第八話
午前四時。
明治神宮境内。
神殿内部に捕らわれていると思われていたコードネーム仁、義、礼、智、信の五名が見つからず、ただ彼らのと思しき左掌が5つ発見されたのみであった。
闇夜達は、極桜会の残党と手分けして周辺を探すが見つからなかった。
しかし、探索を始め、5分ばかり経ったときに異変が起きた。
脳に直接響くような金属音が鳴ったかと思うと、明治神宮境内中央に7人のまばゆい光に包まれた人影が現れた。
彼らは全員宙に浮いていて、そのうちの5人は仰向けになって地面から4.5メートルほど浮いているような状態だった。あとの二人は直立して、地面から50cmほど浮いている状態だった。
闇夜と裕子にはその直立している二人の人影に見覚えがあった。
一人は身長160cm程度で、筋骨隆々として締まった体をしていて、その髪型やシルエットから男性と思えた。顔は人間というより爬虫類に近かった。
もう一人はその髪型と細い腕から女性に見えたが、それにしては身長は高く、180cmほど有り、かなりの威圧感があったが、その美しさはその影だけでもわかった。
そしてその人が右手を上に向けて、その上に5人が気を失って中にプカプカ浮いている感じだった。
ようやくその光は、可視できるほどまで収まった。
「……あれは……生徒会長の山の辺九美先輩と、副会長の加藤六輝先輩……」
「……浮いているのは囚われた例の5人か……」
闇夜と裕子は呆気にとられ、思わずその名前を口にした。
「あれは……あれはそんな生徒会長なんて生易しいもんじゃない」
藤原が一歩前に出て、逆さに咥えたタバコに火を点けて、フィルターを溶かしたガスを吸い込んで咳き込んだ。
「おやっさん、知ってるんですか?」
「ゴホンゴホン……あれは俺たちが作り出した最悪の『バケモノ』だ」
「たち?」
「久しぶりだな、ええと、今は加藤に山の辺だったか? 何を企んでやがる?」
いつの間にか新しいタバコを咥えながら、拳銃という、文部科学省官僚にはあるまじき物騒なものを両手保持で構えながら言った。
「お久しぶりです。おやっさん」
六輝は慇懃無礼な態度で藤原に答えた。
「! どういうことです!? なんでこんなやつにおやっさん呼ばわり……」
「うるっっせええええええ」
六輝は闇夜が藤原に話している途中で左の手のひらから見えないエネルギー波を闇夜に飛ばし、それがみぞおちに命中した。
「ぐ……! かは!」
「今は俺の大事なおやっさんと話してるんじゃねーかよ。しばらく黙ってろよ」
「あんや!」
「闇夜!」
スケキヨと裕子はすぐさま闇夜の元へすぐさま駆け寄った。スケキヨが闇夜の胸のあたりを触ると、頷いて、
「大丈夫。心配ない。一時的に呼吸困難になってるだけ。数秒すれば自然回復する」
と言った。
裕子はスケキヨの言葉に安堵した。
「おやっさん、今回はヘイフォスのお膳立てをそのまま利用させてもらった。宝の持ち腐れだからな」
「宝の持ち腐れだと?」
藤原は拳銃を構えながら言った。
「ヘイフォスの奴らはヴァカだから、純日本人の抹殺なんて、超クソつまんねー、超どうでもいいことに使おうとしてた。しかしね、僕はこの5人をもっと有効活用できる、高邁な目的があるんですよ。それにね、ヘイフォスを利用したのにはもう一つ理由があるんですよ」
「もう一つの理由だと? 高邁な目的だと? 何を言ってるんだ?」
先程の呼吸困難から回復した闇夜が聞いた。
「あれ? もう回復したのか? まだお仕置きが足りないのかな? まあいいや、君は生かしとくから安心しな。ヘイフォスを利用したもう一つの目的と言うのは、こういうことだ。おい、九美」
「はい、六輝様」
九美は右手のひらを上にして例の5人を捕縛したまま、左手のひらを前に突き出した。それを裕子に向け伸ばし、手のひらを閉じた。すると裕子は身動きが取れなくなった。
その時九美は少々きつく握ったからなのか、裕子が苦しみだした。そして九美が左手でまるで後ろに何かを放る動作をすると、裕子は身動きが取れないまま、5人が囚われている空間に入って捕縛されてしまった。最初のうちは裕子はジタバタしていたが、やがて気を失い、ぐったりしてしまった。
「おい!!!! 裕子に何するつもりだ!? ふざけんな!!! 裕子を返せ!!!!」
闇夜はいつもとはかけ離れて冷静さを失っていた。
「月島闇夜……だったか。僕は心底君が哀れで仕方がないんだ。君も知っているだろう?君のような稼業の人間が、民間人と親しくしてはいけないということを。だから彼女といくら親しくしても必ず別れは来るし、親しいなら親しいだけその別れは残酷だ。かと言って僕が引導を渡す、ということをするわけではない。彼女は今無事だし、彼女の命は保証する。命はね。ククク……結論から言うと、彼女はあの5人と同種だ。凄まじいエネルギーを持っている。だから僕の目的のために使わせてもらう」
六輝はゆっくりとした口調で話し、そしてゆっくりと九美のところへ歩いていった。
「……それはそうと、九美。さっきのはなんてザマだ? 危うく東雲裕子を殺してしまうところではなかったか? わかってるのか?」
と言って六輝は九美の頬を思いっきり叩いた。
「申し訳ありません、六輝様」
「本当に! わかってんのか! このバカ! スカタン! ナメクジ女!」
「申し訳ありません! 申し訳ありません! 申し訳ありません!」
正に絵に描いたようなデジャヴュであった。
「知ったような……」
「あぁ?」
六輝は九美を殴るのをやめて、反抗的に睨む闇夜の方を向いた。
「知ったようなことを口走ってんじゃねーよこの変態! そんなことは百も承知なんだよこのタコ! てめぇらのように人を見下した奴らに哀れまれるのが最悪に不快なんだよ! 大体な、お前ら、気持ち悪いんだよ! そんなもん人に見せるんじゃねーよ。今度から家の中で勝手にやれよ!」
闇夜は六輝に対するありったけの憎しみを吐き出した。
六輝は闇夜を睨むと、指を弾いた。すると闇夜は吹っ飛んだ。
「口を慎み給え。彼女の命は我々の手の中にあることを忘れるな。彼女には『忠』の力が備わっている。今まで集めた『仁義礼智信』と同じようにな」
その時再びヘリコプターが明治神宮境内の上にバタバタと音を立てながらやってくるのが聞こえた。
「やっこさん、ようやくおいでなすったようだな。こりゃ減俸処分どころの騒ぎでは済ましてくれそうにないだろうな」
藤原は拳銃を構えつつ、いつの間にか新しいタバコを咥えて火を点け、一服吸ってから、自嘲気味に言った。
今回は一台どころではなく、いっぺんに、それも兵員輸送型の大型ヘリが五台も来たのでヘリの騒音で辺りの静けさは全くなくなった。
そして、ヘリからロープが垂らされ、そのロープを伝って、黒ずくめの戦闘服の男たちが次々と降りていった。
その動作は機敏で、ものの数十秒で兵員は全て降り、隊列を組み、輸送ヘリは離脱していった。
その中から金髪のグラマーで日本人離れしたスタイルの美しい女の人が現れた。軍服のような格好であったが旭日章のマークが入った制服を来ていた。そして、拳銃を両手保持で構える藤原に近づいき、敬礼した。
「本件は成人による呪術事件である故、ここからは我々、マリィ・彼方・ブラヴァツキー率いる、警視庁公安部第二機動捜査隊にお任せ願いたい! なお本件の報告の遅れ、勝手なテロリストとの合同作戦、及びその他の独善的行為は目に余るものがある故、追って処分を申し付けるのでそのつもりで……と言いたいところだけど、そんなこと言ってられる状況じゃなさそうね」
その女性はそう言い、敬礼を解くと、リラックスして藤原の方を向いた。
「そう言ってもらえると助かるな。確かに今回のことじゃ越権行為だってことは反省してるよ」
「あら? タバコまた吸ってるの?」
「ああ、あの時からすぐに戻っちまったよ。しかもあの時よりも本数が増えちまった」
「ご愁傷様」
そこで先程ふっとばされたところから回復したものの、呪術による効果が切れて、左足の不具が戻り、杖を突きながら、藤原たちのところに来た闇夜が尋ねた。
「おやっさん、この方は? 随分親しげですけど……」
「ああ、例の警視庁のキャリア組にして、腐れ縁だ。まあ共同研究仲間でもあったし……それからえーと……なんというかその……」
「元カノよ……闇夜くんね。ずいぶん大きくなったね。私はマリィ・彼方・ブラヴァツキー。マリィでいいわ。よろしく」
マリィは握手を求めてきたので闇夜は素直に応じた。
「おいおい、余計なこと言うなよ」
藤原はバツが悪そうに言った。
六輝が遠目でマリィが来たことを認識した。
「ママじゃないか! 今日はおやっさんもいるし、ママもいる。まるで家族会議じゃないか」
「あんたにママ呼ばわりされるなんてちょっと複雑だわ。早くその人達を解放しなさい! 加藤に山の辺、いや……ナンバー66(ダブルシックス)にナンバー99(ダブルナイン)!」
マリィは気丈に答えた。
「僕らを……僕らをその名前で呼ぶなーーーー!!!!!」
六輝は激昂し、地面を思いっきり踏んだ。すると地面が振動し、波が起こり、その波が闇夜達のところまで到達し、みんなヨロヨロとおぼつかない足取りになった。
「おいおい、ヤツを刺激してどうするんだよ? 人質がいるんだぞ?」
「いや、今日はもうこいつとおさらばしに来たんだから」
マリィはそう言うと、一歩下がった。すると黒い戦闘服の連中が前に出てきた。
「全隊構え、ってー!!」
マリィがそう言うと、戦闘員達は背中に背負った銃を構え、一斉に六輝に向けて発射した。すると銃からは高出力レーザーが発射された。
六輝は瞬時に腕をクロスさせ、防御姿勢をとった。殆どのレーザーが見えないバリアで弾かれたが、一本だけ右肩に命中した。すると、右腕がボトリと地面に落ちた。
レーザーによって切り取られたので、切り口は焼かれ、血が流れることはなかった。
「クッ!」
六輝は苦悶の表情を浮かべたが。
「いいぞ! 次弾はあとどれくらいでチャージできる?」
マリィはそばの戦闘員に聞いた。
「あと3分ほどかかります」
その戦闘員は答えた。
しかし、六輝がその腕を左手で拾い、右肩に当てると、元のようにくっついてしまった。
「ママ、これがなんだって言うんだい?」
六輝は少し苦悶の表情を浮かべながらも口角を上げて笑った。
「クッ、やはり脳を破壊しないとダメか!」
マリィは苦しげに言った。
「おやっさんもさあ、いい加減そんな物騒なもんしまいましょうよ。そんなものが役に立たないことくらいわかってるでしょう?」
六輝はあざ笑いながら言った。
「どうかな?」
藤原はずっと両手保持で構えていたリボルバーを一気に6発撃った。
そのうちの5発が六輝のバリアに阻まれて空中で止まり、やがて地面に落ちたが、六輝が戯れに一発だけ、バリアを通して右手の親指と人差指で掴んでみせた。すると、パンっと小さく割れた。
その銃弾には特殊で強力な神経毒が入っていて、六輝の右手の指がどんどん溶けていった。そして彼の持つ驚異的な再生能力を持ってしてもその毒に打ち勝つことができなかった。
「はぁぁぁぁぁ!!!!! 熱いいいいい!!!! 痛いいいいい!!!! 燃えるうううう!!!! ひどいよ……おやっさん……ひどいよ……こんなことするなんて……ちくしょう……はああああああ!!!!!」
六輝は予想外の痛みに驚き悶えた。
「おやっさん……なんでこんなことするんだよ? ……ああああああああ」
「加藤……もうやめよう……こんなことは……オレも見てて……辛い……だから清算しにきた」
「う、うるさい! ちくしょう! おい、そこの月島闇夜、この6人を助けてほしかったら一人で来るんだな。ああ、それからな、そこのスケキヨとか言う奴も絶対来るんだぞ。いいな」
六輝は、九美と、裕子と、仁義礼智信の5人とともに まばゆい光を残してどこかへ消えてしまった。そして静寂と暗闇が戻った。
「こりゃあ、まあ逃げられるのもしょうがないかあ」
藤原は頭をポリポリ掻きながらタバコに火をつけた。
「裕子? 裕子!? 裕子!!!!! どこ行っちまったんだ!? 裕子―――――!!!!!」
闇夜の叫びが虚空に響いた。
「落ち着け! 闇夜!」
藤原は闇夜をなだめた。
「おやっさん! あんたのせいだ! あんたのせいで裕子が居なくなったんだぞ!」
「頭を冷やせ! 闇夜!」
藤原は涙と鼻汁まみれの闇夜の顔をはたいた。
「思い出せ! ヤツの言葉を! 『助けてほしかったら一人で来い』って言ってたろ? まだ負けちゃいないんだよ!」
藤原の言葉で漸く闇夜は冷静さを取り戻した。
「試合は9回裏満塁からだろ? アイツのことだ。何かしらの方法で連絡してくるはずだ。ともかく出直そう」
藤原はそう言うと、吸っていたタバコを携帯灰皿で火を消してしまった。
あくる朝、闇夜達はコードネーム仁義礼智信の左手のひらを極桜会に持っていった。そしてそれを伊右衛門に見せた。
「伊右衛門さんよ、この左手に埋まってるチップってのはなんなんだ?」
「へえ。実を言いますと、かなりやばいものらしくて……わしも詳しいことを知らないんですが、呪いの世界をひっくり返す程のものらしいんですわ。そいつを手に入れるための鍵だと」
「呪いの世界を……」
「ひっくり返す?」
闇夜とスケキヨは首を傾げた。
「いい加減なことを言うなよジジイ! それはオレのオヤジとオフクロが研究していたものじゃないか!」
闇夜は冷静さを失い、思わず伊右衛門の襟首をひっつかみ、食って掛かった。
「い、いや、本当にそういうふうに聞いてるんだよ。わしはその通りに言ってるだけでして……もしかしたらあんたの親御さんと関係あるのかもしれんし……」
「オレの両親と?」
「あるいはそうではないかもしれないし……」
「どっちだよ!」
闇夜は伊右衛門をつかむ手を離した。
「で、それはどこにあるんだ?」
「それもよくわかっていないんじゃが、『この星の中心にある』ということだけ伝わってるのう」
「『この星の中心』?」
「じゃんじゃんバリバリ地球を掘っていかなきゃダメなのかな? あんや」
スケキヨは無邪気な顔で聞いた。
「さあな……」
「もしそれが必要なら、チップを取り出してやるから持っていって欲しい。その代わりと言っちゃなんだが、その5人に手のひらをくっつけてやっちゃくれないか? 保存剤に入れといて、生体のりでくっつければ簡単にくっつくようにしとくから」
「ああ、その程度なら構わねえよ。だから、そのチップとやらはくれないか?」
「よし、分かった」
「その、さっきは済まなかった」
「若気の至りだ。気にせんよ」
改めて朝日の光が目に染みる、そう闇夜は思っていた。
闇夜は藤原の言葉通り、すぐにでも話は進むと思っていたが、そこにはお役所仕事、大人の事情、本音と建前の世界が待っていた。
明治神宮での死闘から二日後、いつの間にか梅雨明けが発表されていよいよ蒸し暑くなってきた桜田門、警視庁公安部第二機動捜査隊の狭っ苦しい作戦室に、闇夜、スケキヨ、藤原、マリィ、他第二機動捜査隊隊員達が詰めていた。
「だから、ナンバー66とナンバー99は、成人なんだから、彼らに関する事件はうち(公安部第二機動捜査隊)の管轄のはずでしょ? なんですぐにこちらに権限を回さなかったの? そしてここは禁煙よ」
マリィはヒステリックに藤原に詰め寄り、藤原が火を点けようとしていたタバコを奪い取った。
「カタいことを言うなよ。俺も奴らが関わっている確証が得られていたらそっちに情報を回していたさ。しかし、あの名前だけではなあ……」
「そもそも、ヘイフォスが絡んできた段階で、こちらの管轄でしょ? それをあんな極桜会なんて言うテロリストの残党なんかと合同作戦なんて言語道断じゃない!?」
「あれは、もうトントン拍子で決まっていったことだったからそちらに権限を回すどころの話じゃなかったからなあ……何しろ、お前さんは東京都で、俺は文部科学省の役人だ。命令系統がぜんぜん違うわけだ。そこがお役所仕事の辛いところでなあ。俺たちのような一官僚ごとき変えようにも変えられない、旧時代から抱えてきて一向に改善されない問題点であって……」
藤原は頭を掻きながら言った。
「何を今更……そんな命令系統だのお役所仕事の欠陥なんて百も承知のはずじゃない? だから私は毎年呪術関係の対策を専門に扱う機関の設立を上申してるんじゃない……」
「それで、それはいつできるの?」
「それは……」
「できないんじゃ話にならんじゃないか……」
「あのー……」
二人の痴話喧嘩のような言い合いに口を挟むものが居た。
闇夜だった。
「いい加減にしてもらえないっすかね? 命令系統がどうとか、管轄がどうとか、今となってはクソどうでもいい話でしょうが! とにかく今は捕まった人たちを助けるにはどうしたらいいのかとか、そういうことを話し合うときなんじゃないっすかねぇ? このクソ暑い中こんな狭っ苦しいところでする話じゃないでしょうが!」
「まあ、そりゃ、そうなんだが……」
藤原はバツが悪そうに後頭部をペタペタ叩いていた。
「そうだよ、これじゃあ、いくらなんでもあんやがかわいそうだよ!」
スケキヨが闇夜の言葉をサポートした。
「あいつらは一体何者なんですか? あんたらやけに親しそうでしたけど。あいつら何が目的なんですか? 一体何を企んでるんですか?」
闇夜はそう畳み掛けると、藤原とマリィはお互いため息をついたかと思うと、観念したかのように話し始めた。
「闇夜くん、スケキヨちゃん。私たち二人は以前、ある研究機関で研究をしていたの。それは、『転校生』を創り出すための研究だったの。呪術を使った犯罪を犯す中高生を取り締まる『転校生』を創る……遺伝子工学を使ってね」
マリィはカフェイン中毒だったので、濃いコーヒーを一気にあおってそう語った。
「その結果、たくさんの『バリエーション』と言う名の失敗作、つまり犠牲者を出しながらも、順調に人工子宮で育ち、エージェントとして動けるものになったのが、加藤六輝ことナンバー66と、山の辺九美ことナンバー99だった」
藤原も口寂しかったので仕方なく苦いコーヒーをあおって、言った。
「あの子達はサイキックよ。おまけに細胞の回復力が尋常じゃないほど早いのはこの前見てわかったと思う。そして、彼らは優秀な『転校生』になったわ。最初の作戦から目覚ましい成績を上げてたの」
「しかし、この手のものに失敗がない、ということなどない。しかし失敗は許されないのがこの手の稼業の辛いところだ。彼らはたった一度の失敗を犯してしまう。彼らは誤ってなんの罪もない生徒に手をかけてしまったのだ。そのことを苦にした彼らは、ある日消えちまった。自分たちに関するデータも全て消して」
「私と彼はあの子達の面倒を見ていたの。私達、あの子達を養子に迎えて結婚しようとしてたのよ。ところがそんなことになっちゃって……で、私と彼の間もぎくしゃくしてしまって別れることになっちゃって……恥ずかしい話だけど……」
「おらぁ別に気にしちゃいねえんだけどな……」
「え?」
「なんでもねーよ。やっぱり吸っちゃダメか?」
「ダメ。こっちならいいわ」
マリィは既に二杯目のコーヒーに口をつけていて、藤原にも二杯目を注いであげていた。
「悲しい話ね」
「なんだ、スケキヨ、お前にはわかるのかよ? どの辺が悲しいのか」
「失礼ね、レディに向かって。あんやこそ分かってるの?」
「オレは大人だよ。」
藤原は大して自分には美味しくもないコーヒーをすすって続けた。
「あいつが居なくなって入れ違いで俺んとこ転がり込んできたのがお前だったわけだ、闇夜。あいつら、消えるときに自分のデータだけじゃなくてあちこちいろんなデータを弄って消えたんだ。お陰で政府機能は大混乱さ。高校生までの呪術事件を取り締まるのが文部科学省で、成人が警察、だなんていかにも急ごしらえという感じだろ? それがそのまま続いちまったから、余計一系統にまとめづらくなっちまってな。しかし、今になってあいつらが出てくるとはな……あいつらはなあ……俺達の……幻肢痛なんだよ」
「なるほどな。だからさっきみたいなやり取りが起こるわけか。しかしよう、お二人さん。あいつはオレとスケキヨだけで来いと言ってたわけだが、はっきり言ってこの前手合わせした限りでは勝てる気がしない。どうしたら良いと思う?」
闇夜の問いに藤原とマリィが顔を見合わせると、マリィが口を開いた。
「確証は持てないけど……彼らの手の内にある、強いエネルギーを持つ人達、とりわけ東雲裕子さんに鍵があるのではないのかな? 彼らの力を借りればナンバー66とナンバー99など倒すのは容易いはず」
「逆に言うと、彼らが捕まっている人たちのパワーを得てしまうと絶望的、ということになるな」
「あいつらは裕子たちで何しようとしてるんですかね?」
「わからないけど、一民族をも消失できるようなエネルギーを持つ人々を手のうちに入れているのだから、地球規模の災厄をも視野にいれるべきなのかもね」
「しかし、どうやってあいつら、オレらに連絡してくるっていうんでしょうか?」
闇夜がそう言うと、作戦室の電灯がチカチカと明滅しだし、物がガタガタと動くポルターガイスト現象が起こり始めた。そして作戦室にあるテレビモニターの電源が入り、そこに六輝と九美がそこに現れた。
「あー、あー、アッテンションプリーズ! いいかな? 加藤と山の辺だよーん。この前言った通り、そこの月島闇夜と青沼スケキヨとか言うガキには動いてもらうよーん」
「親しくもないのにガキ呼ばわりってのはいくら年上でも礼儀がなっちゃいないんじゃないっすかねえ」
「うるっせぇえんだよいちいち!!」
六輝がそう言うとキーンという念波を闇夜達に送ったので、皆ひどい頭痛に苦しんだ。
「お前はなあ! お前は俺達のことを侮辱したから徹底的にぶちのめすって決めたんだよ! だからガタガタ言ってんじゃねーよこのカスが! お前らには僕の用意したゲームに付き合ってもらうんだよ。まずは今晩0時に世田谷の氷川神社に行ってもらう。そこにある『公衆電話』の前で待機してろ」
「世田谷の氷川神社だと? なんでそんなとこに?」
するとまた六輝が強い念波を送ってきた。
「だからいちいちうるせーんだよ! ガタガタ言ってねーで言われたとおりにしろよこのスカタンがぁ! 『公衆電話』ってのがわかんなかったら、お前らがいる作戦室のフォルダが入っている棚の『コ』の段にファイルが入ってるからそれをちゃんと読んでおけ」
闇夜達は言われた通りに棚を見てみると公衆電話についてのファイルが入っていた。
「おいおい、ここのセキュリティ大丈夫なのか?」
藤原はマリィに聞いた。
「ここのセキュリティは完璧よ。イーサン・ハントでもジェームズ・ボンドでも侵入不可能だわ。おそらくテレポーテーション能力でも使ったんでしょう。あの子達の能力がそこまで伸びてるとは……」
そして、六輝は藤原に先日放たれた銃弾を受けてできた傷を見せつけてきた。
「おやっさん……見てよ、これ……全身に毒が回りそうだったから結局自分で手を切り落としたんだ……おやっさん……なんでこんなことをしたんだ? ……これもみんな、そこの月島闇夜とか言うガキのせいなんだろ? わかってるから……おやっさんもママも悪くない……悪いのはその月島闇夜とかいうやつなんだろ?」
「おいお前! さっきから聞いてれば、あんやが悪いあんやが悪いって。いい加減にしろこのマザコンファザコン野郎! お前なんかボロボロのギッタンギッタンにしてやるからな! 覚悟しとけよ!」
「なんだ、今度は例のチビかよ。なんだよそれ? プロレスのマイクパフォーマンスかぁ? お前らはつくづく吠えるのだけは達者だな……まあいいや、いいか? 吠えるってのはこうやるんだぞ? おおおおおおおおおおお!!!!!!」
六輝はまた先程の念波を送ってきて、それを徐々に強めていった。すると作戦室の蛍光灯が爆発し、そしてとうとうテレビが爆発してしまい、漸く念波が止まった。そして六輝のあざ笑う声だけが響き、やがて消えていった。
そして藤原は言った。
「今度からテレビのないところでミーティングをやろうな」