第八話 視力検査
「オラと博士は売られたんすよ。オラは当時の主に、博士は……親に」
「子供を売るなんて……」
「博士は8歳までは両親と仲良く暮らしてたらしいっす。でも、9歳の誕生日に紋章が現れて、すべては変わったっす。博士が持っていた紋章は“鑑定の大紋章”。手の内に収めた物体の性質・材質を鑑定できる紋章っす」
「聞く限り、そこまで凄い紋章には思えないけど……あ! そっか、眼球は手に収められる」
「その通りっす。魔眼を作るには繊細な調合が必要っす。素体となる普通の眼球の情報をずっと把握して、必要な分だけ薬品を調合する。たった0.01mgのズレで、眼球は魔眼への道を閉ざしてしまう」
ただの眼球を魔眼にする技術、知恵、才能。
その全てを持ち合わせているのはナナシだけだ。
「魔眼作成に“鑑定の大紋章”は必須なんすよ。どこからか“空の玉座”は博士のことを知り、両親に交渉を持ちかけた。博士の両親は1億ゼラで博士を売ったっす。それから博士はずっと、暗い部屋で魔眼を作り続けたっす……」
「……」
親に売られ、戦争の道具を作らされる日々……それに嫌気を差して逃げてきたのだろうとエイジは推測する。
「エイジ……お願いっす。エイジは、最後まで博士の味方で居てほしいっす。もし、裏切るにしても、見捨てるにしても、どうか……博士の居ないところでしてほしいっす……」
エイジは笑い、ポンコの頭を撫でた。
「僕は裏切ることも見捨てることもしないよ。ナナシは僕に光をくれたんだ。暗い暗い世界から僕を引き上げてくれた恩人なんだよ。だから、その恩に報いるために……僕は絶対に彼女を〈ガルシア〉まで送り届ける」
エイジは左眼の眼帯に手を沿える。
(そうだ、まずは彼女を〈ガルシア〉に送り届けるのが先だ。それまでにできるだけ、この眼から勇者の経験を抽出する。そして彼女を〈ガルシア〉に送り届けた後、万全な状態で復讐に臨む……)
エイジの言葉を聞いていたのはポンコだけではなかった。
その言葉を盗み聞きしていた少女はゆっくりと瞼を下ろし、1週間振りに睡眠をとったのだった。
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夜が明けて、太陽も出てきたところでエイジは火を消し、座ったまま1時間程度の仮眠を取った。
そして目を覚ますと、
「おはようございます。エイジさん」
ポンコの小さな口から首だけ出しているナナシが居た。
「うわあああっ!?」
エイジは驚き、後ずさる。
よいしょ。とナナシはポンコから体を出した。
「なにを驚いているのですか。前に言ったでしょう、ポンコの口の中は異空間に繋がっていると」
ナナシはニヤニヤと笑っている。エイジを驚かす意図があったのは間違いない。
「ポンコの中に入れるなら、移動中はずっとポンコの中に居ればいいんじゃないの?」
「わたしの手を握ってください」
ナナシは右手を出してくる。
「……?」
エイジは言われた通り、ナナシの右手を握った。
「つめたっ!」
エイジは手をひっこめる。ナナシの手は氷のように冷たかった。
「ポンコの中にはわたしのラボがあり、魔眼が置いてあります。魔眼はマイナス30度以下の環境で保存しないと腐ってしまうので、ポンコの中はマイナス30度で保たれているのです」
「……なるほど。ポンコの中にずっといたら凍死しちゃうね」
「そういうことです」
話が1つ終わったところで、ナナシは視力検査でおなじみ黒いスプーンのようなもの(遮眼子)と、視力検査でおなじみ、様々な大きさのCマーク(ランドルト環)が書かれた紙を出した。
「それでは視力検査を行います」
「視力検査?」
「はい。これから毎朝、魔眼のメンテナンスとして視力検査と眼球検査をやりますよ」
ということで、エイジは左目を隠して視力検査を行う。
「これは?」
「右」
「これは?」
「左」
「これは?」
「左」
ナナシが次々と指すランドルト環の欠けている方向を言っていく。
「ふむ。右眼、予知眼の視力は2.5ですね。次、左」
今度は右眼を隠し、左眼を出す。
「これは?」
「上」
「これは?」
「下」
結果。
「視力3.0。やはり魔眼のランクで視力は変動しますね」
「視力はなるべく揃えたいところだね。両眼を開くと見づらい」
「記録眼の視力を下げるのは簡単ですが、低い方に合わせるのは嫌ですね。予知眼の視力をなんとか上げたいですけど……この環境下じゃ難しいです。ひとまず、視力の不揃いは我慢してください」
「わかった」
エイジは眼帯で左眼を隠す。
「さて、それじゃ〈ウミネコ〉に向かって出発しようか」
「いえ、その前に寄る場所があります。先ほどポンコに空から周囲を見てもらったのですが、面白いモノを見つけました」
「面白いモノ……悪い予感しかしないな」
「いえいえ、とってもわたしたちの利になるものです。ポンコ、案内お願いします」
「了解っす」
ポンコの誘導に従い、〈ウミネコ〉のある北東ではなく北西へ進んでいく。
坂を上り、草木をかき分け、着いた場所は殺風景な岩石地帯。
その中心には……巣があった。巣には白色の卵が4個、銀色の卵が1個、金色の卵が1個ある。どれも30cmはある。
エイジたちは茂みの中からそれを見る。
「あれは魔物コケドリの巣です」
「凄いね。銀の卵とか金の卵がある」
「銀の卵からは次の世代のクイーンが、金の卵からは次の世代のキングが生まれ、白の卵から産まれたただのコケドリたちはキングとクイーンに食われます」
「エグい……」
「あの卵を奪ってください。銀の卵は数万ゼラ、金の卵は数十万ゼラで売れます」
「無理だよ」
「おやおや、臆病ですね。怖いんですか?」
「そりゃ怖いさ。だって」
巣の前後には――体長4メートルはある巨大なニワトリが2匹立っている。片方は黄色、片方はピンク色だ。
2匹のコケドリは警備員の如く、周囲を警戒している。
「黄色のコケドリがキング、ピンクがクイーンですね」
「あんなの相手にしたら死んじゃうよ……」
さすがに勇者の記憶を使っても無事では済まないだろう。
「別に戦う必要はありません」
「じゃあどうするの?」
「盗むんです。気配を消し、巣に侵入して奪取するのです。第三勇者は暗殺者でした。彼の記憶を使って卵を盗んでください。後のことは……」
「眼に聞けって言うんでしょ……わかったよ」
エイジは左眼を隠す眼帯を外した。
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