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繋がる糸

 迫りくる黒い犬の姿をした【ヘルハウンド】を両断し、旭晴久は駆ける。

 胸にこみあげる不安ごと切り払うように、その双剣を振るい続けた。

 家族は避難できただろうか。違う場所で戦う仲間たちは大丈夫だろうか。うちのクラスは皆、無事だろうか。迷宮に潜る予定があった曜は生きているだろうか。

 まさか、まだ迷宮にいるなんてことはないはずだ。

 親友は運は悪いが頭は悪くない。予想外の事態に巻き込まれていないなら、もう外に出てどこかで戦っているはずだ。


――皆、どこかで頑張っている。


 そう信じ、晴久はただ目の前のイヴィルに集中する。

 牙を剥きだし飛びかかる黒い犬の群れ。右は横薙ぎにのど元を、左は頭を貫く、次はすれ違いざまに腹を裂き、怯んだ最後の一匹は首をはねる。

 左右の剣が躍るように別々の軌道を描いていく。

 昔から、ちょっと器用な晴久はこういうのは大得意だ。

 ただ、傍目から見ると軌道が不規則すぎて気味が悪いらしい。

 これを見た彼の幼馴染はドン引きしていた。

 淡々と下位のイヴィルの解体を続けていく晴久だったが、ふと気づくと次の獲物がいなくなっていた。

 一先ず休憩と、深く息を吸い呼吸を整えていると、アリアドネに通信が入る。


『晴君、少し休んで!』


「休んでるよー」


 肩ほどの高さに浮かぶアリアドネから同じA班の日下円の声が聞こえてきた。

 その役割はスポッター。

 戦闘補助としてイヴィルの現在地や各種情報を纏めて、伝えることが役割だ。

 普段は日下も一緒に戦っているのだが、こういったイヴィルの大群と戦うときはどうしてもスポッターが必要になる。

 途中までは遠距離からサポートをしてくれていたが、今は後方で晴久たちに情報を送っていた。


『ようやく、イヴィルの数が減ってきたみたい。今はテセウスを中心に、国と民間の探索者チームが共同で掃討に入ってる!』


「ということは、終わったのか?」


 振り返ると、ショートカットの黒髪を血で汚した近藤光希が立っていた。

 その手に持つ薙刀は刃が欠け、柄も半ばから折れている。アリアドネすら見当たらない。

 どう見ても仲間の少女は満身創痍だった。


「ちょ、光希さん、大丈夫!?」


「ああ。大丈夫、大丈夫。ウィザードが仕事しなくなって、ちょっと切っただけ。ほら、頭だから派手に血が出ちゃってね」


 慌てる晴久に対し、近藤はにかりと笑って、この程度は何でもないと手を振る。

 なんとも漢らしい。流石はB班の男連中より漢らしいのではないか、という疑惑がある少女だ。


『怪我してるの、光希?……私、”護符”が切れたら報告してって言ったよね』


「ご、ごめん!」


 そして、こちらは怖い。アリアドネから聞こえる声は明らかに怒っている。

 静かに怒りを湛える日下には勝てないのか、近藤も平謝りだ。

 武器を駄目にするくらい無鉄砲にイヴィルの群れに突っ込む少女もオカン役には勝てない。


「ごめん、ごめんって。ほら、退くわけにもいかなかったし。アリアドネも壊れちゃったし。反省するから許して」


『……もう二度としないって約束できる?』


「はーい」


『返事だけはいいんだよね……』


『お説教のとこ悪いんだけど、ボクの方も終わったよー』


 通信に割り込んできたのはA班最後の一人、東比奈だ。

 これで晴久の班は全員無事ということになる。

 あまりに膨大なイヴィルの数に途中ではぐれたときは、不安で仕方がなかったが良かった。

 これも日下が他班に合流できるよう誘導したり、イヴィルのいない位置を教えてくれたからだ。その情報支援には感謝しかない。


『比奈ちゃんは東よりの位置にいたよね。大丈夫だった? 今回は東が一番、被害が大きかったみたいだから……』


『うん、ほぼ無傷。B班とC班の皆が競うように突っ込んでたから、ボクは援護くらいしかすることなかったよー。あと、こっちにいる三組の班は問題なし。他の皆は大丈夫かなあ……』


『今のところ、南高に死者はいないよ。E班も二名は前線に出てるけど、加賀さんが生きてるって。F班もさっき南高の基地に戻ってきてる。まだ分かってないのはD班と――』


――ザザ、ザ……


『うわっ』『えっ?』『ちょっと、誰!』『お、何だ? 打ち上げの予定かー?』『馬鹿! 篠原先生が聞いてたらどうするの!?』『それより、これ何かあった?』『そもそも、これ、誰からだ?』


 その時だった。

 日下が現状報告をしているその声に混ざって、ノイズが走る。同時に三組の皆の声が聞こえてきた。

 これは、三組用の通信回線だ。

 戦闘中は情報が錯綜すると切っていたそれが起動している。当然、有事の際は非常時以外この通信は使わない。

 ということは、誰かに何かがあったということだ。


「曜……?」


 胸騒ぎがする。晴久は嫌な直感があった。


――これは間違いなく曜に関することだ。


 こういった厄介ごとに関する直感は外れた覚えがない。

 そして、それを肯定するように涙に濡れた声が聞こえてきた。


『……つ、繋がった! 繋がったよ、湊! 三組のチャンネル!』


 聞こえてきたのはD班員の方丈華絵の声。

 聞こえたその瞬間に、アリアドネで繋がる皆が息を呑んだ気配がした。それほどまでに、この声はあることを予感させる声だった。


『み、皆、聞こえてるか! 篠原先生は!?』


『――聞いている。落ち着け、藤村。何があった?』


『つ、月城を助けてください! あいつ地下五階に今、一人でいるんだ! 僕たちを逃がすために、【炎霊魔(イフリート)】がいるイヴィルの群れにひと、一人で、お願――』


 え。うそ。まじかよ。そんなクラスメイトの声も彼方に晴久は感じた。

 その視線の先はもう、メイズ・バベルに向いている。しかし、一歩を踏み出そうとした足は一喝によって止められた。


『落ち着け! 藤村班長!』


 篠原先生の声がアリアドネの糸を通じ、轟いた。


『深呼吸をしろ。その後、状況の報告をもう一度だ』


 厳しくも優しい響きをもった声は藤村だけでなく、皆の心を落ち着かせる。

 静まり返ったアリアドネから、すすり泣く声と深呼吸の音だけが聞こえていた。


『D班、現在一階の防衛基地。班員は怪我はあるものの、全員無事。しかし、本日同行していた月城曜が、およそ二時間半前に俺たちを逃がすため地下五階に残っています。至急、救援を要請します。敵の規模はハザードⅣ【炎霊魔イフリート】と【インプ】を始めとしたイヴィルの群れ――お願いします。助けてください!』


 状況報告に焦る晴久たち。間違いなく曜は絶体絶命だ。

 二時間半前。それはあまりに、長い時間だった。それでも、


「ちょっと、地下五階に行ってきます」『あ、俺も』『とりあえず、藤村のとこに合流な』『落ち着け! 男子!』『ちゃんと救援部隊組んでいかなきゃダメでしょ!』『あ、地下五階のマップ送っといたよ。あとで藤村君の情報と合わせて、月城君が逃げた予想地点も送る』『加賀さん、まじパネェ』


『救援要請はこちらでやっておく。お前たちは防衛基地で合流。怪我人は参加するな。戦力になる奴以外は支援に回れ。判断は日下、お前に一任する――』


 助けに行く。その意思は藤村だけでなく、皆から伝わって来た。

 篠原先生も各所に救援を求めるために動き始めている。

 しかし、天京中に響いた警報がその全てを凍結させた。


『き、緊急、緊急です! 天災級が出現! 繰り返します、天災級が出現!』


 ここだけじゃない。天京中を凍らせる通信が鳴り響いた。

 この声には聞き覚えがある。南高一組の教師だ。つまり、これは南高本部からの通信で、南高の誰かが緊急信号を使ったということ。


 誰が、天災級なんてものと遭遇してしまったのか。


 晴久はその答えを聞きたくなかった。


『コードは【焔魔狼(アモン)】。これは確かな情報です! 映像がアリアドネから送られてきています! 地下八階の住処から、天災級が地下五階に上がってきています!』


――地下五階。


 それが答えだった。


「曜……!」


 アリアドネから聞こえる声が遠い。

 叫んでいるのか、泣いているのかすら分からない。抱き着かれるようにして近藤に止められた晴久は、ただ荒野に立ち尽くした。

日下円

A班員。A班のお母さん役。少女漫画好き。遠目で見れば、深窓の令嬢みたいに見える。


近藤光希

A班員。B班よりもイケメンで、C班よりも武闘派女子。晴久の意味不明な二刀流に惚れ込んでいる。


東比奈

A班員。天真爛漫なムードメーカー。身長が低いことを気にしている。実は好きなのは……

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