石拾い
秋の日の海岸は寂しくて、一人で歩いていると、どうしてこんな所にいるんだろう、と考えてしまう。ショウタはまだ小学二年生なのに、くりくりとした黒目勝ちの目で、こんな夕暮れに、どんどん暗くなってゆく水面を見つめている。ああそうか、と彼は思い出す。
ショウタは、石を拾いに来たのだった。海辺の岸に落ちている丸い石は、つるつるしていてぴかぴかだ。山から川に流れ出て旅した石は、転がり転がり角が取れて、最後には波に洗われてすべるような肌をしている。手にすると昼の太陽にさらされた石は、ほんのりとした温もりを与えてくれるのだ。
薄緑色や、かすれたような黄色、鼠色とか綺麗に光を反射する黒、雲母のような白い色もある。なめらかな丸みを二個、手に包み、ころころと両手の間で転がしてみる。何とも言えない乾いた良い音がして、彼はそのまま短パンのポケットに入れて家に持ち帰ったものだった。自分の机の上にひとつずつ並べては、角度を変えながら見比べてみる。それからお菓子の缶に入れて、前に拾った石と一緒に、じっと目を凝らして飽かず眺めていた。
今もひとつ、見つけた。今度は元々がガラスだったようで、不透明な水色が陽の光を鈍く反射している。「わあ」と声を漏らし、ショウタは指でつまんだ石を眼前でためつすがめつした。そうして、長い長い時間をかけて集めた石を、彼はていねいに積み上げはじめる。砂利の上ではうまく積めないので、砂場に石を運んで一個ずつ丁寧に載せていく。
もうすぐに出来上がりそうな三角の小山を、満足気にショウタが見ていると、やがてアイツがやって来る。その男はにこにこと笑っているように見えるけれど、ほんとうは笑っていなくて、無精ひげの生えた顎を突き出してのっそりと歩いてくる。
いつもは、そいつがショウタの傍らに立つと、やおら足を振り上げて作りかけの石の山を突き崩してしまう。その時のあいつは恐ろしい形相をしていて、まるでバケモノのようだ。男は青黒い顔をして、ショウタが茫然とするのを楽しそうに眺めるのだ。この男は今もショウタをいじめているけれど、彼が家に帰ることができなくなるようにしたヤツでもある。
今もやって来たアイツが、ショウタの大事な石を蹴散らそうとする。けれど、今日はちょっと様子が違った。声が聞こえてきたのだ。懐かしい声だ。
「ショウタ、犯人が捕まったよ」
男の向こう側に、涙を浮かべて手を合わせる母の姿が、ショウタにはぼんやりと見えた。足元には手向けられた花束がある。
恐ろしい男の姿が、どんどんと崩れてゆく。指がぐずぐずになり、手や腕も溶けて、やがては顔も目鼻の見分けがつかなくなっていった。バケモノのような男はとっても口惜しそうな顔をして、じたばたと両手を振りまわす。地獄へ落とされるのを拒んで、男はとうとう本物のバケモノになった。そうしてどろどろになり、地に食われていった。
「おかあさん」
ショウタの声が聞こえるはずはないけれど、母は目を閉じ、静かにうなずいた。海岸で見つけたきれいな石を両手いっぱいに抱えて、ショウタの身体はキラキラした光に包まれ、やがてはうれしそうに笑いながら消えてゆく。