第六話
午後10時。
荻窪極桜会本部ハンガー。
闇夜はスケキヨ、裕子を水素バイクの後部座席に無理やり乗せて青梅街道を通って荻窪の極桜会本部まで行った。闇夜はあの奇妙な麻のローブ、スケキヨは木綿の衣装、裕子は巫女姿だった。なんでも特殊な改造を施してくれると言うのでそのままハンガーへ直行した。そこには極桜会の兵士用装備や車両などの機材が所狭しと置いてあった。
闇夜の持っている、というか巷に出回っている水素バイクは皆二人乗りなのに対し、今回無理やり三人乗りで極桜会本部まで来たので闇夜と裕子の間に挟まれたスケキヨは非常に不機嫌だった。
「まったくもう。ちょっと無理しすぎだよ。ていうかさー、裕子おっぱいデカすぎだよ! 顔がつぶれるかと思ったよ!」
「うるさいなー、人が気にしていることを! 悪かったわねえ! あんたみたいにないよりある方がモテるんですからね!」
「カチーン! なんだよこの女! ないならないなりの魅力ってのがあるんだよ! 『貧乳はステータスだ! 希少価値だ!』って格言が旧時代から残ってるんだからね! ねー、あんや、ない方がいいよね?」
「違うよ、闇夜、大きい方がいいよね?」
「オレに振るなって! お前らのケンカにオレを巻き込むなっつーの!」
そこへキセルを咥え、こんな夜中でもサングラスを掛け、何故か法被を着たいかにも頑固そうなオヤジが現れた。
「オイ、そこのわけぇの、モテてるみてぇだが、あんましチャラチャラしねえこったな。オメェなんで制服着てねぇんだ。あぁん?」
するとまわりの整備士と思われる者たちの一人がそのオヤジに一言二言耳打ちをして、そのオヤジは何度か頷いた。そして、闇夜に向かって言った。
「さっきはすまねぇことをしたな。オメェらこのめぇ伊右衛門の旦那と互角に渡りあったってぇ話は聞いたぜ。えれぇ度胸があるらしいな。わけぇのに見事な奴らだ。おらぁよ、極桜会の機械関係を取り仕切っている宮藤伝七てぇケチな野郎だ。まあわけぇしゅにはおこがましくも伝七親分とか親分なんてぇ呼ばれてらぁ。まあ伝七で構わねぇ。好きに呼んでくんな」
闇夜達はまるで時代劇やフィクションでしかお目にかかれない、ステレオティピカルな江戸っ子が目の前に登場したので大笑いしそうになっていたがそこはこらえ、またこの希少種に敬意を払うことにした。
「じゃあ、親分、と呼ばせてもらいます。親分、ここでオレのバイク改造してくれるって聞いたんですけど」
「おうよ、そいつはやらせてくんな。おめぇら三人で動くわけだろ? でもそいつは二人乗りだ。だから、側車を付けてやる。それも対呪術戦も考慮に入れた防御壁と機関銃付きでな」
「側車? サイドカーってこと?」
「そうともいうな。それからな、その単車、両手が塞がってたら戦えんと思うからおーとくるーず、ってぇのか? まあ自動操縦ができるようにもしといてやる。あと、マキビシ等の障害物を飛び越える機能も付けといてやる」
「つけといてやるつけといてやるって、そんなテレビショッピングのおまけみたいに簡単に付けられるもんなんですか? 親分」
「おうよ。いいか? 目ン玉ひん剥いてようく見てろ、このスットコドッコイ。おーい、わけぇしゅ、手伝ってくんな」
伝七親分がそう言うと、整備士がわらわらと集まってきて、親分の指揮のもと、まるでF1のピットインのタイヤ交換のようにものの十分で闇夜のバイクはサイドカーとオートクルーズ機能とジャンプ機能のついた、汎用性の高いカスタム水素バイクになった。
「どうでぇ、見事なもんだろう?」
伝七親分が得意がると、周りからは、「おおおおおっ!!!」という歓声と共に拍手の嵐が起こった。
そして三人と極桜会強襲部隊は大方の準備をハンガーで済ませると日付が変わるまで静かに待った。
しばらくすると、隠密を良しとする秘密結社である極桜会としては珍しく10mくらいの高さまで開いているハンガーに小さめのヘリが入ってきた。
これはハンガーにいる誰もが知らされていなかったことらしく、銃を取って警戒する兵士も現れるくらいだった。
すると、ハンガーの奥から護衛の者たちをともなって極桜会会長の田宮伊右衛門が出てきて、銃を取る兵士たちを抑えながらヘリに近づいていった。
ヘリのローターブレードが回り、強い風を起こす中、ヘリの扉が開いた。中から髪をオールバックにして後ろで結び、レイバンのティアドロップサングラスをかけ、ベージュの背広を着た男がアタッシュケースを片手に持ちながら下りてきた。
それを見た。闇夜が叫んだ。
「おやっさん! なんでここに!」
「オレは室長だ!!」
文部科学省中等教育局特務課別室室長、藤原権兵衛だった
午前0時。
極桜会本部ブリーフィングルーム。
藤原が極桜会に来たのには理由があった。特務課別室と極桜会が繋がったことで、5人の位置が割り出せると踏んだからである。
「すると、田宮さん、その五人、つまりコードネームで言うところの仁、義、礼、智、信はそれぞれ特殊な波長を発する『鍵』を所有していると?」
藤原は伊右衛門の名前が偽名だとわかりきってはいたが、わざと丁寧に苗字を使って質問した。
「もしその『鍵』を取られていない場合の話ですがね、藤原さん。もっとも、簡単にはそれは取ることができませんが。その場所というのはトレースできますか?」
伊右衛門は心配そうに藤原に聞いた。
「それはどんな材質のものですか?」
「特殊なレアアースを含むものと聞いたことが有ります」
「なるほど。ちょっとやってみましょう」
藤原はブリーフィングルームの中央の演壇まで出てきて、持ってきたアタッシュケースを開けた。なかからかなり古いタイプのラップトップコンピュータが出てきた。コンピュータをそこにかろうじてあった古いディスプレイ接続端子に接続すると、そこにあったホワイトボードに藤原のコンピュータの画面が映し出された。藤原はそのコンピュータに付属しているキーボードをカタカタと叩き始めた。数分叩き続け、代々木公園の地図を開くと、明治神宮の神殿奥で赤い点が5つ点滅している状態が映し出された。
「ビンゴだな。あとは闇夜、よろしく頼む」
と藤原は早々に上手に引っ込み、『禁煙』という張り紙の横でタバコに火を点けた。
闇夜は藤原に冷たい視線を浴びせながら中央の演壇まで出てきた。
「ったく、これだから大人は……。ええ、ごらんの通り、5人は明治神宮の神殿奥に捕まってるとのことだ。ここで作戦について伝える。オレ、スケキヨ、裕子は陽動、つまりオトリ専門となって青梅街道から新宿経由で代々木公園に入りとにかく敵を蹴散らしまくる。あんたら極桜会の大人の方々は環七、もしくは山手通りから井の頭通りを通って迂回しながら明治神宮に直接入って5人を救出してくれ。以上だ」
しばらくの沈黙があってから怒号が飛び交い、闇夜に物が投げ付けられた。
あまりにも多くの声が闇夜に浴びせられたので何を言われたのか分からなかったが、ある極桜会兵士がこんなことを言ったのが闇夜の耳に入った。
「おい! ガキが偉そうにするんじゃねえ! 俺たちはな、あの5人をたすけられるんだったら死んでもいいと思ってるんだ! お前にそんな覚悟があるのか!?」
その途端、闇夜のなかでプツンと糸が切れてしまった。
「ふざけるな馬鹿野郎! 死んでもいいだと!? それをやらせないために俺はこの作戦を考えてやってるんじゃねーかよ! オレはそういう考え方が大嫌いなんだよ! オレはな、この前言った通り、混血だ。他の混血がどうだか知らないが、おれは純日本人がどーとかどこの民族がどーとか知ったこっちゃないんだよ! なのに今回のようなあぶねー作戦に参加している。なぜだかわかるか? オレがエージェントで今回の任務が5人の救出だから? 違うね。それはな……
オレの大事な友達が純日本人で、それを救いたいからだよ!!
さらわれた5人で純日本人が抹殺できるって話を聞いてこの三日間、どんなに怖かったかお前らにわかるのかよ? お前らさあ、もう数が少ないんだろ? 『死んでもいいから取り返す』じゃダメなんだよ。オレはな、一人も死なせないようにこの作戦を考えてんだよ! わかってんのかよ!?」
その言葉を聞いた裕子は、胸を鉄の矢で射抜かれ、生暖かい血がその矢を伝ってポタポタと流れ落ちている感覚に襲われた。そして右頬を温かい透明の血がひとしずく流れた。
そしてスケキヨもまた衝撃を受けた。いや、今回のことに限ってはスケキヨのほうが衝撃度は大きかった。スケキヨはめまいを起こし、体中の血の気が引いていくのを感じた。と同時に涙がボロボロと次から次へと流れてきて止めようとしても全然止まらなかった。闇夜が抱えているジレンマ、つまり、友達がほしいけど、彼の稼業の所為で友達を作ってはいけない、だけど裕子を友達と完全に認めてしまったことにスケキヨはどうしようもないやるせなさを感じていたのだった。
この事情に関して裕子は知らないので何故ここまでスケキヨが落ちてしまったのかわからず、この状況がまったくわけがわからなくなっていた。
闇夜の切なる訴えに、極桜会の兵士たちは言葉を失ってしまった。そして、藤原が、知らないうちに涙を流していた闇夜の肩を後ろから叩いて言った。
「もうそれくらいにしとけ」
すると一人の兵士が立ち上がって言った。
「闇夜くん。我々は先日伊右衛門様が約束した通り君の統括指揮下に入る。君の指示通りに動く。それでいいかね」
すると極桜会の隊長クラスの兵士が立ち上がって言った。
「どうだろう? 月島闇夜くんを、本作戦の隊長、とするのはどうだ?」
すると全ての兵士がそれに同意し、口々にいいね、いいねえ、と言い出し、終いには演壇に立っている闇夜にむかって隊長コールが巻き起こっていた。
先程まで泣いていた闇夜は照れ笑いをし、片手で顔を隠しつつ、もう片方の手で隊長コールをする兵士たちをなだめた。
隊長コールがおさまり、また、涙も止まって少し冷静さを取り戻した闇夜は言った。
「ええと、隊長などと呼ばれるなどこそばゆいが、まあそう呼んでくれるなら光栄だ。第一目標、5人の救出。ただ無理はするな。やばくなったら逃げろ。オレが助けに来るまで身の安全を確保し、そこで待機だ。美しい死に様なんてこの世にはないことを頭に入れておけ。いいか? 絶対に死ぬな。全員生きてここに戻ってくるんだ。これは隊長命令だ。わかったやつから解散だ!」
「御々(おお)!」
兵士たちは一斉に返事した。
午前一時
極桜会ハンガーより青梅街道へ
闇夜、スケキヨ、裕子の三人はオトリ専門の先遣隊として極桜会ハンガーからカスタムバイクで青梅街道を先に出発した。
まだ青梅街道には一般人や一般人の車が交錯していたのでこの状況ではヘイフォスの連中も表立って攻撃はしてこない。人の行き交いが途切れたあとにヘイフォスの攻撃が始まると闇夜たちは踏んでいた。
その為、先日の神田明神での対目玉カマドウマ戦で行ったような人払いの術は今回はこちらから行わないことにした。人払いの術は、ヘイフォス側で行うはずである。
いまさら言うまでもないが、闇夜たちの行っていることは闇と闇の戦いであって、決して表に出てこないものである。もし表に出てくるとしたら、それは例えばヘイフォスが今回さらった純日本人5人を利用して、地球上から純日本人を抹殺した場合である。
しかし、仮にそのようなことが起こった場合でも、ヘイフォスや極桜会のような存在が知られることはなく、単なるクローン病や遺伝病、疫病などが原因、ということで処理されてしまうだろう。
闇夜の所属する特務課別室も一応文部科学省中等教育局内にあるということにはなっているが、非公式機関であり、闇から闇である。闇夜がヘイフォスのあやかしに取り殺されたとしても、それは単なる病気や事故、突然死の類いでケリが付けられてしまう。無論それを不審に思い追ってくるドラマに出てくるような刑事などいるわけがないし、たとえいたとしても、黒衣の男の類に消されてしまう。まあ大抵の場合、口止め料で納得してしまうのが人間である。
闇夜たちが新宿を通り過ぎ代々木公園付近に到達すると、急に人がいなくなり、信号も消えてしまった。
「来るぞー!」
闇夜がスケキヨと裕子に注意を促した。
スケキヨは呪いの瘴気が漂ってくるのを感じた。するとスケキヨの体に紫色の光のヒビのような模様ができてきた。スケキヨの腰には小型キャパシターが取り付けられていた。それは極桜会から支給されていた、呪いのコンデンサーのようなもので、いつも、呪いの瘴気の発生源を倒さない限り体内にためておかなければならなかったものをかなり高いキャパシティで貯められるようにするものである。
目の前に浮遊霊のようなものがたくさん現れた。
スケキヨは肩からかけた鞄から蘭の花を掴み宙に投げ、いつもの古の言葉の呪文を唱えた。
「Let there be light !」
すると蘭の花は光だし、闇夜の頭上を衛星のようにまわりだした。すると闇夜の左足の不具が開放された。
闇夜は水素バイクに付属しているコンソールにルートを素早く打ち込んで、オートクルーズモードに移行した。
「急急如律令!」
闇夜がそう唱えると、バイクに差してあった杖がM134ミニガンとほぼ同型の機関銃に変形した。M134ミニガンは旧時代の機関銃で、あまりにも早い連射速度で、撃たれたのに気づく前にはもう死んでいることから、ペインレスガン(無痛ガン)とも呼ばれている。
闇夜は迫りくる浮遊霊にこの機関銃を使って大量の魔弾を浴びせて、消し飛ばした。
裕子はサイドカーに当初座っていたが、立ち上がって、伝七親分の改造で付けてもらった機関銃で左側の敵を蹴散らした。
「さあ! ジャンジャンバリバリ蹴散らすわよ!」
裕子はスウィッチが入りっぱなしで、辺り構わず機関銃の魔弾を撃ちまくり、近くの敵はご神木を削って作った木刀で叩き殺し、更に木刀から発生する精神波で敵をミンチにする鬼神と化していた。
闇夜はこういう時、アルティメット裕子は非常に頼もしいと思うと同時に敵に回したら怖いと複雑な心持ちになった。
「裕子! もっと引きつけろ! こいつらバカだから一発で二匹倒せるぞ!」
裕子は、弾ける銃声の中、かろうじて聞くことができた闇夜のアドバイスで、キルスコアを伸ばしていった。
そこでインカムに通信が入った。
「アルファチーム。こちらブラボーチーム。只今よりポイントエコーに向かって出撃する。オーヴァー」
「こちらアルファチーム、闇夜だ。只今順調に敵を殲滅している。今のところ障害物なし。これより公園内部に入り、掃討していく。アウト」
「隊長!」
「何だ?」
「ご武運を!」
「そちらもな! 死ぬなよ!」
「は!」
そこから闇夜たちは代々木公園の内部に入り、道なき道を走っては敵を殲滅し、マキビシなどの障害物を駆除し、地雷も撤去した。そこまでの敵は『カースドーズ』とかいうのを使っているとは思えないほどの弱さでスケキヨもまったく呪いの瘴気を体にためた状態になっていなかった。そうして、闇夜たちは明治神宮へと到達した。
闇夜たちはバイクを降りると、本殿の中へと走っていった。
本殿の中は真っ暗だった。闇夜はマグライトをつけてみると、本殿内部は二層構造になっているようだった。闇夜たちは警戒しながら奥へ奥へと入っていくと、一階部分の最奥に、ぐったりとした五人の人影を見つけた。
「仁義礼智信の皆さんですか?」
闇夜は尋ねた。
「……」
五人は憔悴しきっており返事がない。
「大丈夫なの?」
裕子が心配そうな顔をする。
「息はあるようだ」
闇夜は冷静に答えた。
「こちらアルファチーム。ターゲットをポイント2-0-4で発見。命に別状はないが衰弱がひどい。至急ブラボーチームは救助に来てくれ。アルファチームはこれよりルート確保に入る。オーヴァー」
「ブラボー。了解」
「よし、行くぞ」
闇夜がそう言うと三人はすぐさま本殿を出てカスタムバイクに乗りもと来た道を戻っていった。
三人は、代々木公園を横断する井の頭通りや明治神宮内部や、そこに続く道の敵や障害物を排除し、あとは本隊を明治神宮に招き入れ、5人を解放するという段階まで来た。そして、先遣隊のアルファチームの三人は明治神宮側の代々木公園入り口で待機し、本隊のブラボーチームの車両が次々と入っていくのを確認した。明治神宮までのルートはここだけなので、あとは、ここを通る敵がいないか確認すれば本隊の無事を確認することができるわけである。
「これで任務完了だね、あんや」
スケキヨが複雑そうな顔をして闇夜に話しかけた。今回の任務はスケキヨにとっても胸に迫るものがあったのだろう。
しかし、闇夜は怪訝そうな顔をしていた。
「やはりおかしい」
「何が?」
夜風を浴びて冷静さを取り戻した裕子が不思議そうに聞いた。
「こんなに簡単でいいのか?」
「それは……」
「おかしいだろ? これは。あんな弱い敵にそんな強いエネルギーを持った5人が捕まるか? すげえ嫌な予感がする」
「まだ強い敵がいるってこと?」
闇夜は何かに気づいたらしく、ハッとした。
「しまった! トロイの木馬だ! 早くいかないと!」
「どこへ?」
「どこへって、決まってるだろ!?」
とその時、インカムから叫び声が聞こえてきた。
「うわー、何だこいつは!? バ、バケモノだー!! 助けてくれー! た、隊長――!!」
闇夜は必死になってインカムに呼びかけた。
「お、オイ! 大丈夫か!? どうした? バケモノってなんだ? しっかりしろ! 返事をしてくれ!!」
「……………………」
闇夜の呼びかけも虚しく、インカムの回線は途切れ、サーというホワイトノイズが残酷に流れていた。
「クソッ」
闇夜は拳を左膝に叩きつけた。今日はやけに左足がうずく。
「闇夜! 早く行こう、明治神宮へ!」
「ああ、そうするしかないな。ここでちんたらやってたって仕方がない。」
「バケモノだろうとなんだろうとあんやなら大丈夫だよ!」
「ようし、行くぞ!」
闇夜、スケキヨ、裕子の駆るカスタムバイクが、明治神宮へ一直線に向かった。