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俺と『悟(さとり)』の夏休み  作者: 佳景(かけい)
旅、一日目
4/61

―4―

 俺の家があるのは神奈川県でも田舎の、相模湖の近くだ。


 俺は神奈川県道五一七号奥牧野相模湖線から国道四一二号線に入ったけど、この辺は四方を山に囲まれているから、多少走ったくらいじゃ景色はあまり変わらない。


 おかげで気を散らすようなこともなく、運転に集中できた。


 昨日慣らし運転をしてはいたけど、ロードバイクは今まで乗っていた自転車とは勝手が違って、まだちょっと怖い。


 サドルの位置がハンドルより高いから、どうしても前傾姿勢になるし、足を伸ばしても爪先がアスファルトにギリギリ付くかどうかで、ちょっとバランスを崩すだけで簡単に自転車ごとひっくり返ってしまいそうだ。


 もう少しサドルの位置を下げてもらおうとしたけど、お店の人が言うには「これくらいの高さが丁度いい」らしい。


 こんな走り難い自転車が長旅に向いているなんて、何かの冗談みたいだ。


 だんだん気温も上がってきたし、俺はちょっと休憩しようと、車道を出てコンビニの前で自転車を()めた。


 スタンドを立てると、しっかりとチェーンを付ける。


 七万円程度と、ロードバイクの中では手頃な値段の自転車だけど、数万円で買えるママチャリに比べたら十分高いし、何よりこの自転車が盗まれたら旅が続けられなくなってしまう。


 チェーンの鍵が掛かっていることを何度も確認してから、俺はコンビニのドアを押し開けた。


 中はちょっと寒いくらいにエアコンが効いていて、体の中は熱いままだけど、体の表面だけでも冷えて、少し楽になる。


 俺は通路の脇に積まれたカゴを手に取ると、ミネラルウォーターのペットボトルを入れた。


 それからトイレの前の洗面所ですっかり温くなったタオルを水で濡らしてよく絞ると、スマートフォンの自転車用地図アプリで道順を確かめてから会計を済ませる。


 コンビニを出て自転車を確認すると、自転車は俺がさっき駐めたところにちゃんとあった。


 俺はほっとして小さく息を吐いてから、ペットボトルを開けて、サイクルボトルに水を補充していく。


 「水分補給はペットボトルではなく、専用のサイクルボトルを用意した方がいい」とネットに書いてあったから、その通りにしてみた。


 ペットボトルだと信号待ちの間に水分補給がしたくなった時、キャップを開けている間に信号が変わってしまったり、キャップを失くしてしまった時に困るなど、いろいろと不便らしい。


 本当はミネラルウォーターはあまり好きじゃないけど、それでもサイクルボトルにミネラルウォーターを入れているのは、「水分補給に使えるだけでなく、頭や体に掛けて体温を下げるのにも使えるから」だ。


 「予備のサイクルボトルにはスポーツドリンクを入れておくといい」とも書いてあったから、リュックのポケットに入っている予備のサイクルボトルにはスポーツドリンクを入れてあった。


 他にもっといいやり方があるのかも知れないけど、右も左もわからない俺みたいな初心者は、まずは経験者のやり方を真似てみた方がいいだろう。


 俺はサイクルボトルをボトルケージに戻すと、チェーンとスタンドを外した。


 自転車に乗って車道に出ると、少し走った所で赤信号に引っ掛かる。


 首のタオルが早速温くなってくるのを感じながら、信号が変わるのを待っていると、急に横から話し掛けられた。


「お兄さん、自転車旅行してるの?」


 俺が声の方に視線を向けると、すぐそこにある横断歩道の前におばあさんが立っていた。


 年は七十代くらいだろうか。真っ白な髪をショートカットにした、笑顔が優しい人だった。


 少しだけ愛知のおばあちゃんに似ている気がする。


 いきなり話し掛けられてちょっとびっくりしたけど、俺くらいの孫がいてもおかしくない年代の人だから、気安さが出たのかも知れなかった。


 でも俺は、知らない人と話すのはそんなに得意じゃない。


 だけど無視するのも悪い気がして、言った。


「おばあちゃん家に行くところなんです」

「まあ、この暑いのに大変ねえ」


 おばあさんはそう言うと、バッグの財布から五百円玉を取り出し、俺に向かって差し出した。


「こう暑いと飲み物代も馬鹿にならないでしょ。少ないけど、足しにして」


 ラッキーと言えばラッキーだけど、俺としては正直戸惑いの方が大きかった。


 小銭とはいえ、見ず知らずの人からお金をもらったりしていいんだろうか。


「ホントにいいんですか?」

「どうぞ」


 俺は少し迷ったけど、横断歩道の信号が点滅し始めたのを見て、おばあさんから五百円玉を受け取った。


「ありがとうございます」

「気を付けてね」


 おばあさんは笑顔を残すと、急ぎ足で横断歩道を渡って行った。


 その小さな後ろ姿を見送りながら、俺は胸がほんのりと温かくなるのを感じる。


 名前も知らない俺に親切にしてもらったことが、こんなにも嬉しい。

 

 やっぱり旅に出て良かった。

 

 俺が五百円玉を大事にリュックのポケットにしまった時、車側の信号が青に変わった。







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