プロローグ 最後の景色
燃え盛る町並み。
もう止めようのない炎の渦の中、少年は少女を抱きしめていた。
少女にはもう――息はない。
少年の前にはガタイの良い男が立っている。
「今からお前の両眼を爆破する」
30歳ほどに見える外見とは裏腹に、高い声だ。
男は右手の甲を見せる。そこには赤い紋章がある。満開の花のような紋章だ。
紋章は魔術師である証だ。紋章のない少年はその紋章を見て、勝ち目がないことを悟った。
「大切な者を全て失い、光すらも失った世界で……絶望の中、惨めに生きるといい」
強者の遊びだ。
ただの道楽。彼が少年を殺さないことに意味なんてない。彼が少年の眼だけを壊すことに意味はない。
鳥の羽を毟って野に放つ子供のような、無邪気な悪意だ。
「さぁ選べ少年」
男の紋章が輝く。
「最後にその瞳に映すのは、その娘か? それとも……仇の顔か?」
少年は涙を流しながら笑い、顔を上げた。
少年が瞳に映したのは――男の顔だった。
黒の祭服を着た男。金髪のオールバックで、瞳の色は血のような赤だ。
肌の色は白、唇と目元には黒い口紅を塗っている。
男は少年の視線の行方を見て、愉快気に笑った。
「――よかろう」
少年の両眼の角膜が爆発した。
両眼は火傷を負い、二度と外の景色を映すことはなくなった。
少年――エイジ=ストラドルは、最後に男の顔を目に焼き付けた。