白鯨の闘い ~ハイリンダの青春録~
「おい! アレは何だ!?」
船乗りが指差す先、水面に立って腕を組む人影の姿が見えた。
「いや! 何かに乗っているぞ!?」
足下をよく見ると、人影は大きな鯨の様な生き物の上に立っており、時折水面からスベスベした肌が見えたり隠れたりを繰り返していた。
「そんなバカな!? 一体何だって言うんだ!!」
「分からん! 何も分からん!!」
「おーい!!」
手を振り声を掛けると、その人影はこちらを向き…………
―――グジュグジュグジュ!!
青紫色の苔生した蔓が突如として船に向かって放たれ、船の後方へと引っ掛かった。そしてその人影はゆらりと蔓の上を歩き始め船へと着実に歩み寄ってきた―――!
「あわわわわ!!」
「ひぇぇぇぇ!!」
その影の輪郭は次第にハッキリと目に映るようになり、その姿は少女の様だった。少女は船へと降り立つと、髪を掻き上げ笑顔で手を振った。
「はぁい♪」
腰を抜かした船乗り達は漏れなく失禁している。
「あー……大丈夫よ。私に危害を加えなければ私も何もしないわ。ちょっと鯨の上で闘ったら疲れたからココで休ませて頂戴な」
失禁の海は次第に大きくなり船乗りの服はビチャビチャになってしまった……。
「何だ何だお前ら!? うわっ! 誰だコイツは!?」
右手に厳ついフックを着けた髭の男がデッキへ上がってくるなり、お漏らしした船員と彼女を見て驚いた。
「船長さんかしら? 私陸へ行きたいの。ダメ?」
―――ドゴォ……!!
緩く鈍い揺れが船を揺らす。船の直ぐ傍から水柱が上がり、ツヤツヤした肌が船へと激突を繰り返していた!
「船長! クジラが船に……!!」
「止めて下さいお願いします」
船長は右手のフックを外し、失禁の海の中で土下座をした。鯨の動きは彼女の声に呼応するかの様に密に動き、あたかも彼女が鯨を操っているかの様であったからだ。
アンモニア臭に耐えかねて船長が顔を上げると、そこに彼女の姿は無く、船の隣で鯨の上に乗る彼女の姿が見えた。
「そこで待ってなさい。少し用事が出来たわ……!!」
すると凪風の海原の一角に、ピシャリと細い雷光が落ちる。雷光の隙間から、大蛇に跨がる二本角の人外が姿を現し、手にした槍で彼女の体を突き狙った!
彼女はそれを避けること無く、槍は彼女の胸のど真ん中を盛大に貫いた!
「しつこいわね……!!」
右手で胸を貫いた槍を押さえ、左手を人外の顔の前に差し出す。
―――バリバリバリバリ!!
彼女の左手より放たれた冷気は人外の体を凍り付かせ、瞬く間に巨大な氷の塊へと変化させた!
「二度と溶ける事の無い氷よ! どっかへお行きなさい!!」
―――ゲシッ!
彼女が氷塊を蹴飛ばすと、大海原の中へプカプカと流されやがてそれは見えなくなってしまった……。
「はわわわわ!!」
「とんでもない物を見ちまった……!!」
「ひぇぇ! 助けてくれ!!」
デッキの上は船員の糞尿で酷く汚れ、船員達は慌てふためき正気を失っていた。
―――ガシッ
デッキへ戻る彼女の胸には未だ槍が刺さったままだ。
「ごめん。誰かコレ抜いてもらえないかしら? 死なないと分かっていても、痛みはやっぱり怖いものなのよ……」
「ひぇぇぇぇ!!」
「アババババ!」
次々と意識を失う船員達。ハイリンダはデッキに両腕を広げ、ギラギラと照り付ける太陽を暫し眺めた…………