粘土板 001
女児である主人公は、その両親から「ギルガメッシュ」という名を与えられた。
もうすぐ10歳になろうとしている彼女の苦悩の日々を彼女自身の視点からつづる日常系のお話。
ただ、この女児……病的な被害妄想。
※もとのギルガメッシュ叙事詩との関連性は不明。
自分の子供にギルガメッシュという名をつける親をあなたはどう思うだろう。
私は想像力の欠如した脳みそのシワが極端に少なくツルツルの心太の様な思考しか出来ない、手足が6本ありそれら全てが胸の部位から生えていて頭と腹との3つ部位でできた思考とは言えない刺激に対し反応するだけの己の欲望と願望だけの存在だと思う。
そんな存在が今日も私の安眠を妨げにノックという人類の文明によって生み出された礼儀作法の初歩中の初歩、基の基すらもせずに一晩かけて適温に温めた私の布団を勢い良く捲り上げた。
そして彼女は言う。
朝だから起きろと。
朝だから起きろ? 意味が分からない。
朝だろうと夜だろうと私が眠ければ寝るべきだし目が覚めれば起きれば良い。
なのに自らの勝手な思想によって他人を無理矢理制御しようとは流石としか言いようのない呆れた狼藉だ。
だが悲しいかなその狼藉に私は耐えることが出来ない。
何故か? それは単純に力による制圧だ。
DVと言っても過言ではない無慈悲な彼女の腕により私の両手は引き上げられ布団と共に適温に温められていたパジャマと呼ばれる聖衣を剥ぎ取られた。
寒い。
そう感じる間も無く私は更なる辱めを受ける。
下半身の大事な部分を守っていた聖衣をずり下ろされ、彼女の固定観念に縛られた美意識の塊の様な水色と言うには薄過ぎる淡い色味のヒラヒラした物を腰に着けられた。
いやいやこれでは我が身を守れませんが? という私の視線を無視して彼女は彼女の本拠地である下界へと足速に移動する。
その際もまるで私が悪であるかのように私の行動を投げ捨てる言葉によって限定してくる。
力による制圧ですっかり恐怖を染み込まされた私には抗う術はなく限定された通り椅子という名の拘束具に掛けさせられた極彩色の重荷を背負い私を死地へと誘う最初の関門の手前の壁に掛けさせられたただ目立つという利点のみのくだらない存在を手に持ち彼女の痕跡を辿るように下界へと歩みを進める。
今日もまた6分の1の厚さに切られたパンという名の土台に雌の鶏から盗み出して集めた卵を熱い鉄の上で乱暴に細い棒で掻き混ぜたものを乗せた供物の臭いが漂っている。自らの時間の制御も出来ない彼女が事あるごとに口ずさむ忙しいという言い訳。
その言い訳の先にあるのがこの供物のクオリティだ。
下界に並べられた拘束具に腰を無理に曲げて座る私。
その目の前には臭いの通りの供物と後に強制的に集団で飲む事を強要されるのと同じ雌牛から無理矢理恐るべき機械を用いて効率的に搾り取った白い液体が私がこの世界で唯一完璧な存在だと認める熊の絵が描かれたプラスチックの容器に入れられて出されている。
既に度し難い状況であるにも関わらず、彼女はそこに更なる無能を重ねて来る。
それは小さな透明の器に入れた雑草。細く刻まれた火を通せばまだ食するに値すると思える薄い黄緑の葉っぱと、その成分の殆どが水だという食する意味を永遠に見出す事の出来ない濃い緑色の細長い実。
それを斜めに薄く切ったものが2枚だけ刻んだ葉っぱの上に添えられている。
切る前のものを丸々食べたとしてもただの水と変わりないのに更にそれを薄く切って2枚並べる事に何の意味があるのか? この病的な意味のなさが単純に刻んだ葉っぱだけだと地味なので飾りとして置いているだけならその役割を正しく全うして食する事を強制しないで欲しい。
飾りとして置かれ飾りとして捨てられるならまだその価値を認めても良い。
だが本当の意味での悪の根源はこれらではない。
プチという可愛らしい名を冠しながらも、元々持つ気持ち悪いヌルッとした液体の成分を十分に備えた赤い悪魔。
口に入れて丸呑み出来るならそうしたいが噛み砕かねば飲み込む事は出来ず、噛む事であのヌルッとが口いっぱいに広がり私の味覚と臭覚と触覚に苦痛の二文字を叩きつけて来る。
何なのだこれは? この苦行に何の意味があるのだ? 食べたい時に食べたいだけ食べたいものを食べる。
そんな当たり前の幸せすら私には無いのか? 彼女は良い。
6本足と同等の彼女なら、その6本足に6本の足が生える前のムイムイした存在と同じく葉っぱを好んで食せばいい。
だが私は違う。
この地上で進化の頂点にいるとされている存在だ。
知恵の原点とも言える火すら必要としない様なものを好んで食べたいわけがない。
なので私はその苦痛の記憶の時間を少しでも短くする為に一気に口にかき込んで最低限の咀嚼の後に雌牛の白い体液で体内に流し込む。
すると彼女は怒りに任せて私にとっての苦痛の時間を少しでも長くしろと強制してくる。
私の創意工夫を知恵を努力を全て否定し、ただ愚直に消化のために反芻を繰り返す牛の様に少しずつ噛んで飲み込めと言うのだ。
全くもって意味が分からない。
私が譲歩に譲歩を重ねて彼女の食せという要求に応えたのに彼女はその上に私の消化についてまで要求を上乗せしてきたのだ。
異常だ。
常軌を逸した要求だ。
こんなに強欲な女は世界広しといえどもここにしか存在しないであろう。
そんな彼女の怒りを冷静な私は視線を逸らして受け流しパンという土台の上に盛られたぐちゃぐちゃの卵を土台と共に齧り付く。
ここまで評価するに値しない彼女の行動の中で唯一光る部分があるとすればこのぐちゃぐちゃの卵の中に至高の調味料を多めに混入させているということだろう。
そうマヨネーズだ。
最近私の周りでも流行り、既に何周かして混迷に期している異世界転生ものでも良く登場するこの奇跡の調味料。
彼女を褒めるならこのマヨネーズを使う時についつい多めに使ってしまう癖があるというところだけであろう。
そうやって朝の供物を食し終えた私はそう間を空けず私の聖域からの最後の扉を抜けさせられる。
極彩色の重荷を背負い目立つという利点のみのくだらない存在を被って私はその最後の扉を重い足取りで抜けた。
向かうのはただ近い年に生まれた近所の者達というだけの集団が集まる牢獄。私を守る為という理由で閉じられたその牢獄の門は同時に私の自由も奪っているのだが、その私の自由よりも世間からの批判を恐れる牢獄の指導者達は今日もその門の前で自らの巨大さに優越感を覚えながら気安く私に挨拶をして来るのだろう。
ただ私より先に生まれたというだけで己が調べ考え出した知識でもない与えられた知を我が物顔で演説する彼等の異常性に私と同じく重荷を背負って牢獄に向かう者達は全く気づいていない。
そんな思考の進みの緩い者達の中でまだましな存在が私が門を出た先で待っていた。
私より10ヶ月程先に生まれたせいで私よりも一回り体の大きい彼女は聖域の境界を示す開け放たれた門の向こうで私に手を振った。
手を振らずともデカいお前の存在には気付いている。
そう教えてやりたくもなるが体とは反比例して私程精神が成熟していない彼女にそれを伝えるのは酷な事だろう。
しかし生まれ出てもうすぐ10年という記念すべき日を向かえようとしている私はある真理に辿り着いたと感じている。
それは知恵は脂肪には宿らないという事だ。
彼女は別に周りと比べて特段無知という訳では無い。
ただ私以外の者達と同じ程度に低脳だと言うだけだ。
そして私との知識の差、その差の分が全て脂肪へと還元されたのだろう。
その脂肪の重さと同じだけの脳味噌と迄は言わないがせめて知への欲求は持って欲しいものだと私は彼女の笑顔を眺めながら心の中で語りかけた。
彼女との付き合いは小学校という名の牢獄に入ってからである。
それ迄は別の場所に住んでいたがこの地の牢獄の方が良い牢獄だという両親の判断で移り住んだ。
牢獄に良いも悪いも無いだろうと思うのだが学びの本質を理解していない彼等に出来る最大限の努力を無下にするのも忍び無いという仁の心で私は良いという牢獄へ通っている。
私の隣を歩く脂肪多き同い年の彼女。
その彼女を見ているとこの世界の無情なる真実に気付かずにはいられない。
それは女児は常に狙われているという事実。
通り過ぎる男達は老いも若きも彼女の顔と共に上半身の脂肪を見つめ、そして振り返って下半身の脂肪を見つめる。
それが男の本能だとしてもその視線には理性の欠片も無くただそこには押し倒し組み伏せて凌辱するという欲という名の悪意が在るのみ。
その悪意を誤魔化すように近所に住む大人は彼女の名を呼んで挨拶し、大人になる前の学生は見ていたわけでは無いと一度視線を逸らしてからすれ違いざまに襟元の隙間から見えるはずも無いその奥を見ようと凝視する。
最も性が悪いのは牢獄の同じ部屋に入れられた猿達である。
私と、いや私と比較するのはあまりにも可哀想なので、私の隣の脂肪に知恵を吸い取られた彼女と比べよう。
私と彼女の差は山脈と海底程あるのだが、その海底の彼女を基準としても猿達としか表現出来ない彼等。
揺れているものを見たら手を出さねば死ぬ呪いにでもかかっているとしか思えない執着心で毎日同じ時間同じ場所で彼女の後ろにまとめて括った髪の毛を引っ張っていく。
そして彼女の上半身の脂肪か下半身の脂肪についての悪態を吐き彼女に言い返されて逃げるように駆け出して行く。
何なのだろう。
私は毎日何を見せられているのだろう。
何の生産性もない無駄の極地の様な光景。
本当は彼女の脂肪に触れたいであろう猿達の構って欲しいと言う我が儘。
その欲求自体が彼女への敗北を意味する事を本能的に察知し何とかそれを誤魔化そうとマウントを取りに来る猿山的発想。
その全てが私の一瞬一瞬の儚い時を蝕んで行く。
一度本気で猿達の行動を理解しようと考えた事もある。
だが辿り着いたその答えの吐き気を催す様な汚さに気を失いそうになった。
思い出したくもない結論だが、ここで敢えてその事を告げるとするなら、猿達のそれはマーキングなのだ。
彼女は俺の物だ。
俺が手をつけたのだ。
だから他の雄猿は触るんじゃないと。
電柱に己の縄張りを誇示する犬の様に己の掌に尿を糞を唾液をつけ洗われる事なきその掌で培養された菌を彼女の髪の毛に擦り付けるのだ。
そして自分の菌で満たされた彼女を見て征服したと満足するのだ。
という結論について私はある情報を付け足して居なかった事に気づいた。
それは猿達の更に恐るべき性質についての情報だ。
そう猿達は精通するのだ。
大人や学生達が精通するのは知っている。
だが私と同じ10年目の者達も精通すると言う事に過去の私は気づいていなかった。
つまり猿達の掌には尿と糞と唾液だけでは無く、その絞り出した精液もつけられていて培養される菌を強化しているので在る。
つまり猿達は掌で彼女の髪に触れる事により擬似的に性行をしているのだ。
そしてその征服感に浸るのだ。
猿故に。
だがここで忘れてはならない事が一つある。
それは彼女だ。
彼女は猿達のその行動に怒りを持って応えるが、そこに真の怒りを見る事は出来ない。
猿達の悪態に悪態で怒りを返すもその後必ず私をチラリと見下ろす。
最初はそれが何か気が付かなかった。
だが何度も繰り返されるその行為の中で私は彼女の真意に気がついた。
若しやとは思ったが彼女はその時、私をチラリと見下ろす時、猿達の如く私にマウントしていたのだ。
猿達に毎日毎日ちょっかいを出される私というマウントを。
それはつまり猿達に価値があると見出されているのは自分だけで私は猿達に無価値だと判断されていますよと言う事なのだろう。
おいおいおいおいと私は閉口する。
猿に価値があると思われて嬉しいのか? それはつまり自分も猿であると言う事だぞ? 私は口を閉じたまま見上げた視線で彼女を諭すがそんなものは彼女には届かない。
これが山脈と海底の知恵の差なのだろう。
だがどうして彼女はこうなったのか? これは私の想像の範疇を超えないのだが彼女は恐らく初潮を迎えたのだ。
故に猿に一本近づいたのだ。
ホルモンと言う人を操る野生の力。
その力に抗うだけの知を持たない彼女は猿達に触れられ菌を移植される事でその瞬間だけではあるが猿へと退化するのだ。
まあそれも彼女の自由。
自分が人類なのか猿なのかは自分で決めるしかないのだから。
一通り彼女の猿達への悪態を聞かされた頃、私達は牢獄の門の前まで辿り着く。