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闇夜の転校生:Rebuild  作者: 飛鋭78式改
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第五話



―――や……んや!

「闇夜!! 早く! 逃げて!」

 闇夜は一心不乱に逃げていた。言いようもない恐怖から逃げようと、父と母の手をただひたすら握りながら、見たことも無い恐怖から逃げていた。

道端には人がたくさんいるものの白い、笑っているような面をかぶっており、誰も闇夜一家を助けようとしてくれない。しかし、得体の知れない化け物に追われている闇夜達を明らかに目で追っており、奇異の目で見ているようである。

不意に闇夜はアスファルトの出っ張りに躓いて転んでしまう。そして、その追ってくる化け物の持つ鋭い爪に左ひざを貫かれてしまった。

「ぎゃー、痛いよー! 助けて!!」

「闇夜! 待ってろ! 今すぐ助けてやる!」

 闇夜の両親が、化け物に捕まってしまった闇夜を助けようと、決死の反攻に出た。

 闇夜の父親は側にあった鉄パイプで必死に抵抗し、母親は必死に闇夜を身を呈して守りつつ、闇夜の左ひざに刺さった爪を引き抜こうとした。

 闇夜の両親の抵抗の甲斐あって、闇夜に刺さっていた爪が引き抜かれた。

 すると不意にブン、ブンと、何か大きなものが空を切る音が二回聞こえたかと思うと、それと同時に、ザク、ザクと、スイカかなにかの果物にナイフを突き立てるときのような音がした。

 

 その瞬間、闇夜の父親と母親が、まるで焼き鳥のねぎま串のように、先程の化け物の爪に、並んで貫かれて、血をどくどくと流してぐったりしているのを、闇夜の小さな眼に焼き付けられた。


「闇夜……に……げ……ろ……」

 それが闇夜の父の最後の言葉だった。


 その頃にようやく政府の対呪術特殊部隊に闇夜は助け出されたものの、その化け物を鎮圧することはできず、まんまと逃げられてしまった。


…………………………………………


「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


闇夜はどうも気を失っている間夢を見ていたようだった。

目を覚まし、左隣に裕子がいるのを見て、自分が文芸部で何者かに襲われ、昏倒させられたのを思い出した。

しかし、右隣にはなぜかスケキヨが拘束されていた。

「ス、スケキヨ? どうしてお前が?」

「わかんないよー。なんか知らないけど捕まっちゃったんだよ」

「お前ならこの状況を切り抜けられただろう?」

「違うんだよ。こいつらへんな力を使って僕の力を封じ込めてきたんだよ!」

 あたりを見回すと、そこは80畳くらいの日本間で、右左に和服を着た男女がずらーっと並んでおり、真ん前には、歌舞伎のような隈取をした老人が座っていた。左隣の裕子を見ると、気丈にもその老人を食い殺すかのごとく睨んでいた。

 するとその老人が話し始めた。

「嬢ちゃん、そんな目でわしを見んでくれ。わしも老い先短いんでの。あの場合はああするしか仕方なかったんじゃ」

 その老人はその顔に似合わず物腰の柔らかな感じで、話し方も穏やかだった。

「仕方なかったって……どういうことだ? あんた誰だ? ここはどこだ?」

 闇夜は後頭部のコブを押さえながら、興奮気味に聞いた。

「ほほほ。若いのう。それにいい目をしている。文部科学省中等教育局特務課別室所属霊能エージェント、月島闇夜くん」

「! なんでオレの名前と所属を!?」

「『蛇の道は蛇』っちゅーてな。わしは極桜会の会長、田宮伊右衛門(たみやいえもん)というものじゃ。ここは極桜会の総本部じゃよ」

「!」

 闇夜と裕子はいきなりの大ボス登場に度肝を抜かれた。もっともスケキヨはよくわかってない様子だったが。

「田宮伊右衛門だと? 確か旧時代の歌舞伎の演目、『東海道四谷怪談』で出てくるお岩の夫で、天下の悪党として描かれているやつだったな。あからさまな偽名だな」

「まあこの世界に生きていると色々と本名を出すと不都合が出るんでな。そこは見逃してつかあさい」

「言葉もどこの人間だかさっぱりわからねえ。『あの場合はああするしか仕方なかった』とはどういう意味だ?」

「それは私も聞きたいわ。直接被害を被った身としてはね。大体あんな派手なことを秘密結社がやって大丈夫なわけ?」

 裕子が身を乗り出して聞いてきた。この興奮状態ではあの、アルティメットモードになっても良さそうだが、アッパー系の脳内神経伝達物質と恐怖感と拮抗しているため、普通の状態を保っているとみられる。

「まあ、わしらもいろいろなシンパがいるちゅーての、アレもみ消すくらいわけないての。我々はずっと君たちを監視し続けてきた。しかし君たちは自分たちの力で真実に迫りすぎていたのじゃよ。」

「それの警告があの釘バット男ってことかよ!」

「あれは違う! あの事件はイレギュラーだったんじゃ。どうも別勢力がいて、警告を発したんだと睨んでいる」

 伊右衛門は身を乗り出して否定した。

「なんで僕まで捕まんなきゃならないのさ!」

 スケキヨは足をジタバタさせて必死に抵抗した。

「元気のいいお稚児さんじゃわい。わしらは君の身に何かあっては闇夜くんの戦闘力に支障をきたしてしまうと思い保護したんじゃよ」

「カ、カチーン! だ、だから、僕は男じゃないっつーの! ふざけんなこの歌舞伎ジジイ!」

 スケキヨは更に足をバタバタさせた。

「フォッフォッフォ、歌舞伎ジジイか! こりゃ傑作じゃわい!」

 そこでとうとう闇夜がブチ切れた。

「ふざけるのもいい加減にしろ!! こっちはなあ、一般人の命預かってるんだ! とっとと拘束を解いて目的を言いやがれ! さもなきゃそのふざけた隈取りみたいに、頭かち割って血まみれにしてやるぞ! いいのか!?」

 闇夜の本気で怒った顔を見た伊右衛門は笑うのをやめて、後ろから濡れタオルと取り出した。そして顔に書いてあった隈取りをきれいに拭い、素顔を晒した。そして横に並んでいる和服の男たちが三人の拘束を解いた。

「そうか。悪かった。ちと冗談が過ぎたようじゃの。君たちをここに連れてきたのは他でもない。消えた5人を助けるのに力を貸してほしいからである。はっきり言おう。5人はまだ生きている。それは断言する」

 素顔の伊右衛門は隈取りをしているときよりも穏やかな顔をしているが、顔に刻まれたシワの数や、毛羽立った眉毛が目立ち、却って威厳のある顔立ちになっていた。

「それで、その5人はなぜいなくなったの? どうしてまだ生きていると断言できるの?」

 裕子は素顔の伊右衛門を若干恐れながら、勇気を振り絞って聞いた。

「我々純日本人の中にはたまに持ち回りというか、まるで回覧板のようにずば抜けて高いエネルギーを持ったものが生まれてくる時がある。そのエネルギーは様々なものを動かす燃料となったり、一民族を滅ぼせるくらいになったりする。そう。民族を抹殺できるくらいの規模の力になるのだ。それで、そのようなものは大抵世代ごとに様々な場所に散在する形になるため隔離させやすいのだが、神のいたずらか、現世代ではなんと一箇所に、それも同じ高校に集まってしまったのだ」

「そんな……」

 裕子は恐ろしさで口を手で覆った。

「まさか……!?」

 闇夜は息を呑んだ。

「それが消えた5人だ」

 その時突然近くに雷が落ち、あっという間に土砂降りの雨が降り出した。

「もしその5人のエネルギーが使われてしまったとしたらどこかの民族が消し飛ぶか、どこかの都市が消し飛ぶくらいの大異変が起こってもおかしくないはずだ。しかし、今のところそのような規模のものが何も起こっていないところを見ると、まだその5人は生かされていると見て間違いない」

「しかし、その5人が敵さんの手の内にある以上、一刻の猶予もままならない……そういうことか?」

 闇夜は恐る恐る聞いた。それに対し伊右衛門はゆっくりと頷いた。

「我々はな、かつて日本を純日本人だけのものにしようとしていた集団だ。それはもうわかっていると思う。しかし、そのような考え方はもうこの時代には合わない……そう我々は判断した」

「どういうこと?」

 裕子は聞いた。

「我々極桜会はな、『日本を純日本人の国にする』という目標をとうの昔に捨てている。今はとにかく、純日本人の血が絶えないよう、純日本人の割合を一定数保つためのバランスを調整するにとどまっている。その方法は、純日本人が多くの子供が産めるように経済援助をしたり、住みよい社会づくりに貢献したりと、白いものばかりだ。かつての我々は散々荒事を行ってきたが、先程君たちを拘束する時に見せた技は本当に久方ぶりの荒事じゃったんじゃ。緊急の要件とは言えすまないことをした」

 闇夜たちはようやく状況が飲み込めてきて、極桜会に同情の念をいだき始めていた。

「それで奴らの目的はなんなんだ? そもそも奴らは何者なんだ?」

「ツケじゃ。我々のやってきたことのツケを今払わされようとしているわけじゃ」

「ツケ……だと……?」

「そう。移民政策以降、極桜会は徹底的に手段を選ばず外国人や混血の移民を迫害してきた。そういうものの中で生き残ったものは後世へその恨みを伝えていった。その恨みの一滴一滴はやがて水たまりとなりやがて川となり、そして潮流へとなった。彼らは彼らで、反極桜会の団体を作ってきたのじゃ」

「つまり……奴らの目的は……?」

 闇夜は息を呑んで伊右衛門に尋ねた。

「地球上から我々純日本人を抹殺することじゃ。それも我々の同胞の力を用いてな!」

 再び雷鳴が二回轟いた。雨は更に強くなり、雨戸を開けっ放しにしていたため、縁側はビシャビシャに濡れていた。

 闇夜は一つ腑に落ちない点があったため伊右衛門に聞いた。

「一ついいか? なんで、そのエネルギーの高い構成員がピンポイントで掴まっちまったんだ?」

 伊右衛門はため息混じりで答えた。

「それが我々の最大の失敗じゃった。我々は実は奴ら、そうHybrid(ハイブリッド) Angel(エンジェル) From(フロム) Outer(アウター) Space(スペース) (外宇宙からやってきた混血の天使) 略してHAFOS(ヘイフォス)が、極桜会の構成員である、今回さらわれた仁、義、礼、智、信のコードネームを持つ五人を狙っているという情報をかなり早い段階で掴んでいたんじゃ。しかし、この5人の力を過大評価し、彼らのみによって解決させようとしてしまったのじゃ。ところがヘイフォスの工作員は新兵器である『カースドーズ』という薬で構成員による『呪い』攻撃の力を数十倍以上アップさせてしまった。奴らとてそれほど構成員の数はいないし、この『カースドーズ』と言うのは生成が難しく、希少だと聞いている。だがこれは非常に強力で、これには流石に5人では勝ち目はなく、途中で援軍を出したものの、その頃には既に拘束されてしまっていたのじゃよ」

「なんだ、全然ダメダメじゃん」

 スケキヨは小指で鼻をほじりながら悪態をついた。

「スケキヨ!」

 闇夜はスケキヨの悪い態度を叱り、スケキヨはピシっと正座し直した。

「それで?」

 闇夜はぶっきらぼうに伊右衛門に問うた。

「え?」

「それで、オレたちにどうしろと?」

「純日本人を救ってほしい。そのために我々とともに戦い、先陣を切ってほしい」

 伊右衛門は頭を深々と下げた。それをみた、横に並んでいた家来と思われる和服の男女達はざわめき、狼狽した。



「やだね!」


 闇夜は伊右衛門の願いを突っぱねた。

「え?」

「まっぴら御免だね」


 伊右衛門は助けてくれると踏んでいたのか、闇夜の返答に耳を疑った。

 闇夜は右耳を小指でほじりながら話し始めた。

「あのさー、オレ混血なんだよねー。だから純日本人がどうとか全然関係ねーんだわ。ぶっちゃけどこの民族が消えるとかどこの民族が残るとかマジでどうでもいいんだよね―。オレ別に水戸黄門じゃねーしよ、人助けとかマジたるいしよ、それなりに稼げてるしよ、適当に食べ歩きしたり、スケキヨの作る料理食ったりテレビ観たりするんで忙しいんだわ。やっぱこの話のれんわな。どう思う? スケキヨ?」

 闇夜は耳をほじっていた小指を引き抜いてふっと息を吹きかけた。

「僕もさ、なんかこの話乗れないんだよねー。なんかマンションにいたらいきなり身動きできなくされて簀巻にされてここに連れてこられて、すごく不快だよ。そんなことされてなんでお願い聞かなきゃいけないわけ? これだから大人って嫌いだよ。裕子は?」

「あたしさ、そもそもこの話信憑性に欠けると思うのよね。純日本人たった5人のせいで全員滅びる? そりゃあたしも純日本人だけどさ、なんか眉唾ものって感じがするのよね。大体あたしも一介の高校生よ? なんで大人のあんたらがあたしらみたいな子供にお願いするわけ? 大人なら大人らしく自分で自分の責任取りなよ。大体自分たちでしたヘマでしょ? ばっかみたい」

 三人にひどい断られ方をしてどうすればよいかしばらく思案した伊右衛門はこう切り出した。

「そ、それでは、こういうのはどうだろう? 今回我々の落ち度で捕まった5人の純日本人である仁、義、礼、智、信を救出するのをほんのちょこっと助けてもらうと言うのはどうだろうか? そなたらには後方支援に回ってもらって、全体の統括指揮をしてもらうという……なんて言ったりして……ハハハ……」


 闇夜はしばらく腕を組んで思案した。

「それならいいよ。それがオレの今回の転校の使命だからな。スケキヨはやるのは当たり前として、裕子、裕子はどうする?」

「それはあたしもOKよ。それは最初に約束していた話だったからね。まあ、なんだかんだ言って、ほんとに純日本人が抹殺される、って話聞いちゃったら怖いといえば怖いからね」

 裕子も闇夜に同意した。

 三人の同意を得ることができ、とりあえず伊右衛門は一安心した。

「しかしなんじゃの、おぬしら若い割には抜け目がないのう。この伊右衛門から譲歩を引き出そうとは思いもよらなかったぞ」

「まあこっちも命かけているんでな。譲れないところははっきりと言わせてもらうさ。それで具体的な作戦と言うのはあるのか?」

「まあとりあえず状況を後で話してやる。作戦を立てるのはそれからじゃ」

 

 こうして闇夜達は当初の方法とは違った形で任務を遂行する事となった。


作戦決行を控え一旦闇夜たちは帰宅を許された。

 そして闇夜はこの、本当に濃い二日間についてマンションで通信デバイス越しに藤原に報告していた。

「ほう、それまたご苦労なこって」

「あ、あれ? オレはてっきり怒られるとばかり思っていたんだが……」

 闇夜はすっかり拍子抜けした様子だったようだ。すると藤原はため息混じりに答えた

「はあ……あのなあ、自惚れるなよ? この仕事、全部自分だけでやってると思ったら大間違いだ。お前はオレがただ電話待ってるだけのオッサンだと思ってたのか? オレたちだって一応やることはやってるんだよ。もうちょっとオレたちのこと信用してくれてもいいんじゃねーのか? この仕事はなあ、常に不測の事態ってのがついて回るってことくらいこっちは知ってるんだよ。いいか? これを挫折だなんて思うなよ? 挫折ってのはもっとキツイぞ。こいつはまだ想定内だ。これはまだ事件解決のために回り道になってしまったってだけにすぎない。お前まだ若いんだからさ、それくらいのことはうけとめようぜ?」

 闇夜は思わぬ叱咤激励を受けて心を動かされた。

「わかりましたよ、おやっさん」

「しかしまいったなあ、どうも……」

 通信デバイスの立体ディスプレイ上に写っている藤原が頭をかきむしっていた。

「さっき学校の全員の名簿送ってもらっただろ? ちょっとまずいなあ……あいつが出張ってくるかもしれんなあ……」

「え? オレが名簿を転送したことが問題なんですか?」

「いやそれは問題ない。ただそこにちょっと気になる名前の人物がいてなあ……まさかとは思うが、こんな時にやつと会うかもしれんとは……いや、こっちの話だ」

「はあ……」

 闇夜は、そんなこと言われても逆に気になるじゃないか、と思った。

「ともかく、話を聞く限り今回の事件は結構やばめのものらしいから近いうちにオレもそっちに合流する。他のエージェントにも協力してもらいたいんだが、今手が回るエージェントが皆無なんだわな。しかも各々やはり危機的状況だし。まあオレの予感が的中すればもっと強い連中が合流することになると思うが、それはまた別の話だな。オレがさっきから『予感』がどうとか言ってることに関係していること以外に質問はあるか?」

「なんだかよくわかんねーけどよ。あの伊右衛門とか言うおっさん、信用できんのか? あと裕子の処遇に関してはどうするんだ?」

 通信デバイスの立体ディプレイ上の藤原はマッチでタバコに火を点けていた。

「えーとな、伊右衛門な。ありゃ一見狸だが、裏社会を長い間渡り歩いてきた、鼻っ柱が強い筋の通った爺さんだ。信用に足る、と警視庁のキャリア組の古い友達が保証してたぞ。東雲裕子についてはそうだな、潜在能力が高く、今回の事件解決に必要な存在だとは思うが、一般市民が我々の存在を知っているのはまずいのは確かだ。そのあたりの事は確かだ。お前がお前自身でけりをつけるか、こっちにそれを委ねるか。そのあたりは男の技量ってやつだろうな。」

「はあ……それって暗に俺に責任持てって言ってる事じゃないのか? ……つーか警視庁のキャリア組って、おやっさんどういう経歴なんだよ?」

「まあそれはいいじゃないか。お前が飲めるようになって、酒を酌み交わすようになったら教えてやるよ。以上、通信、終わり」

 通信デバイスが藤原から一方的に切られた。バツが悪くなって逃げられた感じにも見えた。

 闇夜たちは極桜会の本部からはハイヤーに乗せられて帰ったのだが、どうも、荻窪にあるようだった。それも青梅街道沿いだったのでかなり学校や家からは近かった。

 伊右衛門の話によると三日後の22時に荻窪の本部にまた来てほしいとのことだった。

 そして、ヘイフォスは代々木公園内の敷地を不法占拠し、基地を作っているらしいので、まずはそこを叩く、というのが作戦のようだ。

 譲歩を引き出して、後方支援に回る、と闇夜達は言ったものの、それはただのハッタリで、彼らにはそういう気持ちはあまりなく、むしろもともと高い戦闘力を持っている三人は陽動にまわり、本隊が容易に5人を救出できるように可能な限りの敵勢力を相手にするという作戦を提案するつもりでいた。伊右衛門に反抗してみせたのは、単に襲撃を受けて期限が悪くなった腹いせをしただけだった。


三日後。

昼休み。

蚕糸の森学園教室。


 裕子は昼休みになって闇夜と昼ごはんを食べようと思ったものの彼が隣の席にいないことに気がついた。

 ふと自分の机を見ると、折り紙で折った『やっこさん』が置いてあるのに気がついた。

「なにこれ?」

 裕子はそれを光に透かしてみると、『屋上』という文字が書いてあるのを見つけた。そしてすぐさま屋上に走っていった。

 

 裕子が屋上に着くと、そこでは闇夜が金網越しに景色を見ていた。

「なにやってんのよ? また生徒会長に見つかったらどうすんのよ! あたしもうあんなのやだよ!」

 裕子は若干興奮気味にまくし立てた。

 しかし闇夜は、まるで聞く耳持たずと言った感じで相変わらず景色を見ていた。

「やっぱりここからの景色は最高だな」

 半ば諦めた裕子は、もうどうにでもなれ、と言った感じで闇夜の隣に来て、金網を掴んで一緒に景色を見た。

 しばらくお互い無言の時間が過ぎた。

「裕子、今日、別にいかなくてもいいんだぜ?」

「なに? 今更フェミニスト? レディーファースト? 闇夜はハンフリー・ボガードみたいな人だと思ってたけど」

「ハンフ……? なんだって?」

「いいの、なんでもない。なんで急にそんなこと言い出すの?」

「なんでって……オレはそれなりに訓練を受けてるし、こういう荒っぽいことに慣れてるけど、裕子は好奇心で首突っ込んできただけの一般人じゃないか」

「失礼な人ね。あたしだってそれなりに訓練はうけてるわ。まだ実戦ってのは殆ど経験したことがないけど。それにその一般人にこうも上手いこと手玉に取られてきたのはどこの誰だったかしら?」

「クッ……そう来ますか……ということは……?」

「あたしも行くわ」

「止めても?」

「うん」

「なにがなんでも?」

「しつこい」

「そっか」




「裕子」

「なに?」

「いや、なんでもない」


「裕子?」

「何? このシチュエーションはまさか『愛の告白』……ていうわけではないわよね? そういうことなんてあるわけないよね? ハハハ」

「……」

「ハハハ……アレ?」

「……」

「わかった。ゴメン。もう笑わない」

「……」

「闇夜、まさかあなたと知り合ったのがたったの5日前なんて思えないわ。まるでもう10年位一緒に過ごしてきた感じがする。それくらい濃い日々だったわ。思い出すわ。最初はあたしがジョギングしてるときにバンダナ族に絡まれてるところを助けてもらって。それでその日すぐに同じクラスの隣の席になるなんて……ちょっとできすぎてるわ。まるでギャルゲーかアニメのよう。そこからいろんな謎を一緒に解いていって……楽しかったわ。闇夜……あたしね。このままこの後の人生闇夜と……」

「裕子! ……」

 闇夜は裕子の名前を叫び両手で彼女の肩を掴み、真摯な眼差しで彼女の瞳を見つめた。

 裕子はまるで熱病に冒されたかのように顔を紅潮させて、とろんとした目を潤ませ閉じかけていた。




「…………ングブプブハーハッハッハ!!!!!」

 闇夜はこらえきれず笑いだした。

 裕子は何が起きたのかよくわからず素の顔に戻った。

「……! ……へ? ……」

「ハハハ! これでやっとオレの一勝だ! 少々汚いやり方だとは思ったが勝ちは勝ちだからな! 悪く思うなよ!」

 裕子はようやく事態を把握し、顔を更に赤くさせて泣きながら恥ずかしがりながら笑いながら怒った。

 裕子は闇夜の頭めがけてチョップしたがどうにも届かないので、一度闇夜が右手で突いてる杖を蹴り上げてバランスを崩させた。

『杖をける』なんて、闇夜にとってみればそんなことをやろうものなら杖型スタンスティックでシメるくらい激怒するようなことだが、裕子は別口だった。

そしてバランスを崩した闇夜を、裕子は目に涙を浮かべながら、でも顔は笑いながらポカポカとタコ殴りにした。もっとも女の子がそんなに複雑な感情を抱えながらタコ殴りなので闇夜にとっては痛くも痒くもない。

 こうしてしばらく二人はじゃれ合って楽しんでいた。そして二人は屋上に仰向けに寝転がって空をみあげていた。


 闇夜は急に真面目になって言い出した。

「裕子、裕子がもし行くというのだったら、オレが裕子を必ず守る」

 それを聞いた裕子は答えた。

「いや、あたしが闇夜を守る。そのためにあたしは今夜行くんだ。それを約束する。だから!」

 裕子はいつの間にか立ち上がっていて、闇夜の左手を握った。

「あたしをお荷物なんて思わないで」

 闇夜は右手に持った杖と左手に掴んだ裕子の手で立ち上がって言った。

「そんなこと、ハナっから思っちゃいないさ」

 二人はその後、また生徒会長たちに見つかってトラブルになるのが怖かったので早々に屋上から逃げ出した。



ここまで読んできてくださってありがとうございます。漸く折り返し地点です。

誤解があるといけないのですが、自分はこの作品で人種間の差別だとかそういったものを取り上げるつもりはありません。あくまでニュートラルな視点で描いているつもりです。

そういったところを踏まえて引き続きお楽しみいただけるとありがたいです。

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