偽の恋人VS美容院
基本的には、陸斗と千香の視点を一話ごとに入れ替えていく予定です。今回は千香視点です。
「いらしゃいませー」
と店員の明るい声がする。
「うぅ、助けて」
「ち、千香腕に捕まるな。助けてほしいのは僕も一緒だ」
私が緊張のあまり、陸斗の腕に捕まると、陸斗はそう言った。うん、ごめん陸斗。あんたの足も震えているね。
「ご予約の方はされてますか?」
店員の声に私達は背筋をピクリとさせた。
「ひゃい、白川です」
私はつい噛んでしまった。
「白川様ですね、お待ちしてました。こちらへどうぞ」
店員に言われるままに案内される。
「彼氏さんは、こちらに。彼女さんはこちらでお掛けください」
席に案内された私達だったが、
「彼氏……」
「彼女……」
店員が言った、彼氏と彼女という単語の強さに私達は呆然としていた。偽物とはいえ私達はそういう関係なのだとは、頭では理解していた。しかし、いざ人から言われるとなんというか、恥ずかしかったり、嬉しかったり、切なかったりとありとあらゆる感情がごちゃまぜになった、変な気持ちだった。
「彼女さんは、どうなさりますか?」
席に座った私に、見るからに住む世界が違う金髪の美容師のお姉さんが、どう切って欲しいか聞いてきた。私は、当初の予定通り、
「彼に……おまかせします」
と言って私は、陸斗の方を指した。
「あう」
せっかく偽の恋人をするのだから見た目は、お互い見た目は好みのほうがいいよねということで、昨日決めたのだが、陸斗は慌ててた。
「ほほう、じゃあ彼氏くんにどういう髪型が好きか聞いてくるね」
お姉さんは、嬉しそうな顔をして陸斗の方へ向かった。さて、私は陸斗が来るまで休みま……
「彼女ちゃんは、彼氏くんにどういう髪型してほしいの?」
「あう」
陸斗と同じ声が出てしまった。私にも聞かれるということをすっかり忘れていた。陸斗の担当のチャラ男あらためお兄さんに見せてもらったヘアスタイル本から、私好みの髪型をお願いした。
「ふふふ、お姉さんが可愛くして上げるからね」
陸斗のとこから帰ってきたお姉さんは嬉しそうにそう言った。
「彼氏くんとは、どこで出会ったの?」
「が、が、学校です」
「彼氏くんとは、いつから付き合ってるの?」
「き、昨日です」
「おー、付き合いたてほやほやかー」
美容師怖い。なんか、すごい質問してくる。宇宙人なんじゃないかなこの人達。とりあえず、陸斗に助けを……
「今日は初デートなのか。俺が、イケメンにしてやるからな」
「は、はい」
陸斗も私と同じ怯えた目をしていた。
「はーい、完成!」
お姉さんの声で私は鏡を見る。胸のあたりまで伸びていた髪が肩ぐらいの長さになっただけなのに、なぜか以前の私より、すごく可愛く見えた。
「これが、私……」
「そうよ、とっても可愛くなったでしょ。彼氏くんもビックリすると思うよ」
あまりの変わりように驚いて、お姉さんの言葉に私は返す言葉もなかった。
私が魂が抜けてたのに気づいたお姉さんは、
「今日は特別よ」
と言って、私の顔にメイクを始めたのだった。
魂が戻ってきて、もう一度鏡を見るとメイクでより可愛くなった私がいた。また、魂が抜けそうになったがお姉さんが、
「はい、彼氏くんのところに行くよ」
と言って私を引っ張って行った。その強引さ、やはり美容師住む世界が違う。
「はいはーい、連れてきたよ」
お姉さんに連れられて、入り口のとこまで戻ってくると、陸斗らしい人物がいた。
陸斗らしいというのは、この人はさっきまでの陸斗の服を着ているのだけど見た目が陸斗ではないのだ。天王寺君みたいにスポーツマンという言葉が、似合う気がする。男にしては、長かった髪を切るだけで、ここまで爽やかになるとは意外な発見だった。
「どうよ彼女ちゃん、イケメンになっただろ」
チャラ男じゃなくて美容師のお兄さんが嬉しそうに言ってきた。
「は、はい。爽やかになっていいと思います」
私が答えると、陸斗は顔を赤らめそっぽを向いた。そんな陸斗を見ていたら私まで恥ずかしくなってしまった。
「彼氏くん、彼氏くん。そっぽ向いてないで、ちゃんと彼女ちゃんの方を見てあげな。可愛いでしょ」
お姉さんは、陸斗にグイグイ近づいてくる。陸斗も私と同じ、コミュ障。お姉さんが、グイグイ来たのでかなりキャパオーバーになっていた。
「ねぇ、どう?」
としつこく来る、お姉さんに負け陸斗はこっちを向いたが。すぐに、そっぽを向いて
「可愛いです」
と顔を茹でダコと同じくらい赤くして答えた。
「お会計で」
陸斗の答えに私も恥ずかしくなってしまい、お会計という最終手段で逃げることにした。
その、お会計だが私はいつもの2倍、後で聞いたところ陸斗は、普段の5倍の金額だった。都会の美容院の高さを思い知った。お姉さん達にまた来てねと言われたが、この金額は行くのに勇気がいるな。
美容院を出て、私達は5分ほど一言も話さず歩いて公園のベンチに座り
「「あああ、死ぬ~」」
と魂の叫びが出た。