしょ!」

「いや、だからそうではなく話を」


 若者の集団と、彼等に取り囲まれる少女。

 簡素だが仕立てのいい衣服を装飾具で飾るのがこの周辺、移民を含む人々の恰好だが、若者達は暑そうなジャケットをわざわざ着ている。

 北側の人間、それも()()()()だとわかり、思わずうんざりした気分になる。

 島の北側は政府関係者と古くからの氏族、豪族が住んでいる地域だ。その中でも、一部の貿易業を担う家は、一部で『御貴族様」と呼ばれ揶揄される層がいる。

 曰く、御貴族様は『大陸と島々を繋ぐ航路を引き継いできた自分達は偉大なる祖先の地を受け継ぐ上位者だ』というような内容を嘯き、いつからか他の人間を見下すような言動をとる世代が出てくる。己の権力をもって他を弾圧するような行為をし始めたのだ。

 最初はごく少数であったが、何時の間にかあんな振る舞いをする人間が増え始めたのだ。

 勿論、貿易に関する商業権や一部の物資の流通経路を司っている以上、大なり小なりの影響力はある。ただ、貿易とはつまり商売だ、生活必需品であれど、そんな振る舞いをする輩からわざわざ取引したいという人間は少ない。 

 幾つかの家は没落の道を辿りつつあるが、自らが痩せ衰えていくことに何時気付くか。

 そんな状況ではあるものの、金がある以上、権力もまた未だにあるのだ。

 案の定、若者達の後ろには、胴鎧を付けた強面の男が三人ほど控えている。

 近くの出店で串焼きを買いつつ様子を見ていると、やはりというか、残念ながら絡まれているのはリカリだった。おそらく、市場の店に魚を卸し、そのまま幾つかの得意先に御用聞きに回った帰り道で絡まれたのだろう。美しい白髪に露出の多い恰好、艶めかしい肌と『そういうこと』を考える人間にはあまりに魅力的に映ったのだろう。

 なんだかその割には若者の代表らしき青年は困った顔をしている気がするが、そうに違いない。きっとそうだ。

 残念ながら露出の多い恰好と艶めかしい肌は種族的な特徴だ。魚人族は皮膚呼吸を行ったり、体表の湿度調整の為に布が触れる面積が多いことを好まない。艶めしく時に濡れて見える肌も、保湿能力の関係だ。

 既に他の出店から子供がどこかに走り出している。これなら、場を繋いでおけばケツ持ちが誰かくるなとシェーダは予測した。

 さて、相手に嫌がらせをしつつ顔を覚えられないように立ち回るにはどうするか。

 串焼きを既に食べ終えたシェーダは、雑貨屋の店主から安物のお面、肉屋から酒瓶を一本買うと、軽く半分ほど酒をかぶってお面をかぶり、男達に近付いた。


「おう、にいちゃんたちぃ! 魚屋のじょうちゃんにからんじゃいけねぇよぉ。美人さんのお店はこの奥さ! 案内したげようかぁ!」


酒臭い男が突然近寄ってきたことに若者の集団、ひのふの四人、護衛と思しき男を含めて七人もの大所帯は嫌そうに眉根を寄せる。


「誰だ貴様は。我々はそちらの女性に話が」

「おぅ! 嬢ちゃん! おやじさんが待ってるぜ! はよ浜の方に帰んないと!」


げたげた笑っているふりをするシェーダは、軽く見える動作で強くリカリの背中を押す。

 掌が背中に触れた瞬間、はっとしたリカリだが、シェーダが指をくるくる回す動作をしていることに気付き、慌てた様子で走り去っていく。


「ごめん! ありがとうね!}


簡単にそう告げた彼女の背が離れていくことに男達が舌打ちするが、既に人込みにまぎれた白髪はもう見えなくなっていた。


「おい! お前!」

「すまんね邪魔してぇ。ところでお前さん達、やっぱり女っつったら胸かね? 尻かね?」

「そりゃ胸っ、って何を言わせるっ」

「おおう気が合うね! やっぱりこう、深く谷間が出来るようなばんっとしたが俺もぉ好きでね」

「いや、慎ましいのもまた」

「そっちの兄ちゃんもいい趣味してんね! そうすると、さっきのお嬢ちゃんよりもっとほっそりした子がホントは好みなんじゃないかい?」

「あ、あぁ、欲を言えば、こう、小柄な子がだな」

「いいねぇいいねぇ! そんならいい店があるぜ! これもんでこれの子から可愛くて思わず抱きしめちゃいたくなる子までいるよ! そっちのお兄さんはどんな子が?」

「あの、大柄な人が、実は」

「かー! わかる! 抱きしめるより抱きしめられたいんだろ! そりゃ包容力抜群の子もいるよ!」

「何っ!? 本当か!?」

「こまけぇことは案内上手な人がいるから紹介したげるよ! よしっ! これも何かの縁だ! そっちの旦那たちも一緒にこっち来なよ!」

「は、半端な店を紹介しようものなら解ってるな!?」

「そんなもんにいちゃん達がお上品にしてりゃ女の子の方が離してくれないよ! あんたらみたいのが褒めて優しくしたらイチコロよ! 女なんざ!」

「そ、そうか? そうなんだな!」

「若、一度、行ってみては」

「んん! 仕方ない! 案内してもらおうか!」

「おう! 剛毅だね! ほんならこっち行こ! な!」


なんというか。

 場の雰囲気だけで丸め込んで近くの案内人のところにまで引っ張っていき、まずは酒場でもてなされ聞いた話から好きそうな店に個々を案内させて分断。そのまま、そそのかされたとおりに御貴族様達は出てきた女の子を褒めて優しくして喜ばれながら奥に連れて行かれる。

 まだ年若いこともあってか、徒党を組まねば人に、それも異性に強気に出れるようなものでもなく。

 あとは手練手管と経験豊富なお店のお嬢様達に骨抜き。

 そこまで予想しながらも、案内されていく御貴族様達の背中にぶんぶんと手を振って見送ったシェーダは、彼等が酒場の奥に消えたことを確認してお面を近くのゴミ箱に捨てた。


「酒場のおっちゃんの真似したけど、上手くいくもんだな」


なんとも妙なところで度胸のある青年である。

 そんなシェーダは、「つかれたつかれた」とぼやきながら引き返していく。

 酒の残った瓶を近くのテーブルにプレゼントし、駆け付けたどこぞの組の若い衆に経緯を説明。

 歓楽街近くはアルタイルの縄張りから離れるが、どうやらここの若衆も穏健派らしい。

 話を聞いて賞賛と共に握手までされてしまった。出店の人々からも拍手されてしまった。

 リカリの意外な人気に驚くも、同時に「あんな手際よく店に案内していくなどうちで働かないか」とまで誘われた。

 この日、歓楽街の幾つかの店で今月最高の収支があったとか、身請け話が持ち上がったとかいう話が聞こえたが。それが真実かは定かでない。

 その中でも、大柄な女の子が、運命の出会いを果たしたとか果たさなかったとか。

 そこらへんは本人同士だけの秘密というやつだ。


「しかし、なんで御貴族様がここらをうろうろしてたんかね」


お礼に出店の料理を袋いっぱいに頂戴したシェーダは、そういえばと首をかしげる。

 お忍びならすぐに店の方にいくだろうし、何か用事でもあったのか。

 リカリにからんだりして。

 まさか、色事目的じゃなかったのか。

 なにやら変な違和感は残るものの、酒臭い自分にうんざりしたシェーダは、風呂にはいろうと家路を急ぐことにした。

 

 ■  ■  ■


 帰り道、酒に濡れたシェーダを見つけたナハトは何事かと思い呼び止めた。

 話の経緯を聞いて安心したものの、さすがにそんな恰好で放置するのも気が咎め、家の風呂を使うようシェーダを引き連れて帰ってきた。

 ナハトの家は西側居住区の集合住宅塔の一室だ。工業区画に近いシェーダの自宅より少し離れる。

 たまに廊下でおっさんが気絶しているようなこともある多少治安に問題があるあたりだが、ギャングスタがそんなことをいちいち気にするものでもない。自分達だって無法者なのだから。

 風呂場に悪友を送り込むと、シェーダが抱えていた出店の料理を更に並べていく。下手したら数日分の食事になりそうな量であり、三分の一でも大皿数枚が必要だった。

 相変わらずわけのわからんやつだと溜め息を吐く。

 ナハトにとって幼馴染のシェーダは、いつだって計り知れない相手だ。

 平気な顔をしてとんでもないことをする。おそらく甲冑乗り、いや機機構鎧乗りなんぞにならなくても何かをやらかしていただろう。そういう男だ。

 自分はギャングスタを選んだわけではない、ギャングスタにしかなれなかったのだ。

 酒浸りの親父が早くに死に、町の互助会やアルタイル組に助けられる形で学校にも通っていた。

 組織に雇われる際に恩返しとは口にしたが、こんな自分が他所でやっていける自信がなかったのだ。

 幸いにもガタイには自信があったし、実際に仕事覚えは早い方だと思った。

 兄貴分にも恵まれたおかげで今もなんとかやっていけている。

 ただ、どっかで引け目みたいなものはあった。

 お天道様に顔向けできない仕事とは思っていない。だが、まっとうなのかと聞かれれば困る。

 こんな厄介な仕事をしながら、自分は家族なんてものを持てるのか。

 それがどうにも最近の悩みの種だった。

 例えばアルラギーニの姐御だったら?

 既に組織の若頭の一人だ。どんな男だって夢中で口説きにくる容貌で仕事も出来る。本人にその気があればすぐにでも結婚なり出来るだろう。本人にその気があれば。

 例えばシェーダだったら?

 まったく想像できない。女を口説くどころか声をかけている姿すら。

 こっちはアルラギーニの姐御とはまったく別ベクトルで有能だ。戦時に野放しにしたら相手の基地に放火して素知らぬ顔で戻ってきかねないようなやつだ。こんなやつと付き合いが出来る人間がとんと思いつかない。

 どっちも参考にならねぇ。そう唸っているナハトのところへ風呂上がりのシェーダが戻ってきた。


「悩み事か?」

「あー、うん、そうだな。お前、好きな女いる?」

「いねぇなぁ。こう、胸のでっかい美人さん知らない?」

「組の出入りしている店の人なら」

「商売の人に手を出すとかそれいかんだろ?」

「なら、町で声かけてみるか?」

「無理だな。どうしたらいいかわかんねぇもん」

「そうだな。結局は俺もそうだ」

「哀しいなぁ」


強面の男とタオルかぶった男が互いに溜息を吐きながら晩飯を始める。

 実にわびしい光景であった。

 

 ■  ■  ■


 カンパニー近くの定食屋へ昼飯を食いに来たシェーダ。

 ここは熊の亜人のおっちゃんがやっている極東移民の魂である米が食える店だ。

 飯が出来るまでの間に店でとっている新聞を眺めていると、ある記事に目が留まる。

 そこには『古参クラン崩壊の危機!?』と見慣れない中年男性の顔が印刷されていた。

 ここらでは当たり前の印刷技術ではあるが、大陸だと学術公国だのがある一部地域しかないらしい。技術格差というか、地域による文化の隔たりがでかいなぁとその時にシェーダは感慨深く思った記憶がある。

 ともかく、記事によると、今回の崩落事件について調査が進んだところ、とある古参クランが原因ではないかという見解が出ているという。そのクランの名前は『鼠狩りマウスハント』。このガランブルーでも指折りの古参だ。名前の由来は当時あった異常繁殖した魔物の鼠による果樹園の危機をたったの数人で救ったという逸話が元になっており、それから半世紀近く鼠狩りは活動が続いている。

 現在のリーダーは確か初代のお子さんが担っているという。

 そんな鼠狩りであるが、今回の崩落騒動の際、低層の手前まで進行する計画だったらしい。当時のダンジョンアタックのメンバーは「ルート上でトラップ部屋が多く発見され、損耗が激しかったので早期に引き返した」と申告しているが、実際はそのトラップ部屋で誰かが脅威度の高いものを作動させてしまい、そこから崩落が起きたのではないかと。

 現在、第三者を含め現場検証の為に別経路から同じ階層へ降り、進行ルートの検証と罠の作動状況の痕跡を確認の為に降りる予定が組まれているとのこと。実際に鼠狩りによる問題でない場合は、更に詳細な調査を並行して行うとも。

 もし鼠狩りの所為であれば、確実に破産、クランは解散となるだろう。

 それ以外なら。

 おそらくもっと酷いことになるだろう。

 想像だけで陰鬱な気持ちになる記事を隠すよう新聞を畳み、棚に戻す。古いペーパーバックの上に着地した新聞紙は、がさがさと軽い音を立てた。

 そんな間にも料理は完成したらしく、カウンターに座るシェーダの目の前に、どんぶりに入った白米と、メイン料理である鳥の揚げた一品と小鉢が幾つかといった定職料理が置かれる。

 お値段は機構鎧の固定用ネジ3ケース分くらい。


 この飯ならあと半日頑張れる。


 本気でそう思いながら箸を手にかっこんでいくシェーダ。

 今日の仕事はダンジョン内から魔物が出てないか指定地域の調査。

 午前中で一か所、午後で一か所だ。

 ダンジョンの出入り口のある地下を彷徨うことになるので、なかなかにハードな仕事である。

 まさか、そんな時に騒ぎだけは起きてくれるなよと、美味しい飯に舌鼓を打ちながらも、シェーダはどこかに祈った。

 店を出ると大きな影が頭上を横切る。

 空を見上げると、珍しいことに飛空艇が島の発着場を目指し進んでいた。

 海流に影響されず移動できる飛空艇は、一部の有力者や、島々の移動を繰り返す職業でもなければ乗る機会はない。そもそもあの船体自体が帝国からの輸入品であり、1隻でどのくらいの値段がするかさえ想像できない。

 今日も誰かがあの船でいずこからこんな島に訪れるのだろうか。

 崩落。

 襲撃。

 御貴族様。

 崩壊事件の被疑者。

 飛空艇。

 なんともまぁ、脈絡なく色々な事が起きるものだとシェーダは思う。

 そもそも平穏な日の方が少ない気がしたので、諦めてシェーダは会社へ向かった。

 

 ■  ■  ■


 海渡社事務部長のカシュー・ハンキーは悩んでいた。

 浅黒い肌に浮いた汗をハンカチで拭うと、まとめた情報を整理していく。

 ダンジョンアタック担当の主要2チーム全員が重軽傷。装備にも多数の損害が発生し、修復、補修可否の確認を行っている整備部署も地獄の様相を呈している。被害総額を算出したところ人的被害が抑えられたことで倒産を懸念するほどには至らなかったが、今回の崩落事故で失ったものは多い。

 まず信用。

 これまで、海渡社で行っていたダンジョンアタックについて、大規模な被害も出ず、獲得物をバイヤーに捌く際も安定的な仕入れに繋がっていたことで評価を得ていた。それが、主要人員の負傷にて一時的に獲得物が滞ることになる。下手をすれば大手のクランやカンパニーに顧客がもっていかれかねない。実際に何割かは別の仕入れ先を検討する段階に入っているだろう。

 次に実被害。

 機構鎧に乗り手、どちらも安くない。現在は警備部の業務を継続していることで安定収入はあるが、ダンジョンアタックに比べると平均単価は落ちる。一時的にも警備部の人員をダンジョンアタックに回すことを考えたが、主要業務を会社の都合で休止するようなところへ依頼を続けたいとは思わないだろう。

 少なくとも警備部がきちんと働いていれば悪評は防げるし、怪我自体はポーションや治癒魔術式で軽減された面々もじきに復帰できる。それまで待つのが一番問題が少ないのではないか。

 結局はそういう普通の解答に落ち着いてしまう。

 あとは崩落原因について、商業ギルドから回答が来た。

 冒険者ギルドと共同で現場検証を行ったところ、やはり何らかのトラップが作動した痕跡があったとのこと。

 誰かがダンジョンを動かしたのだ。崩落の為に。

 一部の新聞などでは『鼠狩り』というクランが要因ではないかと取り沙汰されているが、だとしたらその理由があるはずだ。おそらくミスではなく、意図的にそういったことを起こさざるえなかった状況が。

 嫌疑が掛かっている段階で拘束や事情聴取が行われていないのもそういった疑問に拍車をかける。

 面倒な争いが起きている。

 そこまで推測してカシューは処理中だった書類をまとめた。

 下手に犯人捜しなんかをすると巻き込まれる恐れがある。しばらくは業務縮小のうえ様子を見守ろうと部署内での情報共有と社長への報告に動き出した。

 

 ■  ■  ■


 今日の仕事は大規模商店の警備役だ。

 ソルニ商店は楽器などの音楽に関係する品物を扱う老舗で、商業街の大通りに面す。

 シェーダは店の前に立ち、通りを歩いていく人々を威圧しないよう門番を務めていた。

 黒い地味な機構鎧が店の飾りの様に立っているだけ。ともすれば置物かと思う人間がいるくらいに微動だにしない。機構鎧乗りならわかるが、ただ直立を維持するような時は鎧の関節を固定し、動作を止めることで身体を楽に保っているのだ。倍力機構を継続出力してしまうと、どんなスタミナがあっても数時間単位で駆動させるなど不可能だ。

 街並を眺めながら感知機構に反応がないかを逐一確認する。

 そんなシェーダの前に、巨大な影が突如として現れた。


「何か御用で?」

「すまぬが、すこしお尋ねしても?」


巨漢の正体は竜人族の男だった。赤い髪と目に鱗、それに浅黒い肌だから火龍に連なる血族だろう。

 顔立ちこそ人に近い形をとっているが、覗く鱗や気配が人種とはまるで違う。

 爬虫類種族と違うのは竜人族の場合は男女問わず外見は人に近く、多くは属す血族の特徴を色濃く外見に反映されること。火なら赤、水なら青、地なら茶色と髪や瞳、鱗に色鮮やかな特徴が出る。

 恰好も戦士の装いであるが、帯剣もなく無手だ。まぁ、竜人族であれば必要もないのだろうが。


「ここはソルニ商店で相違ないか?」

「はい、間違いないですよ。楽器含めた音楽に関わる品々を主に取り扱っております」

「実は、急で申し訳ないが馬頭琴が必要でな。この店に置いているか」


馬頭琴。これまた珍しい品だ。草原の民が使う楽器で現地ではモリンホールと呼ばれる。

 二本弦に角胴、馬の意匠があるさおが特徴の外見で低く深い音がする。

 

「在庫についてはここでは解りかねますね。宜しければ中へ」

「そうか、そうだな。ちと邪魔をさせてもらおう」

「いえ、どうぞ」


大柄な男を店内に案内し、女性店員に楽器について申し送りする。


「馬頭琴? 弦楽器の?」

「えぇ、ありますか?」

「店頭には出してないので、在庫管理の者に確認してもらいます。何かご希望は………」


対応が始まったのを確認し、店の前に引き返すシェーダ。

 あの竜人の男、見慣れない顔であったがもしや昨日の飛空艇で来た者の一人かもしれない。

 そう考えながらも、不審な気配が幾つも店の前に近付いてくるのを感じ、即座に腕の金属杖バリスティックへ魔力を回す。未稼働から待機状態に移行した金属杖が、僅かに振動した。

 現れたのは、腰にショートソードを差したスーツ姿の男達がひのふの五人。

 どう見てもギャングスタの類、荒事を担当する方々のようだ。

 さきほどの竜人男性が武人の匂いがするとすれば、こっちは鉄砲玉か下っ端だ。


「ここか?」

「はい、あの男が入ったのは」

「そうか。行くぞ」


そう言って店に押し入ろうとしたのを機構鎧装備のシェーダが立ち塞がる。


「こんにちは。何か御用ですか?」

「あー、にいちゃん、店の中に用があるんだ。退いてくれるか?」

「あぁ、であれば得物はお預かりしてもよろしいですか? 安全上、帯剣での入店はお断りしてまして」

「いや、仕事道具をそう簡単に預けられねぇなぁ」

「すみません、そうしますとお通しすることは出来ません。複数名いらっしゃいますし、こちらではなくご同僚の方に預けていかれても結構ですよ? 勿論、ご入店は預けられた方のみとなりますが」

「悪いな、なら推し通」「るぞっ!?」


シェーダの纏う黒い機構鎧を何かの技能で退けようとした先頭の男に対し、魔術式の発動を示す魔力の粒、僅かな燐光を伴う金属杖を装備した右腕が横薙ぎに振り払われた。

 衝突音と共に剣を抜こうとしていた男達がドミノ倒しのよう地面を転がっていく。

 並行して使用された魔術式は『行動妨害インタラプト』、『衝突コリジョン』、『短縮ショートニング』の3つ。シェーダのウンリュウ・カスタムが装備する三連金属短杖によるものだ。

 三連金属短杖とは並行して3つまでの低位術式を平行して発動可能な機構であり、瞬間的な発動速度と汎用性に秀でる。逆に、威力や射程、制御に劣るが、警備と言う性質上、どちらが向いているかは見ての通りだ。

 即座に術式を変更。魔力信号に従い金属杖の内部に描かれた魔術式のカートリッジが内部で組み換えられ、金属杖の内部に内蔵された魔術式が切り替わる。


「『捕捉ロックオン』、『針撃ちピアシング』、『神経毒ヌロトキシン』」


わざわざ口頭で術式を伝え、慌てた面々が動くより先に術式が発動する。

 対象指定による魔力の経路を作り、そこへ魔力で効果貫通術式を付与した神経毒を撃ちこむ。それだけで全員が一切動けなくなった。

 術式にもっと単純な『麻痺パラライズ』や『電撃スタン』などもあるが、それより持続時間が長く苦しみを伴うという嫌な構成である。


「どこの組かは存じませんが、表通りでことを起こそうなんて無謀だね」


簡単な『角笛ホルン』の魔術式で音を鳴らす。甲高い音の連続が通報として警察に伝わると、そのまま表通りを白い鎧に黒線が描かれた胴鎧の男達が走ってきた。


「通報はここで?」

「はい、店に押し入ろうとしたので拘束しました」

「ご協力感謝します。ん? お前等たしか………」


駆け付けた警察官の視線に、慌てた様子で顔を逸らそうとする男達。

 しかし、痺れて上手く動けない彼等は微かな身動ぎも出来なかった。


「なんで『ダラス』の組の連中がこんなところに?」

「ダラス?」


警察官がハーフメットの位置を直すと、簡単に説明してくれる。

 ダラス組はギャングスタの中でも北側に縄張りを持つ組織であり、元々は貴族家側の横暴を抑止する立場だった組だ。島の商業に対する権限の強い御貴族様に対し、締め付けや市場の寡占が続くようであれば交渉の矢面に立ち武力をちらつかせようと一歩も退かないという。

 ただ、それも先代までの話で、現在は一部の貴族との癒着が取り沙汰されており、他組織との協定も無視して勝手な行動に出ているという。


「正直、今じゃ貴族の手下扱いされてるよ。あんまりいい噂も聞かなくなった」

「そうですか。申し訳ないですが、あとはよろしくお願いします」

「はい、それでは」


護送用の馬車に放り込んで早々に引き上げていく警察官。

 あとには、少し騒がしくなっていた遠巻きに見ていた人々のみ。

 短く一礼してシェーダが元の位置に戻ると、騒ぎが終わったことへの安堵が、その人々もそれぞれ散っていった。

 その後、店から出て来た竜人族の男性に黙礼をすると、男性も笑顔で一礼を返してきた。


「先程は仕事の邪魔をして済まなかったな」

「いえいえ。ご希望のものは?」

「あぁ、店の者にも手間をかけたが、あったよ」

「それはよかった」

「ありがとう。また何かあれば寄らせてもらう」

「はい。またのお越しをお待ちしています」


大柄な背中が雑踏に消えていくのを見守り、しばらくして交代時間となったシェーダが立ち去る。

またどこかで警察官を呼ぶ角笛が聞こえていたが、今日も騒がしい一日のようだ。

 

 ■  ■  ■


 正午過ぎの特に暑くなる時間帯。

 アルラギーニは足早に目的の場所へ向かっていた。

 これから顔を合わせるのはギャングスタの中でも古参にあたる大組織の最年少幹部様だ。下手な真似をすればアルタイル組そのものを危機に晒す可能性もある。非公式とはいえ、たった一人で出向いているのもそういった事情もあっての行動だ。

 イスカ・バーガンディ。

 かつて大規模なダンジョンの氾濫が起きた際、武闘派ギャングスタ同士で結ばれた『七日同盟』にも参加した『オークス』組の幹部にして、島でも指折りの実力者。敵対者に対する苛烈さと、その美貌を知らぬものはまずいない。

 そんな相手から会合の場を設けられ出向いているわけだが、正直生きた心地がしない。

 実際に目的の喫茶店に入り、奥にいた彼女を見つけた途端に冷や汗が背中を流れたほどだ。

 蛇。アルラギーニが彼女を見て思わず浮かんだイメージ。

 誰もが振り向く美貌、男性を魅力する肢体。そういったものを兼ね備えた美女がそこに居た。

 着ているものは地味ですらある灰色のスーツにタイトスカート、しかし隠しきれていない色香がにじみ出ている。

 大きく張り出した胸元に、折れそうなほど細い腰。切れ長の瞳は最初に抱いた印象通り、蛇のよう鋭い。この島で最も多い褐色の肌であるが、それもまたチョコレートのよう艶めいたもの。パレットで止めた黒髪もまるでオニキスのようで、美術品めいた硬質な美がそこにあった。

 そんな相手と同じ席、それも対面で。

 なぜかシェーダがケチャップ炒めパスタを食べていた。

 おそらく昼食なのだろうが、なぜあんな場所で食事しているのかがまるで理解できない。

 知り合い? あんな大幹部の女性とシェーダが? 

 頭が既にパンクしそうであったが、それをおくびにも出さず、アルラギーニは席へ歩み寄っていく。


「お待たせしましたイスカさん」

「いいえ。席へどうぞアルラギーニ。お互いに忙しいでしょうから手短に済ますから」

「ありがとうございます」


お互いが肩書きは一切名乗らないことで、これが非公式の会合であることを確認する。

間抜けな顔で今もパスタを口に運ぶシェーダを引っぱたきたい誘惑にかられるが、そんなことをしている場合でもないだろう。


「席外そうか?」

「あとでパフェ奢ったげるからそのまま待ってて」

「はいはい」


シェーダとイスカ女史のあまりに気安い様子にくらくらしてきた。

 もう気にしない。問い詰めるなら帰ってからシェーダの襟首掴んでからでいいと無理矢理納得する。

 青い顔の店員にコーヒーを頼むと、身動ぎする際にも一切音を立てないイスカの対面、シェーダの隣に腰を下ろした。


「西側の縄張りに手を出そうとしている組があるのよ」

「目的は?」

「西側の漁港のあたりで、何か探し物があるみたいなのよ」

「探し物、ですか」

「どうも、御貴族様同士の権力争いみたいで」


言葉尻に溜息が混ざるイスカ。その様子すら艶やかだ。

 彼女の話曰く、目的は誘拐した人間を島外の拠点へ移す為に、漁港を経由地点として悪用するつもりなのだという。


「あぁ、なるほど」


そこで何か、合点がいったような、喉の奥にひっかかったものがとれたような表情でシェーダが頷く。


「そう、貴方に聞いた話もそこに繋がるのよ」

「なるほど、じゃあちょっと、話の流れだけ整理しても?」

「どうぞ。是非聞きたいわ」


ちらりとアルラギーニを見るシェーダに、思わず彼女も頷く。


「どっから話すかな? まぁ、ちょうどいいからここに俺が同席することになった理由を含めて順番にいこう」


食べ終わった更にフォークを置いたシェーダは、冷えた水を口に運び、ゆっくり口火を切る。


「崩落事故からここまで、一連の騒動が続いているんだよ」

「はぁ?」


あまりに突然の告白に、アルラギーニは思わず目を見開いた。


 ■  ■  ■ 


 アンドラス家。貿易業を主とする古い家柄で典型的な御貴族様の家だ。

 主に大陸でも南での貿易を主とし、軍需物資、ダンジョン産資源の売買などを担っていた。

 だが、その飯の種が、大陸情勢の変化と共に激減しようとしていた。

 国境紛争が長く続いていた諸王国圏の沿岸部にある国々で協定が結ばれ同盟となったのだ。

 まだ正式な名前は決まっていないが、諸王国圏沿岸同盟とでも呼ばれることになるであろう国々は平和を手に入れ、同時に軍需物資も扱うアンドラス家は売り先を失うことになった。

 そうして権勢が僅かでも衰えること、それが貿易権を握り、島を支配する家の一つと自任していたアンドラス家には我慢ならなかったのだろう。

 新たな貿易先を求め、目を付けたのが近隣の島々でも最も武力に秀でた一族が治める高竜島こうりゅうじまだ。希少な魔石の原産地であり、もし渡りがつけられれば沿岸紛争の頃とは比べ物にならない利益になる可能性だってある。

 だが、一部の人間がここから暴走を始める。

 

 高竜島を治めるのは竜人族であり、その中でも王家に連なり貿易を担うルドラ家。

 そのルドラ家の令嬢が留学準備の為にガランブルーに訪問していたことを知ったアンドラス家の一派、今回は過激派とでも表現しておく者達は、彼女を誘拐し、その身柄を助けたふりをすることでルドラ家と交流を持とうとしたのだ。一般的に言うマッチポンプである。

 だが、その彼女を守っていたのが島でも名の知れた冒険者こと『鼠狩り』のメンバーだ。

 襲撃当日、異常に気付いた彼等は令嬢を守る為に、ダンジョンの下層に設営していたキャンプへと避難する。しかし、過激派が大枚をはたいて雇った機構鎧乗りの傭兵達がダンジョン内での奇襲をもくろみ、崩落に繋がる罠を作動させたことで先日の崩落被害が発生した。

 愚かにも仲間も崩落に巻き込まれ、更には地上や上層まで被害が出たことを知った襲撃者達は、自分達のもたらした悪事の露見を恐れ、その場から逃げ去ったという。

 結果、相手のミスから九死に一生を得た『鼠狩り』の面々は別拠点に籠り、再度の襲撃は困難となる。

 そこに過激派の暗躍に感づいたアンドラス家穏健派が、傭兵経由で情報牡探ろうと若手数人で街に降りた。そこで人伝に網本、地元有力者にして漁師のまとめ役、そういった情報にも通じたリカリの父に話を聞こうと娘であるリカリに尋ねていたところ、たまたま通りかかった男に丸めこまれ、大人なお店に押し込まれることになる。

 つまりシェーダの所為で事態がややこしくなる可能性があったのだ。


「よくよく考えると、別に話を聞こうとしていただけでどこかに連れて行こうって様子じゃなかった気がするしな」


ただまぁ、歓楽街に御貴族様が来たということで話が広がり、ご機嫌伺いに来た店のケツ持ち、いわゆる歓楽街を縄張りにするギャングスタの若頭が顔を出したことで状況がまた一変する。

 これは好機と意を決した穏健派の青年が事情を話し、ギャングスタに情報収集を依頼したのだ。

 すると驚くほど速やかに情報が次々と集まったくる。

 そこには、過激派の雇ったと思しき傭兵団の情報もあった。

 裏どりさえできれば悪事を糾弾し、暴走している過激派を掣肘できる。そう考えた穏健派の青年の動きは早かった。

 そうなると過激派は窮する。

 罪が発覚すれば自分達の立場も危ういと今更に気付いた過激派は、島外の拠点へ逃亡する他ないと判断したようであるが、そうなればすぐにでも金がいる。家の資産は既に穏健派に抑えられている以上、なりふり構わず金銭を集めようとした彼等は、今までの準備を流用して攪乱と利益の為にとうとう営利誘拐をはじめようとしたのだ。

 どう判断したのかは不明だが、そこで情報を集めていたルドラ家関係者を再度狙おうとした。

 飛空艇で迎えにきた、令嬢の兄を。

 ただ、表通りで騒ぎを起こそうとして即座に鎮圧されるあたり浅はかを通り過ぎて愚かしい。

 もうここまでくると哀れだ。命令される側が。


 ■  ■  ■ 


 すっかり冷めたコーヒを手をつけないまま、アルラギーニは頭痛をこらえるよう額を押さえる。

 何を考えているんだその馬鹿共は。ガランブルーと竜人族の間で戦争を起こすつもりか。


「さて、そのうえで今の状況がね、飛行艇は乗員のトラブルで出発延期中。西側の沖に貴族籍と思われる大型船舶が一隻、航路を塞ぐように停泊し、小型の舟を使って周辺を嗅ぎまわっている。そして、鼠狩りの主要パーティと令嬢、そして令嬢のお兄さんとやらも姿が見えない」


正直もう聞きたくないまであった。

 ただ、西側がアルタイル組の縄張りである以上、教えてもらわなかったらもっと厄介ごとになっていたから耳を塞ぐこともできない。


「それで、西側の事情に詳しくて探し物の上手い人を、おともだちのシェーダ君に聞いたのよ」

「で、そういうのが上手いやつってことで」


アルラギーニの頭にも一人の顔が浮かぶ。

 ここにいる馬鹿の相方で、そういった探し物が探偵より上手い自分の部下でもある強面の青年が。


「つまり」

「うん、ナハトに頼んだ」


あいつも巻き込まれたのかと、アルラギーニはついに天を仰いだ。

 ここに呼ばれた理由の半分はそれだ。


「ついでに警備依頼も受注したんで、ちょっと豪勢に援護に行ってきます」


口元をナプキンで拭いていたシェーダが立ち上がると、店の前に大型車両が停まった。


「イスカちゃん、パフェはまた今度で」

「はいはい、じゃ、いってらっしゃい」


喫茶店の前に停まった大型輸送車両のコンテナに乗っていたものを見て、アルラギーニは漁業被害とか出ないといいなぁとぼんやり見送ることしか出来なかった。

 その後、情報への感謝と今後の相談と最近の愚痴をパフェ片手にイスカに聞いてもらうことになる。


 ■  ■  ■ 


 機構鎧は便利で強い。仔細を知らない者からはそう思われている。

 だが、一つ間違えば鎧の倍力機構による反動で手足が砕けかねない凶悪なシロモノであり、時代を重ねても未だ安全性は乗り手に依存するのだ。倍力機構の反動をいなしながら、魔術式と魔力機関の精密な制御を行う。そんな人間しか一流の機構鎧乗りにはなれない。

 3時間。それが安全性も考慮した稼働限界時間だ。

 その為に、機構鎧を投入する場合は大体が短期決戦や強襲に用いられる。

 警備や調査に用いる為には、機構鎧側で倍力機構の増幅率を下げ、本体重量軽減するなどのセーフティをかけ、性能を落とすことで安定性を増すのだ。そういった特化型の機構鎧の場合は、緊急時に通常の機構鎧に力負けしないような緊急で出力上昇させるような追加や専用装備があり、訓練や習熟がまた必要になるが。

 さて、そんな機構鎧であるが、一時的ではあるが技量を無視して使う手段がある。

 機構鎧に搭乗者保護用の内部保全術式を組み込み、一時的に機構鎧の制御系を運動神経と繋げる術式を搭乗者本人に添付する。というやり方だ。

 これなら倍力機構だけであるが、機構鎧の力を一般人でも使える。

 制御されていない倍力機構はすぐにガタがくるし、内部保護術式の影響で金属杖での魔術式もろくに使えないといった不完全なもので、術式の制御可能時間を超えれば制御が外れて自壊に巻き込まれて死ぬが。

 それはそうだ、だって制御技術がない人間に無理矢理乗らせるのだから。

 アクセル全開のままの車両のハンドルを突然預けるようなものだ。演劇でもないのだからそんなことをすれば即座に事故を起こして汚いミンチの出来上がりだ。

 だが、メリットとデメリットを理解していれば十二分に役立つ。

 沖合にある大型船から小舟で漁港近くの岩場に輸送される機構鎧乗りの数はおよそ20体を超えた。

 パーティー換算で5部隊。そんな数が無軌道に暴れればどんな被害が出るか。

 腕力自慢とはいえ、近くで様子を伺っているナハトでは絶対に勝てない数の暴力であった。


「頼むぞクソ野郎………!」


どこかで準備をしている機構鎧乗りの馬鹿に祈る。

 話を聞いた時はそんな馬鹿なとは思ったが、先程の連絡でブツを預かっていることは既に確認している。どこをどうすればあの大組織であるオークス組の幹部と伝手があったのかは未だに不思議であるが、あの邪眼の蛇女メデゥーサが関わっているなら間違いない。

 唯一の懸念は、そんな人間が用意した武装を、あのぱっぱらぱーのクソ野郎が扱えるか否かだ。

 場所の把握とタイミングの指示。

 手に握った発煙弾装填済の信号拳銃。こんなもの扱うのも初めてだってのにタイミングを外したら真っ先に自分が殺される。

 だが、今日に限った事ではない。この仕事はいつだって命懸けだ。

 自分の生まれ故郷を守りたいって思ってギャングスタになった。荒事に手を出した。

 路地裏の数から浜の地形まで頭に叩き込んであるし、誰が何処に普段いるかなんてすぐにでも答えられる。そうやって熟知した縄張りの様子から、余所者の動きを炙り出すのなんて朝飯前だ。

 漁港から僅かに離れたこの場所は、遮蔽物こそないが人家からも離れ、こんな時でもなければ近付く人間も少ない。

 精々が馬鹿なカップルが人の目から隠れてくだらない真似をするくらいだ。

 数は更に8人増えて。数え間違いがなければ総計28人。さすがにここらで打ち切りか。

 小舟が完全に船に戻ったことを確認し、

 近くのセーフハウスに潜んでいた鼠狩りのパーティも発見し話を通してあるし、ここらで悪さするには少しばかり手管が足らなかった御貴族様に協力していた冒険者も拘束済。ここで始末をつけてしまえば、さすがにこれ以上の馬鹿騒ぎは起こせないだろう。

 部隊の頭と思しき男が周辺を確認し指示を出そうとしたことを確認。

 発射した発煙弾が、空まで色つきの煙を立ち上らせる。

 馬鹿共がこちらに向けて大型の連射式クロスボウを構えた。

 岩陰に隠れ、援護がくるまでの時間を息さえ殺して待つ。

 永遠に感じたその時間は、ほんの十数秒だったのだろうが。

 クロスボウの安全装置が外される音と、先頭の男が吹き飛ばされるのは、ほとんど同時だった。

 魔術式による遠隔攻撃は轟音と共に厚い機構鎧を原型が無くなる威力で叩き潰していた。

 それは蛇。

 魔術的に構築された巨大な魔力の塊、擬似生命体である角の有る蛇は、その巨体をもって全てを轢き潰す為に暴れ出そうとしていた。


 ■  ■  ■ 


 シェーダは自らを受動的で主体性がないと思っている。

 自分を動かす動機が薄っぺらいのだ。

 物心ついた頃には両親はいなかった。祖父からは「死んだ」とだけ聞かされた。

 どんな人だったのだろうと思う。けれども、想像するだけの材料もなかった。

 記録も、記憶も、残っているものなんてまるでなくて。

 それでも前を向けていたのは、祖父の教育と、まともな友達がいたおかげだろう。

 ナハト。

 孤児として生きて、住んでいる地域全員で育てられたうちの一人。

 あれだけでかい身体も、地元の皆から受け取った愛情の成果だ。腹が空かないようにいつだって誰もが心配していた。

 それを羨ましいと思っているシェーダがいた。

 同時に、生きていくには、あいつのようにもっとしっかりとした柱が必要なのだと。

 腹の奥底に居座る虚無感、誰からも必要されてないのではないかという恐怖はある。

 たぶん、家族がいないから、というだけではなく、誰だって抱えている感情のうち、何をしてもどうともならないことがある、それを実感してしまったことで自暴自棄になり易いタイプなのだ。

 だが同時に、それでもと踏ん張る心もある。

 荒っぽい島だ。だが、それでも故郷なのだ。

 友達がいる。祖父がいる。自分に声をかけてくれる人々がいる。

 そこだけは同じだ。ナハトと、アルラギーニと。

 なら、敵をぶちのめし、打ち壊し、黙らせる。それなら得意分野だ。


 海を見下ろす高台。停車した大型車両の荷台で得物を構える。

 両手で保持し、構えなければろくに方向も代えられない超大型金属杖バリスティックをぶら下げ、魔力を流す。


 機構鎧用装備のうち、装備限界重量を誇る長射程高稼働金属杖、その名を『七つ星セプテントリオン』。

 有名な技師が命を削って作ったと言われる巨大金属杖だ。

 金属杖そのものに双発魔力機関を備え、術式の威力は通常の杖と比べ3条にまでになるという。

 機構鎧、そして杖そのものにある魔力機関あわせて三つ。

 それを全て高稼働のまま制御できれば、その魔術式は軍艦を貫通する。

 無論、簡単ではないが。


「天に七つ星、地に大河。花にたとえ、悪になぞらえ、己に問う。偉大なる覺者かくじゃ天籟てんらいが如く告げし言葉をなぞろう。 さあ、この世の中を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに耽溺するが、心ある人はそれに執著しない」

 

機構鎧の背中に背負った魔術式補助制御用装置サブプロンプターが熱風を噴き出す。四節をとうに超える長い詠唱を重ね、術式の安定に機械の補助を重ねても、その荒れ狂う嵐より苛烈な暴力を制御下におくことは困難だ。

 

「王よ。蛇の王よ。みたび世界にとぐろを巻いて尚その身の余る蛇の王よ、その頭はついに天の金環へ届き、天空より堕とされた星は炎を噴き上げる。地獄の種火は既に枯れ果て、新たなる罪業への裁きは星の火が代わりを務めるであろう」


そして機構鎧の真価とは倍力機構だけではない。そんなものは余技でしかないのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それを独力で扱えてこその機構鎧乗りである。

 全身が軋み、魔術制御に用いられる脳と心臓、そして全身で脈動する魔術回路の連動によってついには魔術式の顕現をかなえる。


「汝が名は『蛇王の子ヨルムンガルドボーン』。蹂躙せよ。悪徳成す者を敵として」


解放の喜びに打ち震える擬似的な魔術生命体は、そのまま金属杖がなぞった地面に浮かび上がる巨大な魔法陣から飛び出し、遥か上空から目標へ襲い掛かった。

 高位魔術式『蛇王の子ヨルムンガルドボーン』は、過たずその巨体を伸ばし、まがいものの機構鎧乗り達を蹂躙した。

 残念ながら彼等は対抗術式で魔力に抗う事も出来ない。魔術的な防護は鎧の表面から削れていく魔術式だけだ。それも自らが制御下においているわけではない為、『蛇王の子』が這い回り、その巨体を叩きつけるだけで魔力量、魔力的な大きさの差で簡単に砕けていく。

 幾人かまともな機構鎧乗りもいたのだろう。おそらく遮蔽力場を使って攻撃を逸らしている。

 しかし出力そのものが違い過ぎる。

 未熟な一人が海へと叩き出され、残った一人も魔力機関の過剰出力に真っ白な煙を背中から吐き出している。

 そのうえで攻撃は止まらない。

 のたうつ角を備えた蛇は、顕現した魔力の余波である白い燐光を纏ってその巨体でのたうつ。

 魔力の塊という純粋なエネルギーは、それだけで残った者達も吹き飛ばした。

 

「仕舞いだ」


魔力供給の遮断と共に蛇の巨体が()()()()

 魔力の粒子として空気中に溶けていった白く角を持つ蛇は、そのまま瞬く間に霧散した。

 同時に、構えていた大型金属杖を大型船に向ける。


「『保持グラップ』」


 併せて、車両に乗せられていた金属槍が魔力的な力場に掴まれ、金属杖の前に浮いた。

 機構鎧を着たシェーダ、構えた金属杖、その先端に浮く金属槍まで魔力の流れが生まれる。


「『浮遊ホバー』、『回転スピン』、『加速アクセル』」


術式によって精密な魔力の力場が槍の重量を一時的に軽減し、回転と加速の運動エネルギーを与える。


「『発動アクション』」


発射された金属槍は船の横腹を貫く。

 音より速い一撃は、船に刻まれていたであろう魔術防御を易々と貫通した。

 轟沈。

 着弾の衝撃波が海原を揺らし、傾く船から真っ黒な煙が上がる。

 解除ボルドを操作し、機構鎧の背中から絶えず熱風を吐き出す魔術式補助制御用装置サブプロンプターを排除。回線の切断と魔量供給の遮断によって、背中から外れた機械はゆっくりと機能を停止。

 そのまま腕に固定されていた大型金属杖も固定金具のロックを外し、荷台の固定器具へ戻すと、全身を駆け巡る魔力を抑えてゆっくりと魔術回路の励起を沈めていく。

 皮膚の下で暴れ回る魔術式の発動反動を全身で制御し、ゆっくりと呼吸と共に吐き出していく。

 42℃近くに上昇していた体温が魔力活動の鎮静化と共に平熱に戻っていった。

 魔力影響を抑え、機構鎧による空調機能を使ってこれだ。

 生身でこんな危険物を扱えば即座に全身を駆け巡った魔力を制御できず破裂するだろう。

 だからこそ機構鎧を大量投入するような選択をした敵側は『解っていない」とシェーダはじみじみ思う。

 こんな劇物を易々使おうと思うなんて馬鹿げていると。

 沈む船から命からがら脱出している人影達に、溜息を吐きながら。


 ■  ■  ■ 


 表向きの話として。

 アンドラス家次男は沿岸での物資輸送中に傭兵団に襲われ重傷。その怪我が原因で療養に島を離れるという。その傭兵団によって奪われた機構鎧は、たまたま訓練中だった地元のカンパニーに所属する機構鎧乗りによって撃滅され、周辺に関しては被害が広がらなかったという。

 傭兵団に同調して騒ぎを起こしていた『ダラス』組も他の組織から粛清を受け、解散。

 同じ傭兵団に誘拐目的で狙われていた高竜島でも名門の商家の御息女も護衛である『鼠狩り』に守られる形で親族との合流に成功、危機を脱し、無事で済んだという。

 関わりのある傭兵団の暴走に関与したことを重く見たアンドラス家は、迷惑をかけた各所に謝罪のうえ賠償金を提示。どこも納得のうえ示談となった。その賠償金の対象となった企業の一つに『海渡社』の名前もあったという。

 その他、噂ではあるが、事態の収拾に助力したとして、とある非合法組織の女性幹部へお礼が渡されたともいうが。

 真実は定かではない。こんな島で態々厄介ごとを探ろうとするものもいない。

 そして騒動の終わった島はまた、騒がしくも普段通りの日々を取り戻していく。


 ■  ■  ■ 


 イスカの呼び出しに応じたシェーダを待っていたのは、今回の騒動で最も辛い目にあった竜人族の御令嬢であった。事態の推移をイスカによって説明された際に、是非ともお礼を言いたいとシェーダとの面会を希望したのだ。


「貴方のおかげで兄も私も危ない所を助けられました」

「あ、いえ、そんな」


しどろもどろになるシェーダは、両手を彼女に掴まれたまま俯く。

 そもそも彼女と視線を合わせようとすると胸が邪魔で顔が見れないくらいの体格差があった。

 竜人族の御令嬢だけあって、彼女は非常に大柄で身長もシェーダの1.5倍近くあった。

 兄より龍に血が近いということだが、正直、護衛が本当に必要だったのか疑問に思うくらい魔力も濃い。膝立ちになってもらって、やっとシェーダは彼女と目線が合う。

 首筋や頬に綺麗な赤金色の鱗の浮かぶ彼女に、視線の合ったシェーダも安心したように口を開く。


「偶然の賜物ですが、ご無事で、よかったです」

「まぁ! 本当に、本当に、ありがとう………!」

「ちょ、うわっ」


抱きしめられるとシェーダの足裏が地面から離れる。

 慌てて身をよじるが、普通の人種が単なる腕力で獣人に勝てるはずもなかった。

 ほとんど胸元に埋まるような恰好であるが、羞恥に顔を真っ赤にして暴れるシェーダの抵抗はあまり効果がないようだった。


「妹よ。加減をしてあげねば彼が死んでしまうぞ」

「あ、そう、そうね。ごめんなさい」

「すみません、只人はもうちょっと、弱いということだけ覚えておいていただければ」

「そうね。ちょっと、加減するから。もう少しだけ」

「え、わ」


ふんわりと、まるで親が子にするよう優しく抱きしめられたシェーダは、彼女が離してくれるまでしばらくそのままだった。


「私の名前は、ヤシャバラの家に属すカグナ。貴方のお名前、教えてもらえる?」

「シェーダ・ハードゥン、です」

「ふ、ふふ。今年、15歳になったのよ」

「あ、じゃあ俺の二つ下だね」

「そうなの?」


 そのまま短い間であるがお茶の時間を過ごした二人は、互いの名を始めて知る。 

 楽し気に話す二人に対し、シェーダの背後でその様子を見守っていたイスカから、少しばかり殺気のようなものが漏れていたが。

 気付いていた兄だけが顔を真っ青にしていた。

 ともかく、彼女の無事を喜び、あまりにたくさんの謝礼を貰ったシェーダは誇示しようとするも、イスカのとりなしでしぶしぶそれを受け取る。

 竜人の令嬢、カグナは、別れの時もしきりに頭を下げ、シェーダに対して礼を尽くした。

 そうやって彼女は、飛空艇に乗り自身の島へ帰っていった。


「いい子だったわね」

「えぇ、とても」


ぼんやりと飛び去っていく飛空艇を見送ったシェーダは、イスカからの言葉に頷く。

 そのまましばらく二人で佇んでいた。

 彼女とも不思議な付き合いだなと、不意に振り返る。

 警護依頼として店前に立っていたシェーダに対し、不意に通りかかった彼女が話し掛けてきたのだ。

 自分の何がお眼鏡にかなったのか、その後は実際に依頼を受けたり、依頼外で食事したりと、気安い受け答えをする仲になった。

 友達なんて、こんな形で増えることもあるんだなと、少しだけシェーダの顔が緩んでいたのは誰も知らない。

 相手が友達と思っているかを含めて。

 遠く、自分を迎えに来た車両の窓からナハトが手を振っている様子が見えた。

 運転しているアルラギーニはしかめっ面で操縦桿を握っている。

 さて、戻ればまた仕事だ。

 イスカに挨拶をすると、シェーダは車に向かって走り出した。


 - 終 -


 





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