第七話 泥被りの勇者
第一勇者・ファルコ=ホワイト。
性別は男。
所有する紋章は“泥王の大紋章”。
水魔術と土魔術の威力を大幅に上昇させる効果のある紋章だ。
彼は生粋の魔術師であり、水と土を組み合わせた泥魔術を使い敵を殲滅してきた。一国を沈められる規模の泥を生成できたと言われている。
5回の大厄災で最初の大厄災がもっとも苛烈だったと言われており、人口は10%以下まで減少した。絶望的な状況下で、彼は3人の仲間と手を組み、災王を打倒した。しかし、彼の最期は非情なものだった。
災王を倒した後、彼は英雄として民衆に迎えられはしなかった。災王を倒した彼の力を人々は恐れたのだ。事実その気になれば国を沈められる力だ、彼はなにもしていないのに後ろ指をさされた。
結局、人々は彼にありもしない罪を被せ、火刑に処した。
それでも彼は笑って許したと言われている。自分が死んで、平和が訪れるならそれでいいと、最期に仲間に言ったそうだ。
第一勇者・ファルコ=ホワイト。
彼がそう呼ばれるようになったのは、彼が死んでから500年後のことだった。
--歴史評論家アラン=カーシュネル著作 “勇ましき者と災いの王 第二章 泥被りの勇者ファースト”より抜粋--
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それは――とある魔術師の記憶。
必死に魔術に関する文献を読み漁り、血のにじむような魔術訓練を繰り返している。
必死に……必死に、涙を流しながらも彼は魔術を撃ちつづける。何日も、何十日も。
家族のため、友人のため、国のため。見知らぬ誰かのために……ずっと。
「うっ!?」
左眼から脳に痛みが走る。
エイジは左瞼を下ろし、右手を地面につけた。
「グゲェ!」
2匹のゴブリンソーサラーは同時に雷弾を撃ち出した。
「“土印・防破壁”」
エイジの前に土の壁が出現し、雷弾を防いだ。土壁は雷弾によってヒビを作る。
エイジはヒビの入った土壁を蹴破り、以前見た第二勇者の記憶を掘り起こしながら、ソーサラーゴブリンの1匹の頭を殴り潰した。
「げっ!?」
仲間がやられ逃げ腰になったもう1匹のソーサラーゴブリンは背を向ける。
エイジは背後からゴブリンの首を掴み上げ、握りつぶした。真紫の血が周囲に散らばる。
「凄いですね」
ナナシは拍手する。
「あれだけの土壁を出すには1年は修行が必要ですよ。それをあんな簡単に出しちゃうなんて」
「……勇者の記憶のおかげだよ。僕が凄いわけじゃない」
それは違う。とナナシは思う。
(バク転を見ただけでバク転をできるようになる人間なんて少数。魔術も同じ、見ただけでできるものじゃない。ましてや今の魔術の難易度はバク転よりさらに上のコークスクリュー並みです)
ナナシは目を細める。
(体術だけでなく、魔術までも模倣できた。惜しいですね……もしも紋章を持っていれば、勇者候補だったのに)
エイジはナナシの方を振り返る。
「え?」
ナナシはエイジを見て、エイジの左眼から流れる透明の液体を見て、困惑した。
「どうして泣いてるんですか?」
「いや……なんでだろうね」
エイジは頭に、さっき見た記憶を浮かべる。
「記憶で見た勇者がさ、とても……可哀そうに思えたんだ」
エイジは涙を拭い、眼帯を付けた。
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鬼道を暫く進んだところに、巨大な岩壁があった。
岩壁には多くの穴が掘ってある。人が5~6人入れるぐらいの穴だ。
「なんだろう、この穴ぼこ」
「これまでにここを訪れた人たちが掘った穴でしょう。テント穴ってやつです」
冒険者は岩壁に穴を開け、そこを宿として使うことが多くある。こういう穴をテント穴と呼ぶのだ。
「好都合ですね、使っちゃいましょう」
「ふぃ~、やっと休めるっす~」
エイジたちは穴の1つに入り、火を焚いて囲む。
(火を見るのも久しぶりだなぁ)
焚火を懐かしそうに見るエイジ。
火の中に……エイジは自分の故郷を思い出す。燃え盛る町並み、両親の姿を思い出す――
『エイジ! エリーゼを連れて逃げなさい!』
母親はそう言って、ザクロの前に立ち塞がった。
『エイジ……エリーゼを、守り抜け……!』
ザクロの攻撃からエイジを庇った父親はそう言った。
『お兄ちゃん……暗いよ、痛いよ……』
両眼と腹を爆撃された妹はエイジに抱き着きながらそう言った。
「……」
一方ナナシはウトウトと首を上下させていた。
「ナナシ。火は僕が見てるから、君は寝なよ」
「……そう……ですか、わかりました……お任せします……」
ナナシはエイジに背を向け横になり、すやすやと眠った。
「眠かったんだね」
「そりゃそうっすよ」
エイジの肩に乗ったポンコが返事する。
「博士が眠るの、多分……1週間振りぐらいっすからね」
「1週間……!?」
「“空の玉座”から脱走してずっと、博士が安心して眠れる場所はなかったっすから」
「脱走……ってことは、元々君たちは“空の玉座”に居たの?」
ポンコはエイジの肩から飛び降り、エイジの前に着地する。
「そうっす。でも勘違いしないでほしいっす。オラたちは望んであそこにいたわけじゃないっすから……」
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