第四話 勇者の記憶
それは、知らない誰かが見ていた景色。
視界の主はその拳で、足で、次々と屈強な男たちを倒していった。
エイジは、その動きを真似るように――体を動かした。
「目的は魔眼売りだけだ。邪魔する者は……始末する!!」
ダガーを持ち、先頭の男は襲い掛かってくる。
エイジは男の手首を捻り、ダガーを落とさせ、喉を手刀で突いた。
「うっ!?」
喉を押さえ、怯む男の腹を蹴り飛ばす。
「がっ!!」
男は廊下まで吹っ飛び、後頭部を壁に打ち付け気絶した。
(なんだ、コレ……)
エイジは武術を習った経験がない。
なのに、わかる。どうすれば人体を効率的に破壊できるかがわかる。
「やりやがったなテメェ!!」
他2人も襲い掛かってくるが、エイジは巧みに攻撃をいなしていく。
(ナイフの捌き方がわかる……知っている)
ダガーの攻撃はエイジに掠りもしない。
「なんだよ、こいつ!」
「攻撃が当たらねぇ!!」
エイジは隙を見せた侵入者1人の顔に拳を打ち込み、背中から襲いかかってきた男の腹には肘を入れる。拳を打ち込まれた方はそのまま倒れ、肘を入れられた方は膝を崩した。跪いた男の頭上に踵落しをぶち込み、意識を砕く。
3人の侵入者はあっという間に倒された。
(間違いない……これは、僕の知らない格闘家の記憶だ。僕の記憶じゃない)
この現状に一番驚いているのはエイジだ。
「魔眼の名は記録眼、メモリーカードとも呼ばれるモノです」
エイジの疑問を晴らそうとナナシが口を開く。
「ランクはC、能力はただ見た景色を瞳に焼き付け保存するだけ。しかし、その眼には5人の勇者の記憶が宿っている」
「5人の勇者……?」
「その記録眼は代々勇者に継がれてきたモノなんです。ゆえに状況に応じ、必要な勇者の記憶を眼から読み取り利用できる。それは……勇者の眼なのです」
タイプの違う5人の勇者、彼らが見てきた記憶をその眼は記録している。
魔術が必要な状況なら、魔術師だった勇者の記憶を取り出し、格闘術が必要なら格闘家だった勇者の記憶を引き出すことができる。
ゆえに、ただの記録眼であるこの眼は勇者の眼とも呼ばれる。
「いまあなたが使ったのは第二勇者の記憶でしょう。彼女は格闘家でしたからね」
エイジはその瞳でナナシを見た。
煌びやかな銀の髪は肩甲骨まで伸びて、毛先は跳ねている。
頭にはゴーグル。簡素なシャツの上に白衣を着ており、下にはスカートを履いている。
白衣は分厚いがそれでも細く見えるほど華奢だ。肌は白く、触らずとも滑らかであることがわかる。キリっとした目つき、瞳の色は鮮やかなグリーンだ。
欠点の無い容姿だ。
自分で美人だと言うだけある。身長が低いので美少女と言った方が正しいだろう。
「どうしました? わたしの顔をジロジロと見て……」
「いいや、君が……想像より綺麗だったから、つい見惚れちゃったんだ」
「そうですかそうですか、わたしが……は!?」
エイジはいま、久々に光を見たことでテンションが上がっている。
ゆえになんのフィルターも掛かっていない誉め言葉を言ってしまった。
ナンパなセリフなんていつもは笑って流せるナナシだが、あまりに真っすぐな言葉だったので、思わず言葉を詰まらせる。
「……そうですか。良かったです。視力は良好のようですね」
照れ隠しにナナシは言った。
エイジはそれからナナシの右肩に乗っているオレンジの竜に視線を移した。
「君は……ナナシの使い魔かな?」
「オラはポンコっす! 種族はドラゴン、よろしくっす!」
「僕はエイジって言うんだ。よろしくね――うっ!?」
眼から頭にかけてズキンと痛みが走る。たまらずエイジは左眼を閉じた。
「ふむ。やはり反動が強いですか。魔眼のランクは低いとは言え、取り出しているのは勇者の記憶ですからねぇ。慣れるまでは仕方がない」
エイジは両瞼を下ろし、ベッドに腰を落ち着ける。
ナナシとポンコは追手の3人を縄で縛った、
「さて」
ナナシはポンコの口に手を突っ込む。
「むごっ!?」
「えーっと、どの辺に入れたかな……」
「なにをしてるの?」
「こいつの口の中は亜空間で、わたしの研究所を内包しているんです。研究所にはわたしがこれまで作った魔眼が置いてあります。……あった、これですね」
ナナシは瓶詰にされた魔眼を取り出した。
金色の記録眼とは違い、青い魔眼だ。
「これは予知眼です」
「予知眼!? もしかして、未来が見えるの……?」
「ランクの高い予知眼なら遠い未来も見えるんですが、これは最低ランクの予知眼なので0.2秒後の未来しか見えません。感覚的には『めちゃくちゃ動体視力が良い眼』ってところですかね。ランクが低いから記録眼と違って反動もありません。これをあなたの右眼にしましょう。記録眼は反動が強いから、普段は眼帯で隠しましょうかね」
「2個も魔眼を貰っていいの?」
「記録眼は貸しているだけです。いつかは返してもらいますよ。
これからわたしは〈ガルシア中立国〉に向かいます。〈ガルシア〉にたどり着くまで、あなたにはこれらの魔眼を使ってわたしの護衛をしてもらいます」
「〈ガルシア〉……聞いたことがある。魔術師が多く住む、どこにも属さない独立国家だ」
「そう。あそこなら“空の玉座”も“紅の騎士団”も手を出せません。わたしの護衛を完遂してくれたなら、Dランク以下の魔眼を2個あげます。悪い条件じゃないでしょう?」
魔眼どころか、普通の眼を貰えるだけでも万々歳だ。
エイジの頭に断る選択肢はない。
「わかった。君を〈ガルシア〉まで送るよ」
エイジは「あれ?」と首を傾げる。
「こんな凄い魔眼があるなら君が使えばよくない?」
「魔眼には好みの血液型と星座がありまして、わたしは血液型が特殊過ぎて適合する魔眼がないんです」
「血液型はなんとなくわかるけど、星座も関わるんだ……」
「星座は魔術にとって重要なファクターの1つですよ」
「あと博士は物凄い運動音痴なんで、いくら強い魔眼を持ってもたかが知れてるっす――いててっ!」
ポンコはまた頬っぺたをつねられた。
(彼女は僕の故郷を滅ぼした男……ザクロが所属する“空の玉座”に追われている。彼女の近くに居れば、奴から来る可能性もある。この護衛は僕にメリットしかない)
「それでは、右瞼を開いてこっちを見てください」
ナナシはポンコの針を抜き、エイジに向ける。
「えーっと、も、もうやるの?」
予知眼を埋めるということは、同時に右眼を抜き取るということだ。
あの激痛が再来する。
「はい♪ 予知眼を埋め込みます。まずは右の目玉を抜き取って……」
「待って。心の準備をさせて……!」
目玉を抉られる痛みはエイジの心にトラウマを残している。
「これからこういう機会は少なくない。早めになれてください」
「目玉を抉られることに慣れてたまるか!」
「ほら、ジッとしていなさい、えいっ」
「うわあああああああああっっ!!?」
ナナシの指がエイジの眼に突っ込まれた。
「あ、すみません。麻酔針刺すの忘れてました」
すみませんで許されることじゃない。とツッコむ余裕はエイジにはなかった。
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エイジに魔眼の移植をしつつ、ナナシは先ほどの戦闘を振り返る。
(驚いた。まさかあんなにもあっさり勝利するとは)
エイジの右眼を保存液の入った瓶に入れる。
(記録眼を使ったからと言って、勇者の紋章が宿るわけでも、勇者が憑依するわけでもない。ただ記憶を見るだけ。教科書を読んでいるようなものです。でもこの男は記憶を見ただけで第二勇者の動きを模倣した……普通できることじゃない。これは面白い素材を手に入れたかもしれないですね……)
ナナシはくすりと笑い、エイジの右眼が入った瓶をポンコの口に入れた。
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