第十一話
「私が思うに、これは呪いのエネルギーの柱にあてられた一種の中毒状態がこの『人鬼』という状態なんじゃないかしら?」
「俺もそう思う。俺達はもう呪いの現場ってのは馴れっこだから全然問題ないが、初めてそういう瘴気に晒されたら、一種の興奮状態になってもおかしくないだろうな」
マリィと藤原の意見はとても理性的だった。
「ということはその呪いの瘴気をシャットダウンすれば、凶暴化した人たちもおさまるんじゃないの?」
「裕子、そんな大変なことをそんな簡単にできるみたいに……あ!」
「どうした? 闇夜」
「いや、おやっさん、あったんですよ、『そんな簡単に』そんな難しいことをやってのける方法が!」
「どうやって?」
「いや、あの伊右衛門とかいうおっさんに、仁義礼智信の皆さんの左手に埋まったチップの使い方を聞いたんですよ。そしたら、あのおっさん、『呪いの世界をひっくり返す』事ができるって言ってたんですよ。もしかしたらオレの両親が遺したものかもしれないって。それが東京の何処かにあるって。それを手に入れるための『鍵』になるのが、そのチップだって」
「で、それはどこにあるの?」
「それがわかれば苦労ないっすよ、マリィさん……」
「……あんや……」
「何だ? スケキヨ……」
「……それってここにあるんじゃないの?」
「なんだって!?」
「だってあの歌舞伎ジジイ、『この星の中心』って言ってたんだよ? ぼくらは加藤の言う通りに動かされて、東京に五芒星を描いたんだよ? それでその中心にあったのがここ東京タワー……」
「!」
「だから、『この星の中心』ってのは東京タワーのことを指しているんだよ!」
「しかし、東京タワーの敷地っつったって広いぞ? どこのことを言ってるんだ?」
そこで一同は考え込んだ。その時裕子が鶴の一声をあげた。
「あたし、わかったよ!」
「どこだよ!?」
すると、裕子は闇夜を引っ張って、東京タワーの建物の中へ入っていった。そして他の人達も後を追った。仁義礼智信の5人にもついてきてもらった。
一行は一階の水族館へ入っていき、ヒトデの水槽の前で止まった。
「そうか! ヒトデは英語でStar Fishだからか!」
闇夜は『オニヒトデ』と書いてあるプレートに仁義礼智信の五人が左手の甲を当てた。すると、水槽の下が開き、地下へと続く階段が出現し、LED照明が明るく道を照らした。
一行が、照明が照らす道を辿っていくと、研究所然としたところにでた。そこは他の通路と比べても、照明で明るく照らされており、5つのプレートが円形状に並んでいて真ん中にハンドルがついている巨大な機械が置いてあった。
置いてあった資料に目を通すと5つのプレートにチップが埋め込まれた手をのせ、セキュリティを通過してから真ん中のレバーを引けば呪いの瘴気がこの世からなくなってしまう、という非常にあっけないもののようだ。また、資料によると、闇夜の両親によるものではなく、闇夜の両親のライバルの研究者によるもののようだった。
「これで……呪いがなくなるのか……」
闇夜はこの大きな機械を見て思わず口にした。
「いや、一瞬だけシャットダウンするだけのようだ。それによって今暴走しているエネルギーの柱を一度リセットするのよ」
マリィは丁寧に答えた。
「ちょっとまってくれ」
闇夜は神妙な面持ちで言った。
「実は……」
「待って……」
闇夜の言葉を静止したのは裕子だった。
「その先は言わせて……闇夜、あなた、一つ嘘をついてるわ」
闇夜は一瞬ドキッとした。
「闇夜は、私が、『転校しても会えるよね?』って聞いたら『そうだな』って答えたよね?」
「それがどうかしたか?」
「それが嘘だって言ってるの」
闇夜は黙るしかなかった。
「この機械を作動させる前に一度だけ呪いを使うつもりだったんでしょ? でもそれは仕方ないと思ってるの。闇夜が嘘をついたのは悪いと思っていないし怒ってもいない」
闇夜は黙って裕子の話を聞いていた。
「闇夜、私の記憶を消すつもりだったでしょ?」
「!」
裕子は目にいっぱい涙をためていた。
「ただ悲しくて、悲しくて。寂しくて、寂しくて……あたし闇夜のこと忘れないよ? 私が忘れるような術を使うんだろうけど……私忘れるのかもしれないけど、忘れないよ? たった1週間の間の出来事だったけど楽しかった。全てがあたしの体に刻み込まれてる。だからあたしは忘れない……ありがとう……闇夜……好きだよ……大好きだよ……」
闇夜は言おうとしていたことを全部言われてしまった。そしてそれまでの彼女との思い出は確実に彼の記憶に残る。
「裕子。俺も好きだ。でもこれはどうしてもやらなきゃならないんだ。ごめん、そしてありがとう」
闇夜は目を閉じ裕子の唇に自分の唇を押し当てた。バターのように熱くなったら溶けそうな感触。一秒が永遠に感じられるくらい時間の感覚が狂う。そして闇夜は裕子をそっと抱き寄せた。裕子の右目から涙がこぼれ落ち、そして瞳孔が開き、やがて彼女は気を失った。
そして、闇夜、スケキヨ、マリィ、藤原は呪いシャットダウナーを起動し、暴走したエネルギーの柱をおさめた。
東京タワーの敷地と外界を隔てるバリケードが外にいる凶暴化した『人鬼』たちに壊されそうになっていたが、シャットダウナーが起動すると同時にスッとエネルギーの柱が引っ込み、平静状態に戻ったので、『人鬼』になっていた人々は続々と我に返り、徒歩で帰宅していった。一人の男が失ったもののことなど彼らは全く知らなかった。
次の日。
午前9時。
蚕糸の森学園高校教室。
いつも元気な東雲裕子であったが、何故か今日は心上の空と言った感じだ。
ホームルームの時間で、先生の話していることを彼女は外をぼんやり見ながら何気なく聞いていた。
生徒会長の山の辺九美と生徒副会長の加藤六輝が行方不明になってしまったので臨時で庶務委員長が生徒会長をやるとかいう話を聞いて、あれ? 生徒会長ってそんな名前だっけ? と思ったりしていた。
そして、一週間ほど前に自分のクラスに転校してきた月島闇夜という生徒が急に別の学校に転校してしまったという話を聞いて、裕子は何か妙に頭に引っかかっていた。
「月島闇夜……月島闇夜……闇夜……闇夜……」
となんとなく口走りながら手を机の中に入れて弄ってみると妙にワシャワシャという感触がしたので、見てみると、机の中から大量の折り鶴がでてきた。そこに一迅の風が吹き込んできて、教室内が折り鶴だらけになってしまった。
「うわっ、なんだこれ!?」
「誰だよ? こんなに折り鶴作ったやつ? 小学生じゃないんだから……」
教室の生徒が口々に言った。
そんな中でふと裕子が手に取った物が折り鶴ではなく『やっこさん』だった。
その瞬間急に裕子は頭が締め付けられるように痛みだした。その後、裕子の頭には屋上に昇って一緒に景色を見ている男の人が思い浮かんだ。
簡単に自分には隙きを見せる人。
でもいざとなると全力で守ってくれる頼もしい人。
自分のことを大事な友だちだと言ってくれた人。
自分のことを好きだ、と言ってくれた人。
闇夜だ。月島闇夜だ。
裕子は全て思い出した。
自分が忘れたときのために折り鶴とやっこさんを自分の机に仕込んでおいたことも。
思い出したからには飛び出さずにはおれなかった。
「東雲くん! どこに行くんだ? 東雲くん! 授業中だぞ!」
教師の制止も振り切って裕子は闇夜のマンションへと走っていった。
上履きのまま外に出て、それが脱げて、靴下がボロボロになっても裸足で走っていった。
裕子が大久保通りの向こう側の闇夜の住んでいたマンションまで行くと、丁度闇夜がバイクに乗って出ていくところだった。
そこで裕子は思いっきり闇夜のところへ走っていき、抱きついた。そして闇夜の胸に顔を擦り付けた。
「ほら、言ったとおりでしょ? 忘れなかった。あたし闇夜のこと忘れなかった! ザマミロ! 呪いなんかクソ食らえだ!」
闇夜は困った顔をしたがまんざらでもなかった。闇夜がスケキヨの方を向くと、スケキヨは肩をすくめるだけだった。
闇夜は自分に抱きつく裕子の背中をポンポンと叩いてあげた。
「おやっさん、どうしましょ?」
「しゃーねーな。ちょっとうちのワイフと相談するわ」
通信デバイスの向こう側の藤原がワイフと言うのはもちろんマリィのことである。例の事件の直後藤原がプロポーズしてスピード婚したようである。一方、マリィが上申していた呪術事件専門の解決機関が新設される運びとなった。とは言うものの、現在文部科学省にある特務課をそれに当てるということになり、マリィを特務課課長、藤原を別室室長という風にすることに関しては、結局複雑さは是正されておらずまたもや管轄を巡って争いは起こりそうではある。藤原、目下禁煙中である。
このあと、闇夜は裕子と一時的に別れ、スケキヨと三ヶ月ほどオフをもらった。
午前9時。
百人町第二高等学校。
ホームルームの時間を控え、詰め襟の学ランをピッチリ着た転校生が廊下で待機している。
「入って来給え」
すると身長が190cmもあり、肩幅もある大柄で、だけど、左足が不自由なのか動かず、右手にカフグリップ付きの杖を突いている男子高校生が入ってきた。髪の毛はウェーブがかった白のマッシュルームカットで、黒縁メガネを掛けていて、涼し気な眼差しが印象的であった。
彼は杖を突きながらゆっくりと教卓のところまで来た。
「えー、この度転校してきやした、月島……」
と自己紹介しようとしたところ、教室のドアが開いて、違うクラスの教師が入ってきた。
「ああ、こんなところに居た。君、月島くんだよね? 君教室間違えてるよ。君のクラス隣の3組。4組に転校してきたのはこの人。同じ日に転校生が来るなんてややこしいことしてくれるよなあ、まったく……」
闇夜が、ドアのところに立っている人を見ると、ふちなしメガネの二股おさげのいかばかりか、いや、かなり増量中な胸の見慣れた属性のセーラー服姿の女の子だった。
「!」
彼女はピースサインをして目にあて、それを闇夜に見せつけてくる。所謂、「キラ☆」のポーズである。
闇夜は胃酸が逆流しそうになった。
「ず、ずびばぜん、ちょっとお手洗いに……」
とトイレに駆け込んですぐさま通信デバイスで藤原に電話をかけた。
「あー、おまえ休んでたから知らんのか。例の五芒星事件後、マリィが上申してた機関が通ったろ? それに伴ってエージェントの数を増やして、一校に対して二人のコンビ制にしたんだ。言わなかったっけ? 彼女、ちょうど研修が終わったタイミングでな。おまえサポートしてやってくれや。まあ、まんざら知らない間柄じゃないわけだしいーんでないの? んじゃ、そういうことでシクヨロー」
闇夜は藤原との会話をやめてすぐに嘔吐してしまった。
裕子もエージェントになってしまったということである。
「悪い予感しかしないんですけど…」
いかがだったでしょうか?
これで終わりです。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
本当はこの作品は二年ほど前に完成しておりましたが、純日本人やらといった言葉が出てくるため、ナショなりスティックに取られられるかと思い封印しておりました。
しかしなんとなく大丈夫かな?と思い始め、加筆修正をしアップした次第でございます。
したがって、この作品にナショナリズムは皆無で、そのあたりは誤解なきよう読んでいただけると幸いであります。
なにか思う所があれば、レビューなど残してお言えいただければ幸いであります。
再度ではありますが、ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました。




