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治し屋  作者: 玖山李緒
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第4話 太田悟

 日曜の昼下がり、晴天、そしてショッピングモールとくれば、多くの家族連れがさも当たり前の様に平和を満喫している姿が瞳に飛び込んでくる。

 早くに事故で家族を亡くした僕にとって、このシチュエーションは羨しくもあり、もう二度と戻らないという寂しさを同時に呼び起こす。なので今まで、どちらかというと苦手な場所の分類に入り敬遠してきた。

 そんな僕が、何故こんな所に好き好んでいるかというと……()()である。

 とは言っても、現在の本業は大学生なのでアルバイトと付け足しておこう。

 更に付け足すと、ショッピングモール内で働いているわけでは無い。

 話を戻そう。

 そう、『何故ここにいるか?』である。

 その答えの元凶が、満面の笑みで前方から接近してくる。

「待たせたねっ!優君」

 そこには、綺麗な黒髪をツイスト巻きでふわりとウェービーにし、ダークブルーで透かし彫りの入った長袖のAラインプルオーバーワンピースを身に纏い、黒のスエード調レースアップハイヒールでコーディネートされた大人美女が現れた。

 そう彼女こそが、この状況を作り出した元凶、我が雇用主様だ。

「いえ。それでルカさんは何を買ったのですか?」

 先程、少しここで待つよう言われたので、ルカが今右手に持っている紙袋に何を入手したのか疑問に思い尋ねる。

 ウインクしながら右手の人差し指を立て、僕の唇にそっと触れさる。

「それはひ・み・つ!」

 これ以上野暮な事は何も言うな、というジェスチャーを決める。

 そんな彼女の何気ない動作に、ドキドキ一割、これから起こるであろう事象に溜息を九割持って行かれる。

 何故ならば控えめに言っても、ルカは美人という表現を逸脱した美人である。そんな彼女がただ歩くだけで目立たない訳が無い。ましてや人気の多い、ショッピングモールなら尚更である。

 痛い、痛い、痛い、勿論物理的にではない、これは周りに居る人達(主に男性)の視線である。

 それらの多くが、好意的な視線をルカに降り注ぐと同時に、『羨ましい』だとか『何故あんな奴が一緒に……』だとか『チビがっ……』という、羨望と殺意に満ちたどす黒い何かで埋め尽くされる。

 他人の悪意に晒されるというのは、精神衛生上も負荷が多く掛かりどっと疲労感に襲われるので、出来るなら避けたいものである。

 しかしルカ本人にその自覚が無く、やたらと僕にスキンシップを取ろうとするから尚厄介である。

 そんなルカに何故付き従って、わざわざここにいるかというと。

 彼女は、ここのショッピングモールに入っているケーキ屋のレアチーズケーキが大の好物らしく『サッパリとしているが、チーズのクリーミーさをこの店以上に感じられるレアチーズケーキを食べた事がない、是非とも優君に食べさせてあげよう』という好意までは良かったのだが……。

 如何せんルカは超絶天才的な方向音痴である、少し前にルカの家から十五分の場所に行くのに二時間掛かったなんて事があった。しかも自力で辿り着けず、最終タクシーで乗り付ける始末である。

 今日も勢い勇んで飛び出そうとしていた所を、無理やり止めてお供しますという流れになった次第でございます。

 だってあのまま放っておけば、三日位は平気で彷徨いそうな予感がしましたので……。

「ここだっ、ここだよっ!」

 そんな僕の気苦労などつゆ知らず、子供の様にはしゃぐルカが目的の店を見つけ僕へ報告する。

「凄い混んでますね……」

 そこには店舗に収まらない人達が、長蛇の列を形成していた。

「さぁ、私達も早く並ぼう」

 促されるまま最後尾に足を運ぶ。

「うわ~、これ何人いるんだろう……」

「何を言ってるんだい優君!チーズケーキが待ってるんだよ、こんな所で値を上げていてどうするんだい?何事も苦難の末に喜びが待っているものだよ!はっはっはー、チーズケーキ♪チーズケーキ♪チーズケーキ♪」

 訳の分からないチーズケーキの歌を口ずさみ出したので、かなりの上機嫌というのは十二分理解できたが、如何せん周りの目が痛いので早々に白旗を上げる。

「分かりましたから、謝りますから、ごめんなさい、そのチーズケーキハイを抑えて下さいっ!」

「分かればいいんだよ、分かればねフフフ」

 妙なテンションで盛り上がるルカを、何とか平謝りで許して貰いその迸るパトスを鎮静化して頂いた。

「帰りたい……」

「何か言ったかい?」

「いえ何も。チーズケーキ楽しみだなー、早く食べたいなー……」


  ◆


 あれからたっぷり一時間並んだ末に、チーズケーキをホールで購入し無事帰還した。

 いや、この状態を無事と言ってしまってもいいのだろうか?

 ルカの暴走と、周りの視線に晒されて恥ずかしさと疲労で満身創痍といった具合である。

「いやーイイ買い物ができたね!」

「……それは……よかったですね……」

「ではでは早速頂こうかね。っとその前に」

 そういうとキッチンへ向かい、手際よく何かの準備を始める。

「何をしてるんですか?」

「美味しいケーキには、美味しいお茶だよ!もっとも今日は珈琲だがね」

 そういうと、棚から珈琲豆を取り出してミルで豆を挽き始めた。

「いい香りですね」

 部屋中に珈琲のいい香りが漂う。

「実はこれオリジナルの豆でね、ここまで来るのに中々苦労したんだよ」

「へぇー」

「この豆の挽き方でも味が変化するんだよ、まぁちょっと待っていなさい」

 すると、カップにセットされたフィルタに挽いた豆を入れ、沸いたお湯をドリップさせる。

「さっきよりも更に、香りが心地いいですね」

「ふふふ、さーてそろそろケーキを切り分けてくれないかな?」

「はい分かりました」


「それでは」

「「いただきます」」

 僕はまず珈琲を一口頂く。

「美味しいっ!」

 その味わいに思わず感嘆の声が漏れてしまう。

「お口に合って何よりだよ」

 そう言ってルカも、カップを上品に傾け珈琲を飲み始めた。

 その姿は深窓の令嬢といった風貌を醸し出し、それがまるで一枚の絵画の様にぴったりと世界に嵌まり込み、僕の現実感を一気に喪失させる。

 そんな刹那にふと異変を感じ、視線をルカのお皿に移すと、まだ有るべき存在が姿を消失させていた。

「あれ?ルカさんチーズケーキは?」

「さっ、次に行こうか!」

 瞬殺である……。

 僅かに目を離した隙に、彼女はチーズケーキを平らげてしまった。

「優君も早く食べないと無くなるよ!」

「いやいや普通、そんなに早く無くならないと思うのですが……」

「チーズケーキだけに甘いね」

「そんなに上手くないです……」

 そんな下らないやり取りを行っているうちに、彼女は次のピースへ魔の手を伸ばしていた。

「相変わらずここのクオリティーは高いね」

「その上品な食べ方で、何故そんな速さが出せるんだ……」

 と馬鹿な掛け合いは置いといて、僕も一口食べてみる。

「美味しい!確かにこれは今まで食べた中でもダントツですね」

「そうだろう、そうだろう、これに出会うのにそれなりに時間は費やしたからね」

 しばし二人共無言で、良質の美味を堪能していると唐突に声が聞こえてきた。

「すいませーん」

 低めのよく通る男性の声である。

「お客さんかな?」

「そうですね」

 そう言うと僕達は居住区のドアを開け、急ぎ教会側へ歩を進めた。

「「熊だっ!!」」

 思わず二人共ハモッテしまった。

 そこには勿論本物の熊ではなくて、黒の短髪で百八十センチ超の体格のがっちりした巨漢が、ヨレヨレの紺色のスーツを着て立っていた。

「いやいや人間なんだが」

「あいえ、すみません」

 見掛けに反して、穏やかに否定する男性に僕は急いで謝罪をする。

「それでご用件は?」

「今は営業中?」

「はい」

「それじゃあ、珈琲を一杯お願いしよう」

「はい?」

 ルカが必死で笑いを堪えるのを横目に、僕が慌てて男性のフォローに入る。

「すみません、ここはカフェじゃないです」

「いやー申し訳ない、この建物の前を通っていたらとても美味しそうな珈琲の香りが漂っていて、佇まいが民家じゃなかったからもしかしたらカフェなのかと思って入ってきてしまった」

 見た目とは裏腹に、照れ隠しで頭をポリポリとかく姿は、人懐っこさを感じられた。

「そんなに匂いが漏れてましたか?」

「実は珈琲には目が無くてね、コンディションにもよるが、昔一キロ離れた場所の銘柄を当てたことがあったね」

「「野生だっ!」」

 再びルカと突っ込みをハモッテしまった。

「そんなに好きならご馳走しますよ」

 ルカ自分の珈琲を褒められ、満更でもないといった具合に提案をする。

「それは有り難い」


「どうぞ召し上がれ」

「いただきます……旨いっ!芳醇な味わいに、ローストされた豆が程よく苦みを醸し出していいアクセントになっている。しかも、口を通過した際の後味が清々しくサッパリしている。これは相当な一杯だっ!」

 興奮気味の男が、珈琲の訳の分からない感想を流暢に並べ立てて行く。

「だろう!君も中々通だねぇ」

 どうも二人は、この珈琲で通じ合ったようだ。

 不意に男が話題を変える。

「営業中と言っていたが、何のお店なんだい?」

「ここは『治し屋』を営んでいます」

「『治し屋』?」

「病気や怪我、精神的なものから性格まで完全に治す事が可能です。その代価として、依頼内容に応じたモノが依頼者から失われます。注意事項としては、代価はチョイス出来ません、そして結果が気に入らないからといって元に戻す事も叶いません。といったお店です」

「本当に怪我が治るのかい?」

「はい」

 男は腕を組み、考える素振りを見せる。

「では依頼しよう」

「分かりました、ではお名前と詳細をお伺い出来ますか?」

「名前は太田悟(オオタサトル)、とある女の子を治して欲しい」

 そういうと太田は話を始めた。


  ◆


「太田、もうお昼は食べたかい?」

 ふいに自分に声が掛かった。

「しょ……内藤さんお疲れ様です」

 そこには尊敬する上司の内藤がいた。

「いえこれからです」

「良かった、じゃあ一緒に行こうか?」

「自分はいいのですが、会議大丈夫ですか?」

「俺の仕事は終わったよ、後はあいつらの仕事だ。全部盗っちゃ悪いだろ?それでなくても給料泥棒なんて揶揄する声も有るんだからな」

「はぁ……」

「いつもの所でいいかい?」

「自分は何でも」

「よぉーし、お昼だ、お昼♪」

 この内藤という人物は、自分が出会ったどの人間と比較しても規格外である。

 まず見た目は、二十代前半のイケメンメガネ男子といったところだが、実年齢は驚嘆の四十歳である。三十五歳の自分が横に並んで歩くと、間違いなく内藤は年下に見られるだろう。

 時間とは平等に訪れるものと思っていたが、彼に関しては例外や特例といった何かに愛されているのではないだろうか。

 他の外見的特徴は、身長が百七十六センチで程よく筋肉のついた体型、髪は清潔感のあるショートヘアで、少し茶色掛かったくせっ毛が全体的に柔らかい雰囲気を出している。

 更に仕事の面では、所属する組織においても常に成績トップで、昇進記録の更新を随時塗り替えていっている有様だ。

 これらだけでも凄いのだが、医者や弁護士を筆頭に様々な資格や知識も有しており、博学者・知識人としてもその能力を遺憾なく発揮している。

 また格闘技も多岐に渡り精通しており、体格の恵まれた自分が何度戦っても勝てるイメージが全く湧かないといった具合だ。

 そんな非凡な人間ならば妬みや嫉妬といった負の感情により、通常他者との間に隔絶たる溝が広がるのが当たり前、ましてや自分以外との格差に軽蔑や侮蔑の感情が生まれるのが当然だろう。だが内藤という男はそれすら物ともせずに隔たり無く、それでいて媚びる訳でもなく、ごく自然な態度で上司や部下と接し人心を掌握してしまっている。

 そんな完璧超人の内藤が、自分の何が気に入ったのかちょくちょく行動を共にしている。

 今回の出来事も、内藤と昼食をしに行きつけのショッピングモールに出掛けた折に起こった。


「いや~やっぱり食後のデザートは、ここのチーズケーキだよなー」

 満足そうにデザートを貪る様は、とても完璧超人には見えないよなぁーなんて感想をつい思い浮かべてしまう。

「内藤さんは本当に甘い物が好きですね」

「そうだなー、この為に働いてると言っても過言じゃないね!」

「デザートであれだけの仕事が出来るのなら、世界はもっと平和になるでしょうね」

「ははは、やっぱ太田は面白いな」

 素直な感想を述べたのだが、何かがツボに入ったらしく内藤は実に愉快そうだ。

「そうですか?」

「お前の珈琲好きだって、そう対して変わらないだろう?」

「いえ、仕事量が違いますよ」

「違わないよ、太田達が頑張ってくれているから俺の仕事がこなせている。そこに大小はないさ」

 こういう所が人たらしなのだろう。

「さてそれじゃ、もっとお仕事を頑張って貰う為に今日もいつもの行きますか」

「はい、お願いします」

 ちなみにいつものとは、ショッピングモールにて往来する人をみて観察するというものだ。

「初めに、あそこの入り口にいる男性いこうか」

「はい。……二十代半ばの男性、スーツを着ていますが明らかに気慣れていないので新人。このご時世で鞄の厚みがあるのは、データでは駄目な物が入っているので何かの営業職。やたらと腕時計を見て落ち着きがないし携帯を弄っているので、人との待ち合わせだが相手が遅れているといった所でしょうか」

 思いつく限りの回答を捻出したが、まだまだと言わんばかりに内藤がニヤリと笑みを浮かべる。

「では待ち人は男性かい?女性かい?」

「……そこまでは分かりません」

 力なく項垂れる。

「男だよ、しかも二人。彼の職業はマネージャー業、それもお笑い芸人担当のね」

「っ、何でそこまで分かるんですか?」

 するとスーツの男に、二人の男性が駆けてくるのが見えた。

「答え合わせだ。まず営業職というのは正解、鞄の厚みに気付いた点は高評価。新人というのも正解、スーツの事もあるが、鞄も真新しいし靴底が減っていないというのが重要」

「それでもお笑い芸人のマネージャーというのは、どこから分かるんですか?」

「なぁにそんなに難しいことはない、このショッピングモールに来た時看板に、今日お笑いライブがあるという事と時間が表記されていた。それでだ、もうとっくに始まっている時間だというのに騒音や人の流れが少ない。となると、何かトラブルがあったと考えるのが普通だ」

「それなんか狡くないですか?」

「そもそも太田、お前も目にしている情報だぞ。いつも言ってるだろ、周りに目を向けてそれを認識しろって!」

 言い返す言葉も無くまだまだだなと思いながら、別の質問で切り返す。

「ですがイベント関係者という線も残っているのでは?」

「それは無い。イベント関係者なら、わざわざ重い鞄なんかはデスクやロッカーに置いてくるだろ」

「確かに」

「あと、彼には姉がいる」

「姉?どうしてそんな事がわか……」

 その時、内藤の纏う空気がピリッと一気に変貌する。

 異変を感じ視線を周りに漂わすと、その意味を理解する。

「内藤さんっ!」

 自分達の席正面10メートル先に見えるそこには、一人の男が佇んでいた。

 中肉中背でTシャツにジーンズ、背中に黒のリュックと別段特徴のない男だが、その表情の狂気に内藤は一早く気付いた。

「あれは不味いな。俺は正面から、太田は後ろから回り込め」

「はい」

 内藤の指示により、手短に方針を決め素早く行動に移す。

 男を挟み込む形で、内藤と太田それぞれ5メートルの位置に差し掛かった時に、男がリュックから気怠気にリボルバータイプの拳銃を取り出し空に一発発砲。

 バー---ッン!

 一瞬で世界が凍り付くが、次の瞬間現実に無理やり連れ戻された人々が悲鳴を上げながらパニックに陥る。

 男は奇声を上げながら、さも怒りを吐き出すように照準を次々に変えて行く。

 幸いにも銃弾は誰にも当たっていなかったが、これも時間の問題であった。

「君っ、中々豪勢な玩具じゃないか」

 内藤がよく通る声で男に話し掛ける。

「……」

「まぁ、そんな不出来なもんじゃ俺にはまず当たらないがね」

 突然現れた内藤に戸惑う男であったが、自分が挑発されていると理解した途端銃口を内藤へ向け発砲。


 バキュ―――ン!!!


 銃弾は内藤の右側頭部をかすめるも、微動だにせず尚余裕の表情を浮かべる内藤。

「全くなってない、やはりそれじゃ俺には届かない」

 内藤は更に挑発し続ける。

 その時、太田の左後方に逃げ遅れ足がすくんで動けないでいた女の子が、遂に恐怖で泣き始めてしまった。

 男は内藤にニヤッと嗤い、銃口を女の子に向け凶弾を射出。


 ズキューーーン!!!


 射線は見事女の子を捉えていたが、そこに太田が無理やり割り込み壁となる。

「くっ……」

 弾丸は太田の腹部を捉え血を滴らせていた。しかし怪我に全く動じることなく立ちはだかる太田の、気迫に気圧され次弾の行動が遅れる。

「させないよっ!」

「うっ……うっ……」

 内藤の一瞬の隙を見逃さず行動した判断力と、人間離れした俊敏さにより気付けば男は床に組み伏せられ行動不能になっていた。

「やはり内藤さんは凄いな」

 と呟きながら、後ろの女の子へ視線を送ると、そこには血溜まりに身を伏せた女の子がいた。

「大丈夫かっ!」

 意識はない、太田同様腹部に傷が有り、どうやら太田を貫いた弾が、更に女の子の腹部を強襲したようだ。

「太田そのまま傷を押さえてろ、救急車は連絡しといたからもう来るはずだ」

「はい」


  ◆


「その後病院へ運ばれたが、彼女は弾の当たり所が悪かったらしくて下半身不随となってしまった」

「太田さんの傷は大丈夫だったんですか?」

 僕は思わず視線を太田のお腹に送る。

「ああ、あれ位なら大した事ない。次の日普通に走れたし」

「「……(珍獣だ、まごう事なきモンスターだ!)」」

 英雄的行為を行った人物に対して、失礼な感想を心の中でハモリつつも話を進める。

「ではその女の子を治して欲しいという依頼で宜しいですね?」

「それで頼む」

「ではこちらに、その女の子を連れて来て貰ってもいいですか?」

「分かった」


 暫くして太田が、車椅子の女の子とその両親を連れ教会へやって来た。

「待たせたな、彼女が加藤光里(カトウヒカリ)ちゃんだ」

「いえいえ、光里ちゃんこんにちは」

 僕が挨拶すると

「こんにちは!」

 元気な気持ちいい挨拶が帰って来たので、つられて顔が綻んでしまう。

「光里を宜しくお願いします」

 恐らく光里の父親だろう男性が、切実な表情で話し掛けてきた。

 僕は無言で頷き返事とする。

「ではもう一度確認する、依頼内容は加藤光里ちゃんの怪我の治療で元通り歩けるようにすること。代価は太田悟氏からとうことで」

 ルカが依頼を再度取り纏める。

「あぁ、それで頼む」

 太田は力強く頷く。

 ルカがすっと右手を太田に掲げる。

 何処までも深い蒼炎に、ルカの右掌と両目が彩られる。

契約(コントラクトス)

 ルカがこの力を使う度、僕に訪れる不思議な現象に今回も襲われる。


 気が付くと、全てが闇のベールに覆われた空間に佇んでいた。

 不思議な事に、闇中にも関わらず目の前にくっきりと少女の姿が浮かんでいた。

 どうやら、以前この世界で見た少女の様だ。

 その様相は、以前より少し成長したように感じられる。

 しかし決定的に依然と違うのは、その綺麗な相貌から玉のような涙が零れ続けているという点だ。

『僕は上城優、君は誰?』

 声が出るのか、はたまたそれが彼女に届くのか心配だったが、上手く発声することが出来た。

『私は※※※※』

 彼女がしゃべっているのは分かったが、途中ノイズに邪魔され名前の部分が聞き取れない。

『ここに来ては駄目!じゃないと貴方が※※※※になってしまう』

 又だ、重要そうな言葉がノイズに邪魔される。

『ごめん、聞こえないんだ』

 彼女はそれで何かを理解したのか、儚げに微笑み右手をそっと僕へ差し出す。

 僕も彼女へ右手を差し出しそっと触れる。

 膨大な何かが頭に流れ込む。


 苦しい……。

 悲しい……。

 孤独……。

 そして永遠……。


 ふと彼女の右手の暖かさが、僕を繋ぎ止める。

『そう貴方はもう……』

『どういう……』

『ごめんなさい』

『……っ?』

『本当にごめんなさい』

 その言葉を皮切りに、空間がガラスが粉々に割れるが如く霧散していく。

 僕の意識もそれと共に引き戻されていく。

『……ありがとう』

 彼女の最後の言葉は、結局僕に届くことはなかった。


「……君、……君、優君っ!」

 そこには、とても心配そうに見つめるルカの姿があった。

「……ルカさん?!」

「大丈夫かい?」

「……えぇ」

 ルカはそっと胸を撫で下ろす。

「どれ位時間経ちましたか?」

「1分位だよ」

「1分?」

 何かとても大事なことあった気がするが、すっぽりと記憶が抜け落ちた感じがするのだが、それが何だかさっぱり思い出せない。

 仕方ないので思考を切り替えて、体に不調が無いかチェックしてみるが、特に問題無く動く。

 今のは何だったんだろうかと脳裏をよぎるが、取り合えず答えが出る見込みは現時点では無いと結論付け一旦保留とする。

「あぁ、それよりも光里ちゃんは?」

 ルカは無言で視線を一方向へ送る。

「お兄ちゃん」

 そこには満面の笑みを浮かべ、自分の両足でしっかり歩いている光里がいた。

「良かったー」

 僕の心からの安堵の息が漏れる。

 それから光里の両親は、感謝の意をこれでもかという位置いて帰って行った。

「ところで、太田さんは大丈夫ですか?」

「っん?」

 先程と何ら変わらぬ太田がそこに居た。

「うーん特には……」

「ルカさん代価無なんて事あるんですかね?」

「それは無い。では仕事も終わったし、お茶でも再開しようかね」

 あっさり僕の意見を否定したルカが、珈琲を僕達の前に並べる。

 その瞬間異変が起こった。

「うっ何だそれは?」

 太田が苦悶の表情を浮かべる。

「何って、君の大絶賛していた珈琲だよ」

 『えっ』という表情を浮かべ、カップに注がれた珈琲を一口飲む。

「うっ……ぷっ」

 危うく吐き出す所を、気力で無理やり飲み込む。

「不味いっ!」

 僕は何が起こったのか戸惑うが、ルカが回答を差し出してくれた。

「ふーむ、どうやら君の大切なモノは珈琲だったみたいだね」

「そんな……俺の唯一の楽しみが……」

 大柄な太田が、崩れる様に膝を付く。

「まぁこれ位で済んで良かったですよ」

 僕はそっと慰めるが、太田はかなりショックから真っ白となっていた。


  ◆


 暫くして太田が教会へやって来た。

「邪魔するよ」

「太田さん!こんにちは。今日はどうしました?」

「いや何、この前のお礼をと思ってね」

 するといいタイミングで、ルカが奥から出てきた。

「いやいや太田さん、()()の貴方からは頂きませんよ」

「知っていたのか?」

「いえ、ただ何となくです。それより、こういう仕事をしておりますので、何かあった時には風除け程度になって頂くと助かりますがね」

「今回の事でここの商売は概ね理解したから、違法じゃない限りそうさせて貰うよ」

「それは十全、ありがとうございます」

 恭しく優雅にルカがお辞儀する。

「それはそれとして、個人的にお礼をしたくてな」

 そういうと手に持っていた紙袋を僕に手渡してきた。

 ずっしりとした手応えを感じる。

「何ですか?」

「大好物の珈琲が苦手になっただろ」

「そっ、そうですね……」

 本当に同情する。

「それで、新しいモノを見つけたんだ」

 僕は促されるままに紙袋を開けると、そこには蜂蜜が入っていた。

「蜂蜜といっても結構色々あるもんだな、調べているうちにハマってしまって今では愛好家だよ」

 僕とルカは苦笑いを浮かべながら、共通の感想を思い浮かべた。

「「熊だっ!!」」


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