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スマートフォンのアラームが鳴った。
アラームを止めた俺は、次の瞬間妙に体が軽いことに気付いて、ちょっとびっくりする。
起き上がったら、そのままの勢いで体が浮き上がるんじゃないかなんて、ついそんな馬鹿なことを考えてしまった。
きっと昨日の温泉のおかげだろう。
暑い中ずっと外にいるし、この旅で思った以上に体が疲れていた筈だけど、その疲れはすっかり取れている。
おかげで今日はたくさん自転車を漕げそうなのに、もうすぐこの旅が終わってしまうと思ったら、急に起き上がる気が失せた。
このまま先に進んだら、母さんの言う通り、あと二、三日でおばあちゃん家に着く。
『本当の自分』を見付けられないまま、この時間が――旅が終わってしまう。
それは嫌だった。ここでぐずぐずしていたって、見付かる訳じゃないだろうけど、先に進んだら確実にこの旅は終わる。
それならいっそ遠回りして、この旅を長引かせるのはどうだろうか。
とりあえず時間は稼げるし。
俺がタオルケットを被ったまま悶々としていると、テントの向こうからルアが話し掛けてきた。
「カイ? どうかした?」
いつもはアラームが鳴った後すぐにテントを出ているから、俺がなかなか出て来ないのを不審に思ったみたいだ。
俺は横になったまま、テント越しに答える。
「今日は、こっから出たくねえ気分なんだ」
「どうしたの? 具合でも悪い?」
心配そうな声で訊いてくるキランに、俺は答えた。
「大丈夫。ちょっとやる気が出ねえだけだから」
「何があったか知らないけど、とりあえず出て来たら? この辺り人は少ないみたいだけど、もう日も昇ってるし、ずっとそこにいる訳には行かないでしょ?」
ルアの言う通り、いくら無人駅とはいえ、駅の横にずっとテントを張っているのも良くないだろう。
時々は鉄道会社の人が見回りに来たりするのかも知れないし、見付かって揉めるのは避けたい。
俺は渋々起き上がると、タオルケットや懐中電灯をリュックにしまって、テントのファスナーを開けた。
キランもルアも気遣わしげな目を俺に向けていて、心配してくれているのがよくわかる。
俺がスニーカーを履きながら、キランとルアに朝の挨拶をすると、二人も挨拶を返してくれて、テントを畳むのを手伝ってくれた。
「具合は悪くないって言うのは本当みたいだね」
ルアがテントを固定する杭を引き抜きながら、安心したようにそう言うと、キランが訊いてくる。
「急にどうしたの? おばあちゃんに会いたくなくなったの?」
「そういう訳じゃねえんだけど……」
馬鹿にされそうな気がして、適当に誤魔化すことも考えたけど、俺は正直に話すことにした。
嘘でうやむやにしたら、これから先もずっと嘘を吐き続けることになりそうな気がする。
せっかく楽しい旅なのに、台無しになんてしたくなかった。
「……実はさ、俺『自分探し』をするために旅に出たんだ。でももうすぐ旅が終わるのに、まだ『本当の自分』が見付からなくて、それで先に進めなくなっちゃったんだよ」
勇気を出してそう話すと、キランもルアもきょとんとした顔で俺を見てきた。
キラン達には「自分探しをする」という発想がないのかも知れない。
意外な反応だったけど、笑われたり、馬鹿にされたりするよりはずっとマシだった。
ほっとしていると、キランが最後の杭を引き抜きながら不思議そうに言う。
「『自分探し』って、カイはここにいるじゃない。どうして探しに行く必要があるの?」
「確かに俺はここにいるんだけど、普段の俺とは違う俺を探したいんだよ」
俺はテントを畳みながらそう答えた。