偽の恋人、都会に行く
「「お、おはよう」」
挨拶を交わしたが……気まずい。ぶつかった相手が千香だというのもそうだが、出会った場所が最寄り駅ていうのが余計にまずい。僕と似たような思考回路をもつ千香のことだから、翠駅で、
「待った?」
「こっちも今来たところだよ」
みたいなやり取りをする予定だったんだろう。うん、僕はやる予定だった。
お互い、無言のまま電車に乗る。土曜日だから空いてる席もいくつかあったんだけど、お互い気まずくて端っこの方で立っていた。このまま沈黙の時間が続くのは嫌だったので、僕は話題を探すがロクに思いつかず時間だけが過ぎていった。
沈黙を破ったのは千香の方だった。
「ねぇ、り、陸斗。あなた、なんでそんなボサボサの髪してるの?」
うっ、一番聞かれたくないことを聞かれた。
「寝坊して、髪整える時間がなかった」
「り、陸斗。仮にもデートなんだから、身だしなみくらい整えなさいよ」
という千香の言葉に僕は、ん?と首をかしげたくなった。千香は、僕の寝癖みたいに変なところはないけど、メイクはしてないしおしゃれではなかった。なにより……
「それだったら、ち、千香だって中学生みたいなかっこ……」
よく考えろ、僕。千香の今日の格好は、千香が精一杯おしゃれした格好なのかもしれない。うんこれ以上言うのは、千香のためにもやめておこう。
「なにかしら、り、陸斗」
「いや、なんでもない」
と言いつつ僕は、千香の服をちらりと見てしまった。千香は僕の視線に気づき自分の服を見た後、顔を真っ赤にした後、
「ち、違うの今日の中学生みたい格好は、精一杯おしゃれしようと思ったら。迷走しちゃって、いつもはもっとましな格好してるの……うぅ、陸斗のバカァ」
いやなんで僕が罵られてるんだ。
「ねぇ、陸斗。今日はこの辺にして帰らない?」
翠駅についた途端、千香がそんなことを言い出した。
「うん、賛成だよ。帰ろう」
いつもは、翠駅の反対側の郊外の学校に通っている僕たちにとって県で一番の都会である翠駅周辺というのは、僕たちには悪影響なくらいおしゃれだった。さらに、僕は髪がボサボサ、千香は服が中学生。そんな状態でオシャレな街にいるなんて、一種の羞恥プレイではないのだろうか。
「私が言い出したとはいえ、そうじゃないでしょ。私達の目的を忘れたの?」
そうだった。僕たちの目的は、僕たちを振った星野と天王寺に後悔させることなんだから、こんなところで怖気付くわけにはいかない。
「それでは、作戦の第一段階、見た目を良くするを決行するぞ」
「おー」
昨日、千香と作戦会議をした時に現状の僕たちの冴えない見た目だと、イチャイチャしても、羨ましがられるどころか陰キャカップルとバカにされる気がした。なので、見た目さえ良くなれば、なんとかなるのではと思った。なので、今日はオシャレな街で見た目を磨くと千香と決めた。
なのだが、
「うぅ、り、陸斗ー。怖いよー」
「ぼ、僕もだ。こんなキラキラした場所に入るなら、遅刻してもいいから寝癖を直せばよかったと、ひたすら後悔している」
僕たちは最初の目的地、美容院の前で建物の放つオシャレオーラに怯えていた。