第三話 新たな光
「“空の玉座”という魔術師の組織がありまして、ザクロはそこの幹部です」
「“空の玉座”……」
聞いたことのない組織名だ。
(信じていいのか? この娘が言ってることは突飛なことばかりだ……でも、奴の手の甲にあった花模様の紋章を言い当てた。この情報の信憑性は高い)
エイジは口元を笑わせる。
「その組織を追っていけば、アイツにたどり着ける……! 仇を討てる!」
ようやく。
ようやく、仇へ一歩近づいた。
「どうやらあなたの目的は奴への復讐のようですね。やめた方が賢明ですよ」
ナナシは冷たく言い切る。
「奴の紋章の力は凶悪です。非魔術師じゃ、例え寝込みを襲っても返り討ちに遭うでしょう。直接奴と相対したならよくわかってるはずですが」
「……うん。それでも」
例え、返り討ちにあったとしても。
「やるしかないんだ。奴を殺さないと、僕は前に進めない。過去に囚われたままだ」
「殺されても構わないとでも言う気ですか?」
「刺し違えても殺す覚悟はある」
「……中々に重い覚悟ですね。1ミリだけ気に入りました」
ナナシの足音が近づいてくる。
「月並みな言葉で悪いですが、復讐なんてしたところでなにも得るものはないと思いますよ」
「前提を間違えてるよ。僕はなにかが欲しいわけじゃない……ただ消したいだけだ。胸の内にある、どす黒いモノを。何度目を逸らしても視界に入る、この黒く禍々しくおぞましく、ヘドロのような感情を……目なんてもう見えないはずなのに、その感情だけは視界にちらつくんだ」
ナナシは笑みをこぼす。
「益々気に入りました。1センチ……いや、1メートルぐらい気に入りましたよ。しかし残念ですね、このままではあなたはザクロにたどり着く前に、彼の部下に殺されるでしょう。だけど」
ナナシはエイジの体をベッドに押し倒し、右手の人差し指でエイジの額を押す。
「わたしが力を貸せば勝率1%にはなるかもしれませんね。あなた……わたしの騎士になりませんか?」
「ナイト……?」
「はい。わたしを護衛してくれるなら魔眼をくれてやってもいいですよ。わたしは孤独の身で、味方と言えば使い魔が1匹だけなんです。絶賛仲間募集中ってわけです」
胸に、柔い感触が当たる。
ナナシの服越しの乳房だ。はじめて触れる同年代の女子の胸にエイジは息を呑む。眼が見えていないからこそ、感触が鮮明に伝わる。
ナナシはエイジの眼の包帯を掴む。
「また、光が欲しいでしょう?」
ナナシの吐息が、首筋を撫でる。
「光……」
エイジが返事をする前に、部屋の窓がガンガンと叩かれた。
「まったく、タイミングの悪い……一体誰ですか」
足音が窓の方へ向かっていく。
ガラ。と窓を開く音が聞こえた。
「博士! 大変っす!」
ガラガラ声の少年の声が聞こえた。
「おっと、わたしの唯一のお仲間の登場です」
エイジにはその姿がわからないが、入ってきたのは竜だ。肩に乗れるぐらい小さい。
竜は背中から生えた翼を振り、空を飛んでいる。普通の竜と違う点は毛が針のように尖っていることだ。
「どうしましたポンコツ」
「ポンコツじゃなくてポンコっす! 自分でつけた名前間違えないでくださいっす!」
この竜はナナシの使い魔ポンコ。名前の由来はポンコツである。
「どっちでもいいでしょう。用件を言いなさい」
「どっちでもよくないっす! ――博士、“空の玉座”の連中がこの街に来ました。早く街を離れた方がいいっすよ!」
「ほんと、しつこい連中ですね……」
窓から差し込む月光と寒風。そして、
「魔眼売りの使い魔が逃げ込んだのはこの辺だ」
「魔眼売りのところへ行った可能性が高いな。となると、この宿が怪しい」
数人の足音と、男の声。
男たちの会話から察するに、ここに彼らを誘導してきたのはポンコのようだ。
「……ふぅむ、どうやらあなたのせいでわたしはピンチのようです」
「痛い! 痛いっす! 頬っぺたつねるのはやめてほしいっす!」
(本人だけでなく、第三者がハッキリ“魔眼売り”という単語を口にした。まさか本当に……)
「どうするっすか! 博士!」
「迎撃するしかないでしょう。わたしにはもう逃げる術がありません」
ナナシはエイジの包帯を剥がす。
「あなた、星座と血液型は?」
「えっと、星座はヒトデ座、血液型はX型だよ」
「――ッ!? 驚いた……なんという幸運。あなたならこの魔眼が使える」
「いたっ!」
眼の周りに棘が刺さったような痛みが走る。
「ポンコの針です。麻酔の役割があります。それでも痛いですが我慢してください。えいっ」
グリ。と左眼の裏側に、人の指の感触が滑り込んだ。
次に、灼熱の痛みがくる。
「があああああああうっっ!!!!?」
ナナシがエイジの眼に指を突っ込んだのだ。
通常なら失神するほどの激痛。しかし、ポンコの麻酔針で痛みは軽減されていてギリギリ意識は保てる。
生まれて初めての感触、左眼の部分から感覚が消えた。
「目玉を抉られたぐらいで大声出さないでください。男の子でしょう?」
「無茶苦茶言うな! っていうか、なんで僕の目玉を……」
もう使えない眼だが、それでも執着はある。
エイジは口に出しかけた文句をひっこめた。階段を上がってくる音が聞こえたからだ。
「今からあなたに魔眼をぶち込みます。魔眼の力で、奴らを迎撃してください」
「――魔眼なんて」
エイジは瞼を下ろす。
「ザクロを殺したいのでしょう? それなら、わたしのことを信じてください」
エイジは唾を飲みこむ。
ナナシの冷たい手が、頬に触れる。
「……本当に、魔眼があるの?」
「ありますよ」
「それを受け入れれば、奴に近づける?」
「もちろん。大いなる一歩を踏み出せるでしょう」
まだ、魔眼のことは信じられない。
例え信じたとして、魔眼を埋め込むなんて怖い。
心配や不安、疑心や恐怖、それらの感情が頭に渦巻く。
(僕は……)
――頭にザクロの顔が浮かんだ瞬間、すべての負の感情が吹っ飛んだ。
(奴を殺すためなら、なんだって受け入れてやる!!)
エイジは口を開く。
「君のことを信じる。僕に、光をくれ!!」
「いいでしょう。とびっきりの極光をくれてやります」
ゴリ、となにかを目にぶっこまれた。
エイジは左眼を左手で塞ぎつつ、立ち上がる。同時に、部屋の扉が乱雑に開けられた。
「――いた! 見つけたぞ、魔眼売り!!」
エイジは声の方を向き、ゆっくりと瞼を開いた。
「ああ……あぁ!!」
危機的な状況なのに、エイジは喜びから声を上げてしまった。
(見える、視える、観える!! 男が3人、みえるぞ!)
久々に見た光。
だが喜んでられるのも束の間、男たちは短剣を抜き、エイジに向ける。
「なんだお前は? 魔眼売りの仲間か!」
(ど、どうしよう……眼が見えても、1対3で勝てるはずがない!)
エイジは日々筋トレは欠かさなかったが、戦闘訓練を受けたことはない。
しかも久々の光のある世界、まだ慣れない。
頼れるのは――魔眼のみ。
「ナナシ! この魔眼どうやって使うの!?」
エイジは敵から視線を外さずに聞く。
「わたしに聞かないでください」
「えぇ!?」
「眼に、聞きなさい!」
(眼に聞く?? いったい、なにを言って――)
焦りから瞬きをした時、
知らない景色が目の前に広がった。
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